脱サラフリーターの野望!
生存報告。何とか生きています。
大昔、俺は魔王だった。
「ふははははは! 愚かな人間共め! この魔王に勝てるとでも思っているのか!!!」
その頃の俺は自分の生き方に何一つ疑問を持たず、親(神々)の敷いたレールの上を歩くだけの優等生だった。なので、魔王のセオリーとして、とりあえず世界征服とかやってみた。
それは順調に進み、初代魔王だった俺は世界の9割近くを征服。あと、もう一息というところで……
「魔王! お前の好きにはさせない!」
これもセオリー通り、勇者の一行が俺の前に立ちはだかったんだなこれが。でもって世界征服間近で自分の力を過信していたそのころの俺は、たった一人で勇者のパーティーに挑むという愚行を犯し、激戦の末……
「馬鹿な!? この魔王があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
さっくりとやられてしまった訳だ。いやー、魔王の力があそこまで勇者の力と相性が悪いなんて思いもしなかったわ。まあ、反省しても後の祭り。夢破れた俺はそのまま御臨終……してればまだ良かったんだが。
あまりにも強大な魔力を持っていた俺の魂は、肉体が滅びても消滅することは無かった。で、輪廻の輪に戻ることもできずに魂のまま現世に留まり続けることにしまったわけだ。そのまま時は流れておよそ千年。ようやく転生を果たすことができたと思ったら……
「あなたこそ、魔王を倒しこの世を救うべく定められた勇者様です!」
何の因果か、俺を倒した初代勇者の子孫で何十代目かの勇者に転生してしまったのである。しかも前世の記憶付きで。いやーあの時は驚いたのなんのって。まあ、元々魔王だった頃から人間という種族に対して恨みがあったわけでもないし(じゃあなぜ世界征服なんぞやらかしたのかと聞かれれば、魔王だったからとしか言えん)。勇者として世界を救うのもまた一興かと思いそのまま(同じく何代目かの)魔王退治に出発することになった。
仲間を集めたり、伝説の剣を手に入れたり、魔王軍四天王と戦ったり以下略して、魔王城にたどり着いたわけだ。
「魔王! 貴様の悪行もここまでだ!」
いやー、魔王と対峙したときはちょっと感動したね。だってほら、前回はやられ役だったわけだけど、今回俺主人公じゃん。言わば俺を中心に世界が回ってるみたいな? 力の優劣は前回嫌と言うほど思い知っていたし、今回は勝てる! と、思っていたんだが。
「皆を、世界を守れるなら、この命くれてやる! くらえ! ファイナルインフィニティジャッジメント!!!」
結局、命と引き換えにした大技を使ってしまって魔王と相打ちに。やっぱアレだね。四天王の一人が生き別れの兄貴だったから、勇者の力研究されてて、対抗策立てられてたのがいけなかったんだな。せっかく手に入れた伝説の剣とか、ほとんど切れなかったし。
そんな訳で俺は二度目の人生も若い身空で命を散らしてしまったわけだ。もっとも、何度も同じ過ちを繰り返す程俺は馬鹿じゃない。こんなこともあろうかと、ちゃんと対策はしてあった。そんな訳で……
「ふっふっふっふっふ……」
切り立った崖の上。眼下に広がるのは広大な世界。そんな場所で、俺は一人腕を組んで立っていた。
「はっはっはっはっは! あーーーっはっはっはっはっはっはっは!!」
今日という良き日を祝福するかのように、空は晴れ渡っている。雲一つ無い空から降り注ぐ陽光も、緩やかに髪をたなびかせる風も、世界の全てが今日という日を祝ってくれているかのようだ。
「はーーーーーーーーーーーーっはっはっはっはっは」
「喧しいわこのボケッ!」
「はぐおっ!?」
突然後頭部に加えられた衝撃のせいで、危うく崖の上から落下する所だった。慌てて体勢を立て直した俺は、振り返って攻撃を加えてきた主を睨みつける。
「何すんだパイロン!? 俺を殺す気か!?」
「黙れ糞餓鬼! 朝っぱらから奇声を聞かせられるワシの身にもなってみんかい!」
殺人未遂現行犯の名前はパイロン。元勇者パーティの一人。過去の職業は拳法家で、現在は仙人をやっている。長身で美形で流れるような黒髪ロンゲのナンパ野郎だ。仙人と言えば俗世の煩悩を捨て去って山奥で隠居生活をしているのが一般的だが、こいつは無類の女好きという駄目仙人。正直、なぜこんな奴が仙人になれたのかよく分からん。
「何とでも言え! 今日は記念すべき日なのだ! 俺には今日という日を賛美し、その奇跡を世界に伝える義務がある!」
「……そんなに修行が終わったのが嬉しいのかの?」
「当たり前だろう!」
呆れた様な視線を向けてくるパイロンに、大声で叫ぶ。
「あの地獄のような日々に終止符が打たれたんだぞ! この感動を歌にして何が悪い!」
「いや、歌でなくて高笑いじゃし、今日までのこともお前さんの自業自得のような気がするんじゃが」
「それはそれ、これはこれだ」
「……お前さん、やっぱり転生の秘法に失敗したんじゃろう。どう考えても人格変わっとる。昔はもっと真面目だったじゃろう」
「失礼なことを言うな。天才の俺が失敗なんぞするわけなかろう。あと、性格が変わった様に見えるのは、役目から開放されて少々ハイになっているからだ」
万が一、寿命以外で死んでしまった時の為に用意しておいたのが転生の秘法。また千年も彷徨うのは遠慮したかったので、念のために魂に仕掛けておいた奥の手だ。おかげで死亡後わずか数年で生まれ変わることができた。
「まあ確かに、一般人に転生したせいで千年かけて蓄えてきた膨大な魔力が逆に体を蝕む結果になってしまったのは唯一の誤算だったが。産声を上げる前に喀血した赤ん坊なんぞ俺の他には居らんだろうし」
「いや普通死ぬじゃろそれは」
今回のことで魔王や勇者の血族というのがどれほど理不尽な存在なのかがよくわかった。細胞レベルで作りが違うんだよあれらは。
「まあそんな状態から何年も生き延びて、わしの所に助けを求めに来たその根性だけは認めてやらんでもないが」
「不老長生をその最終目標とする仙人。お前らを越える人体と生命のエキスパートは思いつかなかったからな。もっとも、生き地獄を味あわせられるとは思ってもいなかったが」
「それだけお前さんの体が限界だったんじゃよ。正直、こうして健康体まで回復したことが奇跡なんじゃから。それでフェ……いや、今はウィンじゃったか。これからどうするんじゃ?」
「ふっ。決まっているだろう」
俺はパイロンの問に不敵な笑みを浮かべ、視線を広大な世界へと戻す。
「今生では魔王ではなく、勇者でもない。俺はただの一般人だ」
「ダウトと叫んでいいかの」
「世界を征服する必要もなく、世界を救う必要もない。何の役目も負わない一般人。ならば、今こそ長年の野望を実現させる時!」
パイロンの言葉をスルーしつつ、ぐっと拳を握り、天に突き出す。
「無視かい。……で、お前さんの野望とは?」
「決まっている! 男の野望といえば」
勢い良く振り返った俺は、その魂から発せられる熱い思いをそのまま言葉に乗せて世界へと放つ。
「ハーレムに決まっているだろう!!!」
「飛龍拳」
「ごふっ!?」
パイロンの拳から放たれた高密度の気の塊が狙い違わず俺に命中。
「このままでは終わらんぞおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
崖の上から転落した俺はドップラー効果を実践しながら地上へと落ちて行った。
「……帰るかのう」
「いきなり何をする!?」
「どうわっ!?」
決死の思いで這い上がってきた俺を見て叫び声を上げるパイロン。失礼にも程がある。
「いきなり紐無しロッククライミングをやらせる奴があるか!?」
「かっとなってやってしまった。反省はしておらん」
「しろよ!?」
さすがに今のはやばかった。一瞬走馬灯が見えるくらいに。
「というか、お前自分も同じようなことをやってるくせに、なぜ俺を抹殺しようとする」
こいつは奥さんが居るくせに、下山してちょくちょく摘み食いを繰り返す駄目な仙人だ。まあ、そのたびに奥さんに殺されかけているが。
「いや、そういう台詞を他人から聞くと思ったよりもむかついてのう」
「奥さんへの報告事項その一。3丁目のスナック甘露の夢、ストレートロングのランちゃん」
「すんませんでした」
魔法の言葉を唱えた瞬間、即座に土下座へと移行する駄目仙人。つくづく、なんでこんな奴が仙人になれたんだろうかと思う。
「まあ冗談はこのくらいにして。とにかく、俺はハーレムという野望を敵える為にこの世に生まれ直したと言っても過言ではない!」
「お前さん前世は勇者じゃッたよな?」
「だからこそだ!」
再び熱くたぎるパッションのままに咆哮。
「魔王の時は世界征服、勇者の時は救世の旅。どっちも真面目にやってたのに、いや、だからこそ女の子と殆ど経験ないし!」
「…………」
「やはり男として生まれたからには、綺麗どころを侍らして王様気分を味わってみたいじゃないか!」
「……分かる、わかるぞ! それが男の生き様じゃあ!」
「パイロン!」
「ウィン!」
がしっと硬い握手を交わす俺たち。勇者だった頃はその好色さに辟易させられたこともあったが、こうして生まれ変わった今こいつの生き様がしっかりと理解できる。この瞬間、俺たちは真の友として硬い契りを交わしたのだった。
……視界の端に映るパイロンの奥さんの冷たい視線は無視する。ランちゃんのことを教えれば俺にまで被害が及ぶことはないだろう。
「それで、具体的にどうするんじゃ? だいたいおぬしは肉体的にはまだ12歳じゃろう。大した事ができるとは思えんが」
「ふっ、甘いな。子供だからこそできることもあるのだよ」
「むう……」
笑みを浮かべる俺の気迫に気圧された様に、パイロンが一歩後ずさる。
「一口にハーレムと言っても、俺はそこらの顔が綺麗なだけの女性を集める気はない。やはり、やるからには究極を目指さなければ」
「究極、じゃと」
ごくりと唾を飲み込むパイロン。その額を一滴の汗が流れ落ちる。そんな奴に不敵な笑みを浮かべたまま、俺はその壮大な計画を語り始めた。
「ファンタジーでハーレムといえばメインヒロインは幼馴染のお姫さまできまりだろうもちろん親が決めた婚約者でちょっと天然入ってて俺のことが大好きで俺以外の男は眼中にないのはデフォルトだな庶民のことも考える心優しい民衆からも人気のあるお姫様スタイルも良くて俺のために料理とかも一生懸命学んでくれるような感じだと最高次に戦女神とか言われる美少女姫騎士性格はツンデレで金髪ツインテールペタン子甲冑だとなお良し最初はツンツンでもメインヒロインと俺を取り合ううちにデレデレになってくれるそんなあなたが大好きですさらに神官聖女とか呼ばれてたりするお姉さまそして巨乳ここ重要いつも優しい笑みを浮かべて博愛の心とその胸で優しく包み込んでくれる感じでエッチなのはいけないと思いますとか言いながらエロエロな感じのお姉ちゃんだったりすると俺はもう昂奮しっぱなしですこの辺でスパイスを聞かせてエルフいってみようかやっぱり耳ですよ耳CGにはきちんと泉で水浴びとかは外せませんスタイルはすらりと伸びたカモシカのような手足で白い肌で耳が敏感な感じだともう辛抱たまりません性格は天然でも人間を敵視するタイプでもどっちでもいけますダメ押しでメイドどじっ子ではなくできるお姉さまだとなお良しそして隠れ巨乳性格はクーデレで普段は沈着冷静でもたまにミスったりすると顔を赤くして慌てるそんなクールビューティーにご主人様とか言われてみたいメイドさいこー後は暗殺者とか動物耳の獣人娘とか悪魔っ子とか」
「龍覇滅殺撃!!!」
「どわっ!?」
殆ど勘で致命的な密度の気の塊を避ける俺。紙一重だったせいで三半規管が一時的に麻痺し、足元がおぼつかなくなる。
「み、耳が……」
「事後自得じゃろう。というか、頭の方は大丈夫かと言いたいんじゃが」
「は? 何で?」
「……自覚ないんかい」
何やら本気で頭のおかしい人を見る眼なのが気になるが、まあ凡人には天才の計画は理解できんという事か。
「いや、俗すぎて呆れておるだけじゃ」
「俗とか言うな」
「ならば言い方を変えて……。それなんてエ」
「馬鹿野郎! 俺の崇高な計画を妄想と一緒にするな!」
「で、子供の姿だとできることって何じゃ?」
強制的にスルーされた。ちょっと泣きそう。
「……まあいい。つまり今から知り合っておけば何とか幼馴染になれるし、このくらいの年齢なら調きゲフンゲフン、教育もしやすいと」
「待たんかい」
しまった、思わず本音が。
「やっぱりここで消しておいた方が世界のためのような気がしてきたわい」
「ヤダナア、チョットコトバヲマチガエタダケジャナイカ。ボクガソンナヒドイコトヲスルワケナイダロウ」
「何故視線をそらす」
それは未確認飛行物体を見つけたから……、ごめんなさい嘘です。だからそんな気を両手に圧縮させないで。
「……まあええわい」
「およ? ずいぶんあっさりと」
「お前さんの妄想に付き合うのも馬鹿らしいだけじゃしの。そんな妄想の中だけの存在が見つかるはずもないし」
溜息をつきながら構えをとくパイロン。だが、俺は彼の台詞を聞いて再び不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ、甘い。アイスクリームとチョコレートとキャラメルを混ぜて上から砂糖を塗したより甘い」
「胸やけしそうじゃな……」
「この俺が何の考えもなく、ただ闇雲に女の子を漁りに行くような、どこぞの仙人失格のような男だと思ったか?」
「……そんなに消されたいか」
あ、爺言葉じゃなくなった。あれはかなり本気で怒ってるな。まあ図星指されたんだし当たり前か。とと、やばい。このままでは本当に消されてしまう。なんだかんだ言っても今の俺とパイロンでは戦力に差がありすぎる。話題をそらさねば。
「俺はこの5年間ただ修行を行っていただけじゃない! 見よ!」
「ってそっちはただの崖……ぬおっ!?」
そこにあったのは空中に浮かび上がる魔方陣。白い光で形成されたそれは全長100メートルを超える規模を誇り、その細部にまで緻密に文字が刻まれている。一流と言われる魔術師が見たとしても、その意味の一割も解読できないであろう俺の3度にわたる人生の集大成だ。
「これぞ魔王だった頃に身に付けた暗黒魔術、勇者だった頃に身に付けた神聖魔術、ここでの修行で身につけた東方魔術、更には異界の術も加味して作り上げた世界記憶に干渉し、運命を覗き見るための術式!!!」
「な、なんちゅーものを……」
「ふっ、これも全てはハーレムのため」
「……そのために世界の理をも捻じ曲げるとは、もはや言葉ないわい」
ふむ、ようやく俺の偉大さを理解したようだな。
「いや、そんな俗な目的で神の領域に突っ込んだお前さんに心底呆れておるだけじゃ」
「もはや俺の野望は神にすら止められん」
「……もうええわい」
むう、何やらパイロンが突然老け込んだ様に見える。死期が近いのか?
「おっと、漫才を続けている場合ではない。隠蔽してあるとはいえ、禁忌すれすれの術だからな。ばれたら神々に抹消されかねん」
「ちょっと待て元勇者」
パイロンのツッコミは無視して早速術式を起動させる。立体型の魔方陣が光を放ち、空間に刻まれた文字が変化していく。起動準備が完了したのを確認し、俺は術式起動のための詠唱を開始。
「破浄流奇門遁甲・千里眼天網照覧!」
叫びと共に光量が増し、更に激しく魔方陣が変化していく。同時に、その力に耐えかねた空間が歪み、溢れた力が稲光となって辺りを駆け巡り始めた。
「ちょ、本当に大丈夫かのう!?」
「問題ない! 全て計算通りだ!」
まるで小型の竜巻と積乱雲が同時に発生したような状況の中、パイロンの慌てたような叫びが響く。だが、この程度は想定内だ。今はまだ出力が安定しておらず、周囲に力が漏れてこんなことになっているが、もう少しすれば……。
「っとよし、安定してきたな」
魔方陣から漏れる光は更に強くなっているが、先程までの荒れようが嘘のように風や稲妻が治まっていく。そして―――
「っく!?」
今までで一番激しい光を放つ魔方陣。あまりの眩しさにパイロンと俺は目をつぶってやり過ごす。やがて、全ての現象が治まった其処に俺の望んだものはあった。
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「えーっと、検索条件は『美少女』『お姫様』……」
「待てえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
異世界の道具、魔羽主を使って術式を操作しようとした瞬間、突然のパイロンの絶叫に体を竦ませてしまう。
「ど、どうした? そんな大声を上げて?」
「……なんと言うか、よくわからんのじゃが、何もかもが違わんか?」
パイロンの言葉に、俺は空中に出現した術式を見上げ、もう一度じっくりと確認してみる。
「特におかしな所は見当たらんが……」
「いや、一部ではなくてこの術そのものがじゃな」
「? 何をわけの分からんことを」
「……すまん、気にせんでくれ。何か気にしたら負けのような気がしてきた」
よく分からないことを言って肩を落とすパイロン。やはり死期が近いのだろうか。今のうちに香典くらいは用意しておいたほうがいいかもしれん。
「っとと、今はそんなことに気をとられている場合じゃなかった」
慌てて検索を再開する。この魔術式は鍵となる言葉を直接術式に打ち込むことで操作するものなのだが、きちんと条件を指定しておかないと余計な情報まで引っ張ってきてしまうのである。
「……むう、結構多いな」
先程の条件を打ち込むと、予想よりも多くの情報が表示される。縛りが緩かったか?
「もう少し条件を指定して……『天然』『スタイル良し』」
「……のう、もしかしてこれはとんでもなく危険な術式なのではないか?」
「もしかしなくても危険だな。個人をはっきりと特定する条件を打ち込めばその人物の過去、現在、さらには具体的な未来まで分かる様になってるし」
「……一応わしはこの世界の守護者の一人なのじゃが。このような危険なものを見過ごすわけには」
「未来予測使えば奥さんの行動予定分かるし、彼女の眼を盗んでキャバクラ通いもできるぞ」
「うむ。やはりこのような立派な術式がなくなるのはこの世界の損失じゃの」
守護者は一瞬で買収された。張本人が言うのもなんだけど、これで良いのかと思わないでもない。大丈夫か世界。とか何とか考えていると……
「こ、これは!?」
「どうした!?」
検索を続けること数分。画面に表示された情報を見て、俺は驚愕のあまり表情を凍らせる。
「馬鹿な、そんなことが……」
「一体何が」
「いかん! こんなことをしている場合ではない!」
「っておい! どこへ行くんじゃ!?」
背後でわめく若作りを無視して術式を終了させる。と同時に転移のための魔法陣を構築。
「いざ! 転移!」
「だから何が!?」
わめくエロ爺をその場に残し、俺は指定した座標へと転移した。
「よくぞ決心してくれました、リリアーナ様」
目の前の男性が歪んだ笑みを浮かべる。私は内心の怯えを悟られないようにするために、精一杯の勇気を振り絞って声を出さなくてはならなかった。
「……約束は守っていただけるのでしょうか。ベスター様」
「もちろんですとも、あなたの大事な領民達の生活は私が保証しましょう。ぐふふふふふふ」
太った体を揺らしながら笑い声を上げる彼を前にして、私は嫌悪感を隠し切れず視線をそらす。その顔に浮かんでいるのは子供の私にも分かるほどに、あからさまな好色な色。
彼は元は一介の商人だったのだと言う。けれどもその手腕によって一代にして莫大な富を築き、その富で貴族の位を得た。そんな彼に彼に関する噂は、私のような子供の耳に入ってくるものですら顔をしかめる様なものばかりだった。
「領民のためにその身を投げ出す高潔さ、このべスター改めて感服いたしました」
「世辞はいりません。民を導くものとして当然の行動をとっただけです」
「ご謙遜を。このような時分に我が身を省みずに行動できる人間が何人いらっしゃるでしょうか。あなた様の年齢であればなおさら。その高潔さ、さすがは王家にもっとも近しい大貴族、フォールセルティ」
「……その栄光もすでに過去のものです。ただその歴史と名前が残っているだけ」
そう、たとえ領民が疫病に苦しんでいても、その対処も満足に行うことができないほどにフォールセルティ家の力は衰えてしまった。だからこそ、私は今ここにいる。疫病を何とかできるほどの財力を持ち、王家の血も引く大貴族の名を欲した彼の前に。
「ご心配なく。約束通り領民達は私が救って差し上げましょう。あなたの夫として、ね」
「……!」
舌なめずりをしながら私の肩に手を置く。服越しであるにもかかわらずその感触に嫌悪感が拭いきれない。間近に迫った表情に、この人が幼い少女を特に好むという噂が真実なのだと理解する。嫌悪感から顔ごと視線をそらすが、あごに手をかけられ無理やり正面を向かされる。視界いっぱいに広がる彼の脂ぎった顔。
「っひ」
その光景に耐え切れず、私の口から悲鳴が漏れる。歯の根が合わずに、ガチガチと耳障りな音が響く。覚悟を決めたはずの心はあっけなく恐怖に染まり、視界が涙でぼやけていく。
「ぐふふふふふふ。その恐怖に引きつる顔もそそりますなあ。大丈夫ですよ、すぐに何もわからなくなりますから……」
ゆっくりとベスターの顔が近づいてくる。それを恐怖と絶望で麻痺し始めた頭で認識しながら、最後に思う。
(私は、白馬の王子様には会えなかったな)
友達にはからかわれてばっかりだったけれど、こんなことになるまでは本気で信じていた。いつか、素敵な王子様が私を迎えに来てくれることを。自分でも少し子供っぽいかなとは思っていたけどそれでも捨て切れなかった夢。でも、もう……
「死にさらせえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ドゴォォォォォンッ!!!!!
「ごぶうっ!?」
叫び声と何かが壊れる音が響いたかと思った瞬間、突然ベスターの姿が掻き消える。と同時にいきなり私の体が宙に浮く感覚。
「え!? え!? え!?」
それが誰かに抱きかかえられているのだと気が付くのに数十秒。自分がいわゆるお姫様抱っこの姿勢だということをようやく理解する。
「大丈夫ですかリリアーナ姫」
「あ、あなたは一体……」
「なに、私は……」
そう言って優しげな笑みを浮かべるその人の顔を見ながら、自分の意識が遠くなっていくのを感じる。
「ただの通りすがりの一般人です」
その声に何故か安堵を覚えた私は、意識が深い闇の中へと落ちて行くのを感じた。
「緊張の糸が切れたか……」
腕の中で気を失った彼女の見ながら、ほっと一息つく。そして、その顔をまじまじと見つめた俺はある結論に達した。
やばい、超好みだ。
「イエスッ! イエスッ! イエスッ!」
思わず何度もガッツポーズをとってしまう。それほどまでに俺の理想通りの少女がそこにいた。
大きな目に形良く整った鼻梁、可憐な唇。最高級の絹のような手触りの髪、肌理細やかな肌は日に焼けるということを知らないのではないかと思うほどに白い。正に物語の中のお姫様という形容がぴったりの少女がそこにいた。
「情報を見つけたときにはまさかと思ったが……居る所には居るもんだ」
今日この日ほど奇跡というものの存在を感じたことはない。そう、腕の中の彼女こそ正に奇跡の体現であり、俺の3度にも亘る転生は、正に彼女と出会うためにあったといっても過言ではないほどの……
「ごおおおおおおお!」
幸福を噛締めていた俺の耳に入ってくる、耳障りなノイズ。おのれ、耳に残るリリアーナ姫の美しい声が穢れてしまうではないか。思わず舌打ちをしながら、ノイズの元凶に視線を向ける。
「……ふん、なるほど。やはりそういうことか」
眼を向けた先に居たのは確か……何だっけ? まあ良いや、適当に雑魚Aで。そのAが瓦礫を押しのけて立ち上がっていた。その両目に怒りを灯し俺を睨みつけている。
「貴様ッ、何者だ! この俺にこのような……ええい! 今すぐに姫を返せ!」
「……黙れ豚」
「なんっ!?」
怒りのあまり全身を真っ赤にするAの言葉を聞いた瞬間、スイッチが切り替わる。奴の言葉を引き金に、自分の心がどす黒く変色していくのを自覚する。
「返せだと? 妄言甚だしい。これは俺のものだ。その肉体から精神、魂の全て。俺がそう決めた。人のものに手を出してただで済むと思うな」
「……っ!? な!?!?」
その顔色が目まぐるしく変わるのは少し面白かったが、だからと言って俺のものに手を出そうとしたことを許すつもりはない。その魂の一片まで自分のしたことを後悔させてやらなければならない。
「貴様、この俺を誰だと……ええいっ、衛兵っ! なにをして」
「やはり、見た目通りの低脳か」
「なにっ!?」
「これほどの騒ぎが起きているのに、誰も来ないこの状況を少しでも不思議に思わんのか?」
「!?」
すでにこの屋敷の他の住人には眠ってもらっている。全員まとめて消しても良かったが、まだ力を使いこなせない現状、無理はしたくなかった。
「明日まで何があろうと目覚めることはない。起きているのは俺とお前だけだ」
「貴様……こんなことをして、ただで済むと思ってのか! 俺はこの国の貴族だぞ! 貴様ごとき平民の屑などいくらでも」
「……っく、くっくっくっく」
「……?」
Aのあまりに馬鹿馬鹿しい台詞に思わず笑い声が漏れてしまう。
「はっ、貴族だと? お前が?」
「……どうやら何も知らぬ田舎者らしいな。俺は」
「寝言も大概にしろ豚」
「……貴様」
もはや赤を通り越してどす黒い色へと変貌したその顔を見ながら、俺は茶番を終わらせるための言葉を紡ぐ。
「貴族? 貴様が? この国はいつから魔族を貴族の一員に加えるほどに寛容になったんだ?」
瞬間、Aの顔から表情が、いや、生気そのものが消えた。
「……キサマ、ナニモノダ」
死人のような顔のAが口を開く。聞こえてきたのはひどく耳障りな声だった。人間以外の何かが無理やり人間の発音を真似しているような。
「答える気は無い。無駄だからな。しかし、お前達はまったく変わっていないな。王族やそれに近しい人間を取り込んで国の中枢に潜り込む。まったく進歩が」
「シャアッ!」
瞬間、Aの口から常人には視認不可能な速さで触手が伸びる。狙いはもちろん俺だ。もっとも、常人には見えないといっても俺には通用しないが。余裕を持ってその場から飛び退り攻撃を避ける。目の前を通り過ぎた触手は、そのまま直進して壁に穴をあけた。
「人間に取り付くことしかできない寄生蟲が。俺のリリアーナの近くにいることすら汚らわしい」
「スグニソノナマイキナクチヲキケナイヨウニシテヤル」
ガゴッという鈍い音と共に、Aのあごが外れる。大きく開いた口から勢い良く出てきたのは大量の触手。粘液を撒き散らしながら触手が出てくるのと比例して、Aの姿はどんどんしぼんでいく。ふん、最初の一撃で傷一つ無いのはおかしいと思ったが、中身も全て別物だったか。
やがて、吐き出された触手は絡み合って人型になっていく。人型と言っても幼い子供が戯れに作った粘土細工のような姿だが。下半身は触手のままで、正直リリアーナが気絶してくれていて良かった。こんなものを見ては彼女の眼に毒だ。
やがてその全身が現れる。グロテスクな姿に似合わず、感じられる魔力は強力だ。単身で貴族階級に潜り込もうとしていたことといい、もしかしたら幹部クラスなのかもしれん。
「キサマモウチガワカラクラッテクレルワ!」
叫びと共に全身から触手が伸びる。上下左右から迫る触手の群れに逃げ場は存在しない。凄まじいほどの速度と密度でそれらは殺到し―――
「ぬるい」
避けるのも面倒くさくなった俺は無詠唱で空間歪曲の魔術を発動。目前まで迫った触手とその先の本体を空間ごと隔離、圧縮する。
「ゴアアアアアアアアッ!?」
圧縮される自らの体に悲鳴を上げるAには、何が起きたのかも理解できなかっただろう。俺はその姿を特に感慨も無く見ながら、次の魔術を発動させた。
「開け」
呟きと共にAの後方の空間が裂ける。そこにあったのは……蠢く何か。
「澱より来たれ、名も無き冒涜者」
存在する次元にあまりにも隔たりがあるため、もはや認識することすらできないもの。
「それは深遠に住まうもの。決してこの世に在ってはならないもの。澱の奥深く、ただ存在するだけで全てを犯すもの」
それはただそこに在るだけで世界を犯す。常人ならばそれを視界に入れるだけで発狂死するだろう。この世界の理で定義することもできない何か。
独自に編み出した召喚魔術により、それが住まう澱とこの世界を慎重に繋げる。それの影響がこの世界に少しでも及んだ場合、その場所は千年は呪われるだろう。
「ではさらばだ。俺のものに手を出した罪、その魂まで永劫に蝕まれることで償うがいい」
圧縮した空間ごとAを蠢く闇の中へと放り込む。断末魔の悲鳴すらなく、その姿が飲み込まれたのを確認して俺は空間の裂け目を閉じた。
「ふう……」
全てが終わってようやく、俺は思考が通常通りに戻るのを感じていた。魔王と勇者という相反する存在であったことの弊害か、感情か高ぶるとどうも人格にぶれが出て来てしまう。あながち、パイロンが言っていた事も間違いではないかもしれない。だからと言って自分のやったことを後悔するつもりも無いが。
「ん……」
ふと、腕の中のリリアーナが可愛く声を上げた。俺は彼女が起きてしまわない様に慎重に抱え直す。その幼いながらも輝くような美貌をじっと見つめながら、確認した情報を反芻する。
「……悲劇のヒロイン、か」
本来の運命であれば、彼女は今日この場で先程の魔族に体をのっとられていたはずった。そして、王族へと近づいた魔族は彼女の弟にその正体を看破され、打ち滅ぼされる。この出来事によって魔族への憎しみを植え付けられた弟は、魔王討伐の旅に出発し、後に勇者と呼ばれるようになる。さらに、彼女の親友であるこの国の王女も親友を奪われた憎しみから魔族討伐へとその心を定め、世界の情勢は一気に人間と魔族との絶滅戦争へとなだれ込んでいく。
それが、今回の神々のシナリオ。リリアーナ・ユミル・フォールセルティはそのシナリオを美しく飾り立てるための悲劇のヒロイン。聡明で美しい彼女の無残な死は、物語を引き立たせるための極上のスパイスとなる。
「まったく、反吐が出る」
魔王と勇者の戦いは、つまるところ神々の代理戦争。ゲームにすぎない。神々はただその退屈を紛らわすためだけに地上に争いをもたらす。魔王と勇者という駒を中心に、その周りの存在の運命を悲劇的に紡ぎながら。
それが、この千年で見出したこの世界の真実だった。そう、神々は地上の命を愛してなどいない。俺達はただの玩具でしかない。
「上等だ」
天上に座す者共の思惑など知った事ではないが、掌の上で踊り続けるのもいいかげん飽きた。ここからは好きに動かせてもらう。もし俺の邪魔をするというのであれば、そのときは思い知らせてやらなければなるまい。
まあ、その前にやることが山済みだが。さしあたって必要なのは俺とリリアーナの愛の巣……もとい、ホームグラウンドの整備か。これからのことを考えるならば、土台作りはしっかりとせねばなるまい。
「まあ、じっくりとやるさ。ハーレム要員もまだまだ集めなければならんしな」
次はツンデレ姫か、それとも万能メイドか。そんなことを考えながら、俺は自らの野望の第一歩を踏み出した。
大変申し訳ありません。
色々な出来事が重なった結果ここ数ヶ月全く執筆活動を行えませんでした。そしてこれから先も定期的に更新できる保障がありません。
なので、申し訳ありませんが私の長編『異世界見聞録』は不定期更新とさせていただきます。
こんな私の作品でも楽しみに待っていてくれる人々には、大変なご迷惑をおかけしております。こちらの更新のほうは遅くとも年末には行う予定ですので、それまでお待ちください。
後、このお話も一応続編らしきものは考えてありますので、読みたいという奇特な方が大勢いれば続けるかも?
追伸:軽く読めてちょっとエチい新作を予定しています(そんなことをしている暇があったら見聞録書けよと言われるかもしれませんが)。興味のある方は見てやってください。ただし、年齢制限は守ってね。