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召喚プロローグ  作者: わたし
8/8

少年の旅の終わり、そして始まる英雄伝

 重厚な扉を開いて、その奥。

 装飾などの飾り気はなく、古き歴史の重みを感じさせる一室で、隊列を組む甲冑の騎士たちに見守られながら僕は一歩前に進み出る。

 ゆっくりと周囲を見渡せば、様々な感情を浮かべ僕を見守る人たちの姿が目に入った。

 国王を始めとした権力者が揃い踏みしている光景に、へたれな心臓が緊張で縮み上がる。

 落ち着かせるために大きく深呼吸を一度。胸に手を当て四方に向かって順に頭を垂れる。


 僕は今、ガチガチに緊張している。

 権力者たちの注目を一心に浴びているということも勿論在るが、それとは別に今から行うことが決して失敗できないからだ。

 地獄の半年だった。長い長い旅を終え、漸くその目的を果たす時。

 失敗すれば今までの苦労は僕の首と一緒に消え去ってしまう。それだけは避けないと。


「では、勇者召喚の儀を始めます」


 静かな声で宣言し、体内の魔力を練り上げる。

 複雑な模様で綴られた魔方陣に捧げられた龍神の血、死霊之王の魂、精霊王の涙。

 売れば破格の値段がつく三種類の至宝を豪勢に使い切って行う、世界最高峰の召喚術。

 僕の給料の一体何倍だろうか? そう思うと非常に勿体無い気分になるが、ぐっと堪えて我慢する。

 流石にあの苦労をたかが金如きに換えるのは馬鹿すぎる。どれだけ金を積み上げられようがさっぱり釣りあわない。


 こびり付いた欲望を捨て、練り上げた魔力を水を流すように丁寧に魔方陣に注いでいく。

 無色の魔方陣が薄ぼんやりと紫紺に輝きだす。鮮やかな光は次第に勢いを増して行き、眼も眩む閃光となって儀式の間を埋め尽くした。


 そして――。



◆ ◆ ◆



 ガタガタと揺れながら乗り合い馬車が元気よく駆けて行く。

 轢かれるのは堪らない。道の脇に避けながら僕はぼんやりと土を踏みしめて歩く。


 ――終わった。


 最後の相手には絶望したものの、何とか終わらせることが出来た。

 龍神様と戦い、死霊之王様から逃げ延び、クソジジィに泣かされながら、生き長らえた。

 絶対に死ぬと、もう人生終了だと半ば諦めていた過酷を極める旅路の終着点。


 ――終わって、しまった(、、、、、、、、、)


 何時からだろうか。

 そんな絶望的な旅を、楽しみ始めたのは。

 時には泣きながら、絶望しては何度も土下座を繰り返しながら、それでも中々楽しかった。

 別に僕はマゾではない、そういう意味ではない。


 きっと、僕がこの旅を完走できたのは、ひょんな事から出来た旅の相方のお陰。

 僕は結構彼女のことが好きだった。

 だからこそ、全てが終わった今、僕は今一喜べない。


(ミュウは、この後どうするんだろ……)


 ぱたぱたと羽を羽ばたかせ飛行する妖精は何も言わない。

 だから僕も何も言えない。

 ただ黙って馬車にも乗らず、飛びもせずに少しでも時間を稼ぐように歩き続けた。


「あっ」


 どこか気まずい雰囲気の中ふと顔をあげたミュウが黒々とした雲を捉えた。

 釣られて僕も上を向く。


「雨が降りそうですね」

「そうだね、まあ魔術で防げるし急ぐ必要は……」


 ぼんやりと言葉を続けながら前を向いたら、顔の前を小さな妖精が腰に手を当てて浮かんでいた。


「近いんだけど」

「傍にいる女の子に対してどっかいけとか酷すぎです。そんなんだから恋人の一人も出来ないんですよ」

「うっさい」


 仕様がないですね~、と哀れみの視線を向けてくるミュウ目掛けて打ったでこぴんは簡単に避けられた。

 くそぅ、慣れてやがる。


 ふっふー、と自慢げに笑う小さな妖精を見て、この半年間ずっと胸のうちで燻っていた疑問が口を突いてでた。


「なんで、着いて来たの?」


 単純な疑問。

 彼女は好奇心旺盛で、龍神様たちに会いたいから僕に着いてきたって言ったけど、本当にそれだけだろうか?

 正直、ずっと逃げたがっていた僕はたかが好奇心で自分から着いて来たって理由には今一納得しきれなかった。

 ミュウはきょとん、と可愛らしく驚いた後、どこか恥ずかしそうに、


「いやー、ギフトには信じられないかもですけど、ホントに好奇心に従っただけですよ? 始めてみる景色が見たい、神話や御伽噺でしか聞いたことがない存在をこの目で見たい。ただそれだけです」

「一応即死級の命の危機がいくつもあったわけだけど、それでも着いて来たじゃん? 死んでてもおかしくなかったんだよ?」


 そうだ。結果的に僕らは完璧に近い形で、この旅の終点を迎えた。

 だけど、一歩間違えてたら僕らはこの世界には存在しなかっただろう。

 それだけ危険な旅だった。

 僕の疑問にミュウは困ったように眉を潜めた。


「うーん、まあ、そうですけど。大きいも小さいも関係ないですし」

「は?」

「だから、私たち妖精にとって、庭を出るとは、そういうことなんですよ」


 いいですか? と前置きして彼女は妖精について語る。


「私は妖精の中では変わり者なんです。普通妖精は生まれて死ぬまで、『庭』をでない、完結した世界で一生を過ごします。『外』は私たちにとっては危険すぎるから」

「私にとってはギフトは巨人みたいなもんですよ? 正直初めてギフトに会ったとき死ぬんだなぁと思いましたし」

「なに驚いてるんですか。想像して下さいよ、自分よりも何倍も大きな生物が目の前に居る事を。しかも契約術式まで組み込まれてましたし。まあ人間用だったので簡単に破棄できましたけど」


 やれやれ、と首を左右に振るミュウの話を僕は少し驚きながら聞いていた。

 完結した世界で終わる種族。妖精に関する情報が異様に少なかったのはそのせいか。

 成る程、妖精の中ではミュウは本当に変わり者だったんだろうなぁ。


「私は嫌だったんです、一生を変わらない世界で過ごして、代わり映えしない毎日を繰り返して。そんなの、つまんないじゃん。ずっと外に憧れてた、私の人生変えるのには最高の転機でしたよ」


 感謝してますと笑うミュウになんと返して良いか分からなくなる。


「分かりましたか?」彼女は首を傾げて、「だから私はついてったんです。ホント、最高の六ヶ月でした。まさしく『夢』って感じで」

「夢、かぁ。確かに今思えばそんな感じだったかもね」

「ええ、最高の夢でした。でもま、夢ですからね。目覚める時も来ます」


 ミュウは酷く真剣な顔で、僕を真正面から見つめていた。


「いろいろありましたけど、楽しかったですねぇ。と、言うわけで残念ながらお別れの時間です。しめっぽいの苦手なんで、元気ハツラツお手手を振ってさよならしましょうか!」

 

 ああ……、そっか。

 何となく分かっていた。

 だから歩いて時間を稼いでいた。

 話始めたときも嫌な予感はした。

 何で僕がこんな事をしてるかは自分でも理解できないけれど、ただ純粋に嫌だったから。

 やっぱり、『お別れ』か。


「帰るの?」

「ええ」

「帰れるの?」

「この六ヶ月、ちゃぁんと帰還術式は考えてたんですよ」

「そっか……、ずっと考えてたんだ」

「はい、ママとパパが心配してるでしょうし」

「居たんだ」

「当然です、私はギフトみたいにはっちゃけてませんから」

「ははは、それを言うなよ」


 言葉が途切れる。

 それ以上ミュウを見ているのが辛くなって思わず顔を逸らす。

 彼女は少しだけ悲しそうな顔をして、だけどかき消すような満面の笑みを浮かべていたから。

 僕がどんな顔をしてるのか分からないけど、きっと彼女のような表情じゃない。


「それじゃ、バイバイです、ギフト」


 桃色の魔方陣が輝く。

 言葉通り弾む声で別れを告げる小さな妖精の目を、僕は内にある何かを総動員して見つめて、搾り出すように一言だけ吐き出した。

 彼女の目はどこか少しだけ、潤んでいるように見えた。


「またね」


 それが限界だった。

 たった一言を零すだけで僕はパンク寸前、情けないことにこれ以上の言葉は紡げそうもない。

 だけどもミュウには十分だったようで。

 静かに息を飲んだ彼女は大きく手を振りながらやっぱり満面の笑みで。

 そのほっぺたを流れる雫で濡らしながら頷くのだ。


「約束ですっ。また会いに来るから、次はもっと大きな夢見せてくださいね!」


 輝きを増す桃色の閃光が網膜を焦がし、思わず目を瞑った。

 瞼の裏からでも分かる強烈な閃光は、流れる星の瞬きのように跡形もなく消え去る。

 目を開けたとき、そこに陽気な妖精の姿はなかった。


 ――本当に、終わってしまった。


 ぽつぽつと水滴が地面を濡らす。

 雨だ。

 魔術で簡単に防げるそれを黙って身に受ける。

 なんだか今は濡れたい気分だった。

 次第に雨脚を増していく中、僕は一人で濡れ続けた。


 たった一人で。



◆ ◆ ◆



 僕は王様の前で跪く。

 このふかふかの赤絨毯もお久しぶりだ、前回は芋虫状態だったけれど。

 頭を垂れながらすっかり生気の戻った顔で長々と喋る王の話を静聴する。


 勇者召喚の儀は成功した。

 何から何までオールオッケイだ。

 召喚された勇者くんは僕と同じ黒目黒髪で、どことなくイケテル雰囲気を纏った少年だった。

 へたれな僕とはま逆な存在である。ケッ。


 だがまあ恨み言を言うのは控えよう、何せこれから全ての面倒ごとを勇者くんに押し付けるのだ。

 何もかもを押し付ける罪悪感がないと言えば嘘になるが、そもそも彼は帰ろうと思えば今直ぐにでも送還する準備がある。

 ミュウが使った帰還術式を解析し適当に改良してみたら、結構あっさり送還術式が完成してしまったのだ。

 ちなみにこのことは勇者くんしか知らない。王様とかに知られたらめんどくさそうだしね。めんどくさいことは嫌いである。

 まあそんなわけで、勇者くんはすぐにでもこんな世界とバイバイできるのに、なにやら僕にはとても理解できないような正義感の下魔王退治を進んで了承してくれたのだ。

 ならもう僕の知ったことではない。悪いね勇者くん、後悔してももう遅いぜ。ケッケッケ。


 僕は逃げるのだ。

 宮廷魔術師の地位とか入らないし。

 たんまりと報酬の金貨を貰い、どこか辺境の地でこっそり生きながらミュウとの再開に備える。

 それで良い。無駄な危険とか必要ない。平凡一番、平凡最高。


「――さて、此度の働き見事であった」

「はっ」

「しかし素晴らしいものよ、あ奴の弟子であったから頼み込んだがまさか成功させるとは。随分と腕を上げたな……何しろ今や王国一の魔術師になったのだからなぁ」

「は、はぁ。王様……?」


 顎をなでながら、『あの時お主を殺さなくて良かったわ』と昔を懐かしむように目を細める王様。

 むむ、何やら話が変な方向へ進みだしているのは気のせいか?

 あとはその傍にある金貨がずっしり詰まった袋を手渡して終了のはずだろう!?


「あ奴なき今、お主に敵う魔術師はこの王国には存在しない……世界中を探しても居らぬだろう。――――そこで」


 危険危険危険!

 耳をー塞げぇーっ。

 僕の中で超特大の危険が迫って居る事を警報を打ち鳴らして教えてくれる。

 だけど耳なんて塞げるはずもなく、王様は笑みを浮かべて決定的な言葉を言い放つ。


「勇者の旅に、仲間として同行してはくれぬか?」

「な……んですって……!?」


 この髭今なんつった!? あれれおかしいな、何かまた旅しろとか言ったような?

 気のせい? 夢? 違う? あ、そう。


 ざッッッッけんな! 僕の仕事は終わったはずだろ!? 世界なんて救いたくもないやいっ、てか召喚成功報酬さっさと寄越せよ!

 怒りが色々通り越して呆然と口を開けている僕に、何も知らない勇者くんは自覚のないまま最速で落とした姫様をはべらせながら笑顔で手を差し伸べてきた。


「やぁ! よろしく頼むよ、俺の名前はユーヤ、頼りにしてるぜ!」


 ば、ばかな……こんな、既に女をはべらせてる野郎と一緒に旅をしなくちゃならないのか?

 しかも自分は気づいてない? 鈍感? なにそれ馬鹿じゃないの?

 ふ……ふ……ふざけるなッ!

 もういい! お金なんかいらない!

 そうだ、前回はここで軽々しく引き受けて諦めちゃって、しかも押し付けれる人が居なかったからずるずる旅にでることになったんだ。


 だから。


 引きつった笑みで差し出された手を握りながら覚悟を決める。

 僕はもう選択を間違わない。



◆ ◆ ◆



 吐いた息が朝日を受けて白く輝く。

 冬の冷気に身体を震わせながら、勇者が旅の準備をするべく若くして筆頭宮廷魔術師となった彼の元に尋ねると、そこに平凡な青年の姿はなく、代わりに一通の手紙が残されていた。


『王様&勇者くんへ

冬を間近に控えた今日この頃。

最近では気持ちのいい暖かな空気も薄れ肌寒い日が続くようになってきました――


中 略


――ps

なんか魔王討伐の旅とか頼まれたけど、僕、逃げる。

魔王討伐とか言う歴史上最大の面倒ごとに巻き込まないで。勇者くんは別の仲間探してその人たちと頑張って。

大丈夫、勇者くんならやれるよ。世界の事はよろしく頼むよ。

そして王様、僕は勇者くん召喚する為に命削って頑張ってきたんです。少しくらい休ませてくださいよお願いしますっ。

一生のお願いです、探さないで。

by探して欲しくないへたれな魔術師ギフト』



 その後彼が逃げ切れたのかは、また別の物語。


ギフトがデレるまでを丁寧に書きたかったけど私の技量じゃ無理だった。

ともあれ完結までお読み頂きありがとうございました。


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