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「最初の数ヶ月、数年は、先ほどもお話した通り気を張っていたんで、頑張りも効きやすかったんですけど、時間が経つにつれて、こう、ジワジワッと、疲れというか、イヤなモノが溜まって来ちゃうんですよね。良くなる部分もあれば良くならない部分もあって。人口流出なんかも、この7年間で30万とかだし、避難して未だ帰れていない人達も4万とか5万とか?私なんかはまだ恵まれているほうだとは思いますが、沿岸部の人たちは……国の悪口を言いたくはありませんがね、アレの恩恵を殆んど受けて来なかったような人たちから家に帰りたくても帰れないってのは、あんまりに理不尽なんじゃないかな、と、私なんかは思うんですよ」
と、志水高志は、ここまでをまた一気に喋り通すと、テーブル端のグラスに手を掛けて、その中身がまったく氷すらも無くなっている事に気付いた。
「宜しければ、お代わりでも」富田はそう言って、店の反対側を歩いていた女性店員に声を掛けた。「奢らさせて頂きますよ」
外は真夏――と言うよりも灼熱の日差しで、志水のオレンジジュースを頼むのに合せて、自分のアイスコーヒーのお代わりも注文することにした。
ファミリーレストランの中は、外の気配とは打って変わって十分過ぎるほどに涼しいが、窓の外を行き交う車もその排気ガスも一向に減りそうにはない。
「それで、余田さんとの話でしたよね」と、注文を通しに厨房へと向かう女性店員のうしろ姿を見るともなしに眺めながら志水が言う。「と言っても、当時は名前も知らなかったんですが」
*
先ほどのとは別の女性店員が二人の座るテーブルの方に近付いて来て窓のブラインドを降ろし始めた。
ブラインドの降りる音が消えるのを待っているのだろうか、それとも余計な事を話さないよう頭の中を整理しているのだろうか、少しのあいだ志水は、話すのを止めていたが、その後また調子を取り戻すと、余田富夫に関する次のような記憶を語り始めた。
「あの人と初めて会ったのも、こんな感じのファミリーレストランでした――確か、郡山だったかと思います。テレビで、その頃はすっかり少なくなっていた――目新しさが無くなっていたんでしょうね、仮設住宅の話題をやっていました。地元の牧師さんが教会を再建された話とか、古びたキャンピングカーで生活する人の話とか、仮設の狭いベッドに横になって寝ているおじいさんの姿なんかも映されていたんです。すると、その時私はカウンターに座っていたんですが、その私の三つほど向こうの席で、テレビに向かって怒っている人がいたんです。で、その時ひさびさに、心を動かされたと言うか、何と言うか、こう、その人の言葉?怒り?を聞いて――そう。やっぱり、心が動かされたんですよ。ほら、もう、私もそうですが、みんな、諦めモードで生きるのが普通になっちゃっていましたからね」