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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
29/94

29 喫茶

お待たせしました。

 ジンが初任務を終えてから1週間が経った。

 この1週間のうち、最初の2日は休息日として充てられたが、ジンはがむしゃらに素振りをすることに費やした。

 その後の5日間、ウェウリンはジンに修行をつけた。しかし、それは今ある基礎を固めるものでしかなく、ジンの胸の内に燻る焦燥を打ち消すものではなかった。

 そんなジンの胸中を案じたウェウリンは、とある人物に連絡を取って、約束を取り付けた。それが誰かは教えなかったが、ジンとも面識のある人物だった。

 大通りから少し外れたところにある隠れ家的な喫茶店。ジンはウェウリンから指示を受けて、そこを訪れた。


「いらっしゃいませ……」


 ドアを開くと共に、喫茶店のマスターの渋声が入店を歓迎する。入ってすぐに芳醇なコーヒー豆の香りがジンの鼻をついた。カウンター裏の壁に備え付けられた棚には、茶っこい豆の大量に入れられた瓶が、おそらく数十種類はくだらないであろう、整然と並んでいる。香りの大元は明らかだった。

 改めて見回すと狭い店内だ。

 店内はビンテージな品で調えられていて、とても落ち着いた雰囲気が演出されている。カウンター席を含めても5〜6人が座れれば良い方だろうか。あるいは、それで問題ないのだろう。この店が実益を求めているのではなく、マスターが趣味でやっているのだということは、なんとなく察しがつく。

 店内にはマスターを除くと1人しかいなかった。彼が約束の人物に違いない。ジンはそのように当たりをつけて、カウンター席に座したその人物の隣に腰掛ける。

 横目でちらりと見て、ジンはわずかに目を見開いた。


「ノームさん、こんにちは。先日はお世話になりました」


 多少なりとも驚いたにも関わらず、普通に挨拶をするジン。ノームは可笑しさから込み上げてくる笑いを抑えるのに苦労した。

 いつまでも黙っていては不信感を与えてしまう。不自然にならない間を使って笑いを押し込めてから、ノームはようやく口を開くことができた。なおも顔が少しニヤついていたので、その努力は無駄に終わった。


「ああ、こんにちは。おじさんの方こそジンには世話になったよ。報告書を支部長に届けてくれてありがとうね」


 2人は挨拶もそこそこに飲み物を注文する。

 ノームはマスターオリジナルブレンドコーヒーを頼んだ。彼はブラックが好きなので砂糖とミルクは入れない。そして勝手がわからないジンは、彼と同じものを注文する。


「大丈夫かい?この店はカフェオレもあるよ?」


 魅力ある提案にジンは揺れた。


「……とりあえずブラックで」

「当店では砂糖とミルクを別にお付けしていますのでご心配なく……」


 並々ならぬ葛藤の末に決断したジンには、マスターの用意した逃げ道が有難くもあり、少し恥ずかしくもあった。

 注文を受けたマスターは棚からいくつかの瓶を取り出した。コーヒーを提供する準備は淀みなく行われる。その様が、来店したお客に飲む前から美味しさが保証されているような、そんな安心感を与えるのだ。

 マスターを横目に、ジンはノームに本題を尋ねようとする。


「今日は師匠に言われて来たのですが……」

「ああ、君の師匠に頼まれたんだ」

「何をです?」

「おじさんの仕事は外法師、悪い魔技師をやっつけることなんだけど、それに連れて行ってやってくれってね」

「それを引き受けたんですか?」

「彼女には恩があって、断るに断れないんだよ」


 どこか遠くを見ながら、ノームは頬をかいた。

 ジンは、ノームとウェウリンの関係を尋ねることもできたが、しかし深く詮索しない方を選んだ。


「それに関係各所への根回しも完璧でね。恩がなくても断れなかったと思う」

「それは……」


 なんともウェウリンらしいな、とジンは思った。


「お待たせしました……」


 ソーサーに乗ってコーヒーカップが提供される。立ち昇る湯気に含まれた今までに嗅いだことのない、とても芳しい豆の香りに導かれるままに、ジンはカップを口へと運ぶ。


「お、美味しい!」

「うん、やっぱりこれだなぁ」


 隣ではノームも満足げにコーヒーを飲んでいる。

 ジンは以前、自分で淹れたコーヒーとの差に強い衝撃を受けていた。それこそ差と呼ぶのも烏滸がましいくらいで、天と地ほどの開きがある。いやそもそも、あれはコーヒーとすら呼べないのではないか?

 ともかく、これだけ美味しいものならば、ジンの父が毎朝かかさず飲んでいたのも納得というわけだった。


「美味しかったろう?」

「はい、とても」

「そりゃよかった」


 コーヒーに夢中になっている間に、カップの中は空になっていた。もちろんノームのカップの中身もなくなっている。


「さて、明日になったら、またこの店に来てくれ。時間は、この時間でいい。早速、仕事を始めよう」

「明日の、この時間ですね。分かりました」

「よし、じゃあまた明日な……マスター!勘定を頼む」

「はい、2杯で……」


 ノームが席を立つのに合わせて、ジンも席を立つ。

 自分の分くらい払うとジンは言ったが「ここはおじさんに見栄を張らせてくれ」というノームの説得とも言えない言葉で、大人しく奢られることにした。

読んでくださった方々ありがとうございます。


明日、2月14日はバレンタインデーですね。

チョコレートを貰えるイベントですが、私は貰ったことがありません。貰えるという淡い期待は学生時代に捨てました。

チョコレートを食べていないのに、心の中に広がったあのビターな味わいを、私は生涯、忘れることはないでしょう。


苦い思い出の話は終わりにして、今月中にもう1話更新できるように頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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