第2話
ありしや、というらしい。
今生での自らの名である。
言葉は分からぬまでも父母らしきものらの呼びかけに、高い確率でこのような響きの単語が入っていた。なんともふわふわした縁起の悪そうな名前である。しかし、これで言葉が聞き取れることがわかった。目標のために今生での言語の習得は必須であろう。そのための大きな一歩である。
そう。目標である。前世の記憶を持って転生したからには二度目の生を無為に生きる気にはとてもなれぬ。そこで元忠正、現ありしやは生きるうえでの指針とすべきいくつかの目標を立てることとした。
一つ、剣術を極める。
鍛え上げた体躯は失ったものの、流派の意地、業形、術理、奥義は頭の中に残っている。それを以てありしやとしての生涯を剣に捧げたならば己はどこまで登れるのだろうか。確かめずにはいられなかった。
二つ、我が流派をこの世に弘流する。
一人での修練には限界がある。弟子を持ち、教え教わり高め合ってこそ剣の道は開かれるという師匠殿の教えに習うこととした。
今生がいかなる世かは分からぬが、人が生きておらば争いがあり、争いがあらば武器があろう。百敵に勝つ兵法として我が流派には相応の需要があるに違いない。弘流に際して師匠殿の了承を得られぬのが心残りではあるものの、奥義を継承し師範代となった己であれば不足はあるまい。
女子でありながら武の道に身を置くことに若干の不安はあれど、巴御前、板額御前の例を思い闘志を燃やすありしやであった。