26 封筒
あけましておめでとうございます!
新年早々めでたい報告を後書きに載せております。
「あ、そうそう。おじさんはノームって名前だから。支部長に何か言われても、おじさんの名前出しとけば大丈夫だと思う。それじゃあ、報告書の件は頼んだよ」
言いたいことだけを言って、黒位の魔技師は行ってしまった。去り際にノームと名乗っていたが、しかしその名乗りは一方的なものであり、ついにジンとドラコーンが名乗る機会は与えられなかった。
「行ってしまったな」
「はい。掴みどころのない人でした」
ノームが山の中に消えていくのを見届けた2人は、そんな感想をもらした。
あの軽い調子で話されては、そのように思われても仕方ない。だが、実力のほどは確かである。それだけ治癒術は、とりわけ他者に施す治癒術は難易度が高いのだ。
ドラコーンは足の調子を確かめながら、彼の熟練に舌を巻いた。綺麗さっぱりと痛みが引いていたからだ。完璧な治癒だった。
日の出は既に過ぎている。
異界に潜んでいる異形は強い。その脅威度を大幅に上方修正しなければならない。そのためには情報を持ち帰り報告する必要があり、そしてそれは早い方がいい。怪我が治っているなら尚のことである。
同日の昼下がり。
ジンとドラコーンはメモレクサスに帰還すると、そのまま連盟支部に足を運んだ。
ドラコーンが支部長室の扉を叩く。
「入ってくれ」
「失礼します」
招き入れる声に従ってドラコーンが扉を開けて、部屋の中へと入る。その後に続いてジンが入室した。
執務机で書類に目を通していた支部長が顔を上げる。
「よく生還してくれた。まずは報告を聞こう」
ドラコーンが口頭で事細かに報告する。
報告の様式に則りつつも、聞かせる相手に理解を促す言葉選びのなされた内容は、彼女の優秀さを伺わせるものだった。体験から事実を抽出して要点を押さえるのは、自分が思っている以上に難しいものだ。
「……報告は以上です。残念ながら行方不明者の発見には至りませんでした」
今回の任務には行方不明者の捜索も含まれていた。ドラコーンは異界の内外を問わず、つぶさに観察していたが、行方不明者と思しき人影は捉えられなかった。
魔技師の任務で行方不明者の捜索とあった場合、行方不明者の生死は問わないことが多い。異界に足を踏み入れた一般人が生きていることは、極々稀だからだ。
そもそも行方不明者自体が残っていないこともある。そのため見つからなくても問題がないようにされているのだ。
報告を聞き終えた支部長が、ドラコーンとジンに、いくつかの質問をする。
「調査、ご苦労さま。ドラコーンくん。君の見立てで結構だが、件の異形の危険度は、どの程度だったのか。ぜひ教えてほしい」
「上級でも上位。深級でもおかしくはないかと。付け加えるならば、さらに上の可能性も十分あり得ます」
「ふむ……ジンくんは、どう思う?」
話を振られたジンは、少しだけ考えたあと口を開いた。
「概ねドラコーンさんと同じです。しかし異形からは、怨念の集合体といった印象を受けましたから、深級以上として対応するのが適切である、と考えます」
「なるほど、ありがとう。参考になった」
ジンは異形のチカラが、まだまだ増す可能性があると考えていた。そして、その危惧は正しく支部長に伝わった。
だからこそ支部長の判断は早い。
「本件は青位以上の魔技師に打診し、引き継ぐものとする。この報告を終えた時点でドラコーン黄位魔技師、ジン白位魔技師両名は任務を遂行したものとし、今この時をもってその任を解く。他に報告しておくべきことはあるかな」
ここしかない。
ジンは懐から封筒を取り出した。ノームから預かった封筒である。中には報告書と思われる紙束が、ぎっしりと詰められている。
「ノームという黒位の魔技師から預かりました。支部長宛の報告書だそうです」
支部長は驚いた表情をして、提出された封筒を受け取る。
封を切って中身を軽く改めると、それは間違いなくノームの記した報告書だった。だから支部長は尚更、驚いた。
黒位の魔技師が名前を明かした上、報告書を他者に委ねるとは、それだけ珍事なのである。少なくとも支部長は聞いたことがない。
「珍しいこともあるものだ。彼は何か言っていなかったかね?」
「自分はまだやることがある。報告書だけでも支部長に届けてほしい。そのように頼まれました。ですよね?」
「ああ。ノーム氏は我々から異界の状況を聞き出すと、その報告書を託し、自身は山の中へと消えてしまいました」
支部長は顎に手を当てて悩ましげに唸ったが、まだ2人がいることに気がつき、すぐに顔を上げた。
「報告書は確かに受け取った。今日はゆっくりと休むといい」
「はっ、失礼します」
「失礼します」
支部長の労いに頭を下げて退室する。
ジンとドラコーンが去った後、支部長は今持ち込まれた報告書に目を落とす。今度は細部までじっくりと目を通していく。
報告書には支部長がノームに依頼した追跡調査の過程が記されていた。
「掌握のガントは行方をくらませた、か」
かつてガントは青位の魔技師だった。
支部長が現役の頃の先輩であり、多くの実績を積み重ねた一流の魔技師。死と隣り合わせの暗い道を進み、それでもなお生き残り続けた尊敬できる人物だったのだ。
あくまで過去形なのは最近、とある疑いがかけられていたからだ。
それは連盟所属の魔技師を誘拐し、あまつさえそれを殺害した疑いである。
支部長としては、その嫌疑は間違いであって欲しかった。かつては合同任務で肩を並べたこともある戦友にして、支部長と同年代の間では憧憬の対象なのだ。そう願うことは罪とは言えない。
だから支部長は己の責務を全うすることにした。
まずガントには自宅での謹慎処分を通告した。捜査期間中に怪しい動きをさせないための暫定的な措置だ。さらに数名、黒位の魔技師を見張りにつけた。
これで証拠が出てこなければ晴れて無罪放免。すぐに謹慎処分を解くことができる。そんな支部長の期待は脆くも打ち砕かれた。現実とは非情なものだ。
見張りにつけた3名の黒位の魔技師を半殺しにして、ガントが逃走したのである。黒位の魔技師3名は、いずれも重体で、現在も病院で療養中だ。
「なぜ、あのようなことを……」
支部長は頭を振る。
自分も歳を取ったな、と。
こうして物思いに耽るのがいい証拠だ。
ノームの記した報告書によると、ガントの痕跡は北の山で消えてしまったらしい。山を中心に捜索範囲を広げるべきだと、報告書の中で進言している。
今、支部長がするべきなのは、部下の進言に耳を貸すことだ。そして、それが有効ならば、実行まで持っていくのが仕事である。
やるべきことは多いが、やってやれないことはない。まずは廃寺の異形を誰に任せるのか。それを考えることにしよう。
支部長は執務机の引き出しを開けると、そこに分厚い報告書を片付けた。そうしてから頭の中で、件の異形を任せられそうな候補の選出を始めるのだった。
読んでくださった方々ありがとうございます。
改めまして皆さん、あけましておめでとうございます。
謹賀新年と言うには、少し日にちが空いてしまいましたが、新年1発目の投稿です。寝正月の合間にちまちまと書きました。
前書きにも載せましたが、新年早々めでたい報告がございます。
なんと、当作品「魔技師」がPV数1,000を突破しました!
こんなに読んでくださる方がいらっしゃるとは思いませんでしたから、嬉しいよりも先に驚きが来るくらいには、作者は戸惑っております。
読んでくださった皆さんのお陰です。本当にありがとうございます。じわじわと嬉しさも滲み出してきています。
この気持ちを原動力に書き続けていきますので、どうぞ今年もよろしくお願いします!




