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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
22/94

22 人馬

予想以上に期間が空いてしまいました。

 ジンが飛び退いた時、ドラコーンは反応が遅れていた。それは感知した怨嗟の魔力に身が竦んだからだった。

 ただ鈍かったのか、それとも14歳にして相当な胆力の持ち主なのか。いずれにせよ、ジンが動いていなければ、ドラコーンは動けなかった。少なくとも彼女は、ドラコーンはそのように認識している。

 隣に立ち、砂ぼこりに目を凝らす少年に賛辞を送る暇もない。

 今しがた刻まれた明確な死のイメージが、怖気となって体の自由を奪う。ドラコーンは逃げるべきだと思ったが、そのためには、まず膝の震えを止めねばならなかった。

 邪悪な魔力の気配に触れるたびに、がりがりと音を立てて削れる精神に気分を悪くさせながら、ドラコーンは必死になって、逃亡のための方策を練った。


「ジン、逃げるぞ。私たちではとても……」

「いえ、戦いましょう」


 一方、ジンは強さの気配に身構えつつも、過剰に恐れる必要はないと見切っていた。侮らず正しく恐れることが出来たなら、この異形を滅することが出来ると確信していた。

 土埃が収まって、異形の姿を確認してからは、より確信は深まった。むしろ背中を見せるのは悪手とさえ思っていたかもしれない。

 相手は人馬であり、材質不明の大きな弓を背負っていた。視界外から射かけられては堪ったものではない。

 不幸中の幸いと言うべきか、異形は感知に引っかかるようだった。その強大な魔力は、この魔力に満ちた空間内においても誤魔化せるものではないらしい。


「何を言っているんだ。逃げられるかも怪しいというのに、戦うなど以ての外だ」

「包囲を抜ける間に矢を射られれば致命傷になりかねません。仮に包囲を抜けられたとしても、人間が馬よりも速く走れますか?」

「……少なくとも私には無理だな」

「僕にも無理です。つまり戦うしかない」


 ケンタウロスの骨の異形は、眼孔の奥に赤い灯火を揺らしている。眼球は無いのに、ジンは不思議と見られているように感じた。

 まるで殺せ殺せと怨嗟の声が聞こえてくるようであった。この地に葬られた負の想念の集積が、きっとあの異形なのであり、その声が周囲を取り囲む雑兵に違いない。

 大弓には矢が番られていた。

 材質は骨だろうか。ケンタウロスがぎりぎりと大弓を引き絞っていく。


「しかし……」

「話している時間は無さそうです。来ます!」


 風切り音が聞こえる直前のこと。先に一歩を踏み出したのはジンだった。

 地面とは並行に剣を寝かせて走り出し、飛来する矢を斬り払い、時に鏃を弾きながら、骨のケンタウロスに肉薄する。

 7射目をやり過ごしたジンの目前には、骨のケンタウロスの前脚があった。ジンは右前脚を、特に膝関節部に狙いをつけ、切り付けるべく斬撃を繰り出した。が、その攻撃は空を切った。

 骨のケンタウロスの異形は、雄々しくも前脚を上げた。状況を直ちに把握したジンは、その場を飛び退かざるを得なかった。

 前脚が振り下ろされる。骨の体とは思えない膂力であった。踏み抜かれた地面は陥没しており、その周囲もひび割れている。

 もしも回避が、あとほんの少しでも遅かったのであれば、今頃はジンも、あの地面のようになっていたに違いない。

 ジンは死の気配に肝を冷やしつつ、再び交戦の構えを取った。

 そして距離を詰めるべく足を踏み出したジンは、猛攻に打って出た骨のケンタウロスの異形に出鼻を挫かれてしまう。

 異形の手に大弓はなく、代わりに大槍が収まっていた。材質は大弓と似通っていて、無骨な作りをしているらしい。幅広の刃がついた穂先が今まさに、命を刈り取る目的で振るわれようとしている。

 生きた馬の蹄よりも軽快な音が迫る。

 ジンは攻撃の軌道をギリギリまで見極めた。

 重い風切り音がして、しかしジンは無傷だった。低姿勢を取り、大槍の振るわれた範囲を逃れつつ、横に飛んで転がったことで、異形の進行方向から退避したのだ。

 その最中、ジンは今の攻撃が本命ではないことに気がついた。今のは自分を退けるためのもの。標的は自分ではないのだと。


「ドラコーンさん!」


 ドラコーンの中に怖気があることに、ジンは気がついていた。だから先陣を切り、彼女が持ち直すまでの時間を稼ごうとした。

 ジン自身が稼ごうとしていた時間。それよりも早く、骨のケンタウロスの異形は標的を切り替えてきた。これはジンにとって全くの計算違いであり、想定していた事態のうち最も悪い展開でもあった。

 ジンの心は感情の起伏は少なかったが、目の前で人が死んで、何とも思わないほどの冷血漢ではなかった。ゆえにジンはドラコーンを助けようとした。同時に、それが間に合わないことも理解していた。

 骨のケンタウロスの異形が駆ける。失速することなく、大槍を振りかぶって。

 対するドラコーンは薙刀を手に動かない。

 そしてついに両者は交差し、硬質なもの同士が擦れあう音が響く。


「白位の手前、いつまでも怖気てなどいられるものか」


 ドラコーンは得意の薙刀を用いて、異形の大振りな一撃を巧みに受け流した。

 膝の震えは治まっていた。ジンの勇姿がドラコーンを奮い立たせたのだ。黄位の魔技師として、自分はジンよりも先輩であるという自負もそれを手伝った。


「共に戦おう。そして異形を滅する!」


 ドラコーンは振り向き、骨のケンタウロスの異形へと薙刀を向ける。その凛々しくも厳しい面構えにジンは、ここからが本当の戦いなのだと予感した。

読んでくださった方々ありがとうございます。

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