19 初任
予約投稿を使ってみました。
懐かしくも馴染みのある台所でケトルがけたたましく笛を吹いた。お湯が沸いたと知らせる警笛に急かされたジンが、慌てて火を消した。ケトルは笛を吹くのをやめた。
母の姿を思い浮かべながら、あやふやな手順でコーヒーを淹れていく。そうして初めて淹れたコーヒーを真新しいカップに注いだ。
ジンはひと口だけ飲んでみた。
生まれて初めて飲んだコーヒーは苦味、酸味、コク、香り、そのどれを取ってもジンの口に合うものではなかった。この渋面を作らせる味わいが、目の前にある黒々とした液体の正体なのだと認めたくはなかった。
いつも朝食にはコーヒーがあったのだ。父が飲むコーヒーだ。
ジンはカップの中身を全て飲み干した。自分で淹れたコーヒーだったが、やはり酷評を下さざるを得なかった。
14歳になった春の頃。
4年間の修行の末、ジンは師匠から魔技師として活動する許可を得た。位階は白位。即ち底辺だが、それを残念に思うよりも、他ならぬ師匠ウェウリンに認められたという喜びの方が大きい様子だった。
またウェウリンは、魔技師として活動するにあたり、元々ジンが家族と住んでいたあの家を拠点とするように言った。そして定期的に屋敷まで顔を見せに来ることをジンに義務付けた。ジンに否やはなかった。
それからウェウリンは渋々といった様子を前面に出しながら、支部長から預かってきたという任務について、その詳細を語った。
『メモレクサスから北へ暫く行くと、山の中に寺院がある。廃されて久しく、境内は荒れ果てているらしい』
件の廃寺は近年、若者の間で密やかな注目を集めていた。発端は奇妙な噂である。
深夜、寺院を訪れる。参拝を済ませて反時計回りに敷地を巡る。そして墓場へ出向くと死者が蘇るというのだ。
噂の真偽を確かめてやろう。
人間というのは恐怖よりも好奇心が勝るものであるらしい。無謀かつ愚かにも、肝試しが流行した。それからだった。行方不明者が出るようになったのは。
肝試しを無事に終えた若者は多い。しかし、どういうわけか、一定の周期で来訪者が行方不明になる。
『連盟支部の調査部門によれば、行方不明者が出たのは、いずれも深夜、月のない夜だったそうだ。同部門によって、ほぼ確実に異形の仕業だと結論が出された』
任務の内容は異形の確認及び行方不明者の捜索、それと可能であれば異形を滅することである。敵わないと判断した場合は情報の持ち帰りを優先し、即刻逃亡することを推奨されていた。
『また今回は合同任務だ。同行者は黄位の魔技師で名をドラコーン。3日後の深夜、現地に赴けば合流できる。何か質問は?』
『ありません』
『では準備を進めなさい』
単独での任務遂行は赤位以上の魔技師にのみ認められている。それ未満の魔技師は最低2名、場合によっては、さらに複数名を加えたチームを組まなければならない。
初任務を前に期待と不安が入り混じる。
ジンは同行者に思いを馳せた。
ドラコーンとは、いったいどのような人物なのだろうか。能力に不足はないとして、自分が足を引っ張ってしまわないか。そんな考えても仕方のないことを思っていた。
引越しは滞りなく済まされた。
もともと家の手入れと掃除はジンがしていたし、家具なんかはそのままだった。
ジンは自分の私物だけを持ってくればよかったので、その搬入と整理は1日で済んだ。
次の日は日用雑貨を揃えるだけで終わってしまった。アイリーンさんにアドバイスを受けながら買い物をするだけの1日だった。
そして今朝である。
ジンは、未だ口の中から消えない出来損ないのコーヒーの味に顔を顰めていた。
いつまでもそうはしていられない。朝は朝食の後片付け、洗濯に掃除と忙しい。それらが終わったら、任務に携帯する装備の点検も行わなければならない。
「その前に口直しだな」
冷蔵庫からオレンジジュースの瓶を取り出して口をつける。ごくごくと喉を鳴らすと瓶の中の液体が目に見えて減っていった。
「ぷはぁっ」
幾分かマシになったようだ。
夜までは、まだまだ時間があった。
読んでくださった方々ありがとうございます。