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12/13 最後の追加台詞は蛇足だった、と判断して削除しました。

    不快に思われた方、申し訳御座いませんでした。

    逆にそこを気に入ってくれた方もいましたら、削除することになって、

    申し訳御座いません。

「おめでとうございます! 貴方様は記念すべき100万人目のお客様です!」


 チリンチリン、とベルが鳴る。ハンドベルを鳴らしながら微笑みを浮かべながら自分に歩み寄る少女を、少年――クリスティア王国第一王子ロビン・クリスティアは怪訝そうに睨んだ。

 わざわざ平民に扮して来店したというのに、こう目立つことをされては正体が露見するのではないかと不安になるのを内心に隠して、視線を鋭く尖らせる。

 しかし少女は相手が王子であることに気付いていないのか気にも留めず、ロビンの傍に立つと、一枚のコインを差し出した。


「こちら、来場100万人目のお客様に特別にプレゼントです! 当店の目玉遊戯であるガチャの、ハイパーレア以上が確定となるスペシャルなコインですよ!」


「……そ、そうか。もらっておく」


 受け取るまでは離れる様子を見せない少女に、ロビンは渋々といった様子でコインを受け取る。

 一方、ロビンの同行者であるエリク・クリスティア――ロビンの弟であるクリスティア王国第二王子は、彼自身のことのように喜んでいた。


「ラッキーですね、お兄様! これもやはり次代の王たる者のむごむご……」


「……変装している意味がなくなるだろうが。余計なことは言うな」


 自分達が王子であることをばらしてしまいそうになるエレンの口を片手で抑え付けて黙らせたロビンは、改めて手の中にあるコインを観察する。

 虹色に輝くそのコインは、最早通貨の類ではなく芸術品である。


(これは……まさか虹水晶を素材にして硬貨を製造したのか?)


 ロビンはコインの原材料を推測しているうちに、己の掌に冷や汗が滲むのを感じた。

 渡されたスペシャルガチャコインは、王国が発行している硬貨の類と比べてもかなり小さい。僅かな結晶体を素材にして形を整えたのだろう。

 しかし、ほんの一欠けらであろうとも虹水晶は莫大な資産価値を誇る宝物である。

 さらにそんな小さな硬貨でありながら、カジノのトレードマークとして知られている刻印が精巧に刻み込まれていた。

 極めて高い技術力も含めて、スペシャルガチャコインを美術品として扱うのであれば、その値段は100万Gを易々と超えるであろうことは想像に難くない。

 その芸術的な作品をカジノの遊戯に使用させるためだけに製作して、100万人目という記念すべき来店者だからとはいえ無料でコインを差し出すという少女に、ロビンは底知れない恐怖の片鱗を感じていた。


「お兄様、さっそく使ってみましょう! ガチャとやらはあちらのようですよ!」


「い、いや、しかし……」


 スペシャルガチャコインの価値を察したロビンは、弟の誘いに一瞬たじろぐ。

 元々、ロビンは賭博など低俗な遊戯であると日頃から断じており、エリクがどうしてもと誘うからカジノまで出向いたのだ。

 そのため、例え遊戯のために作られた物だとしても、手元にあるスペシャルガチャコインを使用する気にはなれなかった。

 賭博などに使わず手元に置くなり、売り払うなりした方が余程得ではないか、と。そう思えてならない。

 だが、わくわくした様子で「何が出るだろう? ウルトラレアというものが当たるといいな!」と楽しそうに想像を膨らませている弟を見ると、断り辛い。

 ロビンは弟に対して、というよりも自分が気に入った存在に対して、ひどく甘い男であった。


「……あ、すいませんお兄様。勝手に盛り上がってしまって。何か、ご都合が悪かったでしょうか?」


 中々動き出さない兄の姿に何かを悟ったのか、エリクはしょんぼりと視線を落としながら、しかしロビンに気遣うように声を掛ける。

 そういった他人の心遣いが感じられる様子というものに、ロビンという男はめっぽう弱い男だった。


「そ、そうではない! ただ、俺だけこのコインを受け取っていいものなのかと思ってな。何なら、お前が引くか?」


 慌てて、そう誤魔化しながら、貴重であるだろうスペシャルガチャコインを差し出そうとするくらいには、ロビンは身内に甘い男である。

 その様子を見たエリクは、無邪気な笑顔を浮かべて、しかしロビンの提案には断りの言葉を口にした。


「優しい心遣い、ありがとうございます! けれどそのコインはお兄様が受け取ったものですから、お兄様こそが使ってください!

 僕はお兄様が喜んでくれるならそれだけで幸せですし……僕よりもお兄様の方が、きっと良い結果を引き当てられますよ!」


「そ、そうか……なら、遠慮なく使わせてもらおう」


 今更、ガチャを回さずにこのコインを部屋にでも飾ろうと思うとは言えず、エリクの期待の視線を背中に感じながらロビンはガチャの前に立つ。

 幸いというべきか、今はたまたま他の客はおらず、順番を待つことなくガチャを回せるようであった。


(……所詮は貰い物だ、このコインはさっさと使って、エリクの珍しい我が侭に付き合って、さっさとカジノを去るとしよう)


 王族である彼らは、普段は魔法学園で数多くの貴族の子弟達と凌ぎを削り、あるいは権力に食い込もうと縋り付いて来る者達をあしらい、心休まらない日々を過ごしている。

 だからこそ癒しとなる余暇時間は必須であり、ロビンはいつもなら一人自室でトランプタワーの自己記録に挑戦したり、詰めチェスに励んでいた。

 しかし互いに多忙であったために学園入学後は疎遠となっていたエリクが、珍しく遊びに来たかと思うと、たまには城下町に出掛けようと誘ってきたのだ。

 

 無論、王族である以上護衛もつけずに外出できるはずはなく、今も影ながら幾人もの護衛に守られているため、二人きりというわけではない。

 とはいえ常に傍に従者を置かねばならない王宮とは違い、仮初であろうとも自由を感じられる時間というものは貴重なものであった。

 だからロビンは弟と共に城下町に出てきたのだが、しばらく散歩を楽しんだ後にエリクに案内されたのは賭博場であるカジノだった。

 エリクに尋ねてみたところ「楽しいと評判になっているから遊びに行きたかったけど、ギャンブルなんて一人では怖いからお兄様に付き添って欲しい」ということらしい。

 賭博嫌いを公言するロビンにとってはあまり楽しめるとは思えなかったのだが、可愛い弟の頼みとあれば叶えてやるのが兄の本望だと、ロビンは王宮で話題になろうとも避けていたカジノへとやってきたのだ。

 ロビンとエリクの母親――クリスティナ王国の王妃の命を救った恩人が運営する店だとしても、遊戯として遊ぶポーカーの類はともかく、賭博はどうにも好きになれず、一度も入店したことはなかったカジノ。

 そのカジノを代表するオーナーである少女は、数年前に王宮を訪れた時と変わらず、本心の見えない微笑みを浮かべてロビン達の様子を窺っていた。


「……ここに入れたらいいんだな?」


 気を取り直すように、ロビンは足元のコイン投入口に目を向ける。

 床を掘って埋め込んだらしいその機械は、すり鉢状に硬貨を中央の窪みへと誘導する仕組みになっているようだった。

 また、妖精や小動物の類が巻き込まれないようにする対策だろうか。硬貨が送り込まれる穴は小さく、硬貨しか入り込まないように調整された網目が張り巡らされていた。

 外交の関係資料で見た、東方の民が信仰する神に祈りを捧げる場である『神社』にあるという賽銭箱を、機械仕掛けにして床に設置したような感じだなとロビンは結論付けた。


「はい! そちらの投入口に入れていただければ、自動的に硬貨の種類を識別しますので、金貨もコインもじゃんじゃん注ぎ込んでください!」


「ふんっ、このコインだけで十分だ……そら、入れたぞ。これで後はどうすればいいんだ?」


「お兄様、こちらのレバーを引けばいいみたいですよ!」


 改めて確認すれば、ガチャというものは驚くほどにシンプルな仕組みであった。

 指定された金額を投入後に、レバーを引く。たったそれだけであり、そこにトランプゲームの類には必須である技術や知識の介入する要素が欠片もない。

 嫌いな賭博を手早く済ませられることに安堵しながらも、こんなもののどこが楽しいのだと、ロビンは不思議で仕方なかった。

 とにかくにも回さなければここを離れられないこともあり、ロビンはスペシャルガチャコインを投入口に送り込む。

 コインが放つ虹色の輝きが機械の奥へと消えたかと思うと、魔法陣に光が灯る。

 後はレバーを引けば、ガチャによる抽選が始まるようであった。


(……これは要するに、とんでもなく大掛かりなくじ引きだな)


 大げさな装置に騙されそうになるが、所詮は金を搾取するための子供騙し――否、多額の金を要求する以上は大人騙しというべきだろうか。

 ポーカーやチェスなど自分の力量を問われる類のゲームを好むロビンにとってガチャという遊戯は、大して魅力を感じる遊戯ではなかった。


(まあ、良い。さっさと終わらせてしまおう)


 そう考えてロビンは何の気負いも期待もなく、レバーを引く。

 すると、目の前の魔法陣が眩い黄金の光を放ち始めた。

 スペシャルガチャコインはハイパーレア以上が確定となるガチャであるために、景品の希少度レアリティを示唆する光もハイパーレアの景品の出現を予告する黄金の光が最初から放たれるようであった。

 もしもハイパー以上のレアリティであるウルトラレアが当選するのなら、その光は虹色に変化するらしく、エリクは楽しそうに眺めていたが、ロビンは期待せずに見ていた。

 やがて、黄金の光に変化が訪れる――しかしそれは、虹色の光に、ではなかった。

 騒がしい音と共に、魔法陣の光は蒼天を思わせる淡い青色へと染まる。

 ガチャの遊戯内容を案内する掲示板にも示されていなかった、青色の光に染まる魔法陣と『キュピピピーン!』と鳴り続ける喧しい音に、ロビンとエリクだけでなく、周囲の観客達も何事かと様子を見守っていた。

 やがて、収束していく光の中から現れたのは――台座の上に飾られた眼鏡、であった。


「おっめでとうございまーす! まさかまさかの、超級のレアアイテムが出ちゃいましたー!

 隠された秘宝――シークレットレアアイテム『ユニコーンの瞳』! 見事、当選でございます!」


 カランカラン! と。オーナーの少女は激しくハンドベルを鳴らして叫ぶ。

 先程までガチャから発せられていた音は止んだというのに、新たな喧しい音源の登場にロビンは顔を顰めるが、少女は止まることなくハンドベルを鳴らしながらロビンに歩み寄った。


「シークレットレア、だと……? 何だそれは?」


「ご説明しましょう! 本来、ガチャの景品は全て掲示板に表示されますが、シークレットレアはいつ、どのようなアイテムが実装されているのか一切示されない、特別なレアリティです!

 実を言うとシークレットレアは、ガチャの稼動当初から秘密裏に実装されていたのですが……当選されたのはお客様が初めてです! 本当に、おめでとうございます!」


 少女の言葉が真実であるとすれば、ガチャが稼動を開始した数年前から一度も出現したことがないということになる。

 ガチャの常連らしい観客達にとっても初耳だったのであろうか。周囲の人々も驚愕の様子で囁き合っていた。


「……それで、これはどういうアイテムなんだ?」


「はい、『ユニコーンの瞳』は神獣ユニコーンの逸話を参考にして作成したアイテムでして……お客様、少々お耳を拝借」


 ロビンのすぐ傍まで近付いた少女は、彼の耳元に口を寄せて、他人に聞かれないようにと静かな声で囁く。


「――相手が純潔であるか否かが識別できる眼鏡、となっています」


「な、なにぃ!?」


 王族として教育が成されているロビンは、当然のように後継者を生み出すための知識――つまり子作りに関わる性知識も熟知している。

 実際の経験こそないものの、純潔という言葉の意味は理解している。その意味と、純潔な乙女しか背に乗せないというユニコーンの逸話を考慮すれば、自ずと答えは分かる。

 シークレットレアアイテム『ユニコーンの瞳』とは、相手が処女かどうかを見抜くことができるアイテムなのだ、と。


「ちなみに男性の方に対しても効力を発揮しますので、童て」


「も、もう分かった! だから淑女がそのようなことを申すな!」


 慌てて少女の言葉を遮るロビン。

 政略のために決められた婚約者こそいるものの、まともな恋愛経験のないロビンにとって、オーナーの少女が躊躇いも無く囁いた言葉は刺激が強すぎるものだった。


「だ、大体……何故そのような物を作り出したんだ、お前は」


「実を言うと偶然の産物でしてね。本来は標的の能力ステータスを看破するアイテムを作ろうとしていたところ、いくつもの偶然が重なって生まれた稀有なアイテムなのですよ。

 しかし本来の目的から外れたアイテムというだけで、失敗品というわけでなく性能は確かなものですよ。どうぞ、お試しあれ」


 受け取りを拒否しようかとも思ったロビンだが、エリクから期待の眼差しを向けられていることを感じて、渋々と『ユニコーンの瞳』を掛ける。

 どうやら通常の眼鏡とは違って、度は入っていない伊達眼鏡の類であるらしく、視界が歪むといったことはなかった。

 だが眼鏡の端には、視界の中央に捉えた人物に関わるいくつかの情報が、2つの項目に分けて文字と数字でレンズに映し出されていた。


(性こ……け、経験回数に、経験人数か。確かに情報が見えるが、しかしこれは出鱈目なことを表示しているだけの玩具ではないのか?)


 このような能力を発揮するアイテムなど聞いたことはなく、どうにも信憑性に掛けるというのがロビンの感想だった。

 しかし『ユニコーンの瞳』が本当に、視界の中心に捉えた人物の情報を映し出しているというのなら、未だかつてないアイテムということになる。


(……だが、これならばウルトラレアのアイテムなどの方が余程価値がありそうだな)


 エリクより聞いた話だが、ウルトラレアの景品はいずれも凄まじい性能を誇り、当選者の多くは現代の英雄と呼ばれるような偉業を成しているらしい。

 自分では使わずにオークションで売却した人物もいるらしいが、その落札金額は時に1億Gにまで達するそうだ。

 それらと比べれば、『ユニコーンの瞳』は確かに他に類を見ないアイテムではあるが、他人の秘密を暴く趣味の悪いアイテムというだけで、金銭的な価値は低いのではないだろうか。


(まあ、せっかくのアイテムを処分するのはもったいない。ひとまず受け取り、気に入らなければ人目につかない場所に仕舞い込めばいいか)


 ガチャの景品と共に現れた眼鏡ケースに『ユニコーンの瞳』を仕舞い、懐に納める。

 その後、エリクの遊戯に付き添い、折を見て二人揃い学園の学生寮に帰還するまで、ロビンはその悪趣味な眼鏡に触れることはなかった。



   〇




 翌日、ロビンは『ユニコーンの瞳』を装着してから学生寮の自室を出た。

 いつものように、権力の塊である王子という立場ばかりに目を向けてくる学生達をあしらいながら教室に向かう。

 その最中にも、視界の中心に入った人物の秘密を暴いていく。


(恋愛経験が豊富だと言っていたあの女は、どちらの数値も0だな。普段のあの言動は見栄を張っていただけか。

 逆にいつも綺麗事を叫んでいたあの男は割りと遊んでいるようだ……いくら外見を取り繕っても中身がこれではな)


 学園の廊下を歩きながら、すれ違う人物達の経験人数、回数を覗き見てはその人間の本質を垣間見た気分になり、ロビンは内心で呆れる。

 そうしてしばらく進んでいき、教室に到着する。中を見渡せば、幾人かの生徒の姿が見えた。

 違うクラスだというのについてきた生徒達を追い出して、ロビンは自分の席に座る。


「……ロビン様。視力を落とされたのですか?」


 着席したロビンに声を掛けてきたのは、一人の少女だった。

 その少女の名は、キャスティ。センチネル公爵家の令嬢であり、ロビンの政略結婚の相手――つまりは婚約者である公爵令嬢だ。

 見た目麗しく、成績も優秀な彼女ではあるが、ロビンは彼女のことが嫌いだった。

 可愛げが無く、事あるごとにやれ「だらしがない」だの「王族としての責任感を持ちなさい」だのと言われては、心が休まらない。

 共にいて苦しくなるような相手と、一生を夫婦として添い遂げるだなんて、考えるだけでも眩暈がする。

 声を掛けてきたキャスティを視界の中心に捉えると、経験人数、回数共に0であることを『ユニコーンの瞳』が伝えてきた。


(不貞を働いていたのなら、婚約破棄のきっかけになったものを……)


 そんなことを思いながら、ロビンは彼女の言葉に仕方なく答える。

 できれば話したくも無いのだが、ここで無視しては自分の評判が悪くなるからだ。


「伊達眼鏡だ。ただの気分転換だよ」


 正直に「これは魔法の眼鏡で、相手の純潔を見抜くんだよ」などと言えるはずもなく、ロビンは適当に嘘をつく。

 最も、魔法の効力を除けば伊達眼鏡であることに変わりはなく、半分は真実である。


「そうですか、将来は政務のためにも視力は重要となりますから、目は大事にしてくださいね」


「……ふん。言われるまでもない」


 いちいち小言を挟むキャスティに嫌気を感じながら、ロビンはそっぽを向く。

 その時、廊下からばたばたと音がして、一人の少女が飛び込んできた。


「みんな、おっはよー!」


 淑女らしさのない様子の少女だが、彼女はロビンが最近気にかけている少女だった。

 カルオス男爵家の令嬢、レイチェル。彼女の天真爛漫を絵に描いたような、底抜けに明るく無邪気な笑顔は、ロビンにとって好ましいものであり、彼女を見ているだけで元気になれるからだ。

 嫌悪しているキャスティの元を離れてレイチェルに挨拶に行こうと、席を立とうとした時だった。

 ――視界の中心に捉えたレイチェルの『真実』を、『ユニコーンの瞳』が暴き出す。

 経験人数23人、経験回数666回という、とんでもない『真実』を。


「ぶっふぉう!?」


 思わず噴き出してしまったロビンの狼狽する様子に、クラスメイト達が騒然となる。

 しかし理由を知れば、誰が彼のことを責められるだろうか。淡い恋心を抱いていた少女が、実はまったく清楚でも純粋でも何でもなく、欲望に塗れた存在だと突き付けられたならば、誰であろうと動揺することだろう。

 一人の人間相手に、というだけならばまだ回数が多かろうと耐えられたかもしれないが、経験人数の多さがその残された希望を打ち砕く。


(なんだこの……何? この女何なの!?

 怠惰とか淫乱とかそんな次元じゃないぞ!?)


 ロビンは失念していたが、『ユニコーンの瞳』が映し出すのは今までに男女の営みを経験した人数とその回数であり、そこに愛があるかは関係が無い。

 故にレイチェル・カルオスという少女が淫乱というわけでなく、無理矢理に抱かれているという可能性は存在していた。

 

 だが、その可能性に思い至らないのも無理は無い。レイチェルという少女に、そういった事件の被害者に見られるかげりがまるで見当たらないからだ。

 そのためロビンは、レイチェルという少女は色欲に夢中で、幾人もの男に身体を許すような、情婦のような女なのだと考えていた。

 ――後に明るみに出ることになるが、その判断は真実を的中させていた。


「ど、どうしたの、ロビン様? どっか具合悪いの?」


「……な、何でもない。だから、そっとしておいてくれ」


「え、えっと……ほ、放っておけないよ! 保健室行くなら付き添うよ?」


「い、いいからそっとしておいてくれ!」


 心配した様子で近付いてくるレイチェルの姿を、以前のロビンなら心優しい少女だと思っていたことだろう。

 しかしながら『真実』を知ってしまった後では、その笑顔も、仕草も、獲物を捕食しようとする肉食動物の動きにしか感じられなかった。

 突き放そうとしても近付いてくるレイチェルから逃れようと、ロビンは無我夢中で教室の外へと飛び出す。

 そして一目散に学生寮へと駆け込み、自室に飛び込んで厳重に鍵を掛けた後に椅子やテーブルでバリケードまで築き上げた。

 肉体的にも精神的にも疲れ果てたロビンは、そのままベッドに倒れ込むようにうつ伏せに横たわる。

 授業を欠席することになるだとか、王子としての評判が、と多くのことが頭を過ぎっていくが、今はただ泥のように眠りたかった。




   〇




「いやあ、実に良い仕事をしてくれたね、オーナー?」


 エリクのその言葉に、オーナーと呼ばれた少女は微笑みながら答える。


「うふふ、王家直々のご依頼ですもの。頑張らせていただきました。

 しかしよろしかったのですか? 予想以上に、ロビン様の心に傷を負わせてしまったようですが」


「お兄様は、どうにも思い込みが激しく、自分がこうと感じたことが全て正しいと判断してしまうことが多いからね。

 今回の件で、他人の噂なんて当てにならないし、見た目や上辺だけではその人物の真実なんて分からない。

 そのことを今のうちにしっかりと学んでもらわないとね。何せお兄様は、次期国王になるんだから」


 そう言って笑うエリクは、ロビンに見せているような無邪気な笑顔とは程遠いものであった。

 他人の心の真実なんて、そうそう見抜けはしない。例えそれが実の家族であろうとも、読み違えることはある。

 ロビンが見ていたエリクの無邪気さは、表向きのものでしかなかったのだ。


「色々と裏で手を回されているのに、お兄様を国王に推されるのですね」


「お兄様は第一王子だしね。それに、人を見る目以外は僕より優秀な面も多い。国王に相応しいのはお兄様だよ。

 ……それに、王様では出来ない役割というものがある。そしてそれは僕に向いた役目だ。

 王様なんて大変な役目はお兄様に丸投げして、僕は趣味と実益を兼ねた仕事で楽に生きていくのさ」


「素直じゃないですね。ロビン様のこと大事にしているからこそ、貴方は裏の仕事を引き受けるつもりなのでしょう?」


「ふふふ、それは君の想像にお任せしておくよ」


 しかし、無邪気でないから邪悪などということはない。

 エリクという少年は、確かに純粋とは言えない気質をしているが、それでも家族思いの優しさを心に秘めていた。


「さて、あのレイチェルとかいう女の『掃除』はもう少し手間取るかと思ったけど、あの後で向こうが勝手にヘマしてくれたおかげで、随分と楽勝だ。

 後はなんとかお兄様を励ましながら、キャスティ公爵令嬢と恋仲になれるようにお膳立てしていく。そこは、僕の仕事だね」


 今回の一件は『ロビン王子を篭絡しようとしている男爵令嬢を引き剥がし、ロビン王子と彼の婚約者であるキャスティとの仲を取り持つ』という目的のために仕組まれたものだった。

 元来、思い込みの激しいロビン王子は自分がこう、と信じた事柄に関して頑なに信じてしまうという癖がある。

 強く信じるといえば聞こえはいいが、相手が悪人である場合は下手をすれば身を滅ぼす毒にもなる。

 そんな彼が信頼して、初めて恋心らしい感情を抱いた相手というのが、裏では男遊びを繰り返して、平民には権力を笠に着て傲慢に振舞うという悪名高い男爵令嬢レイチェルであったから、早急に手を打つ必要があった。

 しかし本人にいくら言ったところで、ロビン王子は「レイチェルがそんなことするはずがない!」と信じようとはしなかったのだ。

 

 故に王家とカジノオーナーは事前に打ち合わせて、ロビン王子に『ユニコーンの瞳』を渡すための策略をあれこれと練ってきたのだ。

 そのためにエリクの手によってロビンをカジノへと誘導して、来場者100万人目記念という客側には確かめようのないことを口実にスペシャルガチャコインをロビン王子に渡して、自分でガチャを回させる。

 今回用意したスペシャルガチャコインは実際のところ、必ず『ユニコーンの瞳』が当選するという特別な物だ。

 

 そうしてロビン王子に『ユニコーンの瞳』を譲渡することで、彼に足りていない思考――人は目に見える表側の顔だけが全てではない、だから噂は上辺を鵜呑みにせずに判断することが大事なのだと気付かせること。それが、王家よりカジノオーナーに依頼された仕事だった。

 

 だから、『ユニコーンの瞳』が偶然生み出された産物であるというのは嘘であり、ロビン王子が100万人目のカジノ来店者であるというのも嘘だった。

 全ては王家からの依頼を果たすために行った、カジノオーナーと王家の共謀した策略である。

 

 このような遠回りな手順を行う必要があったのは、ただ単純にロビン王子に手渡したのでは『ユニコーンの瞳』がロビン王子を騙すためだけに用意されたアイテムなのではないか、と疑われるからだ。

 だが、カジノに訪れた『平民に扮していた少年』がガチャという運次第の遊戯で『偶然』に手に入れたとなれば、どうであろうか。

 ロビン王子にとってそれは『自分のために用意された怪しいアイテム』ではなく『カジノの遊戯で手に入れた奇妙なアイテム』となる。


 計画のためにカジノまでロビン王子を誘導する役、そして学園に持ち帰った後にロビン王子が『ユニコーンの瞳』を使用するように促す役目はエリク王子の役目だったが、2つ目の役割はロビン王子が自ら使用したことで、杞憂に終わった。

 そしてエリク王子の第三の役目である、『ユニコーンの瞳』を通して垣間見た人々の裏の顔に衝撃を受けたロビン王子を励ましながら、婚約者であるキャスティとの仲を深めるように誘導するという役割も、順調に進んでいるらしい。

 

「後は僕の腕の見せ所さ。お兄様が、親しい人物でも必要があれば疑うということを覚えてくれるように、手を尽くすよ。

 そうすれば、お兄様はきっと素晴らしい王になれる。それだけの素質がロビン・クリスティアにはあるのだから」


 遠い未来に思いを馳せるように瞳を閉じるエリク。

 きっと彼の脳裏には、次代の王として成長した兄の姿が鮮明に浮かんでいるのだろう。例えその結果、エリク自身が次代の王として名を残すことができなくなろうとも、エリク王子はそれを後悔することはないだろう。

 必要とあれば騙し打ちでも何でもすると公言しているが、エリクが兄を大好きなことに嘘はないのだから。

 

 しかし、カジノオーナーである少女は、そんな彼にどうしても伝えなければならないことがあった。


「恐れながら、私からひとつの懸念をお伝えさせていただきたいのです。

 よろしいでしょうか?」


「……どういうことだい? まさか、今更『ユニコーンの瞳』には副作用があるだなんて、そんなことは言わないよね?」


 飄々とした言葉遣いでありながら、エリクの瞳が険しく細められ、射抜くかのように鋭い視線が少女に向けられる。

 無理もないだろう。兄を大事に思うからこそ手を尽くしたというのに、最後の最後で副作用があったなどと言われたら、台無しである。

 しかし少女は鋭い視線をものともせずに、自分の今後予想される未来の可能性のひとつを言葉にした。


「女なんて信じられない、俺は男を愛する道を選ぶ! ……ロビン王子様がそんな結論に至る可能性も存在することを、どうかお忘れなく」


「……は、はあ? 君は何を言っているんだい?」


 先程までの捉えどころの無い表情が崩れて、訳が分からないというように呆けるエリク王子。そんな彼にカジノオーナーの少女は相変わらず微笑みを浮かべながら、言葉を続けていく。


「初めて恋をした相手が、淫魔が如き存在であった。無残に敗れた初恋に傷ついた心を、甲斐甲斐しく慰めてくれる弟。

 やがて、励ましてくれる弟への感謝の念は信頼となり、育まれた信頼はやがて、禁断の愛へ――!」


「な、何を言っているのさ、馬鹿馬鹿しい!

 男同士で愛し合うなんて、そんなことあるわけないだろう!?」


「私の故郷では、男同士どころか物体を男性に例えて愛し合う様を空想される方々もおられましたよ?

 スプーンとフォークの熱愛関係を肴に三日三晩は余裕で語れる程らしいです」


「君の故郷はどんな人外魔境なんだい!?」


 狼狽して取り乱しているエリク王子は、少女が語る故郷の様子を想像して、余程恐ろしい光景を脳裏に描いてしまったのか青ざめた顔で身震いしている。

 ――エリク王子は知らない。遠く離れた地であるというオーナーの故郷の趣向は、既にこの王国にまで忍び寄っているということを。


「私はそういった趣味はないのですが……この国にもそういった趣向に興味を示される方はおられましてね? 

 漫画や小説等の書物の形で作成した試作品をいくつか秘密裏にお客様方に提供しているのです。評判が上々であれば一般販売も検討しております」


「売るなよ!? 絶対売るなよ!? そんな物、絶対に売るんじゃないぞ!」


「あら、残念ですね。……今のところ一番興味を示されて商品化に積極的にご協力いただいているのは、王妃様ですのに」


「――何をしているのですか、ははうええええええ!?」


少女の口から明かされた衝撃の真実に、エリク王子は頭を抱えながら大声を張り上げるのであった。





 世界は今日も回り続ける。

 隠された真実に打ちのめされて、次代の王国を担う王子達が頭を抱えることになっても、回り続ける。

 傷ついた心を癒すために時の流れを進めようというかのように、今日も世界と時計は回り続けていく。


……今回のネタは色々な意味で、どこまでがセーフかアウトかすごく迷いながら書き進めました(汗)


経験人数、回数が分かる眼鏡(あるいは特殊能力)は所謂テンプレネタのひとつとして存在していると思いますが、それを参考にしてみたところ「ウルトラレアみたいな直接的な戦闘能力に直結するアイテムではないし、けれど性能を考えるとハイパーレアのアイテムとは格が違う……そうだ、ならシークレットレアに!」


そんな感じで書き進めていたところ、てんやわんやの後に2人の王子の心が犠牲になるというとんでもない展開になりました、どうしてこうなったの(汗)。

……直接的な表現はしてないから、18禁じゃないですよね、大丈夫ですよね(汗)


そしてヒロイン()枠の男爵令嬢レイチェルさんは「ユニコーン(の瞳という名のアイテム)」が原因で逆ハーレム阻止されるという、多分こんな展開はないんじゃないかなあという事態に……調べたら普通にあったりしそう(汗)


ヒロイン()に巻き込まれて王位剥奪という事態は免れたものの、心にとても苦い失恋の思い出を刻み込まれたロビン王子の明日はどっちだ。

そして「母、腐る(腐女子的な意味で)」という事態に心を痛めておいでのエリク王子の幸せはどこだ。

誰だ、こんな健気な2人を傷つけるシナリオを考えたの! ……私でした(汗)


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