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賢者の旅(旅行記)  作者: そうさん
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第一話

この世には実しやかに囁かれる悲しい伝説があった。

齢30を過ぎるまで純潔を貫くと森羅万象に手が届く「魔法使い」と呼ばれるものにクラスチェンジする。

そのまま純潔を貫き続け、神に認められし時、「賢者」にランクアップする。

という、恐ろしくも悲しい伝説が。


なまじ法術などという呪いにも似た医療手段があったことから、病や怪我に対する知識が不足している世界。

60歳まで生きられれば長生き、30代で死ぬこともザラという世界で、ある一人の賢者が生まれた。


その名も「ケンジ ナカノ」。


某世界に存在する日本人という種族なわけではない。

和人と呼ばれる種族で世界の約1割ほどを占めている。 決して珍しいものではない。


ナカノはとある一地方都市で法術師、いわゆる「医者」的な役割をしていた。

法術師になるにはある一定程度の才能が必要で誰もがなれる職ではなく、その数は極小というわけではないが少なかった。

詳しい医療知識が必要というわけではなく、法術の力量により病や怪我を治癒する。

要は個人の能力次第で癒せるものが増減していく。

そんな実力主義的な法術師の中で、ナカノはおよそ上位クラスとも言える実力を備えていた。


さて、話は変わるが法術師になるための才能とはどういったものがあるのか。

広く一般に知られているのは次の通り。


一つ、法術を扱えるだけの「魔法力」が先天的に備わっていること。

二つ、病や怪我を前にしてもひるまない強い心があること。

三つ、ある一定の財力があること。

四つ、当たり前ではあるが法術を扱う素養があること。


この四つが一般的に知られる「才能」となる。

一つ、二つ、四つについてはよくわかるが、三つの「財力」というのはピンと来ない人もいるだろう。

法術師は数が少ないため、患者を救うために遠方へ赴くことがある。

当然移動には金がかかるし、治療先での宿泊費や食費もかかる。

もちろん、もろもろの費用込みの治療費は頂くが、「治療後」に頂くため前もってまとまった金が必要となるのだ。

ということで、「財力」というものが必要になる。


つまり、素養があって沢山のというわけではないが、一定の「金」を持っていることが法術師としての条件となる。


そして、ここからが一般には知られない法術師になるための「才能」である。

先の四つの条件を満たした法術師を目指す卵たちが、術士全般を育成する「第一学校」に入学する。

(第一となっているが第二はない。)


第一学校では、初年度に術士全般に必須となる基礎知識を教えていく。

この時、目指すものによっての違いはなく入学者の全員が学んでいく。

基礎知識を終えた次年度、ようやく目指す方向によってクラスが分けられていく。

大まか分けると戦地に赴くことが多い攻撃タイプの「魔術士」、防衛拠点に配置されることが多い「防御術士」、インフラやその他もろもろサポート的な役割となる「学術士」、最後に「法術士」となる。


法術士を選択した生徒たちは、まず最初に誓約術によって見聞きする全ての事項につき、守秘義務を課せられる。

義務を破ったものは術の作用により、これまで第一学校で学んだすべてを忘却し、かつ、違約金まで取られ退学を余儀なくされる。

そこまで行って、最初に行われる授業がこれだ。


完全防音、一切の窓がない部屋に集められた生徒たちは、秘匿された法術師としての「才能」を伝えられる。

この授業によって法術師を目指した生徒の9割以上は「自主的に」退学をしていくのだ。

(自主退学の場合は、授業内容を忘却させたうえで、再度クラスを選択することが出来る。)


未来を夢見た多くの生徒たちが、自ら夢を断つほどの必要とされる「才能」とは一体なんなのか。

ナカノが第一学校の生徒時代の恩師である「セイン コスギ」の言葉を持って伝えよう。




40を過ぎたナイスミドルが教壇に上がり、居並ぶ生徒たちをゆっくりと見まわした。

どの顔にも希望と熱意が溢れ、セインは眩しそうにその目をわずかに細める。

が、瞳には言いようのない悲しみを称えた色があった。

まるでこれから伝える残酷な現実に対し・・・。

振り払うようにセインは口を開く。


「法術師を目指す生徒たち諸君。 私は当クラスを主担当するセイン コスギだ。 まずは初年度の基礎教育を終えたことに対し賛辞を贈ろう。 第一学校に入学できる者たちは才能に恵まれているとも言える優秀な者が多いが、それであっても初年度で退学を選ぶものは多い。 君たちは本当によくやった。」


生徒たちは一様に誇らしげな笑みをわずかに浮かべる。

中には全く気にしない不遜な態度の者もいたが。


「さて、年若い君たちであっても時間が有限であることは間違いない。 早速ではあるが法術師になるにあっての「隠された才能」について話をしよう。 この話が法術師にとって最大の問題であると言っても過言ではない。」


一度、ここで言葉を切ったセインは深いため息をつき、教卓に備えられていた水を一息に飲む。


「まず最初に。 君たちはこの場にいることが出来るというだけで、「才能」を満たすための条件はクリアしている。 要は私がこれから伝えることは、君たちに備わる「才能」というよりも「選択」なのだ。 法術師になるために、一般的に知られる四つの才能のほか、自らを律し続ける才能が必要となる。」


「では、まず、一つ目だ。」


「世間一般に知られる才能のうち、【病や怪我に対してひるまない心】というものがある。 これはまさしくその通りではあるが、実は隠された意味がある。

法術師は癒しを行うとき、患者の痛みを肩代わりする。 肩代わりする痛みは程度によるが、つまり患者が癒しに耐えることが出来るよう法術師は痛みを受けながら、治療を行うことになる。 そのために【ひるまない心】が必要となる。 もちろん、痛みを肩代わりするだけであって実際に病や怪我になるわけではない。 当然、治療を終えたとき、その痛みは君たちからは消え去る。 だが、問題がある。 わかるものはいるかね?」


多くの者は話を聞き、顔を青くしている。

中には既に退出しようとするものも出ていた。

そのような雰囲気の中、回答などが出るはずもなかった。


「法術師が肩代わりしていた痛みは、本来患者のものだ。 治療が終わったとき、痛みの根本となる怪我や病が癒されていれば、治療後にその痛みが患者に発生することはない。 が、もしも、治療に失敗していた場合、その痛みは当然ながら患者の中で蘇る。 それも治療行為中に感じていなかった時間を含めて、だ。

つまり、患者はこれまで感じていた痛みよりも、さらに悪辣に増した痛みを感じることになる。 卵である君たちにこのようなことは言いたくないが、その痛みのショックで死に至る場合もある。」


セインは追い打ちをかけるよう、間髪無く二つ目の才能を口にした。


「そして、二つ目だ。 法術師はその痛みを肩代わりするという行為、そのためか、「清い」体であることが必要となる。 法術師でありたいと思う限り、「純潔」を貫くことが必要ということだ。」


この言葉が発せられた途端、教室にいた生徒のほぼすべてが退出した。

これは下世話な部分だけでなく、この世界の背景も原因としてあった。

平均寿命が短いこともあってか、子孫を残すということが世間一般の常識としてあり、子が成せないものは世間の冷たい視線を浴びることになる。

術士を目指すようなものであるならば尚更で、「財力」という才能が必要であることから貴族や商家であるなど名のある者が多く、世間体は何よりも重要だった。


退出を選択した生徒たちに対し、セインは悲しげな瞳を向けるが、さも当然という思いもあり、苦笑を浮かべるだけである。

退出を待って、教室に残った「5人」の生徒たちにセインは改めて向き直った。


「さて、私から伝えることはこれですべてだが、それを聞いて残った君たちは【本当に】覚悟は出来ているということなのかね?」


青く長い腰まで届くかという美しい髪を持った生徒が声を上げる。


「私はシスターです。 純潔を選択することは当然であり、人々を癒すということも天命と思っています。 そこに躊躇などありません。」


その言葉に続くように3人の生徒がゆっくりと頷く。

残った女生徒「4人」は、皆がシスターなのであろう。

このような「才能」が必要であることから、法術士のほとんど、ほぼ10割はシスターである。

法術士であるシスターを要する教会は、祈りの場所である他、医療施設としての側面を持ち、その地域では非常に大きな発言力を持つことになる。

余談ではあるが。


「さて、最後に。 そこの君は?」


セインは最後の一人、黒髪の「男性」生徒に言葉をかけた。

男性生徒は数度言葉を発しようと口を開きかけたが、わずかに俯いた。

「純潔」を貫くことに対し、大きな葛藤があるのだろう。


「今からでも遅くはない。 考え直しても良いのだよ?」


セインからの優しい言葉に男性生徒は決意を固めたように顔を上げた。


「僕は、僕を治してくれた人のような立派な法術士になりたいと思っています。 そのためなら、どのような「才能」もクリアしてみませす。」


黒髪のやや頼りない男性生徒。

彼の名前は「ケンジ ナカノ」。


彼の生涯純潔(童貞)が決定された瞬間であった。



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