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6話『出会いは突然に』(十秋 一世)



 ドアを潜れば、そこは一面の銀世界。


「まいったな、こりゃ」


 俺は靴箱から長靴を引っ張り出して足に嵌める。

 そしてそのまま玄関を出た。

 ざくっ。

 小気味いい音。

 昨今、中々聞けない音である。

 風が吹く。

 寒い。

 雪に冷やされた風は凍えるような寒さになっていた。

 本当ならこのまま部屋に戻ってぬくぬくと布団にくるまって寝ていたい。だがしかし、そうは問屋が卸さない。俺は学校に行かなければならない。何故なら担任に脅されているから。高校三年の冬休みを補習で過ごせと宣告してきた担任曰く、『推薦だか何だか知らんが、補習に出席しなければ落第させる』と言ってきた。卑怯だ。落第を盾に脅すだなんてっ! 俺の大学ライフを奪おうだなんて許さん!! とはいえ、自業自得なのも自覚している。この三年間。全教科赤点を取っていたのも悪い。赤点ばかりだったのに進学させてくれた担任たちに感謝だ。『お前には二度と教えたくない』と言った社会の先生の言葉が脳裏をよぎる。……進学させたのは、教えるのが面倒になったからなのか……? いやまぁいい。些細なことだ。問題は目の前の雪だ。ともかくこれをクリアして学校へ向かわなければならない。幸いなことに、学校までは徒歩十分のところだ。慎重に歩いたところで、きっと倍ぐらいしかかからないだろう。楽勝楽勝。

 そうして俺は家を出た。

 腰まである雪を掻き分けて歩く。

 ちょっと楽しくなってきた。

 濡れるのはいただけないが、だが、これは楽しい。新感覚。東京でこんなことが出来るとは思わなかった。魔法ってすげぇ。

 とはいえ、途中から飽きてきた。

 雪の水分は徐々に制服を侵食し、ずぶ濡れにさせる。重いし寒いし気持ち悪い。最悪。何故俺、途中、楽しくなっちゃったの! ええっ!!? 三分前の俺を殴りたい!!

 そんなことを思いつつも道のりは半分を過ぎた。もうこうなったら自棄だと、そのまま突き進む。そして、学校がやっと見えてきた。

 はっ! やっと休める!!

 早く教室で休みたい!!

 暖房が利いた教室で暖まるのだ!

 俺は意気揚々と門に辿りつき、そして、愕然とした。

 なんで、だ。

 なんで、なんでなんだ。

 何故っ!?


「学校の門閉まってるんかいッ!!」


 そう、門扉は閉ざされていた。

 ――よくよく落ち着いて考えてみれば、こんな大雪である。

 まず、教師が来れない。


 その時、ピロリン、とバックの中のスマホの音が鳴った。

 俺は黙ってそれを取り出す。

 画面に映るのは担任からのメッセージ。


『今日は休校になりました。自宅で宿題をやってください』


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! おっせーよっ!! そのメッセージをあと一時間早く寄越せッ!!」


 俺はあまりの苛立ちに門を蹴り飛ばす。

 痛かった。とても痛かった。やめとけばよかった、俺の馬鹿。

 なんで俺は寒い寒い雪の中で痛い思いをしているのだろう。悲しみしか湧き出てこない。

 俺は溜息を吐き出して、ぽつりと「帰ろう」と呟いた。

 鞄の中にスマホを突っ込み、元来た道を戻ろうとする。

 そして、振り返った。

 すると、何やら見覚えのある服が。

 うちの学校の女子の制服である。

 どうやら俺と同じように真面目に学校に来た者の一人のようだ。


「おーい、今日は休校だってさー」


 俺は気の毒になって、一生懸命雪を掻き分けてくる女子に声を掛けた。

 しかし聞こえなかったのかその女子は構わず雪を掻き分けてくる。

 うーむ。

 仕方がない、近づくか。


「おーい、おーい。こっちまで来なくていいよー。そこの女子ー」


「えっ、あっ、私?」


 二メートルぐらい近づいてようやくこっちに気が付いてくれたその女子は驚いたような顔をしていた。

 その子は大きな目をぱちくりして、ショートカットの髪の毛についた雪を払いながら、「どうして?」と言っていた。

 やっぱり、俺の声が聞こえてなかったわけね。


「今日は休校だってさ」


「そ、そうなの? そんな……折角ここまで来たのに……はぁ……最低……」


「だよなー。俺もここまで来たのに、さっき担任からスマホに連絡入ってさ。連絡入れるならもっと早くしろってーのなー」


「あー、私、スマホ家に置いて来ちゃったから、全然知らなかった……困ったな……どうしよう」


「てか、君はここまで何で来たの? ちなみに俺は歩き」


「私は電車と歩きで」


 ここから駅までは歩きで五分程度だ。


「この雪でよく電車が動いてたな」


「運良くね。でも、私のあとの電車は運休するって言ってたの。これじゃあ、家に帰れそうにないから、電車が動くまでどこかで時間潰さないと。ファミレス、やってるかな?」


 彼女はそう言って、腕時計を確認していた。

 駅まで戻れば確かに二十四時間営業のファミレスはあるにはある。

 だがこの状況だ。

 きっと彼女と同じような境遇の者が多いだろう。とすれば、彼女は店先で時間を潰すことになるかもしれない。

 見知らぬ女子。だが、ネクタイの色から同じ学年だというのが分かった。

 その彼女が困った様子でいる。

 うん。そうだな。ま、ここで出会ったのも縁だろう。

 俺は彼女を助けてあげようと思い、思い切って提案してみた。


「なぁ、俺の家、ここから歩いて二十分ぐらいなんだけど、俺の家に来るか?」


「あなたの?」


「もし君がよければ、俺の家で電車が動くまで待つといい。家には姉貴もいるから、安心していいよ」


「そうね……」


 彼女はじっとこちらを見てきた。

 品定めだろうか。

 なんだか緊張してきた。

 いや別にやましいことなんてないんだけどね!


「あなた、三年E組の赤城くん、だよね?」


「えっ、俺のこと知ってるの?!」


 彼女の言葉に俺は驚く。

 俺が驚き聞き返せば、彼女は「うん」と頷いた。


「正確に言えば、お姉さんの方を知ってるの。お姉さんって、赤城喜希さんだよね?」


「姉貴を知ってるのか? なんの繋がりで?」


「うーんと、内緒。お姉さんに確認しないと私の口からは言えないかな」


 彼女はそうして微笑む。


「自己紹介がまだだったね。私の名前は、結城茜。下の名前で呼んで。結城って名字、男っぽくってなんか嫌なの」


「分かった。茜ちゃんね。で、俺んち来る?」


「うん! 喜希さんにも会いたいし、是非、お邪魔させて!!」


 彼女は大きな瞳をさらに大きくさせて俺を見つめてそう言った。

 個人的に女の子の髪の毛はロングが好きだけど、この子はショートが似合うなっと思った。いや、ロングにしても可愛いんだろうけどね。

 茜ちゃんは雪を掻き分け、ようやく俺の近くまでやってくると、まるで小動物のような可愛らしい笑顔でもって俺を見てきた。

 そういえば、図書委員の結城って女の子が可愛いって聞いたことあるけど、もしかして、この子がそうなのかもしれない。

 結城なんて茨城県にある地名の名字はそうそう多くない。

 これはラッキーだ。

 クラスの違う可愛いという評判の子と、こうして話せる機会なんてない。

 ありがとう担任。連絡が遅れてくれて。貴様のせいで雪に濡れて寒い思いをしたが、おかげで天使と出会うことが出来た。

 ハレルヤ。

 俺は元来た道を戻り、早速家へと案内した。

 そして、道中話をした中で分かった事は、やっぱり茜ちゃんは噂の図書委員の結城だということが確定した。彼女は図書委員だそうだ。今日は図書当番で、それでやってきたそうだ。


「茜ちゃんは本が好きなの?」


「普通かな? 別に図書委員だからって文学少女ってわけでもないよ。読む小説って言ったらラノベばっかりだし、少女漫画を読むことの方が多いよ」


「じゃあなんで図書委員?」


「友達が一緒にやってくれって言うから。付き合いだよ」


「ふーん」


 女子の世界というのは良く分からんもんだ。

 俺だったら、委員会には所属せず、面倒事はすべて相手に投げるけどな。


「男子がみんな委員会やりたくないって言うから、結局全部女子がやらないといけなくなって、それでどれか決めかねてたってのも理由かな」


「ふ、ふーん」


 おう、地味にダメージぐさり。

 ごめんね。

 許して。

 正直超面倒なんだよ。

 茜ちゃんのクラスの男子の代わりに心の中で謝っておくからさ。

 そんな楽しい(?)会話も終わりを迎える。

 歩いて十五分。

 ようやく俺たちは家に戻ってきたのだった。

 って、普通に道を歩いてきただけどね。

 ちなみに、行きより帰りの方が時間は早い。

 何故なら、すでに道が出来ていたから。

 行きの苦労がこうして報われたよ。


「俺んち、ここなんだ」


「学校近くていいね」


「そう。だから、遅刻する理由を作るのが大変。電車が遅れたって間違っても言えないしね」


「あははっ」


「じゃ、中に入って。何にもないけど、お茶ぐらいは出せるから。――ただいま~」


 俺は玄関の鍵を開けて、中へと入る。

 うはー、あったかい!

 やっぱり外は寒かった。

 俺に続いて茜ちゃんも家の中に入り、「お邪魔します」と控えめに告げた。


「あ、濡れてるコート貸して、ハンガーに掛けとくから」


「あの、赤城くん、タオル貸してもらえる? 靴もびしょびしょで、足が濡れちゃってるの」


「いいよ、そのまま上がって。寒いんだから、兎に角あったまるのが先決。奥の部屋に行ってよ。その間にタオル用意しておくから」


「でも」


 茜ちゃんは俺の言葉に戸惑うようにしていた。

 濡れた足のまま廊下を歩くのが気が引けるのだろうか。

 そんなの気にしなくてもいいのに。

 濡れたら拭けばいいだけのことだ。

 茜ちゃんは動かない。

 しょうがない。

 先にタオルを持ってくるか。


「じゃ、ここでちょっと待ってて! 今タオル持ってくるから」


「あ、ありがとう、ごめんね」


 いいってことよ。

 そのエンジェルスマイル見れただけど役得だから!

 俺は茜ちゃんに手をひらひら振って、そのまま廊下の先にあるバスルームへと向かう。

 脱衣所へと入り、棚から適当なタオルを二三枚見繕う。

 と、そこで気が付いた。

 何やら風呂場から鼻歌が聞こえてくる。

 というか、お湯の音?


「って、ねーちゃん! 風呂に入ってるんかよっ!!」


「あら? あんた帰ってきてたの? 学校は?」


 風呂場から姉ちゃんがそう返してきた。


「この雪で休校! つか、学校のやつが来てるから、変な事するなよ!」


「誰が来てるの?」


「女子!」


「名前は?」


「何故聞く」


「あんたがはじめて家に女の子をつれてきた記念に、名前だけは胸に刻んでおいてあげようかなって」


 失礼な奴だな。確かにそうだよ。


「……結城茜って女子。姉ちゃんのこと知ってて、久しぶりに会いたいって――」


 と、俺が説明をはじめた瞬間だ。


「結城茜ちゃん!? 茜ちゃんが来てるのッ!? やだー!! それならもっと早くいいなさいよー!!」


 ばしゃん、と風呂場から音が聞こえたかと思った次の瞬間、扉が開いた。

 そこには素っ裸の姉がいた。


「ちょっ!? 馬鹿っ! 前を隠せよッ!!」


 俺は慌てて見ないように顔を伏せる。

 それを姉ちゃんは嘲笑った。


「何言ってるのよ。兄弟でしょ?」


 そうして余裕の態度でバスタオルを見に付ける。

 それに俺はやっぱり直視できずに目を逸らしたままだ。

 この姉。

 自分の身体のことを分かっていない。

 グラビアアイドル顔負けの体型。

 ボンキュッボンッである。

 男なんて顔さえ見えなければ、ババアでも発情するってーもんだ。

 まったく、不祥事が起こったら怖いだろう、色々と。

 だから俺はこうしてエチケットを守ろうと目を逸らす。

 姉ちゃんはそんな俺の努力を笑って、そのままバスルームから飛び出すと、「茜ちゃん、久しぶりぃ~!!」と走って行った。

 バスタオル姿で。

 馬鹿だ、あの女。

 頭は良いのかもしれないが、馬鹿なのだ。


「喜希さん!? え、あの」


「茜ちゃん、寒かったでしょ~! さぁさぁ、上がって! あっ! 一緒にお風呂入ろう! 丁度私ね、お風呂に入ってたんだ~」


「それは見れば分かります」


「だよね。じゃあ、お風呂入ろう」


「へ?」


「うちのお風呂はねぇ~、お父さんのこだわりでおっきなお風呂で、三人ぐらいは余裕で入るんだから~」


「あ、あの、喜希さん!? 待ってください!!」


「替えの下着は私のを上げるから! 大丈夫、まだ使ってない新品ちゃんよ!」


「えっ、えっ」


「それとも、勝負下着の方がいいかしら? どちらにしても、お風呂へレッツゴー!」


「え、えぇぇえええええぇぇぇぇぇぇっ!!」


 突然のお風呂イベントへ強制連行されて戸惑う茜ちゃん。

 そうだろう。

 そうだよな。

 俺だって逆の立場だったら同じだろう。


「良太」


 あ、俺の名前呼ばれた。

 久しぶりに呼ばれたせいで、自分の名前を忘れかけてたわ。


「廊下、ちゃんと綺麗にしておいてね。あと、お姉ちゃん、お風呂から出たら冷たいビールが飲みたいから、おつまみ作っておいてね。それから、茜ちゃんのためにお茶も用意するのよ」


「ま、待てよ、姉ちゃん! あのさ、姉ちゃんと茜ちゃんはどんな関係なんだよっ!?」


 俺は今一番気になってることを聞いた。

 二人に接点は無いはずだ。

 姉ちゃんが通っていた高校は俺とは別だ。中学は俺と同じだったが、電車通学の茜ちゃんが中学が同じだとは思えない。

 学校が違うとすればどんな繋がりなのか。

 俺の質問に姉ちゃんは、今気が付きましたって顔をしてみせ、そして口を開いた。


「あー、私と茜ちゃんは地球防衛軍繋がりなのよ」


「……………」


 ごめん、理解を超えたから、もう一回言ってくれないかな?




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