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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
35/94

幕間 ドット家の令嬢の回想

ドラコーン視点です。

 少年はジンと名乗った。

 私ことドラコーンは内心、頭を抱えた。

 脅威度不明の調査任務。しかも合同任務の同行者が白位魔技師だと誰が予想できる?目の前の少年に任務を割り当てた愚か者に、小一時間ほど問い詰めたくもなるだろう?

 年齢を聞けば14歳だと言う。

 私よりも4歳も年下だ。

 いくら任務とはいえ、まだ成人していない子供に死なれでもしたら寝覚めが悪い。だから私は彼に、私が格上であることを強調しつつ、私の指示に従うように求めた。

 ジンは素直で礼儀正しい少年だった。私がやや高圧的な態度だったにも関わらず、嫌な顔ひとつしない。それどころか文句も言わない。丁寧に腰を折り、そして丁寧な言葉遣いで私に接していた。

 私は少々面食らった。

 この少年、存外にしっかりしている。

 だからこそ死なせたくない。

 ふと、弟がいたらこんな感じなのかと考えてみる。

 いかんいかん、私は何を考えているんだ!

 今は任務中だぞ!




 深夜、月のない夜に参拝を済ませ、この廃寺の敷地を反時計回りに巡り、墓場に出向くと死者が蘇る。

 事前の調査によって判明していた手順を実行する。

 元々は肝試しをする若者の間で流行った噂話だが、少なくない行方不明者が出ている以上、これが異界に入るための手順である可能性は高い。

 案の定、異界と現実世界との境界に遭遇した。


「恐らくここが境界だ」


 異界に入る前に念のため、ジンに異界の特性や異界に入った後の方針について説明しておくことにした。

 相手が成人前の子供ということもあって、どうしても心配になってしまう。だが異界に入れば、1人の魔技師として扱わざるを得なくなるのだから、こうして目をかけてやれるのも今のうちだ。

 私は私自身の不安を押し殺して異界へと足を踏み入れた。私の後に続くジンの顔は見えなかったが、短い時間で不安との折り合いはつけられたようで、私は少しだけ安心した。




 墓場に踏み入って暫く。

 物音を聞きつけて茂みに気を取られていた私は、地面から伸びた白い骨の腕が、いつの間にか私の足を掴んでいると知った時、思わず声を上げていた。

 私の声でジンも事態に気がついたようだ。

 慌てて薙刀の石突で、私の足を掴んでいた腕を砕いて、その拘束から逃れる。そして来た道を引き返そうと顔を上げた時、私たちはすでに囲まれているのだと分かった。

 墓場の歓迎は苛烈を極めた。

 ジンと背中合わせになり、無数に湧いては襲いかかってくる骸骨の異形を迎撃する。いざ戦闘になってみるとジンの立ち回りは一人前と遜色なかった。

 どうやら私はジンについて、酷い思い違いをしていたらしい。考えてみれば当然なのだが、ただの白位魔技師をこの調査依頼に参加させるわけがない。

 全く自分の浅慮が恥ずかしい。

 でもそんなことを言っている暇はないようだ。知らず知らずのうちに、私たちは墓場の中央まで誘導されていたのだから。




 新たに現れた骸骨は異彩を放っていた。

 人馬の異形だった。

 それが纏う魔力に込められた怨嗟だけで、私の全身は竦んでしまった。自分でも自分の反応が鈍いのが分かる。情けない。

 ジンは普通に動いていた。

 もしジンが動いていなければ、私は動けていなかっただろう。今だって逃げることばかり考えている。人馬の異形の魔力を感知した瞬間から、私という人間に刻まれた明確な死のイメージがそうさせるのだ。

 戦って勝てるわけがない、と。


「いえ、戦いましょう」


 そのはずなのにジンは、そう言い切った。

 私は逃げることを主張したが、逆に私の方が説得されていたように思う。理屈を聞けば交戦するのが最善手なのだと分かる。

 頭で理解しても、心が怯えるのは止められない。

 そうこうするうちにジンは先陣を駆けていった。

 放たれる矢を剣で弾き、人馬の異形に肉薄する。

 あれは魔力感知によって、見るよりも早く反応しているのだろう。見かけほど簡単な技術ではない。相手の間合いに飛び込む大胆さと確かな剣の腕がなければ無理だ。少しでも迷えば反応が遅れて致命傷を負う。

 あれが私にできるだろうか?

 そう考える自分が本当に情けない。

 情けなくて……腹が立つ。


「ドラコーンさん!」


 人馬の異形の突進をジンは避けたが、元より狙いは私であったらしい。人馬の異形は突進の勢いをそのままに、私を目掛けて突っ込んでくる。当たればただでは済まないな。

 ジンが、私が立ち直るまでの時間を稼ごうとしていたことには気がついていた。しかしジンの想定よりも早く、人馬の異形が標的を私へと切り替えたのだ。

 恐るべきは人馬の異形の知性か。

 ジンは経験が浅く、それを感じ取れなかった。

 私は何をしている?

 私が上手く補うべき場面だった。

 それなのに私は何をしている?

 気がつけば不思議と体の震えは治まっていた。


「白位の手前、いつまでも怖気てなどいられるものか」


 大弓から大槍に得物を持ち替えていた人馬の異形の一撃は大振りだった。そんなものは力任せの一撃に過ぎない。そんな攻撃に何を恐れることがある?

 私であれば、この手に持つ薙刀で受け流せる!


「共に戦おう。そして異形を滅する!」


 ジン。ありがとう。

 そして待たせてすまない。

 ここからは共に戦おう。




 人馬の異形を滅するには至らなかったか。

 いや、本性を表したと言うべきか。

 私の攻撃で砕け散った人馬の異形の骨片を核にして、遠目に周囲を囲んでいた骸骨たちが吸収されていく。バラバラになった骨たちは再結合され、巨大な骸骨として再誕した。

 彼奴の魔力は、かつてないほどの高まりをみせていた。私は深級の異形を見たことはないが、目の前の存在がそれであっても驚かないだろう。それだけのプレッシャーがある。

 ことここに至っては逃げるしかない。

 ただ漫然と逃げ出しても、そう簡単には逃してくれないだろう。それだけの力がこの異形にはある。だからここは2人同時に大技を放って隙を作るしかない。


「無心一流・合技……飛翔閃!!」

「火炎操術奥義!蒼炎双頭葬ーーッッ!!」


 剣を振り抜くとほぼ同時に着弾するジンの技で異形がのけぞった直後、私が放った技が直撃する。螺旋を描く蒼炎の双頭竜に巻かれたことで、異形は大きな隙を晒した。

 私たちは一も二もなく逃げ出した。

 それでも稼げた距離は僅かだった。

 ジンの声で振り返れば、蒼炎を纏う異形が木々を薙ぎ払い、私たちに迫ろうとしているところだった。

 私たちにとって幸運だったのは、あの異形は巨大である故に、思ったほど機敏ではなかったことだろうか。その分、歩幅然り挙動が非常に大きいので、全力で逃げなければ追いつかれることに変わりはない。

 このままいけば逃げ切れるかもしれない。

 もうすぐ境内に出るというところで、あの異形め。

 追いつけないと悟るや否や、両手を地面に突いて姿勢を制御し、魔力を収束し始めた。

 異形から放たれた極大の魔力が、禍々しい光となって背後から迫る。その光によって視界が塗りつぶされる中、私は気を失った。




 優しく頬を叩かれて目が覚める。

 ジンが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 任務が始まってすぐは、私の方がジンを心配していたというのに……こうしてはいられない。年上のものが年下に心配をかけるようではいけないのだ。

 すぐに立ちあがろうとして、無理だった。

 どうやら足を痛めているようだ。感触からして折れているだろう。自力で立つことは難しかった。

 これでは逃げられないな。

 それならば、せめてジンだけでも逃げて、そして生き延びてほしい。そう想いを込めて私が逃げろと言ったのに……。


「ジン、私のことは置いていけ。君だけならまだ逃げられる」

「ダメです。連れて帰ります」


 今までになく強い口調で否定された。

 任務遂行の観点から見ても、生存確率の高さから見ても、私の言っていることの方が正しいのは明白だ。

 それなのにジンときたら、私が降ろせと言っても、置いていけと言っても、私の言うことなんて聞きやしない。挙句の果てに「連れて行けると判断したから連れて行く。それだけです」などと言う始末。

 自力で歩けない以上されるがままだ。背負われて、遂に何も言い返せなくなった私は、ただ黙ってジンの背中に顔を埋めた。

 全く本当に、しょうがないヤツ。


「ジン、ありがとう」


 ジンが応えることはない。

 黙々と前に向かって駆けるのみ。

 背後から木々を薙ぎ払う音がする。

 まだ追いかけてきている。きっと境界ギリギリまで追いかけてくるだろう。異界を抜け出るまで、ジンの足が保てばいいのだが。

 今からでも降りた方がいいんじゃないか。

 そんな考えが脳裏をよぎる。

 でもその度にジンは、私を落とさないように背負い直すのだ。

 自分が恥ずかしいよ。

 犠牲になる覚悟も、救われる覚悟もできていないのだから。

 そして私はズルい女だから、生殺与奪の権を年下の少年に背負わせて、私自身は覚悟を決めることから逃げている。

 今は暫くこの汗と血の臭いに抱かれていてもいいでしょう?


「……見えた!」


 どれだけの時間が流れたのだろうか。きっとそれほど経っていないと思う。


「恐らく山門を越えれば……」

「異形は追っては来られないと」

「ああ、だからもう少し頑張れ」


 山門が見えてきたことで脱出の可能性は高まった。しかしジンの疲労もピークに達している。恐らくだが、異形に捕まるのと脱出するの、その確率は五分五分だろう。

 後ろを見るのが怖い。

 大きな死神の手が迫っているのを感じる。

 もし握り潰されるなら、その時は私1人でいい。

 半ば祈るように目を閉じた。


「はあ、はあ、はあ、はあ」

「助かった、のか」


 2人とも生きて山門を抜けることができた。

 これを奇跡と言わずしてなんと言おう。

 私は間違いなく彼に命を救われた。

 子供の、でもない。年下の、でもない。

 ひとりの魔技師に救われたんだ。

 だからこの恩は、いつか必ず返そう。

 私もひとりの魔技師として。

読んでくださった方々ありがとうございます。


あの時、ドラコーンは何を思っていたのか。それを一人称視点で書いてみました。幕間は、もう1話あります。そちらも近日中に公開する予定です。

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