6菌:意外と器用だった
「おはよう」
「あ、ふなじ。おはよう」
教室に入って挨拶をすると、恵子から返事があった。
でも、それだけ。
最近だとすぐにあと一名の挨拶がくるはずなんだけど、今日はなかった。
たしかに、その席にはいるんだけどな。
「榎田さん、何かあったの?」
「わからない……。あたしが来た時から、ずっとあの調子だったの」
榎田さんは自分の席に座って、うつむいてじっとしていた。
……具合でも悪いんだろうか。
僕の自分の席につき、ちらりと隣の様子を伺ってみる。
うつむく榎田さんの手には、いつものようにエノキが一株。それを少しずつ裂いてはがしていた。
普段の、どちらかといえば豪快な榎田さんからは想像もつかないほど、緻密な行動だ。
「……キ、キ……」
そして何か呟いてる。
やっぱり具合が悪いんだろうか。
「……スキー、キー……」
ん?
でもどこか違うような気がする。
その仕草、その呟き、憂いを帯びたその表情……。
もしかして……恋占い?
思わず、榎田さんの方を覗き込んでしまった。
彼女は、恋の悩みを抱えているんだろうか。エノキを花に見立てて、占っているかのようだ。
「スキ……、キ……、エノキ……、スキ……、またの名をナメススキ……」
「……」
……ん?
「榎田さん……? 何してるの……?」
「……? おお、舟司くんかよー。おはよー」
「おはよう。……ところで、何してるの?」
「ああ、今は、今日の給食に入れるエノキの下ごしらえしてるんだー」
「そ、そうなんだ……」
恋占いなんかじゃ全然なかった。
「で、なんか呟いてたようだけど……」
「聞こえてたのかよー。作業しながら作詞してたんだよー。言わせんなよー恥ずかしいなー」
どうやら、自分なりに楽しくやってたようだった。
「そ、そっか。でも良かったよ。てっきり悩み事でもあるのかと」
「悩み事かぁ。でも、たしかに悩みはあるよー」
「えっ! そ、そうなの?」
「これをはがす時に株元をどう処理するかが悩みでなー」
「うん、らしい悩みだ!」
これぞ榎田さんだ!
「さて! 一通り終わったし、今日もエノキであそぼう!」
作業を終えた榎田さんは、さっそく新しいエノキを取り出した。
器用な手つきで、細い一本一本の両端を結び、大きな一つの輪を作った。
「今日はあやとりをします!」
「唐突な展開だね!」
しかもそのエノキの輪でするのかい!?
「榎田さん、器用ね。羨ましいわ。あたしなんて、友達とお話しするだけでも不器用なのに……羨ましい……」
恵子もいきなり参加していきなりネガティブになってるし……。
「というか、食べ物で遊んじゃいけません!」
「こまけぇこと言うなよー。オカンかよー。あとでスタッフが美味しく食べるよー」
「なんか、日に日に言葉が荒くなってきてるね榎田さん……」
「さて、一発目できたー」
ツッコんでるあいだに、さっそくエノキ輪をいじくり出した榎田さん。
「東京タワー!」
「はやっ! そして何気にうまい!」
「リアルね……! 凹凸までちゃんと表現してるわ……!」
「通天閣!」
「"日○"のロゴまでしっかりあるわ……!」
「太陽の塔!」
「おお……! 岡○太郎もビックリね……!」
「レトロな路線を攻めてくるね……」
僕たちって、平成二桁生まれの中学生だよね?
榎田さんは、豪快ながらもとても器用な子だった。
次回、最終菌です!




