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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
24/94

24 逃走

早くて驚きますよね。私が1番驚いています。

 見上げなければならないほど巨大な骸骨が爆誕した時、このガシャドクロこそが異界の主なのだとジンは悟った。それほどに膨大かつ凶悪な魔力の波動を感知していた。

 ケンタウロスならば勝てたかもしれない。しかし、この場にある全ての怨念が集結したガシャドクロ相手では、もはや滅することは敵わない。少なくとも現状のジンとドラコーンには不可能だと思われた。

 事ここに至っては逃げることが最善なのだとジンは確信していたし、またドラコーンも同様の答えに至っていた。


「ジン。あと1回だけ大技を放てるか?」


 ドラコーンからの問いかけにジンは考える。

 先の戦闘においてジンは魔闘術を始めとして瞬動術や、無心一流の技である瞬剣、そして飛剣を行使してきた。

 無心一流の技ふたつはともかく、瞬動術はその特性から魔力の消耗がとても激しい。

 魔力供給の乏しいジンは、並の魔技師に比べて魔力の回復速度が著しく遅い。それを加味した上で、魔闘術を維持するために必要な魔力も考慮に入れなければならない。

 それら全てをひっくるめて、ジンが大技を使えるのは、あと1回程度だろう。


「いけます」

「よし、2人同時に大技を放ってアイツを怯ませる。その隙を突いて逃げる。とにかく山を下るんだ。いいな?」

「はいっ」


 ほぼ同時に2人は構えを作る。

 ジンが放とうとしている技は最速の斬撃である瞬剣と、飛ぶ斬撃である飛剣を合体させた技だった。下段左下に構えた状態から上段右上へと逆袈裟に切り上げる剣の軌跡を、技のイメージと共に脳内で反芻する。

 一方のドラコーンは、薙刀を地面に突き立て腰を落とすと、両の拳を腰だめに構えた。

 彼女の魔技である火炎操術は、魔力を注ぎ込むほどに大きな熱量の火炎を生み出し、それを自在に操ることが出来る。

 ドラコーンは火炎操術を自身の両手に発動して炎を纏わせる。赤く明るく熱を放射する炎。裂帛の気合と共に、それをより大きな破壊の力へと昇華させていく。火炎は、やがて蒼い炎へと変化していった。


「行くぞっ!」


 そして、ついに時は満ちた。


無心一流(むしんいちりゅう)合技(あわせわざ)……飛翔閃(ひしょうせん)!!」

「火炎操術奥義!」


 ジンが剣を振るう直前、やや早くドラコーンの奥義が放たれる。


蒼炎双頭葬(そうえんそうとうそう)ーーッッ!!」


 突き出された両手から蒼炎が迸る。

 竜を象った蒼き炎が螺旋を描き、ガシャドクロへと食らいついた。

 これはジンの放った飛翔閃が着弾した直後であり、お互いの技が威力を殺し合わないように、ドラコーンが配慮した結果である。

 ガシャドクロは胸骨から肩口にかけてを抉られ、直後に蒼炎の圧力に仰け反り、今は全身を燃え盛る火炎に包まれている。焼かれて悶え苦しむ姿は煉獄に落ちた亡者のようだ。

 異形が大きな隙を晒している。

 2人は迷いなく駆け出した。

 ドラコーンは地面から引き抜いた薙刀を、ジンは手に持った剣を片手にひた走る。それぞれの得物をあるべきところに収めると、その速度はさらに上がった。

 その道は奇しくもジンたちが来る時に通った道だった。


「ドラコーンさん!マズイです!」

「何がだ!?」

「もう追ってきてます!」


 後方には既にガシャドクロが迫っていた。蒼炎に全身を焼かれながら、木々を薙ぎ倒すように2人を追いかけている。

 ガシャガシャと大きな音を鳴らすので、背後を振り向かなくても迫っているのは嫌でも分かる。だからこそ逃げる者は、その恐怖に駆り立てられるのだ。

 ズドンッ、と大きな音を境にして物音が聞こえなくなる。

 それがどうしても気になって、背後を向いたジンが見たのは、両手を地面につけて前方に頭を突き出し、大きく顎を開けたガシャドクロの姿だった。

 ガシャドクロの魔力が高まり、肉のない口腔へと収束していくのが分かる。

 収束していく魔力は、ジンが肝を冷やすほどの魔力量であり、もしもそれが放たれたらひとたまりもないと理解する。


「もうすぐ境内に抜ける!」

「……!」


 生い茂る草花を踏みつけて来た道を辿る。

 そうしてようやく広い空間に飛び出した2人に、ガシャドクロが収束した極大の魔力が放たれた。


「いや、まっ…………」

「きゃあああっ!」


 背後から迫る禍々しい光によって、2人の視界は塗りつぶされる。直後に襲い来る衝撃と爆発音。

 ガシャドクロの魔力収束砲は林を、土を、本堂を、射線上にあった全てを飲み込んで消し去ってしまった。




 ガシャドクロの攻撃の余波を間近で受けたジンは気を失ってしまった。それはとても短い時間であり、すぐに意識を取り戻した。

 全身が訴える痛みを黙殺して起き上がり、すぐに周囲へ注意を配る。ガシャドクロはいま現在追いかけて来ているようで、ガシャガシャと音が大きくなる。

 ドラコーンは無事かと慌てて、ジンは彼女を発見した。

 幸いにも直撃は避けられたらしい。五体満足だが、先ほどのジンと同じく気を失っているようだった。

 ジンは彼女に駆け寄り、その身を抱き起こした。それから優しく頬を叩きながら、意識を取り戻させるべく声をかける。


「ドラコーンさん!ドラコーンさん!大丈夫ですか!しっかりしてください!」

「ん……あっ、ここは……」

「ドラコーンさん、すぐにでも逃走を再開しないといけません。立てますか?」

「そうだ……逃げなければ。ぐっ……」


 ドラコーンは目を覚ました。

 彼女は状況を認識し、すぐに立ちあがろうとしたものの足首を痛めていたらしい。自力で立つことも難しい状態だった。


「ジン、私のことは置いていけ。君だけならまだ逃げられる」

「ダメです。連れて帰ります」


 ジンはドラコーンの言うことを無視して、彼女を背負うことにした。その際、彼女の薙刀は、先のガシャドクロの攻撃の余波でバラバラに破壊されてしまったので、この場に残していくことにした。


「お、おい!」

「大丈夫です。この状態でも走れます。それにガシャドクロは足が遅い。追いつかれることもありません」

「そういうことじゃなくて、私を置いていくんだ。君の足手纏いになりたくはない!」


 ドラコーンは泣きそうな顔で、けれど真剣な顔でジンに訴える。

 自分を置いていけというその判断は、魔技師として現在の状況に即したものだ。情報を持ち帰るという任務を遂行するためにも極めて正しい判断だと認めなければならない。

 しかしジンは、なおもドラコーンを下ろそうとはしなかった。


「連れて行けると判断したから連れて行く。それだけです」


 ジンとしては自分の状態や魔力の残量、ガシャドクロの移動速度など、現在の状況を分析した上での行動だった。

 だからこそドラコーンは何も言えなくなってしまう。

 ドラコーンが何も言わなくなったのを確認して、ジンは改めて走り出した。全ては、この山から生きて脱出するために。


「ジン、ありがとう」


 ジンに背負われ、その髪に顔を埋めたドラコーンがぽつりと呟く。

 その声にジンは応えなかったが、ドラコーンを落としてしまわないように、もういちど背負い直した。

 荒れた山道を下る速度は、ジンが自分の身ひとつで走っていた時と比べて落ちていた。しかし多量の魔力を放出した影響なのか、ガシャドクロの移動速度も落ちていたので、ガシャドクロに追いつかれることはなかった。

 とはいえそれほど距離が空いているわけでもない。依然としてガシャガシャと大きな音が聞こえているし、木々を薙ぎ倒すバキバキという音も迫ってくる。

 その圧迫感から生まれる焦りや不安がジンの精神を着実に蝕んでいる。肉体も限界が近い。疲労から足をもつれさせて転びそうになることも増えていた。


「……見えた!」


 ドラコーンが前を指す。

 そこには、この山に踏み入った時に潜った山門があった。

 こんな時だと言うのに「ドラコーンと初めて顔を合わせた場所だ」などとジンは懐かしく思ってしまう。もしくは、こんな時だからなのかもしれないが。


「恐らく山門を越えれば……」

「異形は追っては来られないと」

「ああ、だからもう少し頑張れ」


 山門が近づくにつれて、ジンの足は鈍っていった。体力の問題よりも、魔力が底を尽きかけていたからだった。

 魔闘術が使えなくなれば、ジンの身体能力は人間の域を出ない。年齢を考えれば、それでも十分な力を持っているのだが、異形を相手にするならば、いささか心許ない。

 じりじりとガシャドクロとの距離が詰まっていく。

 山門まで残り5歩もない。

 ガシャドクロが腕を伸ばす。硬く大きな手を広げて、ジンが背負っているドラコーン諸共、握り潰そうとしている。

 しかし、その手は空を掴んだ。


「はあ、はあ、はあ、はあ」

「助かった、のか」


 ドラコーンが振り向いて見ても、嫌な気配を感じこそすれ、ガシャドクロの姿は影も形もない。

 その嫌な気配にしても徐々に遠ざかりつつある今、そこにあるのは、朽ちかけの立派だった山門と、夜明け前の静謐な空気に眠っていた山道だけなのだった。

読んでくださった方々ありがとうございます。


次回は事後処理的な話になりそうです。しかし、まだまだ2章は続きます。お楽しみに!

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