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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界奴隷は生きるのがつらい

作者: つれーわー

後味悪い話が書きたかった。

異世界奴隷は生きるのがつらい


トゥエ

ナツメ


 毎日渡る交差点がある。向かいには中学の頃美少年で有名だった同級生がいる。私とは高校が違うが、登校時にいつもすれ違う。話しかけたことはないし、彼も私の名前を知らないだろう。信号が青に変わった。高校でもモテるんだろうな、なんて思いながら歩き出した。


 それが私の世界での最後の記憶。

 今、私は化物相手に剣を振るっている。

「トゥエ!」

 後ろに声を掛けると、火の玉が飛んできて犬の形をした大きな獣を灼いた。断末魔を聞きながら、腹を蹴り上げる。もう一体、ゴシュジンサマが相対している獣を背後から突き刺した。大きく息を吐いて剣を抜くが、休む暇なんてない。この忌々しい首輪がそうさせてくれない。私は奴隷なんだから。後二匹殺す。その後は、化物の皮を剥いで解体しないと。今日の野営の場所を決めて、食事の支度、それから……。


 私のゴシュジンサマは傭兵で、眉間を中心に大きなバツ印の傷跡がある大男だった。傷がなくても、鷲鼻にいかつい顔で女性にもてない容姿をしている。ゴシュジンサマは大きな依頼で一山当てて、見目麗しいエルフの奴隷を買った。私はトゥエのおまけとして付けられたもので、四番目という意味のロカと名付けられた。エルフの子も三番目のトゥエ。一番目と二番目はきっと以前にいた奴隷で死んでしまったのだろう。

 トゥエはほっそりとした白い子で、誰もが見惚れるほどの美貌を持った少女だった。まだ若くて小学生高学年か中学生になりたてぐらいに見える。彼女がどうして奴隷になってしまったのかは知らないが、回復と攻撃の魔法が使えた。何もできない、この世界の言葉すら理解できなかった私と違ってさぞかしお高かったことだろう。

 ゴシュジンサマはアタッカー、トゥエは後方支援、余った私が盾役のパーティーが出来上がった。


 野営も手馴れたもので、テントを張るのに一刻も掛からなかった。食事が終わると、ゴシュジンサマは無骨な手でトゥエのほっそりとした手首を掴む。そうして二人、テントに入る。私はそれを呆っと見る。耳は塞がない。夜の番も私の仕事で、異変を察知しないといけないから。それに、いつものことなのだ。トゥエの目は、ずっと、死んでいる。

 異世界は、地獄みたいなところだった。


 この世界で最初に目覚めたのは馬車の中だった。そこは、薄汚い格好をした人たちが乗せられていて、私もそこに寝転がっていた。きっと臭かったはずなのに、何も感じなかったのは、きっと慣れてしまっていたのだろう。そこにいる人たちは、絶望的な表情で誰もがうつむいていた。私は何でこんなところにいるのか全く理解できなかった。だって、私は登校していて、交差点を渡っているところだったのに。

 ハッとなって服を見ると、着慣れたセーラー服ではなくて、ごわごわとした麻布のような生地のワンピースを着せられていた。カバンも消えている。

「え?」

 意味がわからなかった。そんな私の様子に気づいたのか、隣に座っていたおばさんが、自分の首を指して口を開く。

「      」

 言葉が全く理解できなかった。だけど、おばさんの首元には、ここに集められている人たちの首元には、黒い首輪がかかっている。私も、震える手で首を触った。絶望の感触がした。

 馬車に揺られて、奴隷小屋に入れられて、私はここが異世界なんだとやっとわかった。奴隷には、リザードマンやエルフ、獣人といった人々も多かったし、魔法なんてものも見る機会があった。

 私みたいに共通語がわからない奴隷も多くて、私自身が浮いてしまうということもなかった。奴隷として売るために、必要最低限の言葉も教わった。『はい』『ゴシュジンサマ』

 奴隷小屋で数日間過ごすうちに、首輪の特性についても学んだ。小説なんかではよく、命令に背くと首輪が締め付けられたりだとか、痛みが走ったりって話が多いけど、ここの首輪はそんなものではなかった。自分の意思に反していても、命令に背けなくなるのだ。私の気持ちはちゃんとあるのに、それを無視して身体が動く。最初実感した時は、とても気持ち悪かった。かといって泣き叫ぶこともできない。


 奴隷小屋での生活は、まぁ悪くはなかった。勉強さえしていたら食事は出るし、馬車ほど衛生状況も悪くない。だけど、必要最低限の教育が終わって、私は顔も見たことがない人に売っぱらわれた。思い返してみると、私は三流品もいいところだったのだろう。女性的な魅力はまぁない、家事は言わずもがな、戦闘能力も少ない。言葉もわからないので、使い道がない。商人も、ゴシュジンサマも、いざとなった時の肉壁みたいな認識でしかなかったに違いない。


 買われて、訳も分からず剣を持たされて、ゴブリンの巣に放り込まれた。ゴブリンを殲滅させて、買ったばかりのトゥエとよろしくやっている宿に帰るのが最初の仕事だった。手に持たされた刃こぼれしている剣を見て、その時、私はいてもいなくてもいい人間なんだと悟った。

ゴブリンがファンタジーにはありがちな、最弱のモンスターという扱いは、この世界でも変わらなかった。歯の欠けた剣を振るえば、彼らは一瞬でぐにゃりと曲がって斃れていく。だけど、生臭い息を吐きながら、汚い体液を撒き散らしながら一斉に襲ってくるその姿は、気持ち悪くて吐き気がした。手足を噛み付かれて、喚きながら必死に暴れた。

 自分とゴブリンの血にまみれて宿まで帰ってみれば、トゥエは気絶しているのにゴシュジンサマは盛っている最中だった。ゴシュジンサマが果てるまで、ゴブリンの耳が入った袋を持ちながら行為を見ていた。私に気付くと、ゴシュジンサマは一瞬驚いた顔をして、次の仕事を命じた。身を綺麗にして、トゥエを介抱することだそうだ。シーツには血痕とトゥエの涙の後が残っている。

 私は、トゥエよりもマシなんだろうか。


 この三年で人は殺したし、化物はもっと殺した。トゥエの嬌声も聞き慣れたし、心が傷むといった気持ちも忘れた。

 さいわいだったのはゴシュジンサマが曲がりなりにも一流の傭兵で、私もその技術を学ぶことができたことだろうか。自分自身、一流とはいかなくても、プロとしてやっているだけの腕前はついた。ゴシュジンサマもそう思ったようで、今回の依頼は難易度の高い『不滅の森』のドラゴン退治になった。やっぱりこの世界でもドラゴンいるんだな、と典型的なファンタジー小説みたいで呆れてしまう。ドラゴンの素材そのものもそうだが、溜め込んだ財宝もかなりの量で、たいそう金になるようだ。ゴシュジンサマとしてはもう一山当ててトゥエと引退したいらしい。年を気にしだしたからか、他の理由なのか。

 最近、勇者と聖女の噂を聞くようになった。なんでも、どこぞにいるという魔王を倒しに旅に出ているという。ゴシュジンサマは、魔王が死んでしまうと、化物の威力が弱まって仕事がなくなるんじゃないかと心配している。次は人間同士の争いが起きるのが定番なのにな、なんて、その時私は部屋の隅に蹲って聞いていた。

 テントからの音もすっかり静まって、空を見上げると、夜明けの衛星が昇り始めているところだった。今日も働くのに、昨晩もお楽しみでしたね、と思うが、ゴシュジンサマはそれも織り込み済みでトゥエを買った。どんなに疲れていても回復魔法で肉体を回復できるからだ。トゥエの心が壊れてしまうのも頷ける。

 私は自分の剣を抱いて目を閉じた。これから仮眠して、ドラゴンの眠ると言われる洞窟に奇襲をかける。うまくいっても、いかなくてもどちらでもいい。どのみち、しあわせになる未来などないのだから。


 大兎の死体が三つ転がっている。2メートルほどもある巨大な兎で、目がぎょろっとしていて可愛げがない。口をあけると、鋸のような歯がびっしりと生えていた。瞬発力があって、油断していると一撃で死ぬ危険がある化物だ。体力を使いたくなかったが、こいつらは脚が速いので逃げるという選択肢はなく戦闘になった。

 やっと最後の一匹を倒して、肩で息をしている時に、目の端に何か動くものがあった。1センチほどの小さなムカデが、ゴシュジンサマの靴に登っていった。奴隷が首輪で禁止されているのは、ゴシュジンサマに逆らうこと、自殺すること、逃げること。なので、私は気付かないふりをして、剣についた血を拭った。剥ぎ取り用のナイフを出して、巨大な兎の肛門を切り取る。

「ぐわっ」

 振り向いたら、ゴシュジンサマが首を押さえて呻いていた。口を開くも、涎が出てくるだけで、言葉になっていない。顔色はどんどん青くなり、どっと倒れた。

 あのムカデはこの森に住む猛毒の虫で、通常は人のサイズほどある。きっと幼虫だったのだろう。案外、小さい生き物のほうがこわい。私はすっかり動かなくなったゴシュジンサマを足蹴りして、トゥエに向いた。

 奴隷は道具扱いなので、ゴシュジンサマが死んだ場合、ゴシュジンサマの遺族に分配される。ゴシュジンサマは遺族がいないので、遺品は税として国に巻き上げられることになる。国は私たちを奴隷として売りに出すだろう。この先、生きていたとして、トゥエはこれまでと同じ人生が待っている。

「どうする?」

 彼女は己の胸をとん、と指差した。私はトゥエの笑顔を初めて見た。なので、剣を抜き出して、トゥエの心臓を貫いた。



 ゴシュジンサマとトゥエのギルドカードを手に、『不滅の森』を抜け出したのは二日後だった。その足で、ゴシュジンサマが亡くなってしまったことを報告に、傭兵ギルドへ向かう。町は出発した時よりも騒がしくて、勇者や聖女といった言葉がよく聞こえる。首を捻りながら、ギルドの扉を開けて、受付嬢に声をかけた。

 一通り、ゴシュジンサマと奴隷のトゥエが戦闘で死んでしまったことを報告すると、私は一旦ギルド預かりとなるようだった。

「そういえば聞いたか。勇者がドラゴン退治に出るらしいぞ」「この町に来てるんだってな」

 騒がしいのはそれか。

「ロカさんは一旦宿で休んでも問題ないですよ」

 受付嬢の言葉に、私は出口へと足を向けた。

 ちょうどその時、ギィ、とギルドの扉が開いた。


 笑ったのは無意識だ。だって、笑うしかなかった。なんだ、私そんな理由で異世界に来ちゃったのか。それで、この三年間を耐えて、さらにまだ奴隷を続ける……。なんだこれ。涙なんてでなかった。あまりにも可笑しくて、出そうになる声をぐっとこらえた。

 扉の先に立っていたのは、あの、交差点で見た同級生が成長した姿だった。国の威信をかけたのだろう、装備品を威風堂々と身につけていた。そんな彼は、私に驚き、そして、私に笑いかけた。

 八つ当たりだとわかっているのに、どくどくと彼に対する憎しみが湧いてくる。ゴブリンの巣に放り込まれたこと、人を殺したこと、子供も殺したこと、トゥエが強姦されている声を聞いていたこと、何度も傷を受けたこと、まともに寝られた日がないこと、虐殺に加わったこと、悪夢が……。

 彼は真っ赤になって、私の両手を取る。私はただ壊れてしまったみたいにただ笑っていた。


 そっか、私、巻き込まれだったのか。




————————————


 この国には、『奴隷を解放するな』という教訓がある。その昔、男は奴隷の女性を深く愛してしまった。奴隷も男を愛しているようだったため、男は奴隷を解放して結婚することにした。解放された女性は泣いて喜び、そのまま男を殺した。奴隷の女は愛しているふりをしていただけで、本当は深く憎んでいたのだった。奴隷に愛を求めるな、奴隷を解放するのは愚か者である、という内容だ。


「彼女は巻き込まれだって思っているんだろうな。お前がヘマをしたせいで三年も掛かってしまった。会えてよかったよ」

 契約の儀式が終わったところだった。勇者の魂には、勇者の同郷だった女奴隷との契約が刻み込まれた。

 勇者の言葉に、聖女は目を伏せて唇を噛み締める。

「世界を救う報酬として喚んだなんて知ったら、どう思うかな。どう思われてもいいんだけどな」

「彼女を、解放しないんですか?」

「なんで? やっと彼女が僕のものになったのに?」

「歪んでる……」

 聖女はぎゅっと目を閉じた。もしかしたら、自分はとんでもない人に頼ってしまったのではないか。うまく逃げてくれますように、とわざと座標をずらして彼女を召喚した。だけど、結果として彼女は奴隷となり、勇者の手に渡ってしまった。聖女は、ただごめんなさい、と謝り続けるしかなかった。

 この国には、『奴隷を解放するな』という教訓がある。その昔、男は奴隷の女性を深く愛してしまった。奴隷も男を愛しているようだったため、男は奴隷を解放して結婚することにした。解放された女性は泣いて喜び、そのまま男を殺した。奴隷に愛を求めるな、奴隷を解放するのは愚か者である、という話だ。


「彼女は巻き込まれだって思っているんだろうな。お前がヘマをしたせいで三年も掛かってしまった。会えてよかったよ」

 勇者の言葉に、聖女は目を伏せて唇を噛み締める。

「世界を救う報酬として喚んだなんて知ったら、どう思うかな。どう思われてもいいんだけどな」

「彼女を、解放しないんですか?」

「なんで? やっと彼女が僕のものになったのに?」

「歪んでる……」

 聖女はぎゅっと目を閉じた。もしかしたら、自分はとんでもない人を喚んでしまったのではないか。だけどもう、彼女は勇者の手に渡ってしまった。聖女は、ただごめんなさい、と謝り続けるしかなかった。

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