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オバケでバブルなエリコさん  作者: つづれ しういち
第二章 性格は薄くないのに
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5 光の環(わ)



 夜になった。

 ぼくはいつものように塾に行き、迎えに来たママの車に乗って家に戻った。晩御飯はいつも、ママが作っておいてくれたお弁当を持っていってむこうで食べる。だから帰ったらお風呂に入り、学校や塾の宿題をして寝るだけだ。それでも十一時にはなっちゃうけど。


「おやすみなさい、ママ」

「おやすみなさい」


 ぼくはのろのろといつものようにパジャマに着替えて自分の部屋にもどった。ぼふっと大きな音をたててベッドに座りこむ。

 なんだか気持ちがトゲトゲして、気分が良くなかった。自分が何に不満なのかがはっきりわからない。分からないけれど、どうしても気分が落ち込んで、いらいらして。そんな自分がどうしても止まらなかった。


(……ひどいじゃないか)


 あんな風に、いっぱい優しくしておいて。

 こんなふうに何も言わないで、いきなり消えてしまうなんて。

 うっかりすると、目の奥からじわっと何かが出てきそうな気がして、ぼくはあわてて目をこすった。

 ぼく、いつの間にこんな気持ちになってたんだろう。最初は怖くてドキドキして、足なんて震えていたはずなのに。そのくせ、あの奇妙なかっこうを見るとおかしくて、つい笑ってしまいそうになって。


「エリコさん……」


 うっかりするとぼやけてしまいそうになる視界をあちこちにさまよわせる。

 部屋のまんなかに突っ立ったままぼんやりと窓のほうを見つめていたら、締め切ったガラス窓の外にぽわんと何かが降りて来たように見えた。


(……あれ?)


 なんだろう、あれ。

 なんとなくまん丸くて、電球みたいに光っている。大きさはちょうど、ぼくが両手ですくえるぐらいだろうか。

 光の玉は右へ左へと不規則に動きながら、窓の向こうをふわふわと上下している。

 と、頭の中で声がした。


『……アケテ』


(え?)


 思わず耳を疑った。それはエリコさんの声だった。

 だけどなんとなく、それはぎくしゃくしていて、片言のようだった。


『チョットココ、アケテ。ジブンジャ、ムリ』

「わ、……わかった」


 ぼくはあわてて窓に駆けよると、なるべく音を立てないようにそうっとそこを開けた。ママに聞こえたら大変だ。

 光の玉はすうっとこちらへ入ってくると、空中で停止した。ぼくは開けたときと同じようにして静かに窓を閉めてから、玉のほうへ向き直った。


「えっと……。エリコさん、なの……?」


 恐るおそるきいてみたら、玉はうなずくようにして一度揺れた。


『……ごめんなさいね。どうも、タイミングが悪かったみたいで』

 気のせいか、エリコさんの言葉はさっきよりはだいぶはっきり聞こえるようになった。

『うっかりすると、あっというまに空の方へ吸い上げられちゃいそうなのよ。今だって、必死に過去のあれやらこれやら、恨みがましいこと、真っ黒い気持ちなんかを思い出して()()にしてないと危なくって』

「えっ……」

『あたし、思い出したのよ。死ぬ前にここに思い残したことが何だったのか。で、思い出したらあとはものすごいスピード展開でさ。ハリウッド映画も真っ青よ。それで気が付いたら、あの白いおじいさんの前に浮かんでて』

「そ、それって……」


 ぼくの喉はひきつって、うまく声が出なくなった。 

 やっぱりだ。やっぱりエリコさんは、()()()()してるんだ。


『でも、いくらなんでも、君になんにも言わずに行くんじゃひどいでしょ? だからおじいさんに平身低頭、お願いしたわけ。もうちょっとだけ、ここにいさせて下さいって』

「そ、そんな……」


 うそだ。

 うそだ、そんなの。

 エリコさんがもう行っちゃうなんて。

 だってぼく、まだまだエリコさんに聞いて欲しいことがあるんだ。まだまだいっぱい、エリコさんに教えて欲しいことだってある。

 いっしょに出かけたいところ。いっしょに見たいもの。

 まだまだいっぱい、いっぱいあるのに──。


「ぼ、ぼく──」


 ガラガラになった声で、ぼくは必死にエリコさんに言った。舌もからからに乾いて口の中でくっつき、どうしてもうまく動いてくれない。


「このごろ、ハラダと結構うまくやってるんだよ。友達までは行かないけど、なんとなく……いい感じなんだ」

『うん。見てたわ』

「ミユちゃんのパパとママにも、すっごいお礼を言われてね。……あっ、ハラダもお礼を言ってたよ。エリコさんに『ありがとうって言っといてくれ』って」

『それも知ってる』


 光の玉がさっきよりもきらきら光った。それはちょうど、エリコさんの明るい笑顔みたいだった。

 それを見たら、もう我慢できなかった。

 ぼくの声はぐしゃっとひしゃげて、まともな音を出さなくなった。


「ひど……、ひどいよ、エリコさん。いやだ。そんな、の……イヤだ」

『あらあらあら。……やだ、泣かないでよ、オサム君』

「な、泣いてないよっ……!」


 そんなの、大ウソだった。ぼくの視界は熱くぼやけて、エリコさんである光の玉が余計にぼんやりとしか見えなくなった。

 ほかの人の前だったら、こんなこと絶対にしないのに。でも、ぼくはもうとっくに小さい子みたいに顔をぐしゃぐしゃにして、声を殺して泣いていた。


『……ごめんなさいね』


 エリコさんの光はきらきら輝いて、そのくせちょっと優しい色になった気がした。


『でも、ありがとう。あたしなんかのために』

「……んか、じゃない、よ……」


 ぼくはしゃくりあげまいと必死だったけれど、それもうまく行かなかった。言いたいことはぶつぶつに途切れて、自分でも何を言っているのかわからないぐらいだった。


『でもあたし、ほんと、そんな風に思ってもらうほどの人間じゃないのよ。がっかりさせたくないんだけど』


 エリコさんの光はゆらゆら揺れて、やがてすうっとベッドの方へ動いていった。

 そこで光が急に大きくなって、見る間に人の形になり、ぼうっと光ったエリコさんの姿に変わった。

 エリコさんはもう、ほとんど透明だった。顔のところまで向こう側が透けていて、そのままぼんやりと光っている。表情を見分けるのも難しいぐらいだったけれど、エリコさんはどうやら、少し苦笑しているようだった。


「思い出した、って言ったでしょ? ほんとあたし、バカみたいなことにこだわってたの。それで素直に成仏できなくなってたみたいなのね。あたしだってあんな風に人のこと、えらそうに言えたもんじゃなかったってことよ。恥ずかしいんだけど」

「どういう、こと……」


 ぐすっとはなをすすり上げてそうきいたら、エリコさんはにこっと笑った。

 そして、さばさばしたようにこう言った。


「……あたし、家族が欲しかったの」



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