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こぼれ落ちる命の雫。

「それでは診察を始めさせて頂きます。失礼しますね」


メリッサは声をかけてからシュンランの着ていた服に手をかけようとして、その手を止めた。

シュンランが着ているのは、肩から足元にかけて濃い桃色から白く色が移り変わる生地のガウンに少し似た服。


確か、以前に王宮の舞踏会で極東の国から友好に訪れていた貴族が着ているのを見たことがある。

着物、というのだったか。


そういえばこの部屋は襖といい床の草で編んだ畳という敷物といい極東の遊廓を模しているのだろう。

その独特な趣は部屋の主であるシュンランにとても似合っていた。


その時に貴族が着ていた着物は袖が物凄く長く垂れ下がっていて、腰には複雑に結われた帯を巻いていたけれども、シュンランに着物の帯はそれと比べると細身で結い方もシンプルに見える。

袖も以前見たものよりは垂れていない。

かといってメリッサに結えるのかと言うとムリだろうが。


(……どうやって解くんだろうか、これ)


着ているのを見たことはあるが、当然ながら脱がせたことはない。


前に見た貴族の着ていた着物は腰の後ろで複雑怪奇なまるで華を象ったような形に帯を何度も折り曲げて結っていたが、シュンランの場合は前でいくつも輪を作る蝶結びの形をしている。

普通の蝶結びなら端を引っ張れば簡単に解けるものだが、これもそれでいいものか?


「これはこうして引けばすぐに……ほら解けるのですよ」


固まっているメリッサに換わって、シュンランは自身の手で帯を解いてくれた。


しゅるりと音を立てて長い帯が畳の床に落ちる。

帯一つで留められていた着物の前がはだけ、内に着ている白い襦袢が見えた。


シュンランはそのまま立ち上がって着物を脱ぐと、内の襦袢の紐も解く。

白くてほっそりとした裸体は、まだ成熟しきった女性というよりは、未成熟な少女らしいもの。


それでも他の女性で裸体など間近で見たことのなかったメリッサは頬を赤らめて目を反らす。


シュンランはメリッサの視線を気にする様子もなく着物と襦袢を帯と共に綺麗に畳むと、脇に置いた。


「ではよろしくお願いいたします」


床に直接敷かれていた布団に横たわり、目を閉じたシュンランの言葉に、メリッサは気を取り直し「失礼します」と妙に緊張しつつも白い肌に視線を落とした。


そしてその緊張はすぐに違うものに代わる。


驚愕に、怒りに、哀しみに、羞恥に、いたたまれなさに。


(私、何しに来たのよ)


恥ずかしい。

薬師として診察に来たというのに。

患者の身体から目を反らすなんて。


(……酷い。ここも、ここも、こっちも)


シュンランの白い肌にはいくつもの痣があった。

腕にも、太股にも、肩の下あたりにも。

特に目を引くのは左の脇腹。


大人の手のひらほどもある青紫の内出血。

ふっくらと慎ましやかに膨らんだ胸元には小さな火傷。まるで熱した棒の尖端を押し付けたかのような。


ソフィアと前に訪れた時、メリッサは少し離れてソフィアの指示する薬を用意するだけだった。

だから、こうしてシュンランの身体を間近に見てはいない。あの時もこんなに沢山の薬を塗る必要があるほどなのか、とは思っていたけれど。


(酷い)


酷い。酷い。酷い。


その言葉ばかり頭を過る。


(……こんな、どうしてこんなことを)


聞いてはいた。

ソフィアからも、女将からも。

だけど、こんなにも。


美しい盲目の少女は客の嗜虐心を刺激するらしい。


一度目は「可哀想に」と同情する客も、何故か二度、三度と通う内に同じことをするようになる。

皆しているなら、自分もしても良い。

そんな風に思うのだろうか。


それともシュンランには何か、男を狂わせるある意味魅力とでも言うべきものがあると言うのか。


メリッサは唇をきゅっ、と咬んで、シュンランの身体を治療していった。

脇腹には湿布を貼り、火傷には薬を塗り込む。

手足の傷にも丁寧に薬を塗って時には包帯を巻いていく。

痛いはず。滲みるはず。

なのにシュンランは一度も声を上げなかった。


右手に包帯を巻いていたメリッサは、シュンランの小指に赤い糸が巻かれているのに気づいた。


「これは?」

「ああ、それはおまじないですわ」

「おまじない?」

「ええ。お客様のお一人が教えて下さったのです。毎日赤い糸を取り替えては巻くのです。会いたい方に会えるのですって」


シュンランは布団に半身を起こすと、髪をかきあげてメリッサにうなじを見せる。


「この傷のことは聞いていますか?」

「はい」


白く細いうなじの付け根。

生え際のあたりに古い爪で抉られたような傷痕がある。


いや、実際に爪で抉られたのだ。

恐ろしい、魔物の爪に。


シュンランはこの娼館に来た頃にはまだ目が見えていた。

だがある日、とある客が金を弾むからシュンランを外に連れて行きたい。と言い出した。

近くの山の麓に綺麗な花が周りに咲く小さな泉があるのだと。

娼婦は本来一度店に入れば身請けされない限り外に出ることはない。

けれども、その客は金払いの良い上客で半日だけならば、という条件でシュンランは連れ出された。


その山の麓で、シュンランは魔物に襲われた。

共にいた客はシュンランを置いて逃げたらしい。


シュンランはその場では命をとりとめたけれども、その傷が神経を傷付けたのか、それとも生死をさ迷った間の高熱のためか、意識を取り戻した時には視力を失っていた。

しかもその傷は、シュンランの光だけでなく命も少しずつ削ることになった。


シュンランはその後、頻繁に頭痛に見舞われることになる。

その頭痛は日をおうごと、年を重ねることにより頻繁に、より強く、より長くシュンランを苦しめることになって。


時には嘔吐を伴うそれは、近い内にシュンランの命を奪う。


薬師の勉強をずっとしてきたからこそメリッサにはわかる。


薬師は万能ではない。

すべての病気を、怪我を、その後遺症を治すことなど不可能なのだ。


シュンランの命の雫は今この瞬間も、少しずつ零れて失われていく。


「私はもう長くはないのです。だから、死ぬ前に一目会いたいと……。ムリでしょうが」


目を伏せて呟くシュンランの姿はメリッサの目にとても美しく、けれども、儚く哀しく見えた。

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