4菌:植菌されかけた
朝。教室に入ろうかというところで、榎田さんと出くわした。
「おはよう榎田さん」
「おう、おはよー舟司くん」
ほぼ一緒に教室に入ると、すぐそこに恵子が席についていた。
恵子は毎朝教室一番乗りなのだ。すでに一限目の教科の準備も済ませている。
「おはよう恵子」
「おはよー末田さん」
「ええ、おはよう二人とも」
クールに挨拶しながら、恵子の視線はチラチラと榎田さんに注がれる。
どうやら、話そうと思いながらもいまだに話す機会を逃しているようだ。
恵子は人見知りなところがあるからなぁ。
「あ、舟司くん。ブレザーのエリが歪んでるぜー?」
自分の席につこうとする時、ふいに榎田さんが僕の制服に手を伸ばしてくる。
「あ……ありがと……ん?」
榎田さんのその白い手には、白い"もわもわ"の入った試験管が握られていた。
「榎田さん……? その試験管はいったい?」
「ちょっと舟司くんに植菌を嗜もうかと」
「ちょっ、やめてくれる!?」
どさくさに紛れて、僕のブレザーに菌つけないでくれるかな!?
「いやー、ごめんごめん。ここんとこ家でも満足にできてないから、ついなー」
「家でもやってるんだ!」
「うんー。でも、最近はお父さんに制限されててなー」
植菌をお父さんに制限される娘なんて聞いたことがない……。
「い、家でもエノキは沢山あるの?」
背後から恵子が話しかけてきた。
いつもは自分の席で大人しいのに、珍しいな。よっぽど榎田さんの生態が気になったんだろうか。
「うん。食事とか、味噌汁にもいつも入れてるよー。でも毎食だから追いつかなくて。そんで、家のあちこちに植えたら、お父さんに注意されてなー」
「そ、そうなんだ……」
「ついでにお父さんの頭にも植えたら、怒られてなー」
「やめたげて!?」
そりゃお父さんも怒るよ!
それに、頭で育ったエノキってなんだか食べたくないなぁ!
榎田さんがエノキ制限受けるのもなんとなく理解できた気がする。
「それから、「一日10菌まで!」って言われててなー」
わりとゆるいな! 10菌って多いのか少ないのかわかんないけど!
「でもお父さん、そのエノキ取らないで毎日会社行ってるのになー」
「お父さん、なんで!?」
「毎日経過をインスタに載せてるし」
「お父さんインスタするんだ!」
若い!
でもどう考えてもインスタ映えしなさそう!
それに、せっかく娘が植えたエノキを取るに取れないんだ、きっと。
「父の日に、お母さんと一緒にエノキで編んだ帽子をあげた時も泣いて喜んでたしなー」
「エノキの帽子……す、すごいわね……」
その涙の意味はわからないけど、榎田家のお父さんは優しい人なのはよくわかった。