8話『いきなり登場(ニューフェイス)』(十秋 一世)
光の粒子が空中を飛び交う中、俺の目の前で本が形作られていく。
「くっ! これが、オルディスワールドの魔力なのっ!?」
目の前にいる魔法少女がそんな声を上げた。
どうやら、俺に近づけないらしい。
魔法陣の中心地にいる俺には何も感じられないが、外側では物凄い風が吹き荒れているようだ。その証拠に、白の魔法少女の長い髪が後方に勢いよく流されていた。
それらを俺は冷静に理解しながら、そして、目の前に現れたオルディスワールドを手に取った。その瞬間、部屋の中の風が止む。
見れば、白の魔法少女は床に膝を付いていた。
先ほどまであれほどこちらに余裕な態度を見せていたというのに……あれ、これって、もしかして、俺、優勢……?
もしかしなくても、この勝負、楽勝なんじゃね?
《御主人様、御命令は?》
脳内でオルディスワールドがそう俺に問いかける。
それに俺は答える。
「氷を解かしてくれ」
《了解》
俺がそう指示を出すと、オルディスワールドは以前と同じようにページがパラパラと自動で開き、
《“雪解”》
ページが止まると、同時にオルディスワールドがそう言った。
すると、途端に部屋の中の氷が解けていき、あっという間に辺りは水浸しになる。
って、しまった……これ、あとで掃除が大変なやつだ……これなら、この間みたいに時間を逆行させればよかった……。いやでも、魔力の消耗が半端ないらしいしな……。うーん。
「《契約の下、我が命に従え。“氷柱落とし(アイスフォール)!”》」
突如響いた声。
俺はハッとして顔を上げれば、氷柱の鋭い先端が、こちらに向かってくるところだった。
「うわぁぁぁぁっ!」
咄嗟のことに悲鳴しかでない。
慌てて避ける。
だが、遅かった。頬を氷柱が掠め、生暖かい血がたらりと垂れる。
うがぁぁぁ! ちょっ、怖っ! しかも、痛っ! あと、血が出てるんですけどぉぉぉ!!
「……やはり、戦闘は素人みたいね。よかったわ、ただのオッサンで」
「だから、オッサン言うな! だいたいなー、日本国民の一般的な男子高校生は戦闘とか無縁なんだからなぁぁぁぁ! 武器を持ったことなんて、生きてこの方、鉄バットぐらいしかないわっ!! あと、竹刀なっ!」
「なんて危険意識が低い民族なんでしょう。本当、屑ね」
「平和な民族と言え!」
「平和も行き過ぎると、頭の中がカスになるみたいね。――ま、でも今ので分かったわ。あなたにはオルディスワールドは使いこなせないってねっ!!
《契約の下、我が命に従え! “超吹雪”》」
白の魔法少女が叫ぶと、部屋は一気に吹雪となった。
水浸しの床は凍り、部屋の中はどこからともなく雪が入り込む。
部屋の気温は下がり、吐く息は白くなった。
このままじゃ、凍えちまう!
「オルディスワールドっ、部屋を暖めてくれ!」
《了解。――“熱激波”》
俺の指示に従い、オルディスワールドが炎を生み出した。
炎は雪を瞬時に溶かしていき、俺はホッとする。
はー、これで命拾いした。
オルディスワールドは本当に優秀なようで、壁とかは燃やしてないから偉い偉い。
炎は勢いを増し、雪を、氷を飲み込んでいく。
そして、白の魔法少女が放った魔法をすべて飲み込むと、炎は消えた。
いやこれ、本当、楽過ぎじゃない? なにこの最強アイテム。こんなものこの世に存在してもいいのだろうか。
そうして俺がオルディスワールドに感動していると、
「《契約の下、我が命に従え! “超吹雪”》」
再度、白の魔法少女が声を上げる。
だが、今度の俺は冷静だ。
にやりと余裕の笑みを向けてやり、オルディスワールドの命令を下す。
「オルディスワールド、相手の魔法を破壊せよ」
《了解。――“熱激波”》
先ほどと同じように炎が生まれる。
よしよし。
これで俺がやられることはないな。
あとは、相手がこの力にビビッて、逃げてくれればいいんだけど。
いやほら、やっぱり、女の子を殺すとか、そんなの嫌じゃん?
日本人としては平和的な解決を望みたいの。
え?
割と冒頭で一人ブッ殺してただろ、って?
それはそれ。あれは事故だ。なんていうか、あの時の俺は正気じゃなかった。だけど、今の俺は冷静。できれば、戦いたくないし、殺すだなんて物騒なことはしたくない。
穏便に事が進むなら、そっちの方が断然いい。
早く逃げてくれ。
俺はそう願いながら、炎を見つめた。
その中で、急に俺は息苦しさを感じた。気のせいだろうとはじめはやり過ごしていたが、ついにはしゃがみこんでしまう。
どうしてだ?
燃焼により、空気中の酸素が薄くなったのか。これはもしや一酸化炭素中毒とかそういうの起こす感じなのか? よくわからんけど。
これはまずいかもしれない……。
俺は懸命に息を整えようとするも、それは無駄に終わった。どんどん呼吸が苦しくなる。
おまけに手足の感覚がマヒしてきた。試しに手を、グーパーと握ってみるが、上手くいかない。自分の体が自分の意志で動かないことが怖く感じる。
「やっぱりね」
白の魔法少女の声が俺の耳に入ってきた。
声は続く。
「魔力の使い方が全然ダメ。消耗が激しすぎでしょう」
その言葉に俺はハッとする。
あ、なるほど!
今のこの俺の状態は、魔力の消耗による体の不調!
そうか!
じゃあ、これどうしようか!
もう無理じゃない!?
あれ、これもしかして、余裕な戦闘じゃなくて、むしろピンチ?
「オルディスワールドを手に入れるのが簡単そうで助かったわ」
楽勝は相手の方でしたかぁぁぁぁぁぁ!
ヤバいよ! ヤバいよ!
気合で視線は前に向けているが、心無し、炎の勢いが弱まってる気がする。と、思ったら、炎が消えてしまった!
再度、辺りには猛吹雪が吹き荒れる。
さむぅぅぅぅぅぅぅ!! さっきより寒く感じるのは、体温が低くなってるのか? 指先の感覚がもはや無いんですけど……。
《魔力供給停止。魔力供給を再開してください。魔力供給停止。魔力供給を再開してください》
オルディスワールドが俺の脳内で喚いている。
うるさい。
分かった。分かったけど、どうすりゃいいんだよっ!?
体はどんどん動かなくなってく。目の前はかすみはじめた。
このままじゃ、俺、死ぬぞ……。
《御主人様の生命機能低下中》
ですよね……。
ああ、俺、これで終わりなんだな……。
《生命機能、危険レベルに達しました。これより、オルディスワールド自立プログラムを起動します》
オルディスワールドがそう言ったかと思うと、突如、魔法陣が展開した。
「ウソッ!? まだそんな力があるの!?」
白の魔法少女は驚きの声を上げ、吹雪を止めた。
おそらく、こちらの動きに備えるのだろう。
とはいえ、俺だって何が起こるか分からない。
俺の意思じゃなく、オルディスワールドが勝手にはじめたのだから。
オルディスワールドは虹色の光を放ちながら、くるくると回る。
そして、驚くことに、本から二本の足が飛び出した。
何を言ってるんだと思うだろう。だが、本当に二本の人間の足が飛び出したのだ。
それから二本の腕が飛び出す。
そうすると、本の部分が人間の胴体部分になった。
それから最後に出来上がった胴体の首辺りから頭がボコりと生まれ出た。
これらは一瞬だったのでまだ見ることができたが、正直ホラーだ。よくよく映像を思い浮かべると気色悪さの頂点。あまり考えてはいけない。
「《自立プログラム起動完了。環境状況、確認。適応します》」
そしてオルディスワールドだった人間は、そんなことを言うと、真っ裸の体に服を着せた。何故かその服はセーラー服だった。何故だ。
こうして部屋に少女が出現した。
床に着きそうなぐらいの長く、黒い髪。顔は日本人形のように整っていて、可愛いというよりは綺麗。真っ赤な唇は、奇妙な色気があった。あえて年齢を当てはめるなら、六歳ぐらいか。
何が起こったのか、俺には分からない。
ただ、一つ分かるのは、オルディスワールドが人間になった。
これだけは確かだ。