___事件発生?___
それは、ある日の放課後のこと…。
「…ない」
ソフトテニス部の部長である相里いろはが小さく呟いた。
何だ何だといろはの元へ集まる部員。
「…菜摘…。私の練習着盗んでないよね…?」
「え!? 何々、いろは練習着ないの!? 何で!?」
「こっちが聞きたいよ! 私ちゃんと昨日ロッカーに入れたよね!?」
訳がわからないと言うようにロッカーをバンバン叩くいろはのペアである桜井菜摘。
常識人である木暮雪奈が首を傾げた。
「いろは先輩、昨日間違えて二枚持ってきちゃったって言ってロッカーに押し込んでたじゃないですか。本当に無いんですか?」
隣の木暮雪斗も同じように首を傾げる。
こうしてみると、左右対称になっていて若干ホラーじみたものを感じてしまうが、そんなことに気付ける程いろはは落ち着いていられなかった。
「待って怖い怖い怖い怖い! いろは先輩家に持ち帰ったんじゃないですか?!」
「持って帰ってたらこんなに騒いでないよ!」
「じゃあ超能力で消したとか!?」
「それこそ怖いよ!?」
ぎゃんぎゃん騒いでいる二人を他所に、一年生組が入ってきた。
「しっつれーしまーす!」
「…まーす」
栗野香澄ことマロンと、川守汐の二人だ。
香澄と汐があれ?と部室を見渡した。
「どうしたんです? そんな慌てて…」
汐が怪訝そうに首を傾ける。
雪斗が苦笑しながら説明した。
ふんふんと頷いた二人はもう一度部室を見渡した。
「消えた練習着ですか…! 何か面白そうですね!」
「何が面白そうなのマロン!?」
悲痛ないろはの叫びは届かなかったようで、菜摘がそう言えば! と声を上げた。
「ねえねえ知ってる? 栗、って英語でチェスナットっていうらしいよ!」
「そうなんですかあ! じゃあマロンは何語なんでしょう?」
「イタリア語じゃないかな? 知らないけど…」
「じゃあ…マロンじゃなくてチェスナット…?」
「何か語呂が悪い! マロンの方が可愛いーっ!」
いろはは溜息を吐いてもう一度ロッカーを見た。
体育着が右端に寄せられている。いつも通り。
その隣、左端は綺麗に何もない。いつも通りじゃない。
いろははここに薄ピンク色の練習着を入れたのだ。絶対に。しかし、いろはのロッカーには体育着の紺色しか見当たらない。
どういう事だ。部室の鍵を開けられるのなんて限られているし、マネージャーである佐藤一成でさえ番号を知らないはずなのに。
「ほ、本当にどこ行ったんだよ…」
頭を抱えたいろははロッカーの前で項垂れた。
そしてちらりと時計を見て時間がないと知り、諦めたように体育着を手に取った。
「いろは、本当にないの?」
「ないよ! ないから今日は体育着なの!」
半ば八つ当たりをするように体育着を落とす。
菜摘はそれをじぃっと見てからロッカーに向かった。
菜摘以外もそれぞれロッカーに向かう。
何故だ何故だとぶつぶつ呟くいろははそれに大して気も止めずに体育着に腕を通す。
「よーし! いろは、ラケット持った!? 靴履いた!?」
「よっしゃあ行きましょお!」
「姉さん煩いよ」
「マーローンー、早くしてよー」
「うわわわわっ、待って待って! 今行く!」
個性豊かな部員に促されながらいろはが靴紐を結び立ち上がる。
そしてはっと動きを止めた。
「え、え、え…? みんな…」
「だあって、いろは先輩だけ体育着じゃなんかおかしいじゃないですか!」
「そーそ! 練習着は終わったら部室ひっくり返して探そう!」
「賛成でーす!」
「…でーす」
全員が学校指定の体育着を着ていた。
いろはは申し訳なさそうに頬を掻く。
鍵を閉めた雪奈が後ろから言いづらそうに進言した。
「あの…、そろそろ行かないと一成先輩の雷が落ちるんじゃ…?」
部員の間を流れていた青春の空気が一瞬で冷えついた。
そして全員が一斉にコートに向かって走り出す。
「やばいやばいやばい! 一成が怒る!!」
「安心していろは! 一成に怒られたら私がスマッシュの的にしてあげるから!」
ぱちっとウィンクをしながらも走る足は止めない。
いろはは走りながら溜息を吐いた。
「雪奈ちゃぁぁぁぁぁん!」
「うるっさい姉さん! 叫びながら走らないで迷惑!」
いつもより数割ましで煩い雪斗に走りながら裏拳を飛ばす雪奈。
「栗って英語でチェスナットなんだねえ!」
「チェスナットって呼ぶ…?」
いやいいよ! と首が取れるんじゃないかって程ぶんぶん振る香澄。汐はそう、とだけ言ってラケットを背負い直した。




