__笑顔で!___
かつん。
「しまっ…!」
ボールが、ラケットのフレームに当たる。
「アウト」
フレームに弾かれたボールは、コートから出てしまう。
「…ごめん、菜摘」
「…いろは」
菜摘の呼び掛けに、いろはが顔を上げる。
上げた瞬間、ぎゅむと頬を摘まれた。
「!?」
「顔が暗い。いい? いろはは私達の部長なの。それは何があろうと変わらないし、責任感があるのはみんなわかってる。頑張ってるのも知ってる。だからこそ」
摘んだ頬を、上に向ける。
「いろはは笑ってなきゃいけないの! 私と最初にペア組んだ時みたいに、全部ひっくり返す勢いで笑って!」
片頬だけ引っ張り上げられたいろはが、痛い痛いと言いながら笑う。
…そうだよ。笑って、いろは。皆んなの為に、私の為に。私を元に戻さないように。
「うん、よし! ごめん。今度はちゃんと追いつく」
「いーよ。私ももう少し下がっとけば良かった。次取ろう!」
パチンといつもの調子でハイタッチ。
それを外から見ていた一成は、安心したように息を吐いた。
いろはが、責任感に押し潰されそうになっていたのは薄々気が付いていた。でも、所詮マネージャーの自分に、彼女のそれを肩代わりしてやる事はできない。その他の部員にも。
彼女自身が、気付かなきゃいけないから。
「周りには、みんないるからな」
部長だからって、全部背負わなくていいんだと。
「かーずかーずっ」
「…何だよ」
にやにやしながら一成の肩を叩く市。
彼はそちらに顔を向けず、コートを見たまま答えた。
「上手い具合に、うちの一番手出しにしてくれたね?」
「別に、一番手だろうと二番手だろうと桜井はああしただろうよ。正直、練習試合組んでもらえたのはラッキーだったな」
一成の言葉に、市が大袈裟に驚く。
「いやーん出来た弟! 好きな子の為ならお姉ちゃんに嫌われてもいいって!?」
「誰もそんな事言ってない! お前まじ殴るぞ!?」
ばっと顔を赤くして市の方へ勢いよく向く。
しかし、その時には彼女は自分の陣地へ逃げていた。
パタパタとバインダーで自分の顔を冷ましながらまたコートを見る。
二コート、木暮双子ペア対一条清水ペア。
こちらもこちらで、苦戦していた。
「…雪斗、イライラしてる?」
「お、一ゲーム終わったか?」
二コートを見ながら水分補給に来た相里桜井ペア。それぞれボトルを手に取り、苦笑した。
「一ゲームは取られちゃった。段々エンジン掛かりつつあるから…ちょっと厳しいかも」
「でもまぁ次はこっちサービスだし? いろはの弾丸サーブ決まればこっちのもんよ!」
そんなサーブ打てません、といろはが菜摘を叩く。
そして心配そうに二コートを見た。
「完全に雪奈が狙われてる。しかもストロークで。ボレーで点は取れてるけど、ストローク向けられると駄目だな」
「いやまあ…ストローク練習しなかったんでしょ? そりゃあ…」
雪奈のストロークは、初心者がちょっと打てるようになったレベルだ。
小学生時代からのツケが回って来たのかな、と菜摘がぼやけば、いろはがそれを否定した。
「なんか、それ雪奈の意思だけで練習しなかった訳じゃないみたいよ?」




