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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
34/94

34 背負

お待たせしました。ちょっと長めです。

 ドクターは回収班の面々に遺体を運び出すよう指図した。この場で出来ること、現場の検分も含めてたそれらは、他ならぬドクターの手によって既に済まされている。

 回収班は持ち込んだ荷物から遺体収納袋を取り出し、異形の死体をそれに詰め込む準備を始めた。彼らは皆、下水道の悪臭に耐えかねてマスクを装着しており、くぐもった声でのやり取りだった。

 そんな一連の流れで見た彼らの準備の良さに、ジンは純粋な疑問をぶつける。


「それは簡単な理由だよ。そもそもこの装置を誰に渡したのかを考えれば、自ずと答えは出ると思うんだ」


 ドクターはジンから回収した装置、彼女が言うところの応援要請を送信した装置を手で弄びながら、答えを勿体ぶるような言い方をしてみせた。

 ジンは意地悪をされる形になったが、それはそれとして言われた通りに考えてみることにした。

 まず装置を持っていたのはノームである。ノームに装置を渡したことが答えに繋がるのであれば、ノームが装置を使う状況を明白にすればよい。

 ここでノームの仕事を思い出そう。彼の主な仕事は、外法師を誅することだと言う。装置はボタンを押せば応援を呼べるのだから、それを使うとすれば戦闘の前後、もしくは戦闘中であろう。

 ジンはそこまで考えて、ノームが部品を取り出し、装置を組み立てていたことを思い出した。それでは戦闘中には使えない。ということは戦力をあてにした応援ではないのかもしれない。加えて、寄越される応援が技術開発局の人間だとノームが確信している様子であったことも、この推測を補強している。


「……つまり、ノームさんが倒した外法師を回収する目的があった、と?」

「その通り!やればできるじゃないか!」


 はい!拍手!とドクターが手を叩いて祝福する。ジンはなんとも思わなかったが、それを横で見ていたノームからすれば、いちいち芝居がかっていて相手をバカにしている風だし、なにより拍手が下水道に反響していて、耳を塞ぎたいくらいにうるさかった。

 あまりにもジンの反応が薄いので、ドクターは早々に拍手を切り上げると、今度は急に真面目な顔で、この現場についての所見を語り始める。


「さて無駄話はこれくらいにして、皆が聞きたいであろう、現時点における私の考えを詳らかにしていこうか。まず結論から言ってあの遺体は……」


 人間のものに相違ない、とドクターは断言した。


「しかしだねぇ、歪すぎるのだよ。中身も、外も、ぐちゃぐちゃだ。何より外見上は完全に異形のソレだからね」

「結局、どっちなんだ?」

「『どっち』ではなく『どっちも』だと思うよ。そしてこの考えはノーム、キミも同じなのではないかい?」

「まあな……その可能性が高いとは思ってるよ」


 その話を聞いたジンの内心では、やっぱりかという思いが強かった。曖昧にして明らかにしていなかったものが、その正体を確定させた瞬間だった。

 強い吐き気を催したジンは、そのまま胃の内容物を全てぶち撒けてしまいたくなる。そうして楽になってしまいたいのだ、本当は。しかしそれを許すわけにはいかないとジンは考えていた。

 ウェウリンから習った異形を斬る剣で、曲がりなりにも人を斬ってしまった。その業から逃げるつもりは、ジンには毛頭なかったのである。込み上げてきたものを臓腑に下し、それと共に腹の底へと業を据えたのは、それを背負っていくという覚悟の故だった。

 そしてその覚悟をノームとドクターは敏感に察知して受け止めていた。2人は、まだ14歳のジンに、その覚悟を決めさせてしまったことを大人として不甲斐なく思った。


「ドクター、いつでもいけます」

「っと、準備が整ったようだね。いつまでもこんなところにいる意味はないし、さっさと地上に戻ろうじゃないか」

「そうだな。ジン、行こう」

「はい、行きましょう」


 来た道を戻る形でジン達は、無事に地上へと戻ることができた。外は既に暗く、夜が街を覆っていた。

 ドクターを含めた技術開発局回収班の面々は早速、連盟支部に遺体を持ち帰って、詳しく調べてみると言う。その際、ノームが「まさか歩いて持ち帰るわけじゃないだろう」と訊ねると、ドクターは勝ち誇った笑みを浮かべて乗り物を手配してあると言った。


「その乗り物とはホバーライドなのだよ!」

「オイオイ、あれ高かったろう。よく技術開発局の予算を回せたな?」

「まさか!借りたんだよ」

「まさか連盟支部所有のを無断で……」

「だって使用許可を申請しても受理されないし?ちょっと借りてもバレないバレない。ちゃんと戻しておくから大丈夫だってば」

「おじさん、しーらね」


 どうやらドクターは無断で乗り物を拝借してきたらしい。

 それは流石にまずいだろうとジンでも思うのだが、ノームは聞かなかったことにして知らんぷりをするようなので、ジンもそれに倣って聞かなかったことにするのだった。

 ちなみにホバーライドというのは浮遊自動車とも言い、文字通り浮遊する乗り物で、地面から10センチほど浮遊して走行することができる。昔は牽引する動物や車輪が必要だった車だが、数十年前に浮遊を可能とする鉱石が発見されてから事情は大きく変わった。その鉱石の利用方法のひとつがホバーライドというわけだった。

 ホバーライドと根幹にある鉱石の存在、そしてそれに伴う技術革新が、メモレクサス東部の工業地帯を寂れさせる主原因になったのだが、今は関係のない話だ。

 とにかくドクター達はホバーライドに乗って行ってしまった。残された2人は、これからの方針について話し合う。


「さてと、おじさんは臭いを落としにいくとするかな。このまま報告に行ったりしたら、門前払い食らうのは目に見えてるからね」

「そうですね。僕も帰ったら、すぐに臭いを落としにかかります。というか落ちますか?これ?」

「落ちてくれないと困るなぁ……と、そろそろ解散しようか。何か分かったらウェウリン経由で連絡する。じゃあお疲れさん」

「はい、お疲れ様でした」


 軽く頭を下げるジンに、ノームが軽く手を振って応える。その後ろ姿が闇に溶け込むのを待って、ジンも帰宅するべく歩き出した。

 これは余談だが、帰ってから水浴びを繰り返したり、あの手この手で洗っても、下水道の臭いは暫く残っていた。薄くはなっても消えることはなかったのである。

 ジンもノームもドクターも、そしてジョンソン他、回収班の面々も。皆が皆、共通の認識として、出来れば二度と下水道には入りたくないと思ったのは当然のことなのだった。




 紫色の火が点いた蝋燭が、ただでさえ暗く冷たい地下室を、さらに不気味に照らしている。石積みの壁には灰色で編まれた壁掛けがいくつもかけてあって、その全てに白と黒の混じり合う渦が描かれていた。

 この不気味な地下室の一際大きな壁掛けの下には祭壇があり、そこには顔の無い人型の偶像が祀られている。その偶像を崇拝し、祈りを捧げる人物がいた。

 その人物は灰色のローブを纏い、これまた灰色のフードを目深に被っていて顔は見えない。しかし床に膝をつき、両手を胸の前で組んで祈る姿は、敬虔な信徒のソレであった。


「くっくっく、失敗作とはいえ存在が明るみになった以上、取れる手段は1つのみ」


 老若男女。そのどれでもなく、しかしそのどれでもある。そんな妖しい声で、その人物は嗤っていた。


「……ガント」

「ここに」


 声を張るでもなく、それでいて不思議と通る声で名を呼ぶと、先ほどまで誰もいなかった場所に老人が現れた。老人は力に溢れており、歳を感じさせない体躯を誇っている。

 老人は跪き、顔を伏せて言葉を待った。その姿勢と態度は主従関係を彷彿とさせる。事実、老人は自分が従う側であることを自覚していたし、それを自ら望んでいた。老人の内を占めるのは、目の前の人物への絶対的な忠誠と心酔と崇拝であったからだ。


「アレを解き放つぞ」

「……時期尚早では?」

「確かに。だけど未完成のものを飼い殺す手間を考えると面倒だ。それに失敗作とはいえアレが露見した以上、遅かれ早かれ技術開発局はその正体を見破るだろう?それならいっそ使える時に使ってしまった方がいい」

「誰に任せるおつもりで?」

「そうだなぁ」


 灰色のローブの人物は考え込む。しかし相応しい人物というものに中々思い至らない。そうして熟考を重ねる内、ついに適当な人選を見つけたらしい。


「あの髪の長い彼に任せよう」

「彼奴ですか……」

「もし彼が危なくなったら、その時はガント、君が助けてあげて欲しい。頼んだよ」

「承知しました。それでは早速、準備に取り掛かります」

「うん、よろしくね」


 言うが早いか、老人は姿を消した。

 相変わらず真面目な部下に苦笑しつつ、灰色のローブの人物は、再び胸の前で両手を組んで祈りを捧げる。


「世に混沌のあらんことを……さあさあ、私を楽しませてくれ」


 地下室に高笑いが響く。

 その嘲笑を聞くものは誰もいない。

読んでくださった方々ありがとうございます。


追記。一部改編しました。

・改編前

「さあさあ、私を楽しませてくれ」


・改編後「世に混沌のあらんことを……さあさあ、私を楽しませてくれ」

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