___始動日___
透き通るように晴れた空の青。
それとは対照的な、コートの緑。
「ああああああ!届かなかったああああっ?!」
「菜摘うるさいよ!?今のは明らかに私のボールでしょ!」
そのコートに蹲る少女と隣に立つ少女。
片方、毛先が外に跳ねたショートカットにぱっちりした目が特徴の少女。ラケットの先にボールが当たってしまう、所謂“チップ”をしてしまい試合中にも関わらず蹲っていた。名前は桜井菜摘。
片方、黒い髪をポニーテールに結い若干前髪の割れた少女。ラケットで菜摘の背をごつごつ突いている。名前は相里いろは。
「ごめん!本当にごめん心から謝るから許して!」
「わかったから試合しよう!?」
そんなやり取りを見て苦笑する相手がいる。
木暮雪斗とその双子の妹、木暮雪奈だ。
黒髪で右おさげとややつり目が特徴の雪斗。
そして同じく左おさげとやや垂れ目の雪奈。
初見で見分けのつく人はまずいないだろう。ただ、性格が正反対と言っても過言ではないくらいなので二回目くらいからは大体当たる。
「おい桜井!さっさとチェンジサイズしろ、時間なくなるだろ!?」
審判台の上で頬杖を付きながら呆れたように言う彼の名前は佐藤一成
黒い、横の髪が少し長めのスポーツ刈りの少年。
バインダーで膝をばしばし叩きながら急かす。
「うるさい、いっせい」
「いっせいじゃない!かずなりだ!!」
最早、菜摘の隣で突いていたいろはまでもが苦笑する始末。
いろはは、ぽすっと菜摘の頭を軽く叩いて移動を始めた。
「ほれ、行くよ菜摘。次頑張ればいいから」
「仰せのままに!」
けろっと態度を変え、わんこの様に審判台の裏を周る菜摘。ぶんぶん振られる尻尾が見えるようだった。
「ゲームカウント、ワンオール」
カウントから一拍置いて、いろはがサーブを打つ。
直球でサービスラインの内側に入ったボールを雪斗が打ち返す。
動いたのは、菜摘だった。
ボールが飛んでくる正面に立って勢いそのままに押し返す。
押し返されたボールはネットに付いていた雪奈の後ろに落ちた。
「入った!取り返せたよ、いろは!」
「うん、おめでとう。ありがとう」
「ねえ待って!?もう少し褒めてくれてもいいんじゃないかな!?ねえねえ!?」
「普通にボレー決めただけだろう!?」
でもいいコースだったでしょ!?
ありがとうって言ったじゃん!?
そんな不毛な言い争いをする二人には。
「お前らいい加減真面目にやれえええええええ!」
一成の怒号が飛んだのでした。
☆ ☆ ☆
結局、試合はファイナルゲームで相里・桜井ペアの勝ち。
「木暮姉は入部当時より、ストロークが速くなったな。妹の方はレシーブがまだまだだ。」
「でしょう!?でもまだまだいろは先輩にはおよばないんだよねえ!」
「レシーブの話は出さないで下さい気が病みます」
ぴょんぴょん飛び跳ねる雪斗とその隣で視線を明後日の方向に向ける雪奈。
何でも、小学生時代からストロークの時は雪斗ボレー等前衛練習の時は雪奈と入れ替わりながら練習をしてきたという。
今となってはその手は通じないが為、雪奈は苦労しているという訳だ。
「ジュニア時代の木暮姉妹の話を聞いた時は流石に目玉飛び出るかと思った」
「そのまま飛び出れば良かったのに」
ぼそりと呟いた菜摘の言葉に一成の拳が飛ぶ。
いろははその光景を何処か寂しそうに見つめてから、木暮姉妹に話し掛けた。
「新入部員は獲得できそう?」
「まあそこそこは!」
「姉さんの言うことは殆ど冗談なんで聞き流してください」
実際は、そこそこどころではないのだ。
陽ノ朱高校にスポーツ推薦はなく、殆どが高校入試をパスして来ている。
ソフトテニス部が中学の試合で目を付けたのは二人。
川守汐と栗野香澄だ。
「あの二人はどうだ?」
「栗野の方は来るでしょう。ただ、川守の方は…」
さっと目を逸らした木暮姉妹。
それを見て、三年組は首を傾げた。
「川守は…ここに来られてるか…問題で」
「来られていても、入部してくれるかわっかんないんですよねー。」
更に首を傾げた三年組。
雪奈が言いづらそうに告げた。
「中学最後の試合で栗野にコテンパンに負けてますし。怪我をしていたとは言え、一セットも取れなかった、アドバンテージすらも取れなかった、あの試合。」
あぁ、と一成が思い出すかのように空の彼方を見た。
「捻挫してたんだっけ。まぁ、管理不足もあっただろうが、あれは悔しいと思うぞ」
「そうだよね…。中学最後の試合、怪我が原因で実力をフルに発揮できず不燃焼のまま敗退。それは誰でも悔しいよ」
いろはが頷く。
緑のコートで五人が輪になって話しているのを聞いていた少女が二人。
五人はその二人に気付かずに話を続けていた。
「来てくれるかなあ」
「いや来てくれなかったら困るんだよ菜摘。このままじゃ廃部だ。元々ギリギリだって言うのに」
「そうだぞ桜井。不謹慎なこと言うな」
「黙れいっせい」
「かずなりだっての!!」
三年組による漫才のようなやり取りを見てくすくす笑う木暮姉妹。
外から見ていた二人__栗野香澄と川守汐__も、顔を見合わせ失笑した。
この二人、先程玄関で鉢合わせし、流れでこのテニスコートにやって来たのだった。
「…あーっ!栗野と川守だーっ!」
「姉さん初見で呼び捨ては駄目だよ。ほら、あの二人びっくりしちゃってる」
雪斗が指差し叫ぶ。雪奈は彼女の横っ腹にチョップを入れながら咎めた。
びっくりした表情のまま固まってしまった二人の元へ、部長のいろはがいち早く駆け寄った。
部長の手によってコートに連れてこられた二人はまだカチカチに緊張していて視線が泳いでいる。
「えーっと、栗野香澄ちゃんと川守汐ちゃんだよね?」
「は、はいっ!」
「…はい」
びくりと肩を揺らしながら返事をする香澄と視線を逸らしたまま返事をする汐。
香澄は茶髪でショートボブなのに対して、汐は黒髪を小さくお下げで二つに縛っていた。
「今日は見学…でよかったかな?」
正反対だなあと思いながら発したいろはの問いに香澄は大きく頷く。
しかし、汐は答えなかった。反応すらしなかった。
「汐ちゃんは」
「私はっ、もう…」
今にも泣き出しそうな表情で言葉を詰まらせる。
きっと、この後に続く言葉は『できない』もしくは『無理だ』だと思う。
しかし、一成はそれをわかってかそうでないか。一歩前へ踏み出し優しく微笑んだ。
「君はどうしてここに来たんだ?」
「ど、うしてって…誘われたから…?」
戸惑いながら答える汐に一成は満足そうに頷いて、では、といろはを前に引き摺り出した。
「憧れの人は、ここにいないんだ?」
途端に汐の顔が凍る。
「君はこの人に憧れてたんじゃないかな?だから陽ノ朱に来た。違う?」
いろはを示し、推理を展開する探偵のように淡々と紡いでいく一成。
汐の顔がだんだんと青冷めていく。
「でもさあ、一成先輩。その子がいろは先輩に憧れたってどうしてわかるんです?汐ちゃんは一言もそんな事言ってませんよ?」
雪斗が訝しげに問いを上げる。
いつもは雪斗を窘める立場の雪奈もここばかりは首を傾げていた。
一成は得意気に胸を張ってこう答えた。
「勘だ」
ビュッと風を切る音と共に白いボールが一成の頬を掠める。
犯人は暗く微笑んだ菜摘だったのだが。
「い、やだなあ、桜井?ちょ、待て落ち着け!ちゃんと話すから!勘じゃない勘じゃない!」
必死の弁解を他所に菜摘のサーブはもう一度一成に向かって放たれようとしていた。
「菜摘」
その一言で、上げられたトスはラケットに当たらず重力に従って地面に落ちた。
「取り敢えず、話を聞こう?それで納得が行かなければ、サーブでもスマッシュでも何でも打てばいい」
「待て相里!桜井に変な許可出すな俺の命に関わる!」
そんな一成の叫びを華麗にスルーしたいろはは、早く話せと言わんばかりに袖を引く。
一成は一瞬ぽかんとし、その後うっすら顔を赤くしてからわざとらしく咳き込み明後日の方向を見ながら話し始めた。
「川守は、一回も相里の目を見てなかったんだよ。栗野はまっすぐ見てたけどな。」
得意げにドヤ顔で言う一成に、菜摘の肘鉄が飛んだ。
既存ソフテニメンバーはそれをスルーしたが、これもいつものことだ。
そして菜摘と雪斗が同時に汐の手を取る。
「「同志よ!」」
菜摘は勿論、雪斗もいろはを尊敬しているのだ。
厳密には一成もその内に入るのだが、本人が恥ずかしがって名乗り上げない。
「わかるわかる!いろは可愛くて直視できないよね!」
「いろは先輩凄いよねえ!ストロークとかもう速いったらありゃしない!」
興奮気味に捲したてる二人を見て目を丸くして固まる汐。
見かねたいろはと雪奈が二人を止めに入る。
「やめて菜摘恥ずかしい」
「姉さん、人を困らせないでって何回言ったらわかるの?」
仁王立ちの二人に咎められたいろは親衛隊はしゅんと項垂れて汐に謝った。
「汐ちゃん、ソフテニ入らないの?」
香澄が首を傾げながら尋ねた。
汐は気まずそうに顔を逸らす。
それでも香澄が根気よく見つめ続けてくるので、降参したのか小さく自分の心境を話し始めた。
「私は…中学最後の試合で管理不足から来る捻挫で最後まで力を出せなかった。…悔しかった。本当に、悔しかったの…!」
全てを吐き出すように、話を続ける。
「ペアを優勝に連れて行けなかった。私のミスで。だから私は…もう…」
香澄はふむふむと頷き、にこっと笑って汐の手を取った。
「じゃあ、ここで私とペア組もうよ!私は汐ちゃんがどんな失敗しても責めないし、ていうか私がミスばっかりだし!ね、いいでしょ?」
香澄以外が、全員で素っ頓狂な声を上げる。
少し遅れて、香澄もえ?と声を上げた。
「私、何か変なこと言いましたか?」
「いや…まあ、相里と桜井、木暮姉妹、って既に組んであるから必然的にそうなるんだけど…」
ペアを組もう!ってなった訳がわからなかっただけで。
しかし、当の汐は小さく笑っていた。
「私だって…責めたりしないよ」
こうして、陽ノ朱ソフトテニス部は一年生部員を獲得し、廃部を免れたのだった。
「改めて、自己紹介をしようか。俺はマネージャーの佐藤一成。いっせいじゃなくて、かずなりだからな。よろしく」
「私は相里いろはです。ソフトテニス部の部長やってます。ペアは菜摘。よろしくね」
「私は桜井菜摘!一応副部長だよ!仕事したことないけどね!ペアは最強美少女いろはちゃん!よろしくね!」
「木暮雪斗だよ!雪奈の双子の姉やってます!右おさげが私だよ!ペアは妹の雪奈ちゃん、よろしくね!」
「木暮雪奈です。姉が煩くてすいません。制裁加えておくので、それで許してください。ペアは煩い姉です。よろしくね」
「川守汐、です。ペアは栗野…こと、マロンです。勉強は嫌いです。よろしくお願いします」
「栗野香澄です!ペアは汐ちゃんです!私も勉強嫌い!一緒だね!よろしくお願いします!」
それぞれが自己紹介を終え、それに対してのツッコミが始まる。
「苗字、佐藤だったんですか…」
「木暮妹ってさりげなく毒吐くよな…」
後輩に苗字を覚えられていなかったことが発覚。
一成は肩を落とした。
「菜摘…私に変な前置詞を付けないでっていつも言ってるよね…?」
「え?本当の事だからいいじゃん!」
効果音が付きそうな程明るく開き直る菜摘。
今度はいろはが肩を落とした。
「雪斗は元気がいいね!」
「ありがとうございます!菜摘先輩も、元気よくてかっこよかったです!」
一成曰く問題児の二人が話すのを、その他は遠目にそれを眺めていた。変な飛び火がしないように。
「雪奈ちゃん制裁って何!?」
「その名の通りだよ…姉さん…?」
その後雪斗の断末魔が響いたとか響かなかったとか。
ソフトテニス部員は揃って口を噤んだ。
「汐ちゃん、香澄ちゃんのことマロンって呼んでたの?」
「いえ…、名前が思い出せなかったので」
真顔で、至極真面目に言った汐に香澄が嘘でしょ!?と悲鳴を上げていた。
香澄のあだ名は正式にマロンになった。
「マロンも勉強嫌いなの…」
「正直、テニス出来れば満足です!」
香澄の隣で汐も頷く。
一成といろはが顔を見合わせ盛大なため息を吐いた。
「それじゃ…、今年こそはインターハイ優勝!」
いろはの掛け声に全員が元気よく答える。
青い空に騒がしい声が木霊した。
____陽ノ朱高校ソフトテニス部、始動____
こんにちは、朧月改め折上莢です!
今回は、スポーツものに挑戦しました!
ちょっと、いやかなり、ギャグ線高めに仕上がっております。
一応続編は考えてありますので乞うご期待!(いつになるかはわかりませんが)
それでは、最後まで読んでくださった方もまだ途中だよという方も、ありがとうございました!