第3話
「あの、あなた……アリシアのことなんですけど……」
「いやあ、健康で、元気で、覇気もある。いいんじゃないかなあ」
「男の子の評価としては最高ですわね……」
「ここは社交界にも縁のない辺境だからね。デビュタントの心配はいらないさ」
妻アルストロメリアの心配をよそに大貴族ゴルドラント辺境伯ゴライアス・バルバロッサは楽観的であった。
アリシアの産まれた地は国の西の最果てに位置するゴルドラント辺境伯領の領都、ゴルドラントである。
アリシアはバルバロッサ家令嬢という身分にも関わらず国都の貴族社会とは無縁に暮らしていた。
農耕、漁業、畜産の盛んなゴルドラント辺境伯領にあって両親、二人の兄、領民の愛情を一身に受け何不自由なく10歳まで育った結果、アリシアは母をして首をかしげざるを得ない成長を遂げたのであった。
「そうは言いましてもアリシアももう10歳ですのよ?将来の良縁のためにもそろそろ自覚を促しても良いのではありませんか……?」
「何が本人の幸せかは分からないけどね。君の心配は尤もだ。アリシアには私から言っておくよ。」
「父さま!母さま!アリシアただ今帰りました!」
その時である。
館に響き渡る大音声とともに話題の主が帰ってきた。
光に透けそうな金の髪を後ろで束ねて雑に一つくくりにし、汚れても良いようにと作ってもらった麻の服を着、本日の収穫と思わしき木の棒を数本抱えたアリシアである。
「あ、あぁ、お帰りアリシア。日暮れ前に帰って来れたね。」
「当然です!父さまと母さまに心配をおかけしないと約束しましたゆえ!」
「そうねアリシア。約束を守れて偉いわ。ところで……その棒は何かしら?」
「はい、私も数え年で12歳になりました」
「数え年、とは……?」
「よってそろそろ剣の修練を始めねばと思ったのです!」
「よって……?剣……?」
「おお!説明が足りませんでしたね!これまで体格が足りずに野山を駆ける程度の修練しかできませんでしたが!これよりは存分に剣を修練できます!今日はそのために必要な剣代わりの棒を探しに山へ行っていたのです!」
「んん~?」
「あっ!ご心配召されませぬよう!山に入る際にはちゃんと猟師のハントさんに案内をお願いしましたゆえ!無論小遣いより手間賃も渡しております!」
「そんな気遣いができるようになったんだね。ケガには気を付けて頑張りなさい。」
「ちょっ、あなた!?面倒臭くなりましたわね!?」
「わかりました!未だ成長途中の身ですゆえ無理はいたしません!それでは夕食までに水を浴びてまいります!」
「アリシア!お湯を沸かすから待ちなさい!なぜいつも井戸水を浴びようとするの!?」
バルバロッサ家にとっての大きな転換期となる、いつも通りの賑やかな日であった。