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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
20/94

20 廃寺

お待たせしました。

 月明かりのない晩に、誰も寄り付かぬ北の山でランタンの灯りが揺れている。灯りは寂れた山道を登っていく。

 冬は終わったというのに、闇に閉ざされた山林からは獣の気配も、虫の声もしない。異様な静寂が山全体を覆っていた。だというのに、ランタンの主は物怖じひとつしない。

 やがて中腹に差し掛かるとランタンの灯りが、夜の闇の中にぼんやりと山門を浮かび上がらせた。所々は朽ちかけているが、なんとも立派な山門である。

 山門の下、柱にもたれる人影があった。

 人影は誰何した。若い女性の声だった。


「白位魔技師のジンです」


 人影が近づいてくる。

 ジンは息を呑んだ。

 ようやく見える距離まで近づいて人影は人影ではなくなった。


「黄位魔技師のドラコーンだ。今回はよろしく頼む。しかし、同行者が白位とはな……」


 まずジンの視界に飛び込んできたのは、その真っ赤に燃えた長い髪だった。身長は平均より少し高いか。自身の身の丈よりも大きな薙刀を携えている。

 彼女の服装は軍服を想起させた。モスグリーンの長袖に長ズボン。ズボンの裾はブーツの中、手にはグローブだ。日に焼けた肌、男勝りな言葉遣い、それらに加えて野生的で獰猛な気配を内に秘めている。翠眼が不満げな眼差しをジンに向けていた。

 ジンがそうしたように、ドラコーンも相手を観察した。視線が下から上へと移動する。

 濡羽色の髪に全身黒尽くめの衣装である。橙色の瞳だけが浮いて見える格好だ。腰のベルトには灯りの点いたランタンを下げ、直剣を佩いている。


「ジン。歳はいくつだ?」

「今年で14になりました」

「まだ子供じゃないか……」


 ドラコーンが額に手を当てた。

 ドラコーンだって若そうに見える。そんな考えがジンの顔に出ていたのか、彼女は「私は18だ」と明かした。


「いいか。位階も、歳も、私が上だ。任務中は私の指示に従うように。異論は?」

「異論ありません。ドラコーンさん、改めてよろしくお願いします」


 ジンは丁寧に腰を折って頭を下げた。

 ドラコーンは目をぱちくりさせた後、よろしくと短い言葉をかけると、背を向けて歩き出した。ジンは遅れまいと追いかけた。

 寺院まではまだ少し登らなければならないので、その時間を使って2人は打ち合わせを行った。

 何ができて何ができないのか。どのような魔技を使うのか。最低限必要な情報を共有していく。


「魔技は簡単なものであれば六術をひと通り使えます。それと感知には自信があります。戦闘の主軸は剣術ですね」

「それは見れば分かる。どこの流派だ?」

「無心一流です」

「聞いたことがない流派だな」

「師匠と作った我流ですから」


 ウェウリンとの修行の末、ジンの我流剣術は無心一流と名を改めた。流派として名乗ることを許されたのである。名付けたのは師匠のウェウリンだった。

 ジンは無心一流の技を詳らかにするつもりは毛頭なかったし、それは先方も承知している。だからドラコーンは、今度は自分の番だと槍の柄を撫でた。


「私の魔技は火炎操術だ。その名の通り火炎を生み出して操ることができる。この槍と合わせて使うことが多いな」


 荒れた山道を行くと境内に出た。

 あの山門の大きさから想像できる通り、随分と立派な寺院であったらしい。広大な敷地に建てられた堂塔と僧坊を、この寺院が全盛の時代に見られたのであれば、きっと壮観だったに違いない。


「嫌な気配を感じるな」

「分かるんですか?」

「間違いなく異界が存在する」

「異界?」


 そんなことも知らないのかと言いたげな表情でドラコーンは嘆息した。


「異界とは異形が張った結界の内側のことだ。現実の世界を模しているが、不自然で違和感のある異空間。例え異界の中で建造物を破壊しても、現実の世界の建造物が破壊されることはない」


 ジンは以前、異形と戦った廃工場を思い出した。あの時、工場内は外観からは想像できないほどの異常な広さを持っていた。

 さらに工場内に並んでいたベルトコンベアや機械類は、テリトリーの消滅と共に消え失せていた。


「テリトリーなら知ってます。いくつか種類がある」

「それは知っているのか。異界と呼ぶのを知らないとなれば、お前の師匠は相当の御高齢なのか?」


 ジンは質問には答えず、苦笑するしかなかった。ウェウリンの外見年齢は若く、歳を召しているようには見えない。しかし老獪な一面を知っている身としては、案外あり得るのかもしれないと思ってしまった。

 結局、彼女の年齢を知らない以上は答えようがない。笑って誤魔化すしかなかった。


「まあ、いい。それより確認すべきことがある。事前情報にあった肝試しの手順を把握しているか?」


 ジンは頷いた。


「よし。じゃあ、まずは本堂に行くぞ。参拝を済ませたら、敷地を反時計回りに巡る」


 本堂は境内に入って正面に見えていた。

 石階段を上がる。本堂前には打ち壊された賽銭箱の残骸が転がっていた。

 拝することが目的なので、特に供物などを用意したりはしなかった。

 反時計回りに巡るとはどういうことか。実際に寺院を訪れてみれば一目瞭然だった。

 というのも、道らしい道はひとつしかなかったのだ。その道も自然には抗えず、半ば雑草に埋もれかけている。よく踏み締められているから残ってるようなもので、もう何十年かすれば消えてしまうだろう。そんな道が敷地をぐるりと一周しているのだから、なんとも不思議な感じがする。

 さて、墓場は山の中腹、寺院の西に築かれていた。この辺りから山頂へ向けての一帯が墓場なのである。

 山の斜面に沿って並ぶ墓跡の数は、数えるのも馬鹿らしいほどだった。


「恐らくここが境界だ」


 ジンとドラコーンは墓場の入り口に差し掛かると一旦、足を止めた。


「ここから一歩でも足を踏み出せば、私たちは異界に飲み込まれるだろう。だが、その前に確認しておきたいことがあるんだ。異界の特性についての推測だ」

「異界の特性。今回は地縛型ではないか、ということですか?」

「分かっているなら話は早いな。地縛型の場合、その土地から離れれば逃れられることが多い。今回の場合なら寺院の敷地か、この山全体だと思う」


 空間拡張型の異界が屋内など区切られた範囲を拡げるのに対して、地縛型は土地そのものに縛られているため、結界内の領域の広さに限界が存在する。

 空間拡張型も事実上限界は存在するが、現実の世界に縛られているわけではないので、その広さは桁違いなのだ。逃走は難しい。

 地縛型は範囲が限定される代わりに、その土地の領域内においては、強い影響力を有している。独自のルールを強制される場合もあるほどで、その異界の主である異形の位階も総じて高い傾向にある。


「いざという時は全力で逃走する。とにかく山を下りることだけ考えてほしい」

「分かりました。肝に銘じておきます」


 ジンの言葉に、ドラコーンは頷いた。

 魔技師の任務は、いつも死と隣り合わせである。だからこそ慎重に期さねばならない。己の力を過信して、相手を侮るものから死んでいく。

 心を鎮めなければならない。この先は気の迷いが命取りになる。油断は許されない、ジンは心に渦巻く不安を忘れるように努めた。

 そしてついに墓場へと足を踏み入れた。

呼んでくださった方々ありがとうございます。


ジンの我流剣術に名前がつきました。

無心一流。

後の先を基とするジンのための剣術です。命名ウェウリン。カッコいいですね。作者の趣味です。

以下、無心一流について簡単な解説。


心を空にして、あえて隙を作ることで、相手の狙いを明らかにします。動きを見切り、カウンターを入れるのが基本戦術です。

流派の理念としては「無意識の剣」でしょうか。

意識下と無意識下では情報の処理速度が違う……という前提で。極限の集中状態を意図的に作り出せば、思考に縛られない自由な体捌きを実現でき、余分な力の入らない理想的な太刀筋が生まれる。

ウェウリンはそのように考えたわけです。しかしそうなるように努めていますが、ジンはそこに至ってはいません。無心一流が流派として完成する日はまだ遠いです。


長々と書き連ねてしまいました。簡単に済ませるはずだったのですが……すみません。

それでは、今後とも当作品をよろしくお願いします。

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