21 死群
お待たせしました。
濁りきった魔力に満たされた空間というのは、さながら腐った水の中のようだった。こうまで不快なものなのかとジンは思った。
ドラコーンも顔を顰めている。不快感を隠そうともしない。周囲をつぶさに観察して警戒を続けながら、ドラコーンは今が決していい状況ではないことをジンに伝えた。
「ここまで濃い魔力で空間が満たされているとなれば、この異界を作り出した異形は、少なくとも中級以上は確定だと思う。間違いなく赤位以上の魔技師が担当すべき案件だ」
しかし、とドラコーンは続ける。
「できる限りの調査をして危険度を見定めなければな。それが私たちの任務だ」
ジンは頷き、ドラコーンに向けていた目を周囲の警戒へと当てる。何が起きても退路を確保できる位置どりを心掛けねばならなかった。いざという時には逃げる必要がある。
「行こう」
歩み出したドラコーンにジンも続いた。
前方には、周囲を森の木々に囲まれた、土剥き出しの荒れ果てた広場が広がっていた。一定の間隔で建てられた墓標は石材で作られていたが、その大半が欠けたり、割れたり、倒れたりといった有様だった。
ジンたちが来た方向、すなわち後方には依然として、ジンたちが通ってきた道がある。しかし空気感は墓場のそれと同質のものであった。もはや安全な場所はどこにもない。
辺りを覆う濃密な魔力のせいで、魔力感知は役に立たないことが予想された。そのために耳と目が頼りにされた。
生命の息吹が全く感じられない世界というのは不気味なものである。2人はますます神経を尖らせていた。そしてその鋭敏な神経により、微かなる音を捉えることに成功する。
「止まれ。何かいるぞ」
足を止めたジンが耳を澄ませれば、硬質なもの同士が擦れ合う音が聞こえてくる。かたかた、かたかたと、それは次第に大きな音の波となって人の鼓膜を揺さぶった。
それはドラコーンも同様であったらしく、どうやら墓場の奥、茂みの中から聞こえてくるらしいと2人揃って当たりをつけた。その間にも音はどんどん増え続けていた。
2人とも音に気を取られていた。茂みの奥を見透かそうと固唾を飲んで注視していた。だからこそ気がつくのに遅れたのだ。
初めに声を上げたのはドラコーンだった。
「な、なんだ!?」
初めのうち、ジンは何故、ドラコーンが声を上げたのか量りかねていた。けれどもドラコーンが足元を見たことで、ようやく何が起きているのかを知ることができた。
それは白い手だった。
土がこびりついて汚れていたが、その白さは失われていなかった。手の先に爪はなく、また皮膚や筋肉は残っていない。そんな白骨の手が地面の下から伸びていて、ドラコーンの足を掴んでいたのだ。
ドラコーンは慌てて、手にした薙刀の石突で白骨の腕を砕き、残骸を蹴飛ばした。
「ドラコーンさん、大丈夫ですか」
「ああ。しかしここは一旦離れよう」
「分かりました。そうしましょう」
この場にいては危険と判断した2人は、自分たちが来た道を引き返そうとした。
足元に固定されていた視線を上げた2人の視界に飛び込んできたのは、無数の腕が地面を突き破り、生えてくるという地獄のような光景だった。いずれも白骨の腕である。
ジンとドラコーンは既に囲まれていることを悟った。墓場に足を踏み入れた時から、全ては手遅れだったに違いない。
やがて地面に手をつき、正体を現したのは死の群れだった。墓場から蘇る無機質な髑髏たちは、皆一様に白骨の体を揺らす。その度に、こびりついた土くれが、ぽろぽろと地面に落ちていった。
彼らは武器を手にしていた。錆びてしまって使い物にはならないが、剣と盾、槍など多種多様な武器を持っている。
「この辺りで戦争や内乱があったのは、ずっと昔のことだったはずだ。寺院が建てられた経緯も、そういった戦である可能性は高い。それなら彼らは……」
「戦没者……」
かたかたと揺れては起き上がる死群は、2人の推測通り、先の戦で葬られた戦没者たちだった。亡くなった時の身なりのまま、ぞんざいに葬られた兵士たちのなれの果て。
この地に集積した怨念が、死者の魂を異形へと変えてしまったのだろうか。
「……来るぞ」
ジンとドラコーンは背中合わせに立ち、それぞれの得物を手に身構えた。
包囲を狭めて押し寄せる死群を押し返さんと剣を、あるいは薙刀を振るう。
どれだけ腕を切り落とし、首を刎ねても、骸骨が立ち止まることはない。しかし四肢を失えば、不死の軍勢といえども動くことは出来ないらしく、無力化はできるようだった。
斬撃よりも打撃の方が有効だと気が付いてからは、武器の攻撃を武器で弾き、隙を見つけては魔闘術を併用した格闘で破砕するという荒業も編み出される。
「ジン、伏せろ!」
言われるまま伏せたジンの頭上を、ドラコーンの薙刀が唸る。ジンを左右から挟撃しようとしていた骸が、その一閃で飛び散った。
ジンは伏せた姿勢のまま、ドラコーンの背後に回る。そしてまた背中合わせの形で戦闘を継続する。
死んでも戦い続ける屍の群れは、砕かれるまで止まることはない。そして砕いても砕いても、その数は一向に衰えを見せない。まるで無限に湧いてくるかのように。ただ愚直に武器を突き出してくる姿に、ジンはどこか薄ら寒い気持ちを覚える。
「誘導されていたのか……!」
苦虫を噛み潰したような顔でドラコーンが言う。
依然として包囲を抜け出せないまま、気がつけば2人は、墓場の中央まで来ていた。ここまで誘導されたのだとしたら、それは知性がある証に他ならない。
「だとしたら上級か、それ以上……」
攻勢が弱まり、包囲の輪が広がる。
白骨の壁が、ぐるりと2人を取り囲み、広場を形作った。ジンとドラコーンは、その中心に取り残されてしまった。手を出せない状況に焦燥だけが募っていくようだった。
「それ以上って、深級じゃないですか」
上級から上は、全て深級という1つの位階に纏められている。青天井であり、正確な強さを測ることが難しいからだ。ちなみに深級に対しては青位魔技師が複数名、もしくは紫位魔技師が派遣される。
「隙をついて逃げる。包囲が薄いところは必ずある。生きて帰ることだけを考えるんだ」
「分かりました。僕もこんなところで死ぬわけにはいきませんから」
不意に辺りが暗くなった。
空を見上げたジンは咄嗟に、その場を飛び退いた。少しも遅れることなく、ドラコーンも離脱する。
その直後、先ほどまで2人がいた場所に、何か巨大なものが着地した。衝撃で盛大に砂ぼこりが舞う。
両腕を顔の前で盾にして砂ぼこりが落ち着くのを待つ間、ジンは砂ぼこりの向こうに見えるシルエットから目を離さなかった。そのシルエットには、とある奇妙があった。
やがて砂ぼこりが収まり、ジンは自分が感じた奇妙の正体を目の当たりにする。
「ケンタウロス……」
上半身が人間、下半身が馬という半人半獣の種族である。文字通り人馬一体の、空想上の産物であるはずのそれが、今こうして目の前に、骨の体を得て顕現したのだ。
仄かに赤い灯火を暗き眼孔の奥に揺らして、骨のケンタウロスはジンとドラコーンを見据えていた。
読んでくださった方々ありがとうございます。
ケンタウロスの骨格って、どうなっているのでしょうか?




