第1話
ここは六道輪廻で言うところの修羅道であろうか。はたまた人道であろうか。
齢八十五にして生を終えたはずの我が身が何故この様な事態になっているのか。侍として、剣術家として不動心を得ていたはずの忠正は久方ぶりの困惑に身を委ねていた。
ふくふくとした小さな手足。
ふわりとした黄金色の髪。
何より腰に備えた素槍がない。
赤子、である。
しかも毛唐の。
更には女子の。
困惑の中、己を観察し努めて冷静に結論を出すとそのようになった。
数刻置きに顔を見せに来る毛唐の男女。何くれとなく声を掛けてくる父母であるらしいその者らの言葉は忠正には一向に理解出来なかった。とは言え生前の忠正には外つ国の言葉など知る術もなく、父母の言葉が理解出来ぬのも当然である。
何とはなしに輪廻とは敷島の内で、男子は男子、女子は女子として巡るものと考えていた。よもや毛唐の地に女子として生まれ変わることになろうとは。仏の御意は唯人には分からぬものとは言え、あまりのことに忠正は戸惑うばかりである。
あの世へ向かえば師匠殿や同輩とまた酒を汲み交わせる。そのような計画も一旦はお預けとなった。
分からぬことは分からぬ。如何んとも仕様がなし。少しばかり取り戻した不動心を以て忠正はそう結論づけた。再びの生を得たからには未だ我が身に課せられた何某かの意味があるに違いない。自由にならぬ身体と有り余る時間を以て忠正は考え続けた。