表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
33/94

33 応援

お待たせしました。今回は少し長めです。

 顔を拭った手に付着した赤い液体から感じる体温に、ジンの手は震えていた。彼は、自分が斬ったものの正体に確信が持てなくなっていた。


「ジンっ」


 ノームが駆け寄って、ジンの正面に回る。

 ノームはジンの肩を掴んで揺さぶりながらゆっくりと、そしてはっきりとした発音で断言した。


「ジン、お前さんが斬ったのは間違いなく異形だった。元が何であれ、それだけは狂いようのない事実だ。いいな?」


 ジンの瞳を覗き込むと幾分、落ち着きを取り戻しているようだったので、ノームは嘆息して掴んでいた肩を離した。

 少し時間を置いた方がいい。そう判断したノームは、ひとりで遺体の検分に移る。


「ちっ」


 それは小さな舌打ちだったが、場所が場所だけに、やけに大きく響いた。

 異形は通常、死体を残さないが、この異形には死体がある。よくよく観察してみると、血に塗れていて分かりにくいが、遺体は衣服を身にまとっているようだった。

 ノームの中で憶測が確信に近づく。

 遺体からは身元を証明出来そうな物品は見当たらなかった。確信に近いだけであって、未だ確信ではないのは、この場に限ってはよかったのかもしれないとノームは考える。特にジンのことを思うと気の毒で仕方ない。


「おっと、あれは……」


 ペンライトを向けた天井には、異形が爪を埋めて天井を掴んでいた痕が残っていた。そのことから分かるのは、つまり異形は異界を広げてはいなかったということだ。

 異界の中で如何に物が壊れようとも、それは異界の中での出来事。異形が消滅すれば異界も消滅し、異界内で起こった建物や地形の破壊は現実に反映されない。

 もうひとつ奇妙な点がある。

 それは異形が異界を広げる理由に起因している。


「異形は魔力そのものだ。ゆえに絶えず拡散する魔力を抑えるために異界を広げる。だとするとこの状況はおかしい、か」


 人間には肉体がある。

 魔力はひどく概念的なエネルギーだが、肉体という物理的な器があることで、大気中への拡散を防げている。逆に言えば、物理的な器がなければ拡散してしまう。

 異形は魔力の塊、あるいは魔力そのものであるから、現実世界で存在を保つのが難しいのである。よって異界を広げる。

 一連の猟奇殺人の犯人だと思われるこの異形は長い間、少なくとも最初の事件から存在していたのであれば、恐ろしいことに2年もの間、異界を広げずに存在を保っていることになるのだ。

 それを可能とする方法がひとつだけある。

 物理的な器があればいい。


「技術開発局の連中なら解明してくれるかもな。俺の推測を裏付けてくれることに期待しよう」


 ノームは検分を終え、懐から幾つかの部品を取り出し、それを組み立て始める。そうして出来上がった装置。これも技術開発局から供された試作品だった。


「ジン、大丈夫か?」

「……はい、ご迷惑を、おかけしました」

「……いや、いい。ひとつ仕事を頼みたい」


 今しがた組み立てた装置を持って下水道から脱出し、外でこの装置を起動させる。


「起動させるスイッチはこれだ」


 そう言ってノームは装置についた赤いボタンを指差した。


「おっと、今は押すなよ。おじさんもこれを使うのは初めてなんだ。本当に有効かも分からない」

「その後は?」

「血まみれのところ申し訳ないが、下水道入口で待機してくれ。暫くして到着するはずの応援を、俺のところまで案内してほしい」

「分かりました。ノームさんはここに?」

「ああ、現場を押さえておかないとな。そうだ、これも持っていけ」


 ノームは持っていたペンライトをジンに手渡した。


「でも、それじゃあノームさんが」

「暗い中でじっとしてるだけだよ。なんの心配もない。それともジンは、ここに戻ってきちゃくれないのか?」

「まさか!そんなことはしません!」

「なら大丈夫だ」


 仕事を振ったことで気が逸れたようだ。信頼を示したのも大きいだろう。この分なら大丈夫だと、ノームは安心してジンを送り出すことができた。

 ジンは決意を込めて頷くと託された装置を持って、下水道の来た道を戻っていった。ノームから手渡されたペンライトは非常に役立ってくれた。また、もともとそのつもりでつけたのだが、壁に残した傷が目印となって迷わずに済んだのは僥倖だった。

 梯子を上って下水道から出ると、外は日が傾き始めていた。どうやら結構な時間を下水道で過ごしていたらしい。

 ジンは手元の装置に目を向けた。

 棒状の金属で、先端は蕾のように閉じた球体。その付け根に赤いボタンがあった。


「これを押せばいいんだな」


 もどかしくも血に滑る指で、ついにボタンを押し込むことに成功する。

 カチッと音がして蕾が開いた。それは花というよりは傘のようだった。傘は開き切るとピピっ、ピピっ、と継続して音を鳴らした。


「これでいいはず。あとは応援が来るまで待機」


 やることがなくなった途端、全身にこびりついたむせかえるような血の臭いが、ジンが斬ったもののことを思い出させた。

 結局、その正体は何だったのか。

 ノームも言っていたが異形であるのは間違いない。しかし、それだけではないのだとジンも勘づいている。なによりも異形を斬った時の生々しい感触の気持ち悪さが、如実に訴えかけてくるのだ。

 とはいえ、その正体を確定させることは出来ない。少なくともジンには難しい。正体を知るためには、より詳しく遺体を検分しなければならないが、そういったことはその道の専門家でなければ分からないものだ。


「音が止まった?」


 手元の装置は暫くの間、継続して音を鳴らしていたのだが、やがて開いていた傘を閉じて音を鳴らすのをやめてしまった。それ以降は何度ボタンを押してみても、一切の反応を示さなくなったのだ。

 ジンは装置が壊れてしまったのだと思い慌てたが、実はこの装置は使い切りのものだ。1度の起動で充填していたエネルギーを全て消費してしまうのである。


「どうしよう。一度、ノームさんの所に戻った方がいいのかな……いや、でも待機を命じられたしな。これでいいんだ。うん」


 ジンが不安と戦っているうちに、それなりの時間が経過した。空が茜色になる頃、近づいてくる複数の足音をジンの耳は捉えた。

 ジンが足音のする方向を見ていると、そこの角を曲がって5人の人影が、ジンのいる路地に入ってくる。

 作業着の上に白衣という奇妙な出立ちをした彼らは、薄暗い路地に佇む血塗れの少年にギョッとして立ち止まった。

 しかし、リーダーと思われるメガネをかけた背の低い女性が、少年を指を指して何か言うと、その先を見た彼らは警戒を解いて、ゆっくりとした足取りで少年に近づいた。


「魔技師連盟メモレクサス支部技術開発局回収班、現着した。応援要請を受信したが、送信したのはキミか?」

「えっと、この装置を使ったという意味で合ってますか?だとしたら、その通りです。僕がボタンを押しました」

「そうか。しかしキミも中々興味深いな。ぜひ名前を聞かせてくれ」


 技術開発局の回収班を自称する、リーダー格と思われる女性が突然、グッと顔を寄せてきたことに少し驚きつつも、ジンは請われるがままに名乗った。


「は、白位魔技師のジンです……」

「ジン。いい名前だな。うん。それでジン。ノーム氏はどこにいる?知っていれば案内を頼みたいのだが?」

「あ、はい。分かりました。ノームさんにも案内をするように言われていますので……えっと、その、なんと呼べば?」

「おっとワタシとしたことが失念していた。ドクターでいい。ワタシのことは皆そう呼ぶからな」

「は、はあ……」


 彼女、ドクターが連れてきた面々を見れば皆が一様に苦笑していた。どうやらドクターの一連の言動は平常運転らしい。

 彼らのうち大柄な男性が前に出てきて、ジンには非礼を詫びる。


「うちの局長がすまないな。あれで悪い人ではないんだ。許してやってくれ」

「それはなんとなく分かります。初めは少し驚きましたけど、不快とかそういうのはなくて、なんというか興味があることに真っ直ぐな人なんだな、と」

「そうか、ありがとう。俺はジョンソン。詳しいことは道中話そう。それと仲間の紹介もな。じゃないとあの人そろそろ……」

「いつまで喋っているつもりなんだ。早く行くぞ!」

「ほらな?」


 肩をすくめるジョンソンに、苦笑を返したジンは、ドクターに急かされて下水道の入り口に立った。


「この中を進みます。ついてきてください」


 ジンが先に梯子を下りる。その後にドクターたち回収班の面々が続く。こうして彼らは暗闇と悪臭の中に降り立った。

読んでくださった方々ありがとうございます。


新キャラ登場!

この辺りから世界観の説明をねじ込んで行く予定です。


それから今更なのですが「レビュー」や「感想」そして「ブックマーク」など、当作品を面白いと思ってくださった方は是非お願いします。いや、ほんとに今更ですね。

でも作者、密かに待っておりますので……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ