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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
31/94

31 追跡

お待たせしました。

この辺りは、ちょっと嫌な表現や描写が多いかもしれません。苦手な方はご注意を。

 異形の怪物に立ち向かうのと、実際に人の死に立ち会うのでは、必要とされる勇気が変わってくる。

 幸いにも被害者の遺体は現場に残されていなかったから、ジンは想像の産物を頭の中から追い出すことができた。


「他に分かったことは?」


 ノームの問いにカンバートが答える。


「事件の現場はどれも離れているし、法則性らしきものは見出せていない。あとは、そうだな……被害者の身元と、当日の足取りくらいだな」

「重要だな。聞かせてくれ」

「分かった」


 被害者は40代の男性。生前は工場に勤めていた。

 事件当日。

 被害者の男性は、この日も夜遅い時間まで同僚たちと残業をしていた。そして仕事を終えると歓楽街に繰り出し、同僚と飲み屋で酒を飲んだ。暫くして飲み屋を出た被害者は、そこで同僚と別れた。

 帰宅の途に着いたはずの被害者は翌朝、この路地で冷たい遺体となって発見された。


「なるほど。ちなみに被害者の住居は?」

「ここからそれほど離れてない。歓楽街を出て少し歩いて着く距離だ。どうやら通勤路の道すがらに、この歓楽街があるらしい」

「もう調べたか?」

「どうせ安くてボロい借家だったよ。あんまりいい生活はしてなかったみたいだな。手がかりになりそうなものは何もなかったよ」

「だろうな。それじゃあ、少し現場を調べるけど構わないな?」

「ああ。勝手にやってくれ」


 これで事件について粗方の事は聞けたらしい。

 現場を調べると言ったノームは、人型の白線の前に立っている。それに倣ってジンも人型の白線の前に立ってみた。

 ジンが改めて観察してみると、どうやら人型の白線は路地の端にあって、横になった人間がそのまま蹲ったような形をしているようだ。また、その白線の内から外にかけては、黒い大きな染みが出来ていた。それが被害者の大量出血の跡なのは明白だった。

 ジンが隣にいるノームの様子を見ると、顎に手を当てて難しい顔をしていた。


「どうかしたんですか?」

「んー、いや、どうして被害者が、こんな路地を通ろうと思ったのか気になってね」


 まだ昼前にも関わらず、路地は薄暗い。

 これがもし夜であれば、視界は漆黒の闇に塗り潰されてしまうに違いない。


「被害者は灯りを持っていたのでしょうか」

「聞いてみるか……カンバート、発見当初の被害者の所持品を教えてくれ」

「財布と鍵だけだった。どちらもズボンのポケットに入っていたよ。鍵は被害者宅の玄関扉のものだと分かっている」

「灯りを持っていなかったとすると、やっぱり不自然ですね。もしくは犯人が灯りを持ち去った?もしもそうなのだとしたら、いったいなぜ?」

「情報が足りないのに考えても仕方ないさ。幸いというか、まあ十中八九罠だろうが、犯人は痕跡を残している」


 あれだ、とノームが指差す方を見たが、ジンには彼が何を指差しているのか分からなかった。しかしよくよく目を凝らして見ると、地面から何か靄のようなものが昇っている。

 それは本当に微かな気配を持っていて、見ようとしなければ見えないし、感じようと意識しなければ感じ取れない。それほどに希薄な存在感しか持っていなかった。

 ジンは勘覚によって、その靄の正体を悟った。


「あれは魔力?」

「正解。正確には魔力の気配だとか、魔力の残滓だとか呼ばれるものだ。人によっては痕跡とも言う。魔技を行使すると、暫くその場に残るんだ」

「それが残っているということは」

「その人物は魔技を使った後、路地の奥に向かった。そしてその人物は犯人である可能性が高い。つまり犯人は……」

「外法師……」


 ノームは頷きながら、しかしどこか違和感を覚えていた。それが具体的に何なのかは本人にも分からなかったが、その違和感を明らかにする方法は心得ている。

 この魔力の残滓を辿った先に何が待っているのか。もしかしたら前代未聞の事態に遭遇するかもしれない。

 ある種の予感もしくは妄想。

 自身の勘覚が伝えてくる感覚をノームは信じている。だからこそ、それを念頭に置いて行動すると決めていた。何かあった時、その何かが分からなくても、少しの心構えがあるだけで生を拾うこともあるからだった。


「さてと、この先は危険だ。気を引き締めていこう」

「はい」

「どんなに些細なことでも、何か気が付いたら教えてくれ。それじゃあ追跡しようか」


 カンバートに「何か分かったら知らせる」と声をかけてから、2人は魔力の残滓の追跡を始めた。

 ノームを先頭にして、その後ろをジンがついていく形で、痕跡を辿り、路地の奥へ奥へと入り込んでいく。

 路地は決して清潔な場所ではない。特に歓楽街ともなれば、どこかすえた臭いの漂う、極めて不快で不衛生な場所となる。

 そんなところを黙々と進んでいく。

 幾度目かの角を曲がった時、ノームが足を止めた。辺りは一層、不快な臭いが強くなっていて、顔が険しくなるのを止められないほどだった。


「下水道だ。痕跡は下水道に続いているぞ」

「じゃあこの臭いの正体って……」

「そういうことになるな」

「最悪ですね」

「同意見だが、分かったこともある。カンバートが、事件現場はどれも離れていると言っていただろう?」


 ジンが記憶を思い起こしてみると、確かにカンバートはそう言っていたようだった。


「その理由が下水道にある。メモレクサスの下水道の歴史は古い。街の至る所に出入り口があり、地下深くまで伸びていて、実際には街そのものよりも広いと考えられている」

「つまり犯人は下水道を利用して事件を繰り返したと?事件の間隔が空き過ぎていて、決定的とは言えないのでは?」

「だが現実に、痕跡は下水道に続いている。犯人が下水道を利用したのは間違いない」


 ノームの言葉には真実がある。

 正しさとは現実を突きつけるナイフと同じだ。

 現実の問題として、魔力の残滓が下水道に続いている以上、追跡を続行するためには、下水道に入らなければならないのである。そこがどれだけ鼻の曲がりそうな悪臭に塗れた場所であってもだ。


「覚悟は決めました。行きましょう」

「おじさんの覚悟は決まってない」

「往生際が悪いですよ」


 呆れたようなジンの言葉には、流石にくるものがあったのだろうか。ノームは下水道の入り口を塞いでいる丸蓋を外すと、酷い臭気を浴びながら、渋々だとか嫌々だとか表現される態度でもって梯子へと足をかけた。

読んでくださった方々ありがとうございます。


汚い場所を進む都合で、どうしても嫌悪感が前に出過ぎてしまうかもしれません。幕間を挿入してお茶を濁すことも検討しておきます。

幕間、何がいいですかね。それも検討しておきましょう。


それでは、また次回をお楽しみに。

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