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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第1章 師匠と弟子
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02 誘拐

 メモレクサスの商店街は今日も賑やかだ。

 多くの店が値段の安さを売りに声を張り上げている。客たちは嬉しそうに各店の値札を比較し、吟味していた。

 ジェイムズ・シルバーにはそれが気に食わなかった。

 彼は親愛なる妻と息子を連れて、そんな客たちの群れを素通りする。彼がまず向かったのは客の入りも疎らな日用雑貨店だった。

 店構えはパッとしないが、店主の愛想もよく、品物の質も悪くないと評判の店だ。


「こんにちは。ロブさん」

「お、メタリーさん。いらっしゃい」


 顔馴染みの店主が珍しいものでも見た顔をする。


「今日は旦那さんも一緒なんだね?」

「ええ、今日は時間があるみたいだから、買い物に付き合ってもらいました」

「家族3人。仲が良くて羨ましい限りだよ」


 ニコニコと世間話を続ける2人。

 これは長引きそうだと直感したジムは、息子を連れて、店内に足を踏み入れた。


「いらっしゃい。うちの夫がすまないね。まあ、ゆっくり見ていっておくれよ」


 カウンターに立つ店主の奥さんに勧められるまま店内を歩く。

 必要なものを手に取りつつ店内を観察していたジムは、聞き及んでいた評判が間違いではなかったことを確認し、半ば常連と化した妻の慧眼に喜んだ。

 品物を携えて会計に向かう。


「うちの夫は喋り好きでね。いつもあんな調子さ。普通は逆なんだけどね……全く困ったもんだよ」

「いえいえ、とんでもない。こちらこそいつも妻がお世話になっている様子で」

「そう言って貰えると助かるけど、世話になってるのは、たぶんうち方だと思うよ」


 店主の奥さんは苦笑を浮かべていた。


「そうだ、おまけにリンゴをつけとくよ。いつも贔屓にして貰ってる礼さ」


 そう言って店主の奥さんは、品物で膨れた紙袋にリンゴを入れた。

 ジムは遠慮したが、ジンはリンゴが好物だった。結局、喜ぶ息子にジムが折れて、リンゴはありがたく頂戴することにした。

 2人は店主の奥さんにお礼を言って店を出た。店先では店主とメタリーがまだ世間話を続けていた。


「母さんはいつもあの調子なのか?」

「ここに寄るといつも話してる」

「そうか……おーい、メタリー。そろそろ行こう。このままじゃあ日が暮れてしまう!」


 ジムに呼びかけられたメタリーは、そこで長話をしていたことにようやく気がついた様子だった。

 店主に別れを告げたメタリーが申し訳なさそうな顔をして歩み寄ってくる。


「ごめんなさい、私ったら話に夢中になってしまって。それと買い物を済ませてくれてありがとう。おかげで助かりました」

「いいや、気にしていないさ。それより買い物を続けよう。買うものはまだまだある」

「ええ、もちろんです!今日は寄るべきところがたくさんありますから」


 妻の顔が綻ぶのを前に、ジムは無意識のうちに自然と口元を緩ませていた。

 夫婦の仲が良いのは悪いことではないが、子供からすれば思うところもある。特に12歳という微妙な年齢のジンからすれば、勘弁してほしいというのが本音だった。

 子の心親知らずのうちに買い物が進むと、ジムの持つ紙袋が増えてくる。買い物が終わりに近づく頃には、ジムの積載量は限界間際に達していた。

 流石にこれ以上は持てない、とジムが思っているとメタリーがパン屋に寄りたいと言い始めた。メタリーはいつも、パン屋は買い物の最後に寄ることにしていたのだ。

 気分良さそうにパン屋へと入っていくメタリーを尻目に、ジムは店先で、思わず息子に尋ねていた。


「いつもこんなに買っているのか!?」

「そんなわけないし、こんな量そもそも僕たちだけじゃ持ち帰れない」

「そうか。なぜ今日だけこんなに……」


 ジンは長くない時間を逡巡したが、やがて話すことを決めた。


「母さんは、父さんと買い物に出かけることが決まった時、すごく嬉しそうにしてた」


 父が何も言わないものだから、ジンは気になって隣を見上げてみた。


「……父さんも嬉しそう」

「そうかもな」


 ニヤッと笑うジムを、ジンは意外だと思った。普段から、あまり自分の感情を顔に出さない父ではあるが、思えば先ほども口元を緩ませていた。

 妻を愛しているからこその反応なのだと理解したジンは、まず父から少し離れた。それから甘いものを食べて吐きそうな顔をしながら、バレないようにペロっと舌を出す。

 メタリーがパン屋から出てきた。手にはバタールの飛び出た小さな紙袋を持っている。

 メタリーがジムにそれを渡そうとすると、すでに持っていた紙袋からリンゴがひとつ転げ落ちてしまった。


「これじゃあ持てそうにありません。仕方がないので、あの子に持って貰いましょう」


 転がったリンゴを拾い、ジムの紙袋に戻しつつ、メタリーがジンの名前を呼ぶ。

 しかし返事はない。


「ジン?ジン?どこにいるの?」


 慌てて辺りを見回せば、ジンを脇に抱えて走る男がいた。男は体格に優れており、12歳にしては小柄なジンを抱えてもスピードが落ちる様子がない。

 混乱する頭で答えを導き出したメタリーが叫ぶ。


「誘拐です!ジンが拐われました……ッ!」


 男は路地を曲がろうとしている。

読んだ下さった方々ありがとうございます。

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