4 『い ザ ナ い』
「お、おはようッス」
翌日。
現在AM五時。
早朝、アパートのチャイムに起こされ玄関に出てみれば、制服を着て登校準備万端の霜野さんが緊張顔で立っていた。
「何?」
玄関から出て第一声、不機嫌丸出しの声で僕は尋ねた。
「あ、あの! れ、レイタイの件について説明しに来たッス」
不機嫌に気付いてか気づかずか、霜野さんはいっそう緊張した声で答えた。
「…………はあ」
昨夜、別れ際に「あっ、霜野葵って知ってる? コウちゃんのクラスメイトなんだけどね、彼女、レイタイのメンバーだから明日コウちゃんの家に説明に行ってもらうね。んじゃ!」と言い残し、六槻は去って行った。
しかしまさか、こんな朝早くに来るとは思わなかった。いくらなんでも迷惑だろう。
「えーとですね。実は私、亡霊が視えるんス!」
「知ってる」
「えっ? あっ、すいません。では次にッスね、えーと」
と言いつつ小さなメモのようなものを取り出してチラチラ見だした。所謂、カンペだ。
「亡霊とは何か……です。亡霊というのは」
「ちょっと待って、その話長い?」
「あっ、長いです」
朝六時のアパートの戸口である。長々喋られたらたまったものではないと思い、一度霜野さんの説明を遮る。
「入って。中で聞くよ」
そう言って、仕方なく家の中に霜野さんを招いた。
「その……おうちの人の迷惑にならないッスか?」
「一人暮らしだから。どっちにしろ玄関で長話するよりは迷惑じゃないよ」
「……じゃあお言葉に甘えて」
部屋に入りキョロキョロしている霜野さんに座布団を渡す。
「一人暮らしなんて大変そうッスね?」
「別に。それより、説明は?」
「あっ、そうです。その話ッスよ!」
話が逸れたのに気付いたのか、勢いよく霜野さんは言った。
「まず、亡霊とはですね、えっと」
またしてもメモをちらちら見始めた。
「死んだ人がですね、蘇ってですね……そう、蘇るんスよ。それが生きてる人にとり憑いて悪さをするんです。あっ、とり憑くだけでも悪さッスけどね。それで亡霊が現れる地域? に偏りがあるんです。それがこの美乃匡町です。この町を中心にして亡霊が現れているんス。たしか……で、ッスね……」
「ごめん、そのカンペ見せて。多分その方が早い」
霜野さんは確実に説明下手だった。こんなに早い時間に押しかけてくるぐらいだから相当長い説明だと予想していたが、案外、内容の長さよりもそっちの方に時間を取られるという気配りだったのかもしれない。
「大丈夫ッス。ちゃんと説明しますから」
どこから来るかわからないが、やや自信あり気に霜野さんは説明を続けた。
「つまり。私やあなたの様に亡霊を視ることができる人が亡霊から市民の皆様をお守りしなくてはいけないんス」
「いや、なんとなくわかったけど。っていうか今の内容ぐらいは察してはいたけど。僕は視ることはできても退治することはできないんだよ。綺風さんはなんか霊獣? ってのを出せるって言ってたけど、僕は視る意外の事は出来ないよ」
「あれかっこいいッスよ。でも、私も出せないッスよ?」
「はっ? じゃあどうやって除霊してるの」
そうぼくが尋ねると、霜野さんは待ってましたとでもいうような楽しそうな表情をした。
「それはッスね。これッス!」
そう言って霜野さんはカバンの中から――
スタンガンを取り出した。
「これで私達は除霊をしているッス……って、なんでいきなり距離を取るんスか?」
「いやいやいや。いや。どこからツッコめばいいのやら……とりあえずソレしまって」
と、僕は彼女から距離を取りつつスタンガンを指差した。
「了解です。それでですね、このスタンガンなんですが」
「いやだから! ちょっと待って」
は、話が通じない……コミュ障って怖い……。恐らくスタンガンを見せる前にしておかなければならない説明を丸々飛ばしている可能性が高い。
「僕が質問するから、聞かれたことに答えてくれる?」
「いえ、最後まで説明します」
「説明が下手で分かり辛いんだよ。お願いだから質問形式にして」
「え……わ、分かりましたよ。はいはいッス」
なぜか少しむくれてしまった。いや、むしろ逆ギレだった。
「それじゃあ……まず、君たちのレイタイっていうのはどういう組織なの? 出来るだけ詳しく教えてもらえる?」
「えーと……警察庁特殊犯罪対策課二係ッス。通称『レイタイ』ッス」
警察庁……いの一番にそれを説明すべきだ! おかげでこちらは悪の秘密結社のようなものを想像していた。ちゃんとした組織なのか……。
「えっ、という事は君、国家公務員なの?」
あまり知識はなかったが、警察と言えば公務員だ。女子高生ポリスなんてものが現実にありえるのか。
「あっ、違います違います、私は民間協力員ッス。正式な警察官ではないです、はい」
「それって何が違うの?」
「民間協力員はなんていうか、そう! バイトみたいな感じッス。でも全体的に人手不足なんで扱いは正式なメンバーとあんまり変わんないかも……」
バイトというのは絶対に語弊があるのだろうが、あえてツッコまずに話を進めた。
「つまり、そのレイタイは人手不足を補うために民間協力員て名目で人を雇ってると」
「そうッス! そんな感じッス! 今日、学校帰りに寄って帰るんで身分証明書と印鑑を忘れないようにしてくださいッス。雇用契約的なものを結ぶらしいんで」
「うんわかった」
その辺のことは向こうで詳しく訊こう。雇用契約云々の説明をこの子にさせたら多分、夜までかかってしまう。というか印鑑て……。僕が入ることは既に決定事項なのだろうか。
「じゃあ次の質問なんだけど。さっきも少し触れたけど、亡霊をスタンガンで除霊するって。あれはどういうこと?」
「あっ! それですそれ! 私達がいつも使ってるのがこの銃型のスタンガンなんスけど。テーザー銃って言って、トリガーを引くと先端が飛んで離れたところにいる人にも電気を流すことが出来るんスよ! 射程は8mくらいで、このタイプは一回撃つごとに電池とガスのカートリッジを取り換える必要があるッス! それから」
「いやいやいや! 違う!」
なんだか急に流暢かつ正確な説明を始めた霜野さんに、僕は焦りながら待ったをかけた。
「そこじゃない。僕が聞きたいのはスタンガンの仕組みじゃなくて、それでどうして除霊が出来るのか、ってこと」
「? そのままの意味ッスけど……」
キョトンとされてしまった。その現状、反応は僕の物の筈だ……。
「いやだから、スタンガンでどうやって除霊するのさ」
「とり憑かれてる人がいるッス。スタンガンで撃つッス。除霊出来るッス!」
「は?」
意味が分からない。
「本当に? なんでそれで除霊出来るの?」
「? さぁ……?」
――説明に来たんじゃなかったのかこいつ……! は、腹立つ……。
「とにかく、出来るものは出来るんです」
霜野さんはそう言って強引に説明を終えた。
いや、説明になってないが。
「うーん、うん。もういいや。とりあえず次の質問。人手不足ってことはそこそこ忙しいんだろうけど、どれくらい仕事に時間を取られるものなの?」
「私はほぼ毎日召集されてるッス」
想像以上に過酷な労働環境の様だった。
「えっ……そ、そうなんだ。た、大変そうだね」
「そうッスよ! これから一緒に頑張りましょう!」
「えっ」
六槻から言われているので入らないわけにはいかないが、この流れで「頑張りましょう!」と言われるととても入る気を無くさせた。ダークネスだ。ダークネスポリスだ。
「最近この辺、亡霊関連の凶悪犯罪が後を絶たないんスよ。亡霊の悪行を止めなければならないんス。でもしかし、亡霊を視ることができる人は限られているッス。ですので!」
急にテンションの上がった霜野さんは立ち上がり言い放った。
「私達と一緒に亡霊と戦ってくれませんか!?」
少し垂れ目な瞳を輝かせて。霜野葵はまるで悪徳宗教のようなとても胡散臭い勧誘をしてきた。
「私達レイタイは組織化して亡霊に対抗してるッス。しかし! 亡霊の数が爆発的に増加していて、反対に私たちの戦力はとにかく人が少ないんス! ですから、私と一緒に毎日、レッツ除霊しましょう!」
「いや、ごめん、入るには入るけど僕そういうノリじゃないっていうか……」
「もちろんお給料は出ますよ! お仕事ですからね」
「嫌だ」
「嫌じゃありません!」
試しに断ってみたら、まるで僕が我が儘を言う子供だとでも言うように否定を否定で返されてしまった。
「除霊は誰にでも出来ることではないッス。だからこそ、できる人間には責任があるんです。ノブレスオブリージュです!」
もはや救世主のようなことを言い出した。
「あー、えっと、その件は実際にレイタイに行ってから決めるよ。それより最後の質問。何で幽霊たちのこと、亡霊って言うの?」
「あっ、それはですね。あの黒いのは、生前やり残した目的を達成するために幽霊となったから、だそうです」
「目的って……」
「執着、ッス」
「……そっか」
『綺風さん』と僕へ向けられた、六槻の悪意。
あれが、六槻の執着なのだろうか。
「……とりあえず、なんとなくは分かった。わざわざ家まで来てくれてありがとう。そろそろ僕も準備するから霜野さん、先に学校行ってて」
学校に行くにはまだ早すぎる時間だったが、そろそろ準備に取り掛かりたい時間ではあった。それにこれ以上訊きたいことは……無くもなかったが、寝起きの頭で霜野さんとこれ以上問答するのはきつかった。
「了解ッス!」
お礼を言われたのがうれしかったのかさらにテンションを上げつつ、霜野さんは部屋から出て行った。
しかし一時間後。
支度を終えて玄関を出ると、霜野さんが地べたに座って待っていた。
「あっ! 来ましたね。それじゃあ行きましょう」
恐らく僕が霜野さんに感じ取ったのと同じく、大抵の人には第一印象で気取られるのだが、僕は人付き合いが苦手である。愛想良く振る舞えないし、する気もないのだ。だから朝、誰かと一緒に学校に行くような真似は、小学生の時を除けばしたことがない。
はっきり言って、面食らってしまった。
「何で居るの?」
素直な疑問を霜野さんにぶつけてみた。
「いえ、転入してすぐなんで道分かんなくなったら大変だと思って」
僕は小学生か。
「あのさ……なんでもない。ありがとう」
「うひひ」
すごく気味の悪い笑い方だった。しかし、この子はやる事為す事全て裏目に出てしまう。本人は善意でも、相手にとっては有難迷惑だ。きっと難儀な人生を歩んでいるんだろうな、という第二印象を受けた。
しかし僕にとっては不思議と嫌いになれない性格だった。
――それは多分。
――少し。
少しだけ六槻と似ているからだろう。
「そういえば、む・・・・・・綺風さんとはどういう関係なの?」
せっかくだから訊いてみた。友達の少なそうな霜野さんに僕が望んでいるような情報は望めないだろうが、一応、
ウーちゃんなどと呼んでいたし、同じ学校の生徒なので期待せずに訊いてみた。しかし、帰ってきた答えは予想外のものだった。
「ウーちゃんも一緒に戦う仲間ッス! 大親友ッスよ!」
「へぇ……そう、なんだ」
今の状態の六槻に大親友……なんだろうモヤモヤする。
「それより氏浦さんこそ、ウーちゃんとはどういう関係なんスか? 昨日夜中にいきなり電話かかってきて『新しいメンバーを見つけたから説明よろしく!』って言われたッス」
逆に聞き返されて、僕はやや考え込んでから、しかし、曖昧にしか答えられなかった。
「あー、僕たちは、なんていうか……友達、だと思う」




