表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚プロローグ  作者: わたし
3/8

3話 頂に座す龍の神

 龍獄山。この山に立ち入るには、いくつもの国からの許可や莫大な資金、自衛できる腕などが必要となる。

 だがそれらを全てクリアしたとしても、立ち入り可能なのは麓のみ。強引に立ち入ればその者はもちろんのこと、その者の故郷、許可を出した国々などは一夜にして滅ぶ。

 最上級危険区域。ありとあらゆる種族が畏怖を抱く、最強の種族、龍たちの住まう場所。

 龍族がその他の種族とは比べ物にならないほどの力を持つことは最早疑いようもない。

 しかし、龍獄山が龍族の住処という理由だけで最上級危険区域に認定されているわけではない。

 危険区域には違いないが、それだけが理由であればここまで畏怖されることもない。

 龍獄山を警戒し恐怖する真の理由、それは龍神の存在。

 全ての生物の中で『神』の名を冠す、唯一の生物。

 龍族の長にして、この世の誕生と同時に生まれ落ち、常に頂点に座り続ける世界最強の龍。


 それが、龍神である。



◆ ◆ ◆




 殺気と霧が立ち込める山道。

 目の前は勿論、自分の足元すらあやふやな視界の中、僕はガクブル震えながら歩を進める。

 ピリピリと肌を刺すような感覚。こういう気配的なものを察知する感覚が劣っているとされる人間の僕でさえ感じる、濃厚な殺意。

 今、僕は見えていないだけで、巨大な龍たちのあいだを進んでいるのだ。

 なんせあの龍獄山。龍たちの住まう場所なのだから当然だが。


 だけど最上級危険区域に入るには色々許可とかがいるとかは知らなかった。

 慌てて王様と連絡を取ろうとしたが、無視される始末。

 僕はなにか怒らせるような事をしたのだろうか? 理由は不明だが、王様は僕に協力しないつもりらしい。

 最終的に龍獄山麓で、突撃をかます龍の相手をしながら只管土下座し頼み込むこと三日。

 龍獄山全域を包み込み侵入者を拒む霧の結界に、ぽっかりと人一人分が通れる穴が開いた。

 まるで招き入れるように。


 ちなみに戦力にならないとぺたんこな胸を張って言い放ったミュウだが、想像以上に戦力になった。

 僕が押し寄せる何十もの龍の大群を相手にしながら、なお土下座の体制を不動のものとし続けたのにはミュウの手助けがあってのこと。

 ハイエルフと交流を持っていたことから何となく気づいていたが、ミュウの操る魔術は人のそれとは似て異なるものだった。

 見上げるほどの巨体を誇る龍を相手に、手のひらサイズの妖精が幻想的な輝きをもって立ち向かう。

 そんな幻想的空間の中、一人地面に蹲り、泣き叫びながら龍神様にお会いしたいと頼み込んでいた僕。

 酷い絵面だったのは間違いない。


 吹き込む風に背を押され、こうして現在、僕は霧の中に出来た一本道をひた歩く。

 僕の軟弱な心臓は弾けて仕舞うのではないかと心配になるほど早鐘を打ち、冷や汗が絶え間なく背筋を伝う。

 逃げ出したい、だがもう遅いのだ。今背を向ければ、きっと周囲の龍たちは襲い掛かってくる。

 龍たちが僕に手を出さないわけ、それは僕が『客』だからだ。ドワーフの里から極上の酒を龍神様に捧げる為に遠路遥遥やってきた、客人。それが僕の立場。

 背を向け逃げ出すのであれば、最早ソレは客ではなく、故に殺して酒を奪えばいい。

 もう既に、僕にはこの龍神様への道しか残されていないのだ。

 襲いくる龍たちの数はきっと、麓で頼み込んでいた時とは比べ物にならないだろう。


「ああ、くそ……どうしてこんなことに……」


 土下座をしていた時――いや、この旅が始まって以来ずっと浮かんでは弾けていた言葉を思わず呟いていた。

 呪わずには入られない。

 僕を置いて逃げ出した師匠、命令を下し協力すらしてくれない王様。

 非常に心細かった。

 今僕の味方はたった一人だけ。

 しかし、肝心の彼女は現在――――。


「……ねぇミュウ、怖いんなら逃げていいんだよ?」

「ななななななにをいってるのですかァ? べっつに私はこ、こここ怖くありませんしぃぃぃ。舐めないでもらいたいでふぇ……」


 最期の方は空気に溶ける様に消えていった。

 ミュウは妖精である。妖精は、人よりも『感情』に対して敏感だ。

 ミュウが僕に対して暴言を吐くのは、最初のガン無視期間の僕がミュウに対して本当に一欠けらの興味も持ち合わせていないのを感じたから。

 僕が暴言を吐かれながらもまだ一緒に連れて行くのは、一人が心細いという理由もあるが、ミュウがうまい具合に僕がブチ切れるギリギリのラインを感じ取って調整しているからだろう。

 実際、イライラすることはあっても、ミュウを本気で捨てていこうとは思った事が無い。

 なんだかんだ言いながら、結局一緒にここまで付いてくるのを許している。


 そんな『感情』に対して敏感である妖精のミュウは、勿論殺気とか敵意なんてものにも人のソレとは比べ物にならない程敏感で、彼女は現在、僕の内ポケットの中にすっぽりと全身を隠しブルブル震えている。

 正直可哀想になるぐらいに、ビビリまくっている。

 土下座していて気づかなかったが、もしかするとミュウもまた震えながら戦っていたのかもしれない。

 人間といえば感情に対して鈍感な種族ワーストだ。そんな人間である僕ですらこうなのだから、ミュウが感じている殺意なんかは想像を遥かに超えるのだろう。

 可哀想だ。別にここに居るのはミュウが自分で望んでのことなのだから、自業自得と言えばそれまでなのだが……。


 ちらり、とミュウが入ったポケットをみる。

 彼女は全身を震わせながら、ぽつぽつと小さな声でなにやら必死に自分に言い聞かせている。

 小さいがしっかりと耳に届く、『まだ死にたくないよぅ』やら『バカバカ私のバカぁ』だとか、『これは夢だきっと夢だ』に『ごめんなさい許してくださいぃぃ』などの言葉。

 時々すすり泣く声すら聞こえてくる。

 お前が望んだことだろ馬鹿! なんて言えそうも無い。言える奴はきっと悪魔かなにかだ。

 泣くほど後悔しているようだから、先程から逃亡をお勧めするのだが、彼女は頑として首を縦に振らない。

 妖精である彼女だけならば、例え怒れる龍たちが相手だろうと逃がすことは可能だ。どれだけヘタレでも一応は宮殿魔術師、最低限身を守る術や万が一の逃亡の術は持っている。

 ここまでビビッて後悔しているのに、それでも僕に着いて来るというミュウがなにを考えているのか本当に分からない。


 まあ、ついてくるというのであればそれはそれで別に良い。僕は構わない。

 むしろ震えていようが泣いていようが、一人ではないという安心感に僕はちょびっと救われてすらいる。

 もし話が拗れて龍神様と戦闘になった時、例え力を持っているとしてもこんなに震えているミュウはもう戦えないだろうし、戦わせたくない。

 ミュウを死なせてしまうのは、非常に気分が悪い。 


 心底面倒くさいと思うが、少しだけ気合を入れるとしよう。

 ……その気合が龍神にどれぐらい通用するかわかんないけどね! ハハッ!


 密かに覚悟を決めて歩いていた。殺気と霧が充満する一本道。

 だけど心のどこかでまだ龍神様までの道のりは遠いと思っていたし、やっぱり逃げようかななんて考えも忘れたわけではなかった。

 そんな僕の不意をつく様に。


 ――――霧が、晴れる。


 今まで感じていた喉を縄で締められるような、全身を剣で突かれてるような、心臓を直接掴まれているような。

 そんな、命の危機を覚える状況を鮮明に思い浮かべることができる、濃厚な殺意が欠片も消え失せる、消滅する。

 まるで、全ては錯覚だったのでは? と思ってしまうほどに唐突に。

 目の前を不自然に覆い隠していた濃い霧ははれ、上を見れば雲一つない清々しい晴天が広がっている。

 だが、僕の心臓はあいも変わらず早鐘を打つ。もしかしたら、先ほどよりも早く強く。

 ミュウも首をかしげながらそぅっとポケットから顔を出し、次の瞬間「なにか」に気付き素早く顔を埋めた。

 周囲には命の気配がない。木も草も生えていない、岩だらけの殺風景な空間が広がっている。

 だが、真に注目すべきは正面。100Mも離れていない、その場所に燦然とそびえ立つ、巨大な建造物が一つ。


 遠めから見た山のような左右に流れる形の屋根を、一枚一枚小さな鱗に似た建材が重なり合い隙間なく覆っている。

 晴天にぽっかりと浮かぶ太陽の光を受け、黄金に光り輝く。

 豪華絢爛というほか無い建物の入り口を塞いでいた、重厚な両開きの扉は開け放たれており、そこへと続く朱色の階段は嫌でも鮮血を連想させた。

 扉の奥にある光景に目を奪われる。

 四本の太く短い柱に支えられ、地面よりも高い位置にある床の一面を美しい帯が隠し、宛ら霧を思い浮かべる床を隠す物とは違うぼやけた帯が天井から床に向かって、幾重にも折り重なりながら垂れ下がっている。

 そして、部屋の中央。


 鮮やかな黄金と朱色が交じり合う、芸術品の如き腰掛け。

 そこに悠然と腰をおろし薄く笑みを浮かべている者こそ、この龍獄山の支配者に間違いなかった。


「さて、すまぬな客人。随分と時間が掛かりそうだったゆえ、こちらから招かせてもらった。ゆるりと休むといい」


 息を呑むほど美しい白銀の長髪が風に靡く。

 輝き透き通る海を思わせる双眼を言葉を吐き出すと同時に薄く細めた。

 彼の額から飛び出している、真上へ向かい後方へとカーブを描くのは、龍族の証明である二対の黄金色の角。

 太陽の光を受けきらりと煌き、その全てが見る者に畏怖を与える。


 殺気も、敵意も、存在しない。

 彼はなにもせず、そこにあるだけ。

 それだけだというのに、隠しきれぬ王の覇気。

 間違いない。ゴクリとつばを飲み込んだ音がいやに大きく鼓膜を揺さぶる。


 『龍神』。


 神の名を冠す『最強』がそこにいた。



◆ ◆ ◆



 あの後、僕はそれはも見事なヘタレっぷりを発揮した。

 あまりのヘタレっぷりに自分でも目を覆いたくなった。が、まあ仕方がない、仕方がないのだ。

 だって龍神様だもの。正真正銘世界最強だもの。目をつけられたらちっぽけな人間なんて逃げ惑うことしか出来ない。

 とにかく、龍獄山はドワーフの里とは違う味がしたと言っておこうか。なんかね、血のね、味がしたの……。恐ろしや。ガクガクブルブル。


 いろいろと人間として大切なものを失った気がして、落ち込んだのも束の間。

 ぼそりとミュウが呟いた「今更でしょう」という言葉が、今日一番のダメージを僕に与えたことは疑いようも無い。

 続けてプライドとかないんですかとミュウに聞かれたけど、ゴミムシと蔑む奴に震えながら助けを求めるゴミムシ以下には言われたくないと言い返した。


 だがあえて言おう。プライド? そんなものとっくに捨てた、と。


 僕は平凡で貧弱なへたれ野郎なのだぜ?

 昔は違ったのだ。魔力があると気づいたときはそれこそ舞い上がり、滅茶苦茶調子にのった。どでかいプライドの塊だった。

 自分を最強と信じて疑わなかった。だって村の大人は指一本で吹き飛ぶし、立ち寄った冒険者も同上。両親ですら頭を垂れた。

 だけど、転機が訪れた六歳の夏。唐突に現れたくそじじぃ。伸びに伸びきった鼻は師匠に叩きおられた。

 あのくそじじぃ、平民相手に一切の容赦なし。僕はその時全てのプライドを投げ捨て、命乞いをしたのだ。

 悲しいことにいまだに僕を故郷は受け入れない。そろそろ十五年は経つのだから許してほしいのだが、まあ自業自得として甘んじて受け入れている。

 ふと思い出す。そういえばあれが初めてだな、土の味をしったのは。最低最悪の思い出だ、むかっ腹がたってきた。

 しかも今回の命懸けの旅は元はといえば師匠のせいなのだ。むかっ腹倍増。次あったら全力で陰口を言ってやろう。


「(あの、おーい。大丈夫ですか?)」


 つんつんと頬を突きながら、ミュウが心配そうに首をかしげる。

 おっといけない、暗黒面に落ちそうになっていたようだ。

 今は師匠のことは忘れよう、問題は龍神様だ。無言で親指を立てるとミュウは呆れた様に首を振った。解せぬ。


 燦々と光を降り注いでいた太陽を顔を隠し、代わりに黒をぶちまけたかのような漆黒に金の月が浮かぶ。

 周囲は月明かりのおかげで真っ暗闇というわけでもないが、どこか薄気味悪い。いやもうはっきり一言で言おう、怖い。

 そしてここの主である龍神様は、あいも変わらず腰を深く沈ませていた。一つ変わっているとすれば、がっくりと項垂れ完全に眠りこけているぐらいだ。


 そう、ドワーフ王、お墨付きの酒を浴びるように飲んだ龍神様はあっさりと夢の世界へ旅立っていったのだ。

 ぐっじょぶ、汚ドワーフ王。今度温泉に連れてってあげよう。

 しかしうまくいったなぁ。予想通り魔王復活のことを龍神様は知っていたので、魔王が復活した時に力を貸してーみたいな理由でお酒を献上したのだ。

 龍神様は考えておこうと壮大に頷いた。どうやら一考してくれるようだし、もう帰ろうかな、とも思ったがきっとそれではダメなのだろうなぁ。


「(ギフトさん、ギフトさん。今が最大のチャンスなのになにしてんですか。ささっと血をとって逃げましょうよっ)」


 龍神様が眠りに入ってからしばらくして復活したミュウが、ぼそぼそと声を潜めて僕に話しかけてくる。


「(そんなことわかってるよっ。覚悟を決めてたの、僕はヘタレなんだぜ? ……あれ、てか今名前……)」

「(……ゴ、ゴミムシさんがヘタレってのは分かってますよぅ。でもこのままチャンスを逃すなんて愚行を起こさないように私はですね……)」

「(無理にゴミムシって言わなくてもいいのに)」

「(うるさい黙れ。私はまだ怒ってんですから)」


 ギリギリと頬を小さな手で捻りあげてくる。ちょ、痛い、謝ったじゃん僕!

 抗議の張り手は難なく躱された。コイツ……。

 いや、待て待て、頭を切り替えろ。息を吐き出しながら僕は左右に頭を振る。

 今するべきことはただ一つ、ミュウの言うとおり一刻も早く血を抜き去ることだ。

 一滴でいい、それだけあれば十分。血さえ採れればお役御免。逃げることは簡単だろう。

 抜き足差し足、息を潜めて一歩一歩。

 僕の心臓が破裂するよりも素早く、しかしバレたら怖いのでゆっくりと。

 矛盾した感情がせめぎ合い頭がごちゃごちゃになってくる。

 鳴り響かせる鼓動の音でバレるのではないだろうか? 止めれることなら止めたい。

 ミュウは羽ばたく音を気にしてか僕の肩に立ち、片手でぎゅぅっと力強く外套を握りしめている。

 もう片方の手で口を塞ぎ、涙目になりながら必死に少しでも音を殺そうと努力していた。


 ――心臓が痛みを感じる程の爆音を奏でる。


 足の裏に感じる地面の感覚が変わる。


 ――じっとりとした汗が滲む手を握り締める。


 ゴツゴツとした岩肌から、人工物のそれへと。


 ――吐く息は小さく、吸う息は薄く。


 星星の光で怪しい光を灯す朱色の階段を静かに、確かに踏みしめ。


 ――顎を伝う汗は、不快感を感じるまもなく首元へ消える。


 ふわりと包み込むような帯の絨毯を進み。


 ――緊張で乾いた唇は血の味がした。


 霧の帯のカーテンを進んだ先へ――。

 

 数千Kにも感じられた僅か100Mも無い短い距離。

 間違いなく寿命が幾分か縮んだ。

 でも、到達した。

 まだ龍神様は穏やかな寝息を立てている。

 音を決して立てないように、こそりと懐から取り出した一本の細すぎる針と小瓶。

 少し突き刺すだけでいい、これもドワーフ王からの選別で、一切痛みを感じないらしい。確かに、今にもポッキリと砕けてしまいそうな。透き通る細さ。

 ほんの一滴でいいんだ……すぐ終わるさ、たった一滴、少し刺すだけ……。


 そして、緩やかに動き出した針は、空気を揺らすことなく確かに龍神様の肌に届き――――


「――あっ」「ひっ――」


 ――――そこで、止まった。

 ギジリ、と骨が軋むほどの握力で握り締められた、僕の手首。掴んでいるのは、シミ一つない細く美しい手。一体どこにここまでの力があるのか、心底不思議に思う。

 呆然と開けられた口から漏れ出した間抜けな声も、ミュウの小さく多大な恐怖を含んだ悲鳴もどこか遠くに聞こえる。

 のろのろと視線を上げれば、深海の如き暗く透明感のある蒼の双眼と目があった。


 ――心臓が、握り締められるような、運命を握られる感覚。


「ふん、まァ、予想できたことではあるが。あれほど美味い酒を持ってきた者だ、出来れば生きて返したかったが、致し方がない」


 僕は嘘をついた。

 『魔王が復活した。有事の際はぜひその力を貸していただきたい』

 そういって酒を手渡した。

 一目相対した瞬間に分かってしまったことがある。


 ――この龍は決して、自らの血を進んで他者に分け与えることはしない。


 見た瞬間に、理解してしまった。

 ゆえについた嘘。


 ()がばれたとき、与えられるのは等しく制裁()だ。


 メギリ、と龍神の歯が音を立てる。

 透き通る肌に鮮やかな白亜の鱗が浮かび上がり、瞳孔が縦に割る。


「『罰』だ、受け取れ」


 ゴッバァ! と縦に大きく開けられた口から放たれる、破壊の閃光。爆音を押しのけ、生物に「死」を与える為に解き放たれたソレを、僕は間一髪のところで回避に成功する。

 逃がさんと言外に伝えられた腕は、放棄するしかなかった(、、、、、、、、、、)

 ボトボトと片腕の切断面から滴る鮮血が地面を濡らし、這い上がってくる激痛に僕は顔を歪めた。


「あ、あぁ。ギフトさん、う、腕が……」


 呆然と千切れた腕に目を向けるミュウに構っている時間はない。

 残念ながら僕の計画は失敗してしまったようだ。もう謝っても、土を舐めまくってピッカピカにしても許してくれないんだろうなぁ。

 ああああ、欝である。頬を伝う涙を咎める人はいないだろう。


 僕の目の前で龍神様は奇妙に顔を歪めていた。

 「面白い」というのか、「驚いた」というのか。

 だが彼は口を噤み、その姿を変えていく。本来の姿へと戻っていく。

 あまりに美しい、直視することも憚られる幻の龍。伝説、頂点、そして原点。世界の始まりから生きる龍の、真の姿。

 今まで見てきたどんな龍よりも雄大で神々しい姿を、ちっぽけな僕は見上げていた。


「さて、今のを避けられるとは思わなかったが、次はどうする? 罪人ども、抵抗をやめ『死』を迎え入れよ」


 死を迎え入れろと言われたって、僕はまだ死にたくない。絶対に生き残ってどこか辺境の地で静かに暮らすと決めたのだ。

 それにどうやら罪人というのは僕だけではなく、ミュウも含まれているらしい。

 今にも気絶しそうな、この口の悪い妖精が死ぬのは、絶対に許せない。


 物凄くめんどくさい展開で、怒り狂っているのは世界の頂点。

 へたれな僕は今にも土下座をして許しを請いながら失禁でもしそうな現状。

 だけどそんな事をしても許して貰えないのは一も二もなく承知している。


 ――だから。


「ミュウ、黙って僕のポケットに入って」


 ミュウは何も言わずに全速力でポケットに頭から飛び込んだ。

 嫌だけど、面倒くさいけど、そうも言ってられない。


 逃げられない。謝っても許してもらえない。

 そして、命の危機。

 死、死、死を感じる。


 ――だから(、、、)


「抵抗するか、愚かな罪人だ」

「……謝ってそれで済むなら、そうしますよ?」

「そうだな、どれだけの謝罪があろうと、どれほど美味な酒であろうと、貴様の罪を消すには些か足りぬな」

「ええ、そうですよね。知ってます、分かってます。でも『俺』は死にたくない、ミュウも絶対に死なせない。だから、抵抗させても(、、、、、、、、、、)らう(、、)

「――出来るのならば」




 鮮やかな黄金色の『破壊』が、閃光の形を取って大地を削る。

 ちっぽけな罪人を処刑する為に。

 罪人は似合わぬ高圧的な笑みを浮かべ。


 ――直後に紫紺の輝きが夜の闇を切り裂いた。





◆ ◆ ◆






 ……龍獄山。天を突かんばかりの巨大な山。その頂に座す龍の神が、くすりと小さな笑いを漏らした。

 あいも変わらず絢爛豪華な腰掛けに身体を沈め、様変わりした周囲の景色を見渡す。

 生命の欠片も感じさせないことはそのままに、バラバラと今にも崩れ落ちそうな、砕かれ大穴が空いた龍獄山山頂。

 黄金色に輝いていた龍神の城は今や見る影もなく、腰掛けが無事なのがいっそ不思議に思えるほどの惨状。


 酒と妖精を肩に一人の人間がやってきたのはつい先日のこと。

 なぜやって来たのか。語っていた理由が嘘であったことも分かっていたし、当然真実も理解していた。

 そして、なにかあるとは思っていた。

 やってきた理由、それは予想通り勇者召喚に必要な血を取りに来たようだった。口ではなんと言おうと分かるのだ。

 嘗てもそうだ。二度に渡る魔王襲来時、人間は勇者召喚のため龍神や死霊之王に血と魂を求めた。


 しかし救いを彼らは拒んだ。これこそが昔、勇者召喚が遅れた真の理由。


 龍神らは自らに危険が及ぶギリギリまで参戦しようとせず、そしてついに勇者召喚を行うために集まったときは、既に手遅れといっていいほど他種族は大打撃を受けていた。

 理由なんて酷いものだ。戦場で命を削る殺し合いが、酷く美しいものに見えた。酒の肴にちょうどいい。それだけだ。

 魔王が復活する前に勇者を召喚したいならば、龍神らにあう地獄の旅をしないと叶わず。

 龍神らが勇者召喚をしてくれるのを待っていたら、魔王復活後数十年は地獄を見ないといけない。


 今回もまた、そうなると思っていた。

 適当に痛い目を見せ追い返し、もしくは見せしめの為に命を断つ。

 その予定だった。


 しかし……。


 ズギン、と僅かな痛みが龍神を襲う。

 痛みの元に、龍神はゆっくりと手を伸ばした。


「くはは、全く恐ろしいものよ。血を拒んだ結果がこれか? まさか、『目』を持っていかれるとは思わぬなァ」


 指を伸ばしたさき、そこに本来収まっているべき蒼の眼球は存在せず、代わりに冷たい輝きを放つ作り物の眼球が収まっていた。


「明らかに人が到達する頂点を超越していた。あ奴め、(、、、、)あんなものを寄越すと(、、、、、、、、、、)は、礼儀がなってない(、、、、、、、、、、)のではないか(、、、、、、)? まァ、私が言えることではないかな」


 今は居ない、しかし先ほどまでは確かに居たとある存在に苦言を言いつつも、くすくすと龍神は喉の奥で笑いを漏らす。

 口元が笑みを形作るのを止めれそうにない。

 おかしくて楽しくて仕方がない。


「これだから生きることを止められない。さてはて、次に奴に出会えるのは何時かな? それまでゆるりと、客人をもてなす準備でもするとするか」


 龍神は笑う。

 予測できない未来を想い。

 自らの目を奪った人を思い。

 今日も彼は頂に座す。



◆ ◆ ◆



「いやー、死ぬかと思いました」

「そりゃこっちのセリフだこらァ――――ッ!」


 ミュウの全力ドロップキックが僕のほっぺたに突き刺さる!

 ガチッ、と舌を思いっきり噛んでしまった。思わず涙がこぼれ落ちる。


「いっっってェよ! 僕が一体何したって言うんだ!」

「何したもどうしたも! なんでそんな強いのに隠してたんです!? ヘタレみたいなフリして! はっ、もしやこれが新手のマゾ……?」


 僕の全力抗議に、勝手に決め付けて勝手にドン引きする悪魔。


「僕はマゾじゃない! それに隠してたわけじゃ……」

「いやいやいや! 龍神様相手にして死なないどころか、互角に戦って逆に眼球奪うとか! なんです人の王とかドワーフ王とかに跪かなくたっていいじゃないですかァー!」

「いや、権力者にはぺこらなきゃ駄目なんだよ? 師匠が言ってたし、なにより怖いじゃない」

「はァ!?」


 ミュウの目が血走っている。

 非常に怖い。いったい何が彼女をこうも怒らせているというのか。


「強い云々は、まあ一応僕も宮廷魔術師の端くれだし……」

「舐めてんですかアンタ一国の王に仕える程度の魔術師が全員龍神様と対等に渡り合えたらとっくに人間が世界の覇権とっとるわボケェ。てかそもそもそのなよなよした態度なんなのよ『僕』とかいっちゃってささっきまでゲラゲラ笑いながら高らかに『俺様宣言』してたのに……はっ」


 ミュウは一息に言い切り、何かに気づいたように口を手で覆い隠した後、恐る恐る。


「に、二重人格?」

「失礼なっ、しっかり記憶だってあるし僕は僕だよっ! ……ただちょっと、気分がハイになるだけで……」

「うおぉぉぉ、ギフトさんぶち切れさせないでよかったー。ナイスファインプレー、グッジョブ過去の私ぃっ」


 とても不愉快である。僕は命の恩人であるはずなのに、なにこの扱い。

 まァ確かに少し強いことは認めよう。宮殿魔術師なのだから当然だ。

 だが僕はヘタレだ、例え相手が格下であろうと、見た目がものすごく怖くて凄まれたら速攻で地べたに這い蹲るキングオブヘタレなのだ。

 こればっかりはどうしようもない、追い込まれたり死にそうになったら抵抗するけど、地面を舐めるだけで厄介事がなくなるなら僕はどんな地面でも舐めて見せよう。

 と、言ったことを懇切丁寧に説明してやったところ、ミュウは怪しげに目を細め、


「いや、なんというか不自然というか……」

「どこがさ」

「今言ったことが完全に本心からの言葉……、嘘偽りのない事と信じて疑ってないところですよ」

「疑うも何も、師匠が言ったことだしこれが真実だよ」


 おかしなことを言うなあ、この妖精は。

 左右に手を広げため息を吐き出しながら首を振る。

 ミュウはふと何かに気づいた様子で。


「師匠? あれ、そういえばさっきも師匠って……。……つまりギフトさんの言い分は、『師匠が言ってたから』が全てなんです?」

「うん。そうだけど……え、なにか変?」

「いや変っていうかなんていうか……」


 くるくると回りながら考え込んでいたミュウはボソボソと『ギフトさんの師匠のって……』だの『これって洗脳なんじゃあ』など物騒なことを呟いた後、何故だか非常に不憫そうな目を向けられた。

 意味が分からない。


「あーもういいです。ありがとうございましたッ!」

「そんな吐き捨るように言われても嬉しくない」

「うるさいです。はぁー、でも綺麗でしたよね、龍神様。そうですね、夢だった龍神様の姿も見れたことだし、ここはいっちょ心の篭ったお礼を言っときますか。では改めて、ありがとうございましたギフトさん」

「できれば心の中で葛藤して欲しかったけど、まァ悪い気はしないね。ところでもうゴミムシって言うの止めたんだ?」

「だってギフトさん私より強いじゃないですか。ゴミムシ以下は嫌ですよ私。それに命も救ってもらいましたし、何時までも昔のことをぐちぐち言うのも嫌ですし……それともなんです? 呼んで欲しいんですか?」

「そんなわけないだろう」


 冗談ですよぅ、なんて言うけど、冗談には見えなかったぞオイ。

 くすくす笑うミュウ。龍神様の前ではガタガタ震えてたのに、どうやらそれは無かったことにしたいらしい。


「でもホント凄いですよ。ふっつーに腕生やしてるし、そして戦利品に目玉とか」


 ちらりと目線を僕の真新しい腕にやった後、ミュウはずずい、と両手に持った眼球を僕の前に突き出してきた。


「うわばっちぃ。捨てなよそんなの」


 もう血はとった。目玉を集める趣味はないし、正直いらない。

 しかしミュウにとっては予想外の答えだったようで、小さな目をまんまるにして大声をあげた。


「SUTENAYO!? はぁぁぁぁ!? ふざけてんですかアンタ! これにどれほど価値があるかわかんないですか? ありえませんっ」

「お金になるかな?」

「本物だと証明できないので、無理かと」

「じゃ、いらない」

「いやいやいやちょっちょっちょっ!」

「なんなんのさ……」

「これホント貴重なんですって! そう簡単に捨てるとかいらないとか……」

「貴重なのはわかるけど、永遠の命とか神をも超える力とか求めちゃ駄目って師匠が言ってたし……。欲しいならあげるけど」

「ホントっすかー!?」


 ミュウがハイテンション状態から戻ってこない。

 もう顎が外れんばかりに大口を開けて驚いてる。


「ホントホント」

「う~ん、でもなぁ。これ、私がとったのじゃないし、ギフトさんのですよ?」

「だからあげるって」

「う~ん」


 しばし悩んだ後、ミュウはふむと頷いていそいそと眼球をどこかにしまった。

 多分僕が使う収納魔術みたいなものだろう。


「分かりました、私が預かっときます! また欲しくなったら言ってください」

「いや、ホントにいらないんだけど」

「人生何があるかわかりませんし! 妖精の寿命は人間よりも長いので、ギフトさんが死んだらありがたく頂きますよ」


 人生なにがあるかわからない、か。

 確かにその通りだ。龍神に合うなんて思ってもみなかった。それは僕に説明ゼロで突発召喚されたミュウも一緒だろう。

 うん、まァいいか。いらないけど、ミュウはこう言ってるし、無理にあげる必要もないな。

 なによりもう面倒くさい。


「じゃあ話も終わりですし! 次なる目的地は死霊之王の魂ですね!」

「鬼ヶ島か……。いやだなァ、死にたくない」

「いやどの口が言うんですかどの口が」


 どうやらミュウはまだついて来るらしい。

 そのことにほっとしている自分が居る。やっぱり安心するし、何より楽しい。

 簡単に言えば、面倒くさくない。

 口が裂けてもいえないが。


「じゃ、行こうか」

「レッツゴー! ですっ!」


 次なる目的地は、東の孤島。

 『鬼ヶ島』。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ