13 『か イ コ う』
ご飯を食べた後少しブラブラしてから今日はお開きにした。結局、怨霊について聞き出すことは出来なかった。六槻はそれについてあまり突いてこないのでどう思ってるのか真意は分からないが、霜野さんとは仲良くなれたし、近いうちにもう一度質問の機会がくるかもしれない。だから、今日はひとまずこれで終了だ。
お開きとは言っても僕らは同じ地域に住んでいるので帰り道も同じ、同じ電車に乗って帰ることになった。
「光俄さん光俄さんっ」
「何、しも……葵」
「ひひっ、何でもないッス!」
膝にスタンガンの入った袋を抱え隣に座る霜野さんは先程から興奮冷めやらぬ様子でしきりに僕の名前を呼んだ。その無邪気な笑顔に僕の良心が痛む。六槻の為だと割り切っているつもりだが、なぜ恋愛が絡むとこんなに罪悪感が湧くのだろう。まったく哲学だ。
六槻はと言えば僕らとは正面の座席に座ってニヤニヤしながらこっちを見ていた。なんだか今日一日ずっと六槻の掌の上で踊らされている気分だった。霜野さんから僕が怨霊のことを聞き出せたかどうかも本気で気にする素振りはないし、案外、僕や霜野さんをおちょくって楽しんでいるだけなのかもしれない。昔の六槻なら『おもしろいから』という理由だけで十分やりそうなことだ。
そんなことをぼんやりと考えていたとき。
ふと、隣の車両から移動してきた中学生ぐらいの女の子が目に入った。
癖っ毛の長い黒髪に荒んだ肌。霜野さんより小柄な女の子。その子が気になった。
なぜ気になったかといえば、その子が『綺風さん』を凝視していたからだ。
と、その子は『綺風さん』から目を離し向かいに座る僕を見た。
癖っ毛の間から覗いた口角が斜めに上がった。
瞬間。黒い煙が吹き上がった。
その子だけではない。この車両、隣の車両、見える範囲にいる人間全員から。
「二人共、フォローを」
いつの間にか心餽霊-ムシバミ-を従え臨戦態勢に入った六槻の言葉に僕と霜野さんもテーザーを構えた。
すると、癖っ毛の少女はわざとらしく手を口に当てバカにするように大業なポーズをとりニヤリと笑った。
「ははーん? 私とやり合うにはちょーっと頭数が足りないんじゃない、えーと、名前、綺風? だっけ?」
その言葉に反応したのは霜野さんだった。
「あなたはまさか、怨霊ッスか!?」
「ありゃ? お姉ーさん詳しいなぁ。どうしてそんなに物知りなのぉ? なんでスタンガン持ってるのぉ? っていうかこの車両の人はみんな私の能力で亡霊に憑りつかせたハズなんだけどなんで普通に喋ってるのぉ?」
それは多分、六槻が心餽霊-ムシバミ-で亡霊の見えない攻撃を防いでくれたからだろう。
しかし、六槻が怨霊だということはバレているんだろうか……?
もしバレているのだとすれば今の状況は非常にマズい。会話の内容によっては霜野さんに六槻にことが知られてしまう……。
「それは私たちが警察庁特殊犯罪対策課二係、通称『レイタイ』だからです! さあ、観念してくださいッス!」
そうこう考えているうちに霜野さんがさっそく、今一番言ってほしくない情報を口走った。格好付けたのかもしれないがおかげで僕と六槻は大ピンチだ。
そしてそれを聞いた少女は一瞬考えた後、手をポンと打って納得した顔をした。
「はぁ? 警察? お前何言って……あーなるほど! そういうことかぁ。なかなか上手いこと立ち回ってるんだなぁ、お前。でもさぁ、そんなのすぐにバレうわあああ!?」
癖っ毛目がけてテーザーを発射した。これ以上余計なことを霜野さんの前で言わせるわけにはいかない。
「なんてタイミングで撃ってくんだよクソッ! もういい! 殺せ、殺せぇ!」
こう着状態だった状況が一気に動き出した。怨霊の号令とともに操られた亡霊たちが一斉に襲いかかってきた。
しかし、白銀の霊犬が亡霊たちの行く手を遮り次々と除霊していく。
「無駄ですよ。私たちは亡霊戦のプロですから」
手掌で霊犬を操りながら六槻が淡々と言う。それを聞いて相手は一旦攻撃の手を止めた。
「ふーん。確かに。これじゃあいつまで経っても殺せないねぇ。でもそのワンちゃんは三匹までしか出せないって聞いてるけど。それにそっちの頼りなさそうなお二人さんが持ってるスタンガンも一回撃ったら次撃つまでに時間かかるみたいだねぇ」
どうやらこの怨霊はこちらにかなりついて調べてきているようだった。それはそうだ、霜野さんには言えないが、恐らく最初から六槻が怨霊だと解って襲ってきたのだろう。
この状況はあまり想定していない状況だった。
まず、所構わずこんな公共の場所で襲われるとは思わなかった。六槻を含め他の亡霊が隠れ忍んでいるので勘違いしていたが、怨霊にはこれだけの力があるのか……。こいつは他の亡霊と違い場所を選ぶ必要などない。
こちらは明らかに人員不足、準備不足。心餽霊-ムシバミ-に頼った戦い方しか出来ない。
そしてもし、このままこの怨霊を倒したとしても、霜野さんの前では相手の怨霊を吸収する事が出来ない。
動きづらい。今、倒すわけにはいかないし、かといって本気を出さずに退けられる相手ではない。
原因は分かっている。
霜野さんだ。
霜野さんさえいなければ、六槻は好きに動ける。
だから今この場で六槻が自由に動く方法は無い。
――いや。方法はある。
消せばいいのだ。
霜野さんを亡き者にしてしまえばいい。そうすれば六槻の安全は確保される。
いつの間にか僕の手を握る霜野さんを見た。必死に恐怖をかみ殺し、周りの亡霊を睨んでいた。
僕に出来るだろうか、霜野さんを殺すことが。
霜野さんだけではない。六槻の安全を思えば、霜野さんも、レイタイの面々も、関わる人間全てを消してしまうべきなのだ。
六槻の為に、僕はそうするべきなのだ。
なのに、霜野さんへの罪悪感を消すことが出来ない。
六槻の為ならなんでも出来るはずだったのに、ブレーキがかかってしまう。
僕の覚悟はこの程度のものだったのか。自分自身が情けない。
『例えコウちゃんでも、絶対許さないから』
六槻の言葉が頭の中で再生される。クソッ……やらないといけないんだ……僕は……。
六槻は先程から何かを考えていたようだったが、意を決したのかこちらを見て小声で言った。
「コウ…俄さん、アオちゃん、お願いがあります。三十秒だけ私抜きで凌いで下さい」
「わ、分かったッス」
震える声で霜野さんが答えた。声は震えていてもテーザーを握る手は、相手を見つめる目は揺らがない。僕も集中して覚悟を決める。いや、とうに決まっている。とにかく今は六槻を守らなければ。
「コウちゃん」
耳元で六槻が僕にだけ聞こえるように囁いた。
「普通にやっても勝てないから、怨霊の力、使っちゃうね」
「っ!? でも、霜野さんが――」
「守ってね」
……仕方がない。やるしかない。
霜野さんは今日買ったものも含めて、テーザーやスタンガンを大量に取り出した。
僕は右手にテーザーを持ち、左手には自前のスタンガンを握った。テーザーと違い射程は狭くとも、連射出来ることは今の状況には大きい。
一方、こちらが守りのモーションに入ったのに感づいてか、亡霊たちは『待て』から『攻め』にスイッチが切り替わった。
再び襲いくる亡霊たち。
僕と霜野さんは自然と六槻を守るように挟んで立ち車両の両側から襲いくる亡霊を迎え撃つ。
「光俄さん! オーバードライブに気をつけてっ!」
的確に狙い撃ちながら霜野さんが叫ぶ。
こちら側には今のところ亡霊が五人。幸い狭い電車の通路に阻まれ、全員が一度に襲ってくることはない。が、全員が虚ろな目で機を伺っている。
しかし、こちらは『触れれば』勝ちなのだ。殺す必要も取り押さえる必要もない。スタンガンを当てさえすれば良い。この条件なら一対五でも五分だ。
こちらが動かないでいると、前にいた亡霊二人が人間離れした脚力で間合いを詰めてきた。先に駆ける亡霊にタイミングを合わせてスタンガンを前に突きだす。だが、先駆けは電撃の当たる寸前で体勢を限界まで低くして躱し、レスリングのように掴み掛ってきた。
計算通りだった。相手は物量で攻めようとしているのだ。間違いなく初撃から組み付いてくると読んでいた。
背中が固い床に激突する衝撃に耐えながら手の中でスタンガンをクルリと回し、そのまま切腹のように自分に組み付く亡霊に軽く当てた。
絶叫とともに黒煙が爆散する。
即座に自分の上で伸びている『元』亡霊を押しのける。と、そこに遅れてきたもう一人、サラリーマンに憑りついた亡霊が踏みつけてきた。僕は転がりながら避けてそのまま立ち上がる。しかし、組み付かれていたわずかな時間の無駄がアダとなり今まで後ろにいた他の亡霊たちが僕を囲い込もうと回り込むように動いた。
僕はわずかに空いた包囲網の隙間を縫って端の座席を踏み台にし彼らの頭上を抜け直接、怨霊の少女に向けテーザーを発射した。
回り込んでいた亡霊が全員反応し怨霊の盾となり、その内の一人が身代わりとなる形で成仏した。
使用済みテーザーを捨て、間髪入れずに会社員のがら空きの腹にスタンガンを突き立てる。後十秒くらいか。
「ヒュー! やるねぇ、お兄さん! かっこいぃ! 後ろのお姉ーさんとは大違いだねぇ!」
癖っ毛怨霊少女の言葉に思わず振り返った。ちょうど霜野さんが組み伏せられるところだった。どうやら相手が本命で狙っていたのは霜野さんのようだった。
「動くなよぉ? 絶対動くなよぉ?」
勝利を確信した下卑た笑みを浮かべ、近づいてきた。隣の車両からも亡霊たちがの続々と入ってきた。僕も霜野さんと同じように組み伏せられ、地べたに顔をつけられた。
「ぐあっ!」
「後は、温存しといた子たちでじっくりその女を嬲り殺せばいいや……いやあー残念だったねぇ、雑魚のお兄さん」
「……いや、これでいい」
僕の目的はあくまで時間稼ぎだ。倒す必要はない。
そろそろ、三十秒だ。
「お待たせしました」
視えない人間には。この光景が分からないのだろう。
目の眩むような閃光、そこから数十匹の霊犬が六槻の周りを旋回しながら現れた。
これが怨霊としての六槻の力か……。
「殺ぎ落とせ」
不謹慎にも僕はその美しさに思わず見惚れてしまった。
静かな号令と共に竜巻のように周りの亡霊を蹴散らしてゆく。正に『選ばれし力』だった。
何に選ばれた存在なのかはわからないが。
「うわぁ……マジかよ。思ってたよりも相性悪いなぁ。最悪!」
怨霊は癖っ毛を振り乱して怒鳴った。
――今なら。殺れるんじゃないか。相手の手駒の亡霊は数人。霜野さんも立ち上がり臨戦態勢に入っている。六槻もまだ戦える状態だ。食事の問題はとりあえず置いておけば、今なら仕留――
「まっ、お前の戦力が分かっただけで良しとするかなぁ。ってことで今日はこんくらいにしといたげるよぉ。また遊ぼうねぇ」
そう言うと、怨霊は邪悪な顔で笑い、人差し指で自分の首をなぞった。
瞬間。
残った亡霊たちがそれぞれ手にしたボールペンやカッターナイフで自分の首をかき切った。
電車内に血飛沫が舞った。
僕らが呆気にとられている隙に、彼女は電車のドアを蹴り破った。
「次は負けないからねぇ! 絶対!」
捨て台詞を吐き、走り続ける阿鼻叫喚の電車から飛び降りていった。
悪魔が消え去った真っ赤な車内は残酷な静寂に包まれ誰一人口を開かなかった。先程まで憑りつかれていた憑代たちはピクリとも動かない。首を裂いた者たちは確かめるまでもなく即死だった。
僕は必死で正気を保った。この程度で折れてはダメだ。自分は怨霊である上条六槻の共犯者なのだ、この程度で動じていてはいけない。動じる権利などない。
口を閉ざしていた。口を開けば、心が動けば、吐き出してしまうような気がしたから。
六槻も神妙な面持ちで押し黙り、何を考えているのか分からなかった。
しかし。
そんな中でただ一人、霜野さんだけは語っていた。言葉ではなく、視線で。
『綺風さん』を見開いた目で見つめる霜野さんを見て、僕は分かってしまった。
霜野さんが、怨霊の能力を知っていたことを。
霜野さんが、『綺風さん』の正体に気づいたことを。




