3 『さ イ カ い』
指定された住所に行って、驚愕した。
人がいなくなってからしばらく経つであろう廃墟の一軒家。五年前、僕はここに一度だけ来たことがある。
ここは元上条家、生前の六槻が住んでいた家だ。一体なぜ、よりによってこの場所を綺風初氷が選んだのか理解不明だった。
玄関は開いていた。中に入ると、埃っぽいリビングの中央にあるソファに彼女は座っていた。
「お待ちしてましたよ。改めまして、綺風初氷です」
「知ってるよ。自己紹介なんてどうでもいい。なんでこんな場所に呼び出した?」
「いえ、ここ以外に人目を憚らずに済む場所を知らなかったもので。それに、あなたの要件というのはこの家に昔、住んでいた人のことですよね」
「ああ、そうだ。……お前が殺した、な」
僕の言葉に、綺風はため息をつきうっとおしそうに僕を見た。
「はぁ。またその話ですか。小学生の時、警察の人にも散々訊かれました。私はその件には関係ないですよ」
「久野茜、覚えてるよな」
「ええ、五年前あなたが起こした暴力事件のかわいそうな被害者ですよね」
「五年前、上条六槻をイジメていたグループの一人だ。最近『偶然』会ってね。色々教えてくれたよ。特に君のことを」
「あらあら? 一体どんなことを話したんだか」
あくまで悪びれない態度を取り続ける綺風に、僕は苛立ちを隠さず語気を強めて言った。
「いい加減にしろ。こんな場所に呼び出しておいていつまでしらばっくれる気だ」
威圧するような僕の態度に、今度は半笑いの表情で綺風は両手を挙げホールドアップしながら言った。
「あーはいはい、分かったって。怖いなーもう。それじゃあ本題に参りますか」
そしてさも面倒そうに、綾風は訊いてきた。
「おいくら?」
「は?」
「だから、口止めにいくら欲しいの? こっちも暇じゃないんだから早くしてもらえますか」
こいつ……この女は――
「お前、僕が金目的でこんなとこまでノコノコやってきたと思ってんのか」
「あらあら、違うのですか? てっきりそういうことかと思ってましたのに。フフッ、それじゃあ、あなたは何が目的で私に近づいてきたんですか」
「復讐だよ」
「あっはははははー」
僕の返答に、彼女はさもバカにするように大笑いをした。
「あはは、あっ、すみません、まさかあんなゴミの仇討をしようだなんて人がいるなんて可笑しくて」
綺風はソファから立ち上がり、腰をパンパンと払いながら言った。
「お話はそれだけですか。なら、お暇しましょうかね」
「……ああ、そうだな。話はここまでだ」
僕はそういうと静かに腰のポケットに手をまわした。
そして。
一気に綺風との距離を詰め、隠し持っていたスタンガンを押し当てた。
まずは気絶させる。
そして動けなくなった綺風を拷問して殺してやる。
つもりだった。
しかし。
スタンガンを押し付けた綺風の身体から。
黒い靄が噴き出した。
「は!?」
黒いオーラ。これは……幽霊、か?
なんで――さっきまでの綾風には全くそんなもの見えなかったのに――
あまりの衝撃に僕は後ずさりへたり込んでしまった。
そうしているうちに一度身体から離れた黒い靄は再度倒れている『綺風さん』の身体に戻り始め、やがて全てが身体に収まり、また靄は見えなくなった。
『綺風さん』の身体がゆっくりと起きあがる。
座り込んでる僕の正面で、目線を僕に合わせてニッコリと微笑んだ。
「コウちゃん、久しぶり」
「なっ……!?」
『コウちゃん』
生まれて此の方、僕をそのあだ名で呼んだのは一人しかいない。
『おもしろい』という理由だけで付けられたあだ名。
「…………六槻、か?」
「うん。そーだよ! キヒヒ」
「まさか……ほ、本当に……?」
僕の問いに彼女は笑いながら立ち上がり答えた。
「えーと、『私が死んだらコウちゃんにとり憑くね』だったっけ? 死ぬ前日に私が言ったセリフ!」
六槻だ。
誰にも言ってない。この台詞にしろ僕のあだ名にしろ。ついでにキヒヒという笑い方も全て、この身体の持ち主が、先程の黒い靄が、六槻だと示している。
「ねーねー信じた? ねーってば」
「あ、ああ。信じたよ。……ちょっと訳分かんないけど」
「キヒヒ、もう少し疑ってもいいと思うけどな。コウちゃん人良すぎ!」
そう言うと六槻は最初に座っていたソファに勢いよくポスッと座った。
「お前なんで……」
僕が今この状況に対しての疑問を口にしようとすると、六槻が口に指を立て「シー」と遮った。
「質問の前に一つ質問」
口に立てた人差し指をそのまま僕が握ったままのスタンガンに向けて、六槻は『綺風さん』の目を細めた。
「そのスタンガンは分かってて使ったの?」
「……どういう意味だ?」
「使えば『私』が出てくるのが分かってて使ったの? ってこと」
「……? いや、知らなかった」
そう言うと、綺風の表情は打って変わって満面の笑みを浮かべ、今度は座り込む僕の胸に勢いよくダイブインした。
「だよねー! いやー良かった良かった。コウちゃんにまで裏切られたらどうしようかと思ったよ」
頭を僕の胸に擦りながら六槻は続けた。
「コウちゃんはいつだって私の味方だよね?」
「あ、ああ。当然だろ」
「キヒヒ、ありがとー」
そう言うと、今度は僕に背中を向け膝の上に座った。六槻は昔から人の膝の上に座りたがったが、今、この身体でそれをやられると僕の足がキツイ。関節が軋む。
「六槻、ちょっと、重いんだけど」
「それは私じゃなくてこの身体が悪いの! 私のせいじゃないよ」
「この身体って……っていうかそろそろ説明してくれよ。一体何がどうなってるんだ」
「うん、えっとね。私死んで、亡霊になって、コイツに憑りついて、身体乗っ取ってやったんだ」
六槻はまるで何かの工程を説明するように淡々と言った。背中越しに表情は見えない。
「そしたらさあ! なんとコイツ、亡霊を除霊する一族の跡取りだったんだよ。いやー偶然て怖いね。いや、ここまで来ると運命だね! 驚きの新事実!」
そこまで言うとテンションが上がったのか六槻はやっと立ち上がり、僕を見下ろした。
「お蔭ですごい霊獣とか召喚出来るようになったんだ! でもね」
いつの間にか六槻の顔から笑顔が消えていた。
「世の中には私みたいな亡霊を消そうとしてる人がこの身体の女以外にもたくさんいるんだ。油断してるとあっという間にバレて除霊されちゃう。だからね」
「コウちゃん、私の事助けてくれるよね」
「へ?」
「だーかーらー。ニックき亡霊ハンター的な人たちから私のこと守ってくれるよねってこと」
「あ、ああ。当然だ」
突然すぎてイマイチ話についていけていなかったが、そうだ。そもそもこの復讐自体、六槻の為のものだったのだ。僕は六槻のためなら何でもする。もう二度と彼女を失いたくない。
僕には彼女が必要だ。
そのはずだ。
「僕は……何をすればいい?」
僕の返答に満足げな微笑みを浮かべ、彼女はまた、ソファに腰を下ろした。
「まず、レイタイに入ってもらう」
「レイタイ?」
「うん、亡霊を探し出して消しまくってる組織の名前。まあ私もこの身体にとり憑いたせいでそこの一員なんだけどね。詳しくは明日、レイタイの人を説明に送るからそこで」
「分かった。他は?」
「亡霊ってさ、他の亡霊を喰べちゃえるんだよね。そんでもって、食べると強くなれるんだ。特に強い亡霊とかだとなおさらね。だから、その手伝いをして欲しいなって」
「分かった」
「話が早くて助かるよー。ありがとね。他にもあるけどそれは追々、ね。それじゃあ今度こそ、お暇しよっか!」
「ああ……」
「どうしたの? 浮かない顔して? ん? 言ってみ? お姉さんにその悩み言ってみ?」
先程から心に浮かんでいた疑問が顔に出てしまっていたのか、六槻が僕の顔を覗き込み張り付いた笑顔で訊いた。
「その、な。最後に一つだけ訊きたいことがあるんだけど」
「ん、なーに?」
「なんで最初から自分の正体を言わなかった? 僕がお前の事をそのレイタイってのに言いふらすとでも思ったのか。それにここに入った時お前、明らかに僕の事挑発してたろ。なんであんなこと……」
「おもしろいからだよ」
笑いながら。しかし何かの感情が確かに籠った言葉で六槻は吐き出した。
「コウちゃんがこの女の身体を殺して、色々傷ついてその後を過ごす様を想像したらさ。なんか可笑しくって。だってそうでしょう?」
――そうか……やっぱりお前は。
心のどこかでずっと予想していた、一番恐れていた言葉を六槻は続けた。
「私を殺した屑と、私を見捨てた屑が一緒に不幸になるんだから!」
そう言って彼女は、仇の顔貌で満面の笑みを浮かべた。
「コウちゃん、これからよろしくね?」
それでも。
僕は頷いた。それ以外出来なかった。
なぜなら僕は、これまでずっと復讐という名目で彼女に拘り続けてきたから。彼女が死んだあの日からずっと後悔してきたから。
もう一度彼女を失うぐらいなら、どんなことでもするんだ。しなきゃならない……。
例え彼女が僕を怨んでいても。




