30 現場
2月中は間に合いませんでした。
翌日。
ジンは早い時間に家を出て、例の喫茶店へ向かう。すると開店前にも関わらず、いつもの見慣れた黒い外套を羽織ったノームが、すでに店先で待っていた。
「おはようさん。随分と早いな」
「ノームさんも。まだ時間はありますが」
「大人は社会に縛られ、時間に急かされる生き物なんだよ。面倒なことにね」
「そうですか。それで今日はどちらへ?」
「歩きながら話そう。目的地は遠くない」
昼前の人気のある大通りに出る。
春の陽気と冬の寒さの中間で、衣替えも間近という時期、天気もそれほど悪くないものだから、外出している人も多いのだろう。
昼食は何にしようだとか、どこそこの奥さんがどうだったとか、そんな他愛もない話が雑踏に混じって聞こえてくる。ジンは耳に入ってくる話の中に、少し毛色の違う噂が蔓延っていることに気がついた。
「猟奇殺人事件……?」
「お、耳聡いね。今回のおじさんの仕事は、その事件に関係しているんだよ」
ジンはノームから話を聞く過程で、件の変死事件の概要を知った。
2日前の深夜に殺人事件があった。場所は歓楽街の飲み屋が立ち並ぶ一画、そのさらに奥まった通りだった。被害者は肩部から胸部にかけてを引き裂かれて死んでいた。
「一般に公開されているのはここまでだが。噂になるのも無理ないよ。こんな死に方してるのが、この2年間で5件もあるんだから」
「5件も?」
「そう。行方不明件数も近年は右肩上がりだし、ほんと嫌な世の中になったもんさ」
そんな巷を騒がせる大事件を知らなかったことに戦慄しつつ、もう少し世情に目を向けようかとジンは反省した。手始めに新聞でも取ろうかと考えて、まだノームに聞くべきことがあったと思い出した。
「少し気になったんですが、一般に公開されているのはここまでと言いましたよね?それでは、まるでノームさんはそれ以上を知っている風に聞こえます」
「そう聞こえたならそれは正しい。そう聞こえるように話したからね。おじさんの仕事については昨日、少し話しただろう?」
「それはつまり外法師の仕業だと?」
「少なくとも一般人には無理だ。だが、あるいは魔技師だったものになら可能かもしれない。そう考える根拠は幾つもあるけど……」
そこでノームは言葉を切って足を止めた。
釣られてジンも足を止める。
ノームの視線の先では、ある路地の入り口を2人の護憲兵が封鎖していた。誰も立ち入らないように見張っているのが窺える。
「あの先が現場だ。この腕章を付けてくれ。身分と待遇を保証するものだから、くれぐれも失くさないように。また支部長に叱られるのは、おじさんも嫌だからね」
ジンが受け取った腕章を右腕に付け終わる頃には、ノームも腕章を付け終えていた。準備が整ったところで、2人は堂々と正面から護憲兵に近づいた。
護憲兵は近づいてくる人物に警戒心を抱いた。それは30代〜40代の男が、みるからに10代の少年を連れ立って近づいて来たのもあるし、猟奇的な事件が起こってから間が空いていなかったこともある。
「止まれ。この先、一般人は立ち入り禁止だ」
「分かってる。ほれ」
ノームが自分の腕章を指差す。それを見た護憲兵はあからさまに態度を変えて「はっ!失礼しました!どうぞお通りください!」と敬礼で道を譲った。もうひとりの護憲兵は同様に道を譲りながら「いやしかしこんな若者が?」などとぶつぶつ呟いていた。
護憲兵が仕切る現場に、自分のような若造が立ち入れば、それは納得できないのも仕方ないとジンは思った。それはそれとして陰湿な路地を進んでいく。
ノームとジンが並んで歩くと少し窮屈な程度の広さしかない路地。その先の地面に白線で象られた人型があった。ここが現場なのだと直感させると共に、その場にはジンも見覚えのある1人の護憲兵が立っていた。
「カンバートさん?」
「おや、君は……確かジンだったか?」
「はい、お久しぶりです。父の形見を受け取った際にお会いして以来ですね」
「そうだったな。その、お父さんのことはお気の毒に」
「ありがとうございます」
以前に一度だけ顔を合わせた、それだけにも関わらず、カンバートはジンのことをよく覚えていた。
かつて彼の目に映ったジンの姿は、まさしく悲劇の人であった。身近な人の死に触れて慟哭する少年。涙を枯らした後の少年の虚ろな心に、カンバートは胸を痛めていた。
「なんだ、2人は知り合いだったか」
「会うのはこれで2度目だ」
「初対面じゃないならそれでいいよ。ジン、コイツと俺は学生時代の同級生なんだ。それにコイツは魔技師のことも知ってる」
「おいおい、コイツとは随分じゃないか」
ノームが親しげに関係を明らかにすると、カンバートは苦笑を浮かべた。
「俺は魔技師になれなかったんだよ。才能に恵まれなくてね。まあ、俺のことはいい。それよりジン、君は魔技師になったんだな?」
「はい。師匠……ウェウリンさんに修行をつけてもらいました」
「そうか……あのあとウェウリンが君を引き取ったという話を聞いて、薄々そうなるだろうとは思っていたんだ。いやしかし、ならどうしてノームと一緒に?」
「俺はそのウェウリンに頼まれて、ジンを助手として連れてきたのさ」
「なるほど、そういうことか」
納得したように頷くカンバート。どうやら聞きたいことは聞けたようだ。
「さて、それじゃあ事件について話をしようか。少し進展があったんだ。簡単に過去の事件を振り返りながら話すぞ」
そうしてカンバートは事件について話し始めた。
最初の事件が起こったのは2年前だった。被害者は肩部から胸部にかけてを引き裂かれて死んでいた。
それから1年の間隔が空いて2件目の事件が、その半年後に3件目が、そのさらに3ヶ月後には4件目の事件が起こった。
そして5件目の事件が、4件目から3ヶ月後の先日、この路地で起こったのだ。
「間隔が短くなっている?」
「そう、そこなんだ。上も魔技師連盟も、同様の懸念をしていると思うが、このまま犯人を野放しにしておくと、さらに短い間隔で殺人が起きる可能性がある」
「危険だな。よし、続けてくれ」
ノームが続きを促されたカンバートは、次に事件の共通点について語った。
発見された遺体の状態から、事件は必ず深夜に起きていると推測されている。また、被害者は皆、1人でいる時に襲われて同じ殺され方をしている。
「それでだな、被害者は、その……」
「なんだ、はっきり言ってくれ」
「わ、わかった」
カンバートは気を悪くしないように前置きをしてから再び口を開いた。
「被害者の遺体からは心臓が見つからなかったんだ。解剖した者が言うには、肩から胸にかけてを引き裂かれて出来た傷口から、直接手を入れて抜き去ったんじゃないかと……」
その場に重い沈黙が降りた。
実際に行われたのであろう犯行の一部始終を克明に想像させる言葉に、ジンは軽い吐き気を催した。今立っている場所が、犯行の現場であることもそれを助長させている。
口を開こうにも言葉が見つからず、ジンは吐き気を堪えながら押し黙る他なかった。
読んでくださった方々ありがとうございます。
3月です。花粉が辛い季節ですね。作者は花粉症です。毎年「目が腐るんじゃないか」と、ひいひい言いながら苦しんでいます。
さて、カンバートさん久々の登場につきまして、少し補足を入れたいと思います。
カンバートさんのように魔技師になれなかった人や、異形とか外法師について知っているけど魔技師ではない人の中には、民間の協力者として、魔技師連盟に情報を流す人が一定数います。
魔技師連盟内にある情報局という場所では、そういった情報を精査して、適当と思われる魔技師に調査を依頼したりしています。
ちなみに情報局が作中に登場するのは、かなり先の方です。考えている話の筋が逸れてしまえば、そもそも登場しないかもしれません。
例によって例の如く「予定は未定」なのです。
3月中に1〜2回更新できたらいいな、と願望を文章に起こしまして、この辺りで後書きを終わります。また次回を楽しみにお待ちください。




