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外出は準備をしてから

本日はここまでです。


在庫がある限り、毎日17時に投稿いたします。

 行き場のない感情の嵐が通り過ぎたカロリーヌは深いため息をついた。


 「落ち着きましたか?」


 「ああ、すまなかったのじゃ。さて、チハたんにもここはどこかはわからんじゃろうな。」


 「はい。私たちの世界とは異なると思うのであります。」


 「ムムム、やはりここを出るしかないか。」


 「はい。戦車隊などは目覚めるまで動かすことができませんが、木箱の中には様々な補給物資があります。それを持ってゆくことを提案します。」


 「わかったのじゃ。」


 よいしょ、よいしょとカロリーヌはチハたんの車体から降り、白木の木箱のところまでゆくと、その蓋を開けた。


 一つ目の箱からは三八式歩兵銃を一つ、そしてそれに着剣するためと自分の腰につける分の二つの銃剣を持ち出した。それから様々な箱からモ式大型拳銃と呼ばれるマウザーC96とホルスター、九四式軍刀と偕行社6×24双眼鏡とそのケースを持ち出した。


 気がつくとカロリーヌはサクラヘルメットと呼ばれる旧陸軍のヘルメットを装着していたが、服装は彼女の世界の貴族の旅装のままだった。泥まみれになり、裾も破れている。このようなボロボロのままで人前に出ても大丈夫だと思うほどカロリーヌは記憶を失っていなかった。


 箱を調べても水筒やら靴やらは出てくるものの、服はなかなか出てこなかった。それでも出てきたものから、毛布を三枚、天幕とテント、ヘルメットとは違う皮作りの戦車帽を持ち出した。


 「あったのじゃ!」


 嬉々として取り出したものはカーキ色に朱色の立て襟、金ボタンの軍装だったが未使用のそれはプレスが効いていて、まだ真新しかった。


 しかし……


 「大きいのじゃぁ……」


 当時の男性の体格は小柄で正式の軍装は現代の男性が着用するには小さく、女性が着るとちょうどいいというほどの大きさだったが、それでも十二歳のカロリーヌには大きなものだった。


 しかし背に腹はかえられぬとカロリーヌは一番小さいサイズのものを選び、袖や裾を何回も捲り上げて着用した。首にかかっていた大きなネックレスは傷をつくのを恐れて軍装の中にしまった。


 そして、脱いだドレスの背には剣で切られたと思われる大きな穴が空いていたが返り血はついていなかった。背中も痛くないがそのようなもので済ませられるような大きさではない。首をひねりながら、カロリーヌは畳んだ天幕の上に置いた。


 靴はさすがに代用ができず、今まで履いていた編み上げのピンヒールブーツをそのまま履くことにした。


 「師団長。」


 「ん? お、おぅ……なんじゃ?」


 「意見具申なのですが、銃の試用をお願いいたします。」


 「じゆう? おお、そうじゃのう。した方が良いかのう。いざという時、使えねばどうにもならぬからのう。」 


 カロリーヌはまずは腰のベルトにつけたホルスターに収められていた拳銃に触れた。


 跳弾などの危険を考えて、すのこのような箱の蓋をいくつも重ねて壁に立てかけたカロリーヌはチハたんの意見を聞き、三メートルほど離れて銃口を向けた。


 「これは、なんと言ったかのう?」


 「モ式大型拳銃です。モーゼルというドイツの拳銃ですが、本国ではマウザーと呼ぶのが本式だとか。」


 「ま、まう、まう……つぁー?? ぐぬぬ、そうじゃ、お前はこれからはマウマウじゃ。」


 自分はがっつりとドイツ語圏の名前をしているのだが、カロリーヌはチハたんから聞いた発音をそのまま口にすることができず、苦戦したが、自分流に呼ぶことで折り合いをつけた。


 「ふむ、両手で握り、肘は軽く曲げる。両足は肩幅に開くと。引き金には指の腹でかけて、ゆっくりと引くじゃったな。」


 「はい。師団長はやはり才能がありますな。完璧であります。」


 「世辞は不要じゃ。撃つぞ。」


 パンッ。


 「うわっ!!」


 乾いた音がして、銃口から白い光のようなものが打ち出された。的になった木の蓋にはかなり大きな穴が空いていた。


 「おかしいですね。まるで曳光弾のようでありましたぞ。師団長、申し訳ありませんがもう数発撃ってくれませんか?」


 「わ、わかったのじゃ。」


 チハたんの申し出の通りにカロリーヌは再度構えて銃をうちはじめた。慣れてくるに従い、はじめ感じた反動も気にならなくなり、面白さが先に立った。

 チハたんが止めて、気がつくと二十発以上を撃っていた。


 「ありがとうございます。どうやら、実弾を撃っているようではないようでありますね。」


 「どういうことじゃ?」


 「この拳銃の装弾数は通常ですと十発が上限であります。ですが、師団長は弾の追加を行わずに、すでに二十発を超えて撃っています。弾倉を延長したもので二十発撃つことができますが、この銃の弾倉の形はそうではないのです。

 また弾薬である7.63mm×25マウザー弾は、曳光弾と呼ばれる撃った時に光を放って飛び出す弾を用意されていないはずなのに、すべて光っています。

 しかも、我が国の曳光弾の発光色ではありませんでした。これは弾丸と似た何かを打ち出していると思われます。」


 「何かとはなんなのじゃ?」


 「現時点では小官には判断がつきかねるであります。」


 ふむとカロリーヌはマウマウことマウザーC96をホルスターに戻し、右手を顎に寄せて考え始めた。


 「若干、体がだるいような気がする。妾の世界には魔力があるということは覚えている。ただ妾は魔術を使えていたかどうかまでは覚えていない。これは妾のカンだが、魔力を弾丸という形で打ち出しているのではないだろうか?」


 「そうかもしれないでありますな。ともかく使えることはわかりました。これで外に行けると思います。」


 「お主の大砲の方はどうなのじゃ?」


 「さすがにここで撃つわけにはゆきませんので、外に出て、よさそうな場所があれば試してゆきたいと考えています。ただ、予想ですがダメなことはないと思っているであります。」


 「わかったのじゃ。それでは行くことにしようかの。」


 「了解であります。師団長は乗車をお願いするであります。」


 「その前に荷物を積んでじゃな。」


 「はっ、失礼いたしました。」


 カロリーヌは先ほど取り出してあった銃などをチハたんの中に積み込んだ。あっという間に狭い車内はいっぱいになった。そして最後に自分も乗り込み、ハッチを閉めた。真っ暗な車内にハンドライトの明かりが差し込んでいた。


 「よし、では参ろうではないか、なのじゃ。」


 「了解いたしました。戦車前進!」


 カロリーヌは操縦手の席に腰をかけていたが、特段何をするわけでもない。チハたんのアクセルやクラッチ、ギアシフトが勝手に動き、出口を目指して無限軌道が洞窟を進む。


 後部の機関室に積まれた三菱ザウラー式空冷12気筒200馬力V型ディーゼルエンジンの駆動音は聞こえない。強いて言えば電車のモーターに近いシューン、シューン、シューンと言う音と、履帯が土や石を踏む音だけであった。


 「やはり、体が軽いであります。機関も順調、もう少しでここを脱すると思われます。」


 「であるか。うむむ、戦車が自ら体が軽いというのはどう言うことなのか、妾にはよくわからんが、順調なら問題ないのじゃ。」


 道が悪いために上下に揺さぶられながらも、腕を組み目を閉じてじっと待っていたカロリーヌであったが、チハたんの「もう少しであります。」との声に目を開いた。


 「うぉっ!! まぶしいのじゃ!!」


 操縦席などの小さな窓から一斉に眩しい光が差し込んできた。


 「師団長、表に顔を出しても大丈夫だと思われますが、安全のために鉄帽もしくは戦車帽は着帽していただきたいであります。」


 「わかったのじゃ。」


 カロリーヌは床に転がっていたヘルメットを拾い上げてかぶり、その上からヘッドセットとゴーグルを装着して運転席のハッチから顔を出した。


 「うわぁ……」


 そこは谷底の木々が生い茂る森のような緑地だった。全高二m超のチハたんを覆い隠すように伸びた木々は青々とした葉をつけていた。


 振り返ると先ほど出てきた洞窟の暗い入り口がぽっかりと開いていた。


 「のうチハたんや。あの中には二〇〇両近い戦車が入っているのじゃな。」


 「そうでありますな。」


 「う〜む。冒険者たちに取られたりせんのかのう。」


 「もし、ここいら一帯が一斉にこちらに移ってきたのでしたら、洞窟のからやや離れたところにお地蔵様があると思われるのですが?」


 「オジゾーサマ? んと……ああ、わかったのじゃ。ちょっと探してみるのじゃ。」


 言葉だけではわからなかったカロリーヌは御岳の記憶から浮かんできた穏やかな表情の不思議な石像を捉えた。停車していたチハたんから降りると、彼女は銃剣のついた三八式歩兵銃を草刈りの鉈がわりにしてあたりの探索を始めた。


 四、五分ほどで草むらに埋もれるように横に倒れた石像を発見した。


 思ったよりも軽いその石像を起こし、手で石像の顔についた泥を払った。あたりを見ると地面にもともと置かれていたと思われる跡がついていた。


 「んと、ここに鎮座しておったのか? よいしょ、よいしょっと。」


 さすがに持ち上がるわけがない石像の底を左右に揺するように地道に動かして、後にまで運ぶとしっくりくるように回した。すると、洞窟に背を向けるような位置でピタリと収まった。


 「ほう。これで良いのじゃな。……な、なんじゃー!!」


 お地蔵様からは七色の光が発せられ、地面は巨大な魔法陣を描いた。強い魔力波が洞窟のある崖を駆け上り、目の前の光景を包んだ。


 すぐにそれも消え、洞窟は跡形もなく消えてしまった。


 「チ、チハたんや。洞窟が消えてしまったのじゃ。ど、どうしよう?」


 「結界がはられたのでしょう。少し進んでみてください。師団長なら入ることができるはずであります。」


 「そそそ、そうか? で、では、行くのじゃ。」


 恐る恐る黒の長靴のつま先だけを結界と思われる空間に突き出して見るも、そこには何もなく、するりとカロリーヌは結界内に入ってしまった。


 「んん? 特に何も感じないのじゃ。おお、洞窟はあるのう。うむ、結界は機能しておるようだな。」


 「よかったであります。では先に進みましょう。」


 「そうじゃな。」


 カロリーヌはこれから先、何が起こるかわからない状況に不思議と胸を躍らせながら、駆け足でチハたんに戻った。


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