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さて、時間は多少前後するが――そう、時間はかなり前後するのであるが、場所は変わらず、石神井警察署・来客用会議室。
「あなたが小張さんですか?」と、警視庁捜査一課所属の松井茂が言った。松井は、この時が小張との初対面である。
小張の後ろには、先程のハト事件の顛末が頭から消え去っていないであろう新津副署長が、それでも――と言うかだからこそと言うか、本来ならばそろそろ昼食の時間にしたいところであるにも関らず、彼女の付き添い役として、この場に立ち会っていた。会議室に掛けられた時計は、午前11時55分を示していた。
「司馬くんとは昨年から組んでいるんですが、」と松井。「彼の話す貴女の印象から、もっとこう、壮大魁偉な方を想像していたのですが――」と、拍子抜けと言うか驚きと言うか、未だどちらとも判断し兼ねているからだろうが、女性にその形容は如何なものかと云う口調で彼は続けた。
「それはきっと」と、よそ行きの笑顔と声と身振り手振りで小張が返す。「司馬さんがあることないこと色々と盛っているんですよ」
そう語る小張を後ろから見ている、もとい監視している新津の目は相変わらずの冷ややかさだ。もし仮に、彼女が石神井署に来てから起こしたの解決したのか分からない事件の数々を事実そのままに忠実に松井に伝えられることが出来たとしたら、彼の抱いていたイメージ――壮大魁偉――もあながち大げさではないと分かるだろうに。
《ものごとはつねに見かけどおりとはかぎらない》とはいにしえの賢者の言葉であるが、彼女が来てからの数年間、新津修一は、この教訓をイヤと言うほど味わっていたのであった。――だって正直、ハト事件等はまだまだ序の口・子供だまし・朝飯前のレベルなのである。
「――まさか、こんなに可愛らしいお嬢さんだとは」と、松井が言う。
アカン。このおいちゃんも見た目に騙され掛けてはる――そう新津は行ったこともない京都の言葉で思うと、「えー、それで」と、少し強めの口調で言った。「今日は一体、どの様なご用件で?」
その言葉を受けて松井は、今までの好々爺然とした雰囲気から一転、「ああ、それが、」の一言で会議室内に軽い緊張感を走らせた。「お恥ずかしいことに、警察官の失踪事件なんです」