___一成の怪我___
「…どういうことですか、姫城先生」
一方その頃、一成は保健室にいた。
生徒の健康診断表が並べられた机を挟んで立ち尽くす。一成は、運動機能の項目でバレたかと、並べられたそれを睨みつけた。
「そのまんまよぉ。あなたの怪我はもう完治してるんでしょ? プレイヤーに戻るいい機会じゃない? って」
紙束をひらひら振りながら、姫城は繰り返した。何度言わせるのよぉと頬を膨らませる彼女に、一成は唇を噛む。
「うちは男子ソフトテニス部はないけど、個人的になら出られるのよぉ。同じ学校の生徒と組まなきゃいけないってルールもないし」
「俺はもう」
「あのね、一成くん」
姫城は一成の言葉を遮った。
「無理強いをするわけじゃないわ。けど、もし…、もし、あなたにまだ未練があるなら、これが最後のチャンスなのよ」
姫城は持っていた紙束を一成に渡して、微笑んだ。
「しんちゃんを呼んだのは、みんなのパワーアップと、しんちゃん本人の為と、あなたの為なのよぉ。ねえ、一成くん」
ぽんと肩を叩いた姫城は、そのまま保健室備え付けのデスクに戻る。
「自分が後悔しない選択をしなさい」
☆ ☆ ☆
「後悔しない選択、ねえ…」
非常階段に座り込みながら、一成は渡された紙を眺めた。大会要項、女子のではなく男子のだ。珍しい、シングルスもある。
一成の腕の怪我が完治したのは、去年の夏だった。
姫城先生に連れられてソフトテニス部のマネージャーを始めた時はまだ二の腕に包帯を巻いていたから、軽い雑用しかできなかった。重いものを少しずつ慣らしていき、それをリハビリにしていた。一年の冬頃から姫城の代わりにメニューを組むことが多くなり、そうして今の位置に落ち着いた。
「…後悔ならもうとっくにしてるっつーの…」
もう何ともない利き腕を摩りながら、一成は自嘲した。
今でも鮮明に思い出せる。
負けた相手が振りかぶったラケットが、逆光を受けているさまを。咄嗟に出たのが利き腕だったことを。体を捻って、本能が真っ先に守ろうとしたのは頭だった。ラケットは頭に当たらず、二の腕に直撃した。骨が砕ける音がした気がして、痛みで頭が真っ白になって、それでも彼は、「何で右手を出したんだ」って後悔した。
医者からも親からも、「咄嗟に頭を守れたのは偉い」と言われたが、一成はずっとずっと、固められた右腕を握りしめていた。
医者と親が言ったことは正しい。頭に打撃を受けていれば、最悪死ぬ。これでよかった。でも、左腕を出せなかったことを悔いていた。
一成は大会要項を一枚ずつぐしゃぐしゃに丸める。
「…俺はもう、右手でラケット握りたくねーんだよ…」




