準備がしっかりできれば、ほぼ成功です
「なんだい!! これはわしの店のもんだよ!! 欲しいんだったら、ちゃんと金を払うんだね!!!!!」
「ババァ。領主が買い集めているからって、テメェ、値を釣り上げやがったくせに太えことぉ言うじゃねぇか。」
「当たり前だろ!! 欲しい奴がいて売れるもんがあるなら、値段の交渉をするのが商売人だっ!!」
「うるせぇ。ババァのやっていることは、テメェの顔みたいにきたねぇんだよ!!」
「なぁんだって!! そんなでかい態度をとるやつに売ってやるもんかい!!」
「おい。」
昼に領主館よりマコ草の実の採集依頼と薬屋に供出依頼が出た。
体力がない魔法使いや薬師たちのような自称知的冒険者たちは、採集ルートの整備やロートバルトの城壁の修繕するよりはと、喜んで採集に出て行った。
衛士たちとともに供出依頼に歩いていたジェラルドは最後の大きな薬屋でもめていた。
店主の老婆は自分の影響下にある薬屋に圧力をかけて、マコ草の実を市場の値よりも安い価格で買いあさり、それをジェラルドたちに三倍の値段で売りつけていた。
口汚く罵り合う老婆と衛士を止めたジェラルドは衛士を引っ込めさせた。
「ほっ、さすがにお貴族様出身のギルドマスターは違うね。お上品に話し合いするって言うのかい? 」
「いや。ここからは買わない。帰るぞ。」
「なっ!?」
「小鬼がここに入ってきても、この婆さんなら逃げ出すことができるんだろ。」
「おっ!? お前さんがた冒険者や衛士があたしらを守るんだろ、そのためにいるんじゃないのかい!?」
「協力しない奴にどうして命をかけられる? まあ、生き延びても評判になるだろうな。金のために自分たちの親兄弟を小鬼に差し出した店主だってな。」
「……っ。」
「今回の商売で失敗して、こんだけでかくした大店の評判を地に落として、国中から命を狙われる事を選んだか。ばあさんも年の割に試練好きだな。おい、帰るぞ。」
ザッと音がして、武装衛士たちが回れ右をして、店を出て行った。金属で飾られた立派な扉に手をかけたジェラルドが振り向いた。
「じゃあな。運が良ければ、また会えるだろう。あとロートバルトの門はしばらく封鎖だぞ。出るにしても領主の許可がいるからな。」
「なっ!! それじゃあ、逃げられないじゃないか!!」
「市壁の外には小鬼がうろついているからな。あえて餌をやるような真似はすることがないだろう。安全のためだ。」
「ぼ、冒険者を雇うっ!!」
「一般依頼は今は中止しているぜ。『蝕』の準備で手を回すことができないからな。」
ジェラルドが店を出て、馬に乗ったところで扉が勢いよく開き、老婆がひざまづき、ののしり合った衛士の足にすがりついた。
「かっ、買ってください。それまでの値段、いや半値でいい!! 小鬼の餌になるのは嫌だよっ!!」
馬車に繋いだ荷車に麻の袋詰めされたマコの草の実を山のように積んで城塞に戻る途上、衛士たちはニヤニヤと笑っていた。
「いやぁ、ギルマスは人が悪いですなぁ。」
「それは風評被害だろう。俺はただ説明をしただけじゃないか。さぁて、明日も忙しいぞ。」
ふぃぃぃぃぃ。
グロリアはぐぃっと背を伸ばした。
「あいたたた。固まった。」
「グロリアは相変わらず運動不足だな。」
「爺さんが元気なだけですよ。」
グロリアは隣で園芸用のスコップを握ってマコ草の実を埋めているフィムに憎まれ口を叩いた。
「しっかし、これが何の役に立つのかねぇ。」
「さあねぇ。私にはよくわかりませんが、ロリちゃんとあの青の部族の娘が考えたそうですよ。ジゼルはどこにいますか?」
「ああ、あいつなら土の精霊に頼んでさっさと進んでいたぞ。」
「まったく羨ましいですね。ところで、ジゼルのおばあちゃんの話とは何だったんですか?」
「あっ……ああ、何でも、母さんたちの父親が北の山脈の向こうにゆくことになって、その形見分けの話だったよ。」
「……じゃあ、フィムのおじいさんという訳ですか? どのくらいの長生きなんですか?」
「何でも、北の山脈の向こうに行けるのは一〇〇〇歳を超えてかららしい……。」
「う”ぇ。『原初の光の民』ですか?」
「いや、うちは普通の白エルフ族だって母さんが話していたけど、長生きすると彼らに招き入れられるっていうことで山の向こうに住むんだってさ。山の向こうに行っちゃうともう戻ってこないから、形見分けの儀式があるんだってさ。」
「一応、おめでたいことなんですかね? ともかく色々と興味深いですねぇ。フィムはおじいさんに会いにゆかなくていいんですか?」
「それどころじゃないだろう。あと、別にあったことないしなぁ。全然似ていないらしいし。」
「フィムはやっぱり小トロール族の血が濃いと思いますよ。」
「俺もそう思う。」
「コラー!! なに怠けてんのよ!! 今日中に埋めちゃうんだから、さっさとしなさ〜い!!」
「わかってはいますが、ジゼルに言われると理不尽極まりない感が強いですね。」
「ま、まあ、そう言ってやるなよ。ああいうやつだってのは承知しているだろ。」
「おや。急に親戚だとわかったら甘くなってしまいましたか? 爺さん。」
「爺さん呼びはやめろって。そんなことって、ないと、思う、よ?」
「そうですかねぇ。あと、私が小さい頃からフィムは今のままじゃなかったですか。」
「しょーがねぇだろ〜、長命種なんだから。俺とは違って、グロリアは大人になったよな。泥だらけで路上で転がっていたのが、今じゃすっかり可愛い女の子になっちゃったよ。」
「えっ……。」
「……。」
急に沈黙が二人の空気を支配した。
そこにジゼルが飛んでフィムにぶつかって来た。
「なに、雰囲気作ってんのよーっ!! 」
「ジゼルは空気を読んでください!! 」
「うるさいのだ!! フィムと付き合いたければ、この私を倒すがよい!! 」
「二人ともわけわかんねーよ!!」
「えいっ!!」
グロリアは暑いのに魔法使いだからと着込んでいた足首まである黒いローブの裾を腿までまくり上げて、サンダルばきの素足を晒して、ジゼルにカニバサミを仕掛けた。
ギャーーーーーーッ!!
顔から倒れたジゼルの綺麗な顔が土ぼこりにまみれた。
「これでいいですね!! 」
「ちょっと!! 魔法使いのくせになんで体術を使うのよ!? 」
「魔法使いに格闘で負ける気分はどうですか? 」
「コノーーーーーーッ!! 」
マジメにヤレーーーーーーッ!!!!!
すんませんでしたーーーーーーッ!!!!!!
遠くの監督役をしていた衛士に怒鳴られた三人は揃って頭を下げた。
午後、冒険者ギルドのカウンターでは、アニカを中心に職員が冒険者たちの仕事の割り振り、斥候が命がけで集めてきた情報の整理、この状況でも止める訳にゆかない経済活動の安全維持、キャラバンの護衛で訪れた冒険者や商人たちへの情報提供と協力依頼、南部の小王国群から出稼ぎに来た傭兵たちをマムルク隊へ紹介するなど、目が回るほどの忙しさだった。
書類に目を通しながら、指示を与えていたアニカに地元生まれのエルフの受付嬢がやってきた。
「アニーさぁ。」
「どうしたの? コッペリア。」
「ロリちゃんさにあいてぇってわらしが来とるんだども。」
「誰?」
「アーデだぁ。」
「アーデルハイトが? コッペリア、五分ほど抜けてもよいですか? 」
「こっちさは任せとけ。何やら思いつめた顔をしとったわ。あと、腰に剣もつけとった。」
「とても不安になるんですが。」
コッペリアの言う通りにアニカが、ホールの奥にある応接コーナーに向かうとアーデルハイトとマリアが腰をかけていた。
見るとアーデルハイトはいつもの仕事着ではなく、詰襟の騎士服を模したコートを着て、ショートソードを帯剣していた。
アニカに気がついた二人は立ち上がり、彼女を迎えた。
「ロリちゃんに用事があるとのことですが。」
「ロリちゃん? ええ? あのご令嬢のことでしょうか? だとすればそうです。」
ギクシャクとアーデルハイトは頷いた。緊張はしているも殺気を漂わせている感じではないのでアニカは肩の力を抜いた。
「彼女は今、指名依頼を受けてここにはいません。代わりに私がお話を聞きます。」
「そうでしたか。父にもすべて打ち明け、奉仕活動も終わりましたので、あの時の約束を果たしに来ました。」
「えぇっと、確か、ロリちゃんのパーティーの面接を受ける。でしたっけ?」
「はい。」
真剣なアーデルハイトの受け答えにアニカは深いため息をついて、眉間にしわを寄せた。
「気持ちはわかりますが、時期が悪すぎます。『蝕』が落ち着いてからと考えなかったのですか? 」
「考えて、いま来ました。わ、私は、このような大事にあのご令嬢の盾になりたいんです。そ、それが、き、騎士の娘の本分だと考えました!! 」
「……。」
ずいぶんとおもしろい子だなぁ。
真面目なことは伝わってくるけど、なぁんか、ずれていますねぇ。
「ち、父も賛成してくれて、剣を渡してくれました。」
親子揃ってかぁ。母親も止めろよって感じですよ。
アニカは心の声を一切の表情に漏らすことなく、彼女を見つめていた。
「気持ちはわかりましたが、彼女はしばらく戻って来ませんよ。どうします?」
「えぇっと……どうしよう……。」
急に不安そうな声になり、年相応の表情を浮かべたアーデルハイトにアニカは思わず突っ込んでしまった。
「いや、考えてなかったんかい。」
「えっ?」
「えっ?」
「いや、いま、『なかったんかい』って……。」
「はて。……アーデルハイトはたしか読み書きと計算はできましたね。」
「あっ……。はい。ふ、二桁の足し算と引き算ぐらいまででしたら。」
「十分ですよ。それではカウンターの中でお手伝いをしてください。マリアは……何ができます?」
「なんでもできる。」
「ずいぶんと強気ですね。」
胸を張り威張る幼いマリアは確かにカールと血が繋がっていることがうかがえる態度だった。アニカが隣の年上の少女に目を向けると彼女はとりなすように提案した。
「あの、掃除なら割と上手にできます。」
「じゃあ、床のお掃除をお願いします。字の書いた紙は捨てないで全部取っておいてくださいね。」
「わかった。」
「さっ、ついて来てください。」
練兵場の広い敷地の中でマムルクの騎兵達が隊列を組んで軍馬をかけさせていた。
砂煙のかからない練兵場のはずれにエミリアとロリ達が茶を嗜みながら、演習を観ていた。
「やはり、専門家は違うのう。」
「我らの国は貧しいですから、自分たちを少しでも高く売るために常に鍛える必要があります。」
「今回の作戦はサラディン達が肝ですから、よろしくお願いします。」
「はい。いや、奮い立ちますな。」
「昨日までの報告では、二千を超えているらしい。俺だったらとてもじゃないがそんなのを引き連れる囮になんてなりたくないな。」
サラディンはジェラルドの言葉にニヤリと厚い唇を歪めて、不敵に笑った。
「小鬼のような烏合の衆など千や万が集まっても恐ろしくはないぞ。」
「そうじゃろか? 烏合の衆だからこちらの思惑に乗るかどうかわからんところが恐ろしいと思うのじゃがなぁ。」
「まあ、こちらの数が多ければ包囲して一網打尽できるんだけどな。うまくゆかないものだな。」
「持てる戦力で強大な敵から勝利を得るのが醍醐味じゃないか。」
「まあ、そうなんだけどな。」
サラディンとジェラルドの物騒な話を咳払いで止めたエミリアは現状報告を求めた。
「それはともかく、進捗状況はいかがですか?」
「マコ草の実は指示通り埋め終わりました。開拓村に関しては巡回を増やして対応していますが、いまのところ接敵の報告はないとのことです。」
「であるか。ならば多少は安心じゃの。」
「はい。」
「……しもうたのう。なんとも『ふらぐ』的な会話をしてしまったような気がするのじゃ。」
不思議そうな表情でロリを見つめたユズが小声で「チハたん?」と聞いてきたが、ロリは黙って首を横に振った。
辺境の開拓村。深夜、ハイディは目を覚ました。
あの事件から、彼女は夜に起きて明け方には寝るという生活を送っていた。ろうそく代とてタダではないが、彼女の父はそれを許していた。
そのために少しでも足しにしようと縫い物の仕事を受けているが、人と会話をしない生活は何度も嫌な記憶を思い起こさせる。
風が強い夜だなっすなぁ。
雨戸が揺れていた。ふっと、あの時の冒険者の少年の姿を思い出す。銀色の髪にまだ幼さが残る少年ぽい笑顔。
「あのあんちゃ、おらよりも若いんだべかなぁ? そんの割に随分枯れてたなっすなぁ。」
遠くで牛の鳴き声が聞こえた。
「んん〜。なんだべか? べこさ、鳴くんか? 野良犬でも潜ったんだべか?」
ハイディは大きな肩掛けのショールをまとい、久しぶりに表に出た。
夏季の生ぬるい風が吹いていた。夜空に広がった雲は上空の強い風に黒い雲がちぎれてゆく。
何かの気配を感じ、ハイディは玄関の扉の心張り棒を握りしめた。
音をしないようにひっそりと歩いていると牛舎で物音が聞こえた。唾を飲み込み、中をのぞいて、後悔した。
「お、おどさ、呼ばねば……。」
振り返り、駆け出そうとした時、あの忌まわしいうなり声とともに濁った光が二つ、建物の隅に光った。
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!!
振り回した心張り棒に硬いものがぶつかった。ハイディは急に重みを増した棒をふりぬき、家に逃げた。
「おっどぉぉぉっ!! おっがぁぁぁっ!!! 」
驚いた父と母が寝室から飛び出した。
「小鬼だぁっ!! 小鬼さ出たじゃあ!!」
「なんじゃとぉーーーーっ!!」
ハイディの父は護身用に備えていた肉切り包丁によく似た大型の鉈を手にした。
GYUREEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!!!!!
頭が大きく、不恰好な灰色の化け物が窓から侵入してきた。
「こんにゃろっ!!」
ハイディの父が振り下ろした鉈は小鬼の左の肩口に深くつきささった。彼は小鬼を蹴り倒して、無理やり倒した。
外ではハイディの母が鍋の底をお玉で叩いて他の村人を起こそうとしていた。ハイディも松明を振り回して母に小鬼が近づかないようにしていた。
どしただーーーーっ!!!
また、小鬼かぁーーーーーーっ!!!
怒号と悲鳴が夜更けの開拓村に響いた。
そして、それよりも大きな悲鳴がハイディの家の中で響いた。
「おどっ!! 」
「ハイディ、逃げんじゃぁっ!!」
ハイディの背中を強く押した母親は家から出てきた血塗れの小鬼に鉄製の鍋をぶつけた。しかし激昂したモンスターに通じるはずもなく、年老いた母に牙を剥いた。
「くっそっ!! 」
ののしり声をあげて、小柄な男が小鬼の前に出て、肩に刺さったままの鉈の柄をつかんだ。
そのまま、小鬼を引き倒した彼は腰の短剣を引き抜き、転がって逃げる敵の胸に突き立てた。びくりと痙攣した小鬼は動くのをやめ、男は黒い刃の短剣を引き抜いた。
小鬼から離れた男の顔が月光に照らされた。
「あっ、あんちゃさぁーーーっ!!!」
「ハイディか。よっくよく、あんたもついてないなぁ。急いで逃げるよ。」
フィムが驚いて腰が抜けてしまったハイディの母を背負うと、ハイディの細い背に手を当てて村の広場に向かうように促した。
ハイディは背に当てられた暖かいフィムの手に涙ぐみながら走り出した。
グロリア:よく考えると泥だらけで路上に転がってたってなんですか? わたしゃ犬ですか?
フィム:小さい頃のグロリアは町の男の子を従えて冒険者ごっこばかりしていたよなぁ。懐かしいなぁ。
グロリアの無駄トゥンク。




