___菜摘のこと___
一成のはっきりした意見を聞いて、菜摘は少しの間きょとんとする。そして、吹き出した。
「あっはは! 流石いっせー! 予想通り!」
「だから、かずなりだ!」
お決まりのやり取りを挟み、一成は菜摘を見詰めた。
「部活の時間まで、言うなよ。俺から説明するから」
「りょーかい。あ、でもいろはには言っていい? かなり心配してたから」
「ああ。それは頼む」
授業のチャイムが鳴る。菜摘は席を立った。
「じゃあマネージャー、頼んだよ!」
「はいはい、頼まれた」
ぱたぱたと手を振る一成に背を向け、菜摘は自分の席に戻った。
一限の授業は、現代文か。菜摘は意味もなくテキストを捲る。
三年生になった。受験も控えている。部活をできるのは、残りどれくらいだろう。中学の、最後の試合でいろはに魅せられてから、彼女はいろはと組むためにこの学校に入学した。
中学の時、そこそこ名の通っていた菜摘。県で優勝できるくらいの実力を持っていたが、三年間どの年も三位止まり。そして、毎年ペアが変わっていた。
『何で止まるの、追いかけてよ』
何度も言った。ペアを組んだ、どの子にも言った。後輩であろうと先輩であろうと、菜摘は言った。
とんでもない威力のスマッシュ、コースを狙ったボレー。ネット際に上げてしまえば、菜摘の範囲内。取られてしまう。なら、どうするか。
相手は、後衛を狙った。文字通り振り回した。右へ左へ、菜摘の届かないロブを上げて。
『今の届いたよ、何で止まっちゃったの!』
厳しい菜摘の言葉に、何人もの子が菜摘のペアを辞退した。
つまらない。
高校では、心機一転、文化部にでも入ってみるかと考えながらぼんやりと見ていたコートに、いろはがいた。
お世辞にも、すごい上手い! とは言えないようなプレーだった。ネットには引っ掛けるし、前衛の後頭部に当てた時は、流石に失笑が巻き起こっていた。それでも、彼女は前だけ見て、ボールを追い続けた。
短いボールも、左右に振り回すロブも、彼女は追いかけた。そして、きちんと返した。
その時、菜摘は思った。後ろにあの子がいたら、どれだけ心強いんだろう。現に、いろはのペアはのびのびとプレーしていた。
菜摘は、いろはを尊敬している。
そして、共に戦い抜きたいと、今でも思っている。
「…懐かしいなあ」
小さく呟いた言葉は、まだ先生が来ないことで騒めいている教室に消える。
正直、菜摘は少しだけ怒っていた。次の予選、負けるわけにはいかない。集中しなければいけない。だから、姉妹喧嘩なんて今しないで欲しかった。
でも同時に、彼女は知っていた。雪菜の想いも、雪斗の想いも、両方。
団体戦、勝ちたい。勝って、優勝したい。そのためには、やはり双子の力が必要で。
双子が、この壁を乗り越えることで、更に強くなれると、信じている。
教室の扉が開いて、先生が入ってきた。号令がかかる。
礼、という声に軽く頭を下げ、座った。
早く部活の時間にならないかな。
そう思いながら、あと五時間か…と菜摘は苦笑した。
☆ ★ ☆
「やった待ちに待った部活」
「お前、そわそわし過ぎだろ」
「うるさいなーいっせい。いろはに会えるの昼休みか十分休みか部活の時間だけなんだよ?」
「他の時間は授業中だろ」
「何で最後の年にクラス離れたんだろ…いっせい何かしたでしょ」
「してねーよ。てかいっせい言うな」
壁に背を預け、ひそひそと会話する。いろはのクラスはまだホームルームが終わっていないため、いろは待ち。中からガタガタと音がし始めた。そして、人が出てくる。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「んーん! 全然待ってないよ! 行こういろは! 部活だよ!!」
「元気だなー…」
苦笑いのいろは。そうして三人で、階段を降りる。
「…あ、雪斗と雪菜」
一階分階段を降りたところで、二人を見かけた。
声をかけようとするが、微妙に離れて歩いているのが珍しく、少し戸惑ってしまった。
「わ、ガチじゃん」
「でも二人で行くんだね…」
「はあ…」
各々感想を零しながら、三人も双子の後を追った。




