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1話『俺のエロ本が狙われている!?』 (noll)

 自分の胸が忙しなく、そして煩いぐらい高鳴っている。手に持つ先にあるものはアダルト雑誌【桃色天国】であった。俺の名は赤城良太あかしろりょうた、十二月二十五日クリスマスをもって十八歳となる。十八となれば、いわば大人の仲間入りをはたしたようなものである。レンタルビデオ店に行けば、あの魅惑の暖簾が掛けられた男にとってはパラダイス世界に行けるのである。いわば十八歳とはあの桃色世界へのパスポートが得られる年なのだ。これを喜ばずしてなにを喜ぶのだ!

 それの通過儀礼として、俺は人生初のエロ本に手を出した。ドピンクの表紙が他のアダルト雑誌とは異なり、眼が引いた。

 立ち読みをしようとも、肝心の桃色天国にはご丁寧にビニールが張られ、密封されていた。しかし他の雑誌に比べると値段がリーズナブルなので、俺は躊躇うことなくレジへと向かって行った。

 しかし、今日はクリスマス。彼女もいない寂しい俺を含めた男共は、せめてもの慰めとしてあの魅惑の暖簾に入っては出て行く。その数は俺の想像を遥かに超えていたのでとりあえず絶句していた。さてはて、レジにはむさ苦しい男しかおらず、レジの店員でさえも居るのは男性である。いや、むしろここで女性店員だった場合、女性店員のなんとも言えない生温かい眼差しを受けるのは絶対に嫌である。

 長い列を作るレジに少しばかり心が折れそうになるものの、「今、手に持っている物を買えずとして何が男か!」と心に熱く語ってくるもう一人の自分に押され、俺は大蛇のような行列へと足を踏み入れた。


「見つけたにゃん♪」


 ……にゃん?

 俺は背後から聞こえてくる明るく、そして未だかつて現実世界において聞いたことのない語尾に俺の中の時が一瞬だけ止まった。しかしすぐに現実に呼び戻った俺は、慌てて後ろを見ると、そこには何処かで見たことがあるようで無いド派手な衣装を身に着けていた。頭にも動物を模った二つの角なのか耳なのか分からない物体が主張をしていた。

 しかし、なにより目を引いたのは、顔にピンク色の不思議な模様であった。まるで乳幼児が書いた意味の無い落書きのように見えるそれはあどけない顔立ちをする彼女からは想像を絶する物であったからだ。

 見たところ、年は俺よりかは三つか四つ下のようにも見えた。しかし、その顔立ちからかけ離れたその出で立ちは奇抜としか言い表せなかった。いや、もしかした女子の間ではその奇抜さがウケるのかもしれないが、ブームに疎い俺は正直な所、相手はご遠慮したいものだった。周りを見れば周りも周りで彼女の格好にドン引きをしていた。

 しかし当の本人はむしろ俺たちのその視線こそが「待ちに待っていたものよ!」と言うように得意気な顔を浮かべていた。

 ……俺はなぜか、彼女が物凄く可哀想に思えてきてしまった。


「やぁーと、見つけたにゃん♪」


 彼女はルンルンと鼻歌を歌いながら、俺の眼を見た。何故だろうか、嫌な予感が拭い去れない。そしてどうしてだろうか、彼女の視線が俺から俺の手に向けられていないであろうか。俺は恐る恐ると手の先に目線を送れば、手の先にあったのはあの【桃色天国】であった。

 まさかまさか! 昨今の女性人もエロ本を読むものなのか?! 俺の中に衝撃の雷は落とされた。だがしかし、まだ彼女が何も答えていないのである。早とちりは人生において失敗を招く大きな要因の一つである。それにどうだ? もし、軽はずみに彼女に『もしかしてこのエロ本にご興味が?』と聞いてみろ。俺は間違いなく警察に捕まり、わいせつ罪で少年院に送り込まれるであろう。そうだ、落ち着け。冷静になって彼女を見れば、きっと俺の先にある本棚の漫画コーナーに目がいったのだ。そうだそうだ。きっとそうだ。

 ……俺が一人自分に言えるだけの説得をしていると、彼女は俺を鋭い眼差しで睨みつけた。”左手”で俺を指さす。


「その本を大人しく渡すのにゃん!」


 大蛇の列に並ぶ男全員が俺と彼女を見た。その眼は疑惑、困惑、そして卑猥。中には顔を赤らめてハアハア言っている危ない人種も居たが、それも一つの愛の形であろう。しかしだらしのない顔で、しかも公共の場で作るのはいただけない。男とは見た目は紳士にいくべきである。例え心がピンクの世界で出来上がっていようとも、紳士的な態度をとっていれば大概はなんとかなる。しかし、今回の場合は紳士に対応してもどうにもならない事だけは自分自身、よく分かっている。

 レジで対応している男性店員でさえも時が止まったかのように硬直している。緊迫した空気が運河のように流れていく。止まることのない静寂で嫌な空気。誰かドッキリの企画だと言ってくれ、そう願わずして止まない中、いつまで経っても俺がうんともすんとも言わないので、彼女の方が痺れを切らし声を荒げた。


「ちょっと、聞いてるのにゃん!?」


 ……ええ勿論、バッチリ聞こえています。しかし、しかしだ。俺にとってこれに返答をして見ろ。間違いなく俺は補導を余儀無くされる。今でさえ目を凝らせば、携帯電話を握りしめている男がチラホラいる。俺の返答次第で俺の人生は終わる。というか、現時点でさえも俺の人生は終わりに近い。そもそも制服を着ているせいで、自分が学生であることは周知の事実。

 どうして補習の帰りに寄ってしまったのだ自分!

 そう、心の中で計画性の無い自分を呪う。いっその事、呪い死ねれば良いのだが生憎、そんな上手い具合に身体は出来ていない。むしろ出来ていたら世の中の人間は死体の山である。

 ならば、あの子と俺が”実は兄妹大作戦”をするしか……。

 ピピッと脳内に出てくるネーミングセンスの欠片も無い作戦名。しかし、思いつけたのはこれぐらいである。けれど、問題がある。

 そもそも俺と彼女を『兄妹』として通そうにも、顔立ちが似ても似つかない上に、俺自身、彼女の事を妹とは呼びたくない。しかし、ここで自分の人生を終わらせるわけにはいかない。そもそも始まるはずの第一歩が始まる前に終了するなど言語道断である。険しい茨の道だと、見送っていた友人の伊東いとう君が出てくる。……しかし伊東君、こんな”茨の棘”があるだなんて思いもしなかったよ。

 年齢と変更して彼女なし、初恋でさえもまだ。恋愛の「れ」の字も知らない俺が初めての一歩を進む今日この日。俺はまさか生きていてこのような試練に出くわすとは思わなかった。さあ、どうする。どうすれば……。一人、知恵を絞るものの、そもそも勉学の勉が限りないほど無い俺がいったいこの状況をどう打破すればいいのだろうか。こんな時に友人の伊東君が居てくれれば良かった。しかし伊東君は今日の補習終了で暖かい沖縄旅行に行ってしまった。きっと今は飛行機か現地に到着した頃であろう。今だけ物凄く伊東君が羨ましく感じた。けれど、いくら考えても妥協点といえる術が思い浮かばない。それになにより、目の前の彼女が口をへの字にしてますます目を鋭くさせている。ハッキリ言うと怖い。女は怖い生き物だと伊東君が言っていたがまさにそうだと思った。


「……なんにゃぁ? 本を渡さない気かにゃん?」


 彼女の怪訝の声が零れ出る。その声にでさえ、俺は思わず肩を震わせる。けれど、これはむしろ好機であると感じた。彼女が訊ねたことにより、俺は返答の権利を得たのだ。これにより俺の返答次第であり得ない突破口が出来るかもしれないのだ。ならば俺はそのまだ見えぬ突破口を目指して行こうではないか!


「そ、そうだ」


 しかし、考えて考えて出た言葉はこの三文字である。情けないと思われても仕方がないであろう。すると彼女は酷く顔を歪めて、そして落胆の溜息を吐いた。けれど次の瞬間、先程とは打って変わり笑みを浮かべた。


「へぇ……、まさかのまさかだにゃん♪ ”あり得ない可能性の一つ”だったんにゃけど、その存在の価値を知っているようだにゃん♪」


「それはもちろん、俺の人生にとっての聖書バイブルになるはずだ!」


 半ばヤケクソで返す俺。周りが俺と彼女のやり取りを静かに静観しているのが物凄く居た堪れない。しかし、俺としても引くわけにはいかない! 拳に力を入れ、俺は立ち向かう。

 彼女は俺を見つめ、さらに笑みを深くする。そして、どこか狂ったかのように天上を仰ぎ笑いだす。突然のことに身を震わせるも、次の瞬間、一頻り笑い終えた彼女が色の無い目で俺を見た。


「……にゃーるほど、どうやら知っているようだにゃん♪ だったら、実力行使にでるまでだにゃん♪」


 その彼女の言葉を最後に、彼女は今まで隠していた”右手”を俺の前に出した。その右手はいろんな意味でおかしかった。大きさについては左手と同じなのだが、特に異なったのは「爪」である。

 ファッションの一つに「つけ爪」という偽物の長い爪の物が存在するが、彼女の持つ爪はそのつけ爪より遥かに長かった。そもそもあんな長い爪など、接着剤でつけるつけ爪であったら今頃、重力に耐えきれず爪から外れている。けれど、彼女の爪は重力にそって先端は垂れ下がっているものの、外れる気配など無かった。むしろアレはつけ爪なのであろうか。むしろ本当の爪なのであは無いのだろうか。俺の中で消化出来ない謎が腹に溜まる。対する彼女はそんな俺のことなどお構いなしで、その長い爪がある右手を振り上げた。


「作戦変更だにゃん♪ 邪魔立てする者は抹殺だにゃん♪」


 彼女は明るい声でそう宣言すると、俺に向かって右手を振り下げた。しかし、長さからして俺に爪の先は届かない。けれど、潜在的に眠る何かが彼女の攻撃を「避けろ」と言う。俺は本能のまま従い、小さなステップで左に飛ぶと、俺の頬に何かが当たった。なんだと思い手を当て、徐に手を見ればベッタリと血が付いていた。反射的に俺が先ほどまでいた場所を見れば、その場所は抉られたような跡が残されていた。脚が震え、座り込む俺。よくよく耳を澄ませば呻き声が聞こえてくる。恐る恐る首を動かせば、俺の近くで俺と彼女を見ていた男性客の一人が血だらけで倒れていた。誰もが唖然と戸惑い。そして恐怖した。誰かが出した叫び声で、ようやくその場に居た全員が騒然とまるで火の粉散らすように逃げていく。しかし、彼女の攻撃で負傷した客、そして腰を抜かした俺は逃げることが出来なかった。

 彼女は頬に血を流す俺に、少しだけ笑うものの「チッ」と舌打ちを零す。女を怒らすと酷い目に合うと伊東君が言っていたが、まさか自分の命が脅かされるほどの酷い目だったとは思わなかった。伊東君の言葉は嘘ではなかった。すまん、伊東君。


「一発で仕留めきれなかったにゃん♪ 失敗、失敗だにゃん♪」


 彼女が俺に近づく。この時、俺ははじめて彼女がヒールを履いていたのだと気付いた。コツコツと聞こえる足音。聞こえてくるのは足音と五月蠅い心臓。汗がどっと溢れ出る。けれど、死にたくない。まだまだ生きていたい。そもそも今日は俺の十八歳の誕生日で、クリスマスだぞ? この年で言うのもなんだが、サンタよ。世界中の子供たちに笑顔をプレゼントする、サンタよ。いやサンタ様。俺を助けてください!!


「……さあ、死ぬにゃん”地球人”♪」


 彼女の爪が再び俺に襲いかかる。爪の動きに合わせて風が俺に襲いかかる。俺は自然と先ほどのクレーターの正体がその風などだと思った。爪から放たれた衝撃波のような鋭い風が目前に迫ってくる。俺は思わず身を守る体制を取る。しかし、あの風を受けたならば俺の身体は終わりだろう。最後に見た光景は、彼女の酷く歪んだ笑顔だった。

 俺は死を覚悟する――。


「うわあぁぁああぁぁあああ!!」


 ――激しい衝撃音と突風が俺に襲い掛かる。しかしそれ以外の変化は何も起こらなかった。痛みもこない。俺は恐る恐る目を開けて見ると、俺の頭上で何やら光り輝いている存在があることに気が付いた。目を向ければそれは俺が手に持っていたエロ本【桃色天国】であった。何が何やらと目を白黒させていると、笑顔を浮かべていた彼女が唖然とした顔で俺と【桃色天国】を見た。


「……う、嘘だにゃん! 【オルディスワールド】が主人マスターを勝手に決めるだにゃんて!?」


 あり得ない物を見るように、彼女は顔を真っ青にして俺を見た。……いや、正確には俺の持つ【桃色天国】なのかもしれない。

 しかし、理解が追い付かないのは俺としても同じである。けれど、そんな俺にさらなる追い打ちをかける。

 ……なんだか妙に頭がスゥッとする。先程まで考えていた事が綺麗に霧散していく。それになんだか、それが心地いいと思うくらいに。すると、脳の片隅で何かが語り出す。


《魔力感知、主人マスター登録開始》


 それはどこか感情の無い声。しかし、不思議と俺はそのことに対して驚きを感じなかった。むしろ当たり前のように思い、俺は疑問など一つも湧かずに言葉を返していた。


主人マスター登録、赤城良太」


《……登録、赤城良太》


 カチッと何かが嵌る音がする。それはパズルのピースが嵌る音にも似ていた。俺の足元が崩れるようにして、闇に堕ちていく。バサバサと風の切る音が聞こえる。重力に従い闇の底に落ちていた俺だったが、一定の距離まで進むと、無重力空間の場所にいた。そこから広がる無数の言葉の羅列。俺は浮かぶ空間の中、戸惑い一つ無く当て嵌めていくように、言葉を並べる。それに従い感情の無い声は反応する。


《認証アコード入力》


「了解、認証アコードは……」


 俺がそう言いかけた時、何かが崩れる音がした。俺は頭上を仰ぎ見る。見えたのは見覚えのある顔であった。


「それ以上はさせないにゃん!」


 長い爪の攻撃が俺に襲いかかる。けれど、俺は何故かあの攻撃が怖くなかった。むしろ子供だましの攻撃だと思ってしまう。

 ……俺は無言で手を前に出す。


《魔力反応、防御》


「弾き返せ」


《了解》


 感情の無い声が俺の言葉に従い、俺の前に防御壁が張られる。彼女の攻撃が防御壁に衝突し、打ち消される。


「にゃに?!」


 彼女の顔に焦りが生まれる。口を開け、あり得ない表情を見せつけるも俺は冷静だった。


「迎撃態勢」


《……認証アコード入力不足、魔力供給不十分》


「ッチ、アコード入力再開」


《了解》


 感情の無い声の言葉とともに、俺の目の前に【桃色天国】が現れる。無重力の中、俺の目の前をふよふよと飛ぶ存在に、俺は躊躇うことなく手を伸ばす。

 俺の立つ足元から光が溢れ、弧を描く。不思議な文様が次々に浮かんだり、書き込まれていく。無数の言葉が俺を取り囲む。俺は【桃色天国】を取ろうとした。


「お待ちください、地球のお方!」


 鈴のような声が聞こえた。それと同時に白い光が見える。俺は眉を顰め、天を仰げば、そこには白い光を放つ女性の姿があった。


「っげ、ロエだにゃん!」


「……ピンクデビル」


 白い女性の登場に彼女は顔を歪め、睨みつけた。対する白い女性も彼女を見つめ、目を細めた。しかし、すぐに俺の方を見やる。その眼差しは先ほどの彼女同様に何かに焦っていた。俺はそんな白い女性のことなど気にも止めず、下ろしかけた手を再び伸ばす。


制限時間終了タイムアウト、アコード未入力、魔力供給低下》


 けたたましい音が脳内を響き渡る。俺は思わず耳を押さえ、縮こまる。その時、止まっていた思考が徐々に蘇っていくような気がした。



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