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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
37/94

35 受肉

本編に戻ります。

 数日後、ジンは魔技師連盟メモレクサス支部の技術開発局を訪れていた。先日の異形について分かったことがある、とノームが声をかけたのだ。ノームはジンにも知る権利があると考えていた。

 技術開発局は連盟支部の地下にあった。

 幅広の通路が円形に伸びていて、その通路にたくさんの部屋が隣接しており、通路の終わりには下へと続く階段がある。これが連盟支部の地下の基礎構造であり、このような階層が20層ほど連なっているのだ。

 技術開発局は連盟支部の地下7階から9階まで、実に3階層分を割り当てられている。そこで日夜、実験と研究を繰り返しているというわけだった。

 連盟支部の地下に足を踏み入れたジンは、その広大さを目の当たりにして驚いた。技術開発局が思ったよりも大きな部署なのだと、この時に初めて知った。


「ここだな」


 ノームが足を止めたのは重厚な金属製の扉の前だった。扉の横には第四研究室と書かれた札が掲げられている。

 扉を横に滑らせて開くと、研究室の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。ドクターとジョンソンの声だ。どうやら2人は言い争いをしているらしかった。


「だーかーらー、何度も言ってるだろう!この分からず屋っ!」

「こっちこそ何遍も言ってるでしょうが!局長といえども、こればっかりは譲れませんからね!絶対にっ!」

「あーっ!局長って言ったなーっ!ドクターと呼べと言ってるだろうに!」

「上司を肩書きで呼んで何が悪い!!!」


 研究室に踏み入るのを躊躇ったジンが視線を送るとノームは肩をすくめた。どうしようもないという意思表示だが、その態度には呆れも多分に含まれている。

 ノームは面倒くさそうに研究室に入って行った。まさか研究室の外で待っているわけにもいかないので、ジンもその後に続いた。

 言い争いをしていた彼らは、第四研究室に客がやってきたのを察知するや否や、一時的に休戦することで双方共に合意した。


「あとで覚えてろ、この分からず屋め」

「そっちこそ。これで終わりだと思わないで頂きたい」


 盛大な舌打ちが二重になって聞こえた気がしたが、ジンは努めて無視することにした。


「あー、話は終わったのか?」

「終わってないが、物事には優先順位があることくらい弁えているさ。2人とも、技術開発局第四研究室へようこそ。歓迎するよ!」

「ありがとう。歓迎に感謝する」


 ノームとドクターが握手を交わす。

 ドクターからは、先ほどまでの剣呑な雰囲気は微塵も感じない。それは研究室の片隅で茶の用意を始めたジョンソンも同様だった。

 この2人が声を荒げて言い争うほどの問題とは何か。ジンはそれについて知りたいような、それでいて知りたくないような、そんな微妙な心境だった。


「まあ、その辺に腰掛けてくれ」

「そうさせてもらおう」


 よっこらしょ。そう言いながらパイプ椅子に座るドクターを尻目に、ノームとジンは適当な椅子に腰を下ろした。


「どうぞ、緑茶です」

「あ、どうも」

「いやー、悪いね」


 ジンが受け取ったカップには確かに緑色をした液体が注がれていた。ジンは緑茶を飲んだことがなかったが、いざ口に含んでみると意外なほどに飲みやすくて驚いた。渋みはあったが甘みも感じる。なによりも鼻を抜けるその爽やかな香りをジンは気に入った。


「こ、これはワタシが休憩の時に飲もうと思って大事に、超大事に隠していた茶葉じゃないか!それも高いやつ!」

「応接用の物をちょろまかしたくせに……」

「ワタシが目をつけてたことに変わりはないねっ!」


 ドクターが肩を落としている。

 しかし「がっくし……」と自分で言っているあたり、それほど怒っても悲しんでもいないのが分かる。それにわざとらしくため息を吐きながら、それでも茶を啜る手だけは止めないのだから器用なものだ。

 ジンとしても高級な茶葉を使っていると聞かされれば、この味わいも納得というものだった。ドクターが大事に隠していたというのも理解できる。


「そういえば良いお酒もありましたかね」

「ど、どこまで知っている……?」

「どこまでだと思います?」

「くっ、これ以上ワタシ秘蔵の品を暴かれては敵わん。悪いが話題を逸らさせてもらう。というわけで早速だが、今日ここに来てもらった本題に入るけど、いいね?いいよね?」

「こっちとしては願ったりだが……」


 ドクターの謎の気迫に圧される形でジンとノームは、その本題というものを聞くことになった。


「まず、異形発生のプロセスについて話そうか。魔技師にとっては既知だが、前提となる話なのでね。ぜひ聞いて欲しい」


 人間には魂がある。

 魂は魔力の源泉であり、湧き出した魔力の流れが魂の形を維持している。魔力は拡散しやすい性質を持っているが、人間の持つ肉体がそれを防ぐ役割を持っている。

 人間が死ぬと魂と肉体の繋がりが絶たれ、魂が肉体を抜け出してしまう。外に出た魂は魔力が拡散し、遠からず消滅する。

 ここまでは前提の前提となる話。

 ここからが異形発生のプロセスとなる。

 死後、肉体を抜け出た魂が消滅するまでの間に、強烈な憎悪や怒り、悲しみといった負の感情を伴う魔力に晒されると魔力の流れに歪みが生じる。これを魔力の歪みと言う。

 魔力の歪みによって魂は異常を起こし、周囲の魔力を手当たり次第に吸収しつつ、その形を異形へと変貌させていくのだ。


「異形は歪んでしまった魂であり魔力の塊。だから存在の拡散を防ぐためにテリトリー、異界を生み出すんですね」

「そういうこと。ちなみに一度でも歪んでしまった魂は、絶対に元には戻らない。そういうのは考えないことだね」


 元に戻せたなら、きっと魔技師は必要なかったのだろうな、とジンは思った。

 ドクターは茶を啜り一服。改めて口を開く。


「それとこれは補足になるけど、人間は常に微量の魔力を放出している。これは誰であっても同じこと。本当にちょびっとだけど、それでも人が多ければ多いほど、塵も積もれば積もるほど、すんごい量になるわけだ。それこそ拡散が追いつかないほどにね」

「その常に放出される微量の魔力が負の感情を伴っていた場合、その場所は異形発生の温床になりかねない……」

「それと生きてる人間が異形化することはないよ。少なくとも自然にそうなることは絶対にない。あるとしたら、それは人為的なものってことになる」


 負の感情を伴う魔力に晒されても、生きている人間は肉体のお陰で、その魂は直接影響をされないのだ、とジンは理解した。それと同時にドクターの言い回しが気になった。

 あるとすればそれは人為的なもの。

 ジンには前提を並べた真意が、この言葉に込められているように感じられた。そしてそれは間違いではないようだ。

 ジンの様子に気がついたドクターが、わざとらしく不敵な笑みを浮かべる。


「そう、それこそがワタシたちが導き出した結論なのだよ。即ち生きた人間を異形化させた者がいるという、ね」


 果たしてそんなことが可能なのか。

 そんな疑問に意味はない。その可能性があるというだけで十分なのだ。この場合はジンよりもノームの方がよく理解していた。


「何のために……いや、目的は二の次だな。喫緊の課題は人為的に異形を生み出せる奴がいるってことと、テリトリーを持たない自由に動ける異形が他にもいるってことだ」

「ああ、はっきり言って大問題だ。市民の安全を脅かし、社会を混乱のどん底に突き落とすことになりかねないよ」

「どれだけ連盟が素早く動き出せるかに全てはかかってる。もし後手に回れば、いや既に後手に回ってるが、とにかく最悪の事態だけら回避しないと……」

「既に支部長には報告を上げてある。これから忙しくなるだろうけど、今すぐってわけじゃない。少なくとも支部長が連盟本部を動かしてからが、ワタシたちの出番になる」

「そうだな。気が急いても仕方ないか」


 事態は急を要する。

 しかし、やれることは少ない。

 ジンに至ってはやれることなどないに等しい。強いて言えば己を鍛えることだろうか。

 すっかり冷えてしまったお茶をジンは一気に飲み干す。するとなんだか、渋みがさっきよりも強く感じられた。


「肉体を持つ異形。これをワタシは異形受肉体と呼称することにした。一度でも歪んだ魂は元に戻らない。それは異形受肉体でも変わらない。それを忘れないでくれ」


 ドクターの言葉。その後半部分は間違いなく、ジンに向けた言葉だった。

読んでくださった方々ありがとうございます。


GWも終盤、いかがお過ごしでしょうか。

作者は怠惰な日々を過ごしております。せっかく長期の休みなのに、こんなことでいいんでしょうか。その答えは「もちろんいいに決まってる!」です。

二度寝万歳!お昼寝万歳!


今月は、さらに2話分の更新が出来たらいいですね。頑張ります。挫けない程度に頑張ります。私のペースで頑張ります。なので、また次回をお待ちください。それでは!

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