思ってた世界と違う
「…………!! ハァッぅっ!!!」
小学生4年世の夏、男子一同、一番長く息を止められていた奴が優勝大会をしていて、最後の3人まで残ってしまったがために引くに引けなくなり気絶しかけて先生に救出された時を思い出した。
久しぶりの呼吸。
空っぽの肺が酸素で満たされる感覚がした。
久しぶりの酸素にバクついている心臓をよそに、思わず自分の身体をだきしめた。
死んだ…はずだった。
確実に吹き飛んだ腕と足と頭、弾け飛んだ脳漿と臓物系の感覚が今も残っている。
「……………………ある。」
確かめるように声を出した。
これは、なんだ?
ハッキリとはしない、が、俺はトラックに吹き飛ばされて死んだ。はずだ。
仕事では確信を持ってやっていたはずがミスばかりしていた俺だが、それだけは間違いないと言う確信だけがあった。
トラックに轢かれて死んだはずが生きてる。
まさか…。
「異世界転生ってやつ…?」
なんて、ひとりごちる。
それであればここは異世界の森で、そろそろドラゴンなんかが飛び出したりして、そこを美少女魔導師が助けてくれるか、異世界の騎士が救ってくれたりするはずだが、どうにもそれはなさそうだった。
不毛。不毛の大地である。
元は草木生い茂る大地であったことは伺えるものの、その地面はヒビ割れ、草は一本足りとも生えてないし、木は枯れ腐り果てている。
襲われるドラゴンどころか生き物がいる痕跡すらない。
対照的に雲ひとつない青空が逆に不気味にすら見えた。
「マジでどこだよここ…」
異世界、冗談じゃないかもしれない。
しれないけど、本来は喜ぶべきなのかもしれないけど、周りを見渡す限りとてもそんな状況ではない。
自分の着ている服を確かめる。
血どころか汚れ一つ無い、自分の記憶にあるままのスーツだ。
例えば、今まで働いていた俺が夢だとして、今現実に目覚めた、みたいな胡蝶の夢のような話だったとして、スーツを着てる自分がこんな枯れ果てた大地にいるわけがない。
何にせよ、ここに留まっている理由はない。
ここが異世界だろうが地獄だろうが、考えても仕方がなかった。
一歩、大地を踏みしめる。
今までこんな地面を歩いたことが無い。
仄暗い恐怖が心を支配しているのが分かった。
異世界、一度はあこがれていた。
あんなふうに人生をやり直してみたいとビール片手に何度も思った。
「思ってた異世界と違う…」
そう一言発してから6時間(といっても時計もスマホも無くなっていたので体感値だけど)、とりあえず遠くに見える緑生い茂る山を目指し、歩き続けていたその時だった。
「おう、貴様。 こんなとこにおったか」
聞き覚えのある声が聞こえた。
心地のいい声だ。
俺は、この声をずっと待っていた気すらしている。
「なんじゃ、情けない面じゃのぅ。 こいつがワシの相棒とは、先が思いやられる。」
「み…美鬼…ちゃん…?」
阿修羅 美鬼がそこにいた。間違いなく阿修羅 美鬼だ。2次元が3次元になる瞬間である。
だが、間違いなく美鬼ちゃんだと言えた。論理ではない、直感で感じた。
燃えるように紅い髪、稲妻の様に輝く瞳。牙のように鋭い歯がちらりと見える。和服ではなく、ボロ衣のような服をまとってはいるものの、俺が大好きな阿修羅 美鬼である……そう思っていた。
だが、それは俺の大きな間違いだった。
「みき? なんじゃそれ?」
訝しげに顔をしかめる美鬼ちゃんにみえる幼女。
だが、彼女は美鬼ではない。
確実に。
何故なら彼女にはーーーーーーー
「胸がない」
「いきなりなんじゃ貴様あああああああー!!!!!」
俺の記憶はここで再び途切れた。