2話 神に振舞う美酒を求めて
ドワーフ、彼らは世界最高と名高い優れた武器防具を打つ鍛冶職人だ。
そんな彼らは、大酒飲みとしても有名である。優れた武器防具を打ち、売った金で各地の銘酒を飲みふける。
飲み、飲んで、飲み尽くした。ドワーフの武器や防具を欲しがる買い手は星の数ほどおり、その分金も腐るほど得る事が出来る。
造った武器防具を金に変え、それをそのまま酒に変える。永遠に続くと思われたサイクルは、しかしドワーフたちが思いもしなかった理由で終わりを告げた。
肝心の酒が尽きたのだ。
幾つもの名酒と謳われる酒を浴びるように飲んだドワーフは、すっかり舌が育ってしまい、いつしか心の底から満足できる酒がなくなっていた。
金はある、山ほどある。だが旨い酒が、飲みたいと思う酒が無い。
ドワーフは悩んだ、悩んで悩んで、一つの結論を見出す。
無ければ自分たちで作れば良い。
世界各地の名酒を飲みふけたドワーフたちによる酒は、瞬く間に人々を、そして龍をも魅了し、ドワーフたちは最高の鍛冶職人であると同時に、最高の酒職人としての名を手に入れたのだった。
◆ ◆ ◆
がたんごっとん、と整備されていない道を馬車が行く。
朝早くに王都を出たためか、この乗り合い馬車の乗客は僕とミュウを除いて僅か二人。
二人とも一定の距離を取って座っている。これは好都合と、僕も出来るだけ距離を取って端っこで丸くなった。
魔術師と言うのはなんでも出来る万能人だと思われ、色々無茶な頼みごとをしてくる人が多い。だから魔術師だと気付かれないよう、身体全体を黒っぽい外套で包み込んで。
当然希少種族の代表例、妖精であるミュウは僕の肩と外套でサンドイッチ状態だ。
珍しいだけならまだしも、非常に獰猛であるなどという情報も一部では広まっているのだ。まあ、ミュウを見る限り誤報のようだけれど。
「あっ、今私のこと考えてたでしょう? いやん、きもちわるーい」
「……僕の名誉のために言っとくがなぁ……!」
「性癖暴露はもう結構。恥ずかしがらなくてもゴミムシさんが童貞だってことは百も承知ですよ」
「くぅ!」
「えっ、まじで童貞だったんですか? それはそれは失礼しました。ぷくく」
「謝るときは心のそこから謝りましょうね、イラつくからさァ」
「嘘をつきたくはないので心の底から笑ってあげることにします。あーっはっはっは!」
おっと虫が。僕は無言で手を肩へと振り下ろす。
どうやらヒットしたようだ。ぷぎゅぇ、という虫が潰れたような声がして、耳障りな羽音が聞こえなくなった。
うむ、快適だ。恐らく明日の昼ごろには隣町に着く。急げば二週間もせずドワーフの里に着くだろう。……多分。
「いひゃい……、舌かんじゃったぁ。サ、サイテーです、乙女に手を上げるなんてぇ……ッ」
「おや、まだ虫がいたようだ」
「ゴミムシはアンタでしょうが! って、ちょいまちです。もうやめましょう、舌おもっくそ噛んじゃって血が出てるんですよぅ」
「冗談だよ」
「私は馬鹿じゃないので冗談か冗談じゃないかぐらいは分かります。まあ、それは置いときましょうか」
もぞもぞとミュウが首元に移動し、ひょっこり顔を出す。
ばれたらどうする気だろう。できればじっとしていてもらいたいのだが。
妖精は非常に獰猛な種族といわれている一方で、幸運を運ぶ奇跡の種族とも言われている。
傷一つ無く、死へ向かって駆け進んでいる現状を踏まえてみれば、どちらも的外れであると断言できるが、それは関係ない。
ともかく、見つかれば非常に面倒くさいことになること間違いなし。
距離を取ったお陰で気づかれてはいないが、もう少し緊張感というものを持ってほしいものだ。
「ちょい疑問があるんです」
「なに?」
「いえね、なんで馬車で移動してるのかなーって。馬車より早い移動手段は持っているでしょうに。馬鹿?」
「王命」
「はァ? 詳しく説明してって言われないと説明しない人ですか? なに行き成り無駄にもったいぶってんのか理解できない」
カチンと来た。どれだけ根に持っているんだこの妖精は、確かに浚った挙句放置してた僕が悪いのは認めよう。でもそろそろ切れそうだ。
落ち着け、僕。深呼吸深呼吸。ぶち切れて怒りのままに魔術ぶっぱしたいけど、それは師匠に禁止されてる。
魔術を使うときは激情に縛られず、冷静に物事を判断できる時のみ。
誓わされた以上、覆すことは出来ない。だから落ち着いて、落ち着いて。
ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
ミュウはというと外に興味をそそられているのか、流れる風景に目を奪われている。
「それで? 理由をちゃんと説明してくださいよ」
「王様から禁止されてるの」
「はァ?」
怪訝そうな目をこちらに向ける。
思わずため息を吐きながら、
「いやね、魔王復活とか民衆に知られたらパニックになるじゃない? だから『魔王復活したよ! でも勇者が居るから安心だねっ』ってしたいんだってさ。つまり、勇者召喚が成功するまで民衆に知られちゃ不味いらしいの。いろいろ援助はしてくれるらしいけど、そういうのも『目立たない範囲で』らしいね」
「めんどくさいですね、それ」
おお、味方になってくれた。ちょっと嬉しい。
でも全く持ってミュウの言うとおりだと思う。こっちは勇者召喚、ひいては世界を救う為に活動しているというのに。
旅の資金として渡された額も思いのほか少なかったし。
まあ、もしもの時のために軍の強化なんかに使ってるんだろうけど。
それでももう少し扱いよくてもいいだろう。勿論口が裂けてもいえないが。
僕は力も権力も無い弱っちい人間なんだぜ。
「ははァ、面倒な話ですねぇ。面倒は嫌いです」
「全く、全面的に同意するよ」
「つまりドワーフの里まで一週間か二週間は掛ると?」
「そうなる」
「……知ってますか、ゴミムシさん。ばれなきゃ何したって咎められる事は無いみたいですよ」
「バレなきゃねぇ」
「確かドワーフの里って地下ですよね?」
「うん、そうだよ」
「地下には、人の目ってないと思うんですけど……」
「確かにないね。人は地上で生活する種族だから」
ちらりとミュウを見る。
目がパッチリとあった。とても悪い顔で、楽しそうにニマニマ笑ってる。
どうやら彼女はこの単調な馬車の旅に飽きてしまったらしい。
『度肝を抜くようなオープニング』なんて言ってたが、強ちあれは本心だったのかもしれない。
ミュウがこの旅についてきている理由は、龍神、死霊之王、精霊王を一目見るため。
彼女はきっと、好奇心の塊なんだ。まるで子供のようだ。
ミュウはにこにこと楽しそうに笑い、自信満々に言い放つ。
「私に考えがあるのですよっ。さあ、ドワーフの里、そして龍神までノンストップで突き進みますよ!」
◆ ◆ ◆
世界で最も稼いでると噂されているドワーフたちの国は、『国』というよりは『街』に近い大きさしかない。
『地底最大の国』などど言われているが、地底に住む種族なんてドワーフぐらいしかいないからそんなの当然だ。
金属を叩く槌の音色が鳴り止まない、熱気と男気溢れる酒臭い国、それがドワーフの里である。
ちょっとした裏技のお陰で随分と時間短縮に繋がった。詳しく言うと、本来二週間掛る道のりが、二日になった。
裏技というのも簡単で、魔術で地下を只管掘り進んだのだ、派手に。勿論、掘り進んだ地下はしっかり埋めて元に戻してある。アフターケアまで完璧だ。
面倒な移動が大幅に短縮され、尚且つ初めて見るドワーフの里に実は少しドキワクしている。
まあ、ミュウには負けるが。
ミュウのテンションは里に来てから上がりっぱなしだ。あんまりにも早口に喋ってるから、舌が上手く回っていない。
「凄い! すごいれすよこれぇ! ぴゃー、サイコーれす! 暑い、むさい、くさい! でもなんか楽しくなってきましゅねゴミムシひゃん!」
あれ、なんかおかしくないか。
よくよくミュウを見ていると、視線がぐるぐると彷徨っているな。
顔もほんのり朱色に染まってるし……もしかしてこれ酔っ払ってないか?
さっきからなんども僕の顔や身体にぶつかってきてる。飛行も安定していないようだ。
試しに顔をつついてみるが、気づいていないのかふらふらと不安定な飛行を繰り返し、ついには大きく息を吸って、
「あははははっ。楽しい! なんか分かんないけどすっごい大声上げたい気分! ミュウちゃんだぞぉ―――――ッ! ……むぎゅぅ」
なにを思ったのか全力で自己紹介をしたミュウは、ぼてっ、と地面に落下した。
そのまま丸くなってスヤスヤと寝息を立て始める。
……妖精って、酔っ払うとこうなるのかぁ。てか酒に弱すぎないか、匂いだけって。
すっかり夢の世界へ旅立ったミュウを見て、ちょっとため息。
この旅を一人で行くのは非常に辛いと考え、本人も乗り気だから一緒にいるが、正直ウザイ。
こちらの非を認め謝罪を何度もしてるのも関わらず、いまだにゴミムシ扱い。
そろそろ堪忍袋の尾が切れるかもしれない。まあ、幾分か態度が柔らかくなっているのは間違いないのだが……。
地面でぐっすりと眠り込んでいるミュウに視線を落とし、少し考えた後拾って内ポケットに入れた。
取り合えず置いて行くにしても今じゃない。何せ妖精、小さい彼女が地面で寝てたりしたら気づかれずにドワーフに踏み潰されるかもしれない。
しかし結構雑に扱ったのにまったく起きる気配が無いな。
「よォ、またスェたな」
と、そんな事をしていると、髭達磨という言葉がぴたりと当てはまりそうな男のドワーフがのっそのっそとやってきた。
ドワーフは皆人間の子供程度の身長しかなく、筋肉隆々で髭もじゃ。ぶっちゃけ見分けが付かないのだが、このドワーフは違う。
なんというか、こう、覇気が迸ってる。
そして今まで会ったドワーフの中でもさらに酒臭い。ミュウはこのドワーフが近付いたから酔ってしまったんじゃないかと思うぐらい。
本当に臭いな。僕に近寄らないでほしい。
「んで、お前スァんか。『最高級』をくれとのことだが?」
「あ、はい。ギフトって言います。龍神に振舞うお酒が必要で、最高級のお酒を用意していただきたいんですが……」
「帰んな」
「ええっ、なんで!? お金ならいくらでも払いますけどっ」
勿論、請求先は国王だ。
それぐらい許してくれるだろう。
「金は必要ねぇ。スォれこスォ酒や武具を売るのを止めても、今ある金だけでこの先百年はやってけるぐれぇの金があるからな」
そんなに!? ……ちょびっと分けてもらえないだろうか。ざっと二百白金貨ぐらい。
あ、いやいや。そんな事を考えてる場合じゃない。
「どーしても必要なんです! 頼みます、どうかっ」
地べたにはいつくばって頭を下げる。
こんな所で躓くとは思ってなかった。想定外だ。
僕が地面を舐める予定だったのは龍神の前と死霊之王の前と精霊王様の前と国王の前だったのに。ドワーフの里の地面の味とか知りたくなかった。
「ふぅんむ……。ワスィたちは、気に入ったモンには武器も防具も酒も、好きなだけ造ってやる。何ならタダで譲ってやってもいい。だが気にイラねぇモンには、どれだけ金を積もうが頭を下げようが絶対に武器も防具も酒も売ねぇ。スォれだけの我侭を通せる力がある。だから、酒が欲スィいんなら、ワスィにお前スァんを気に入らスェてみな。スォうだな、まずはなんで龍神様に振舞う酒を求めるか、理由を言うところから始めようか」
……このドワーフ、超メンドクサイ。
◆ ◆ ◆
と、言うわけで魔王のこととか勇者召喚に必要な供物のこととか。
全 て 喋 っ た 。
僕はやっすいチンピラ相手でも脅されたらぺらぺら喋り捲る男なんだぜ。筋金入りのへたれ舐めんな!
国王の事情? 知ったこっちゃねいやいっ。
ドワーフは僕の話を聞き、ふむふむと髭もじゃの顎をかきむしった。
ぼりぼりと何かが飛んで、未だに地べたにはいつくばってる僕に降り注ぐ。
きったねッ! 最悪だこのクソジジィ。まじふざけんな。
「相分かった。スィかスィ……スォいつは止めといたほうがいいかもスィれんなァ」
「え、どうしてですか?」
「なに、お前スァんと同じ方法で龍神様の血を手に入れようとスィた奴が過去にいたのよ。スォいつらはみーんな、血をくれっつた瞬間に灰になっちまったらスィ」
なにそれ怖い。
てか僕以外に龍神様の血を手に入れようとした人がいたのか?
もしかして僕の前に勇者召喚を命じられた人とか居たのかな?
「龍神様の血といやァ、不老不死の妙薬だ。不老不死なんぞ大スォれたモンを望む愚か者どもへの、龍神様なりの対処法なんだろうスァ」
……そう言えば、そうだった。
神の名を冠する唯一の生物である龍神様は、その身体の全てが奇跡の材料。
血は人を死なず老いない生物へと。
肉は不滅である神をも殺す力へと。
骨は決して破壊されない武器へと。……etc。
他にも色々凄いことになったと思う。まあ、全て伝説なんだけども、勇者召喚の供物に選ばれてるし、龍神様も対策してるってことはあながち嘘じゃないのかも。
「スォれでも欲スィいか?」
ど、どうしよう。
いやでも、選択肢なんてないんだけれども。
もとより死ぬ可能性はあったわけだし、覚悟は決まってるっ。
……嘘言いました。めちゃめちゃ怖いです。
いらないっていって逃げようかな。魔王復活まであと一年、大陸は広いし頑張れば逃げれるんじゃないか?
でも、だけど……うぅぅぅぅっ!
僕は思わず頭を抱えて唸る。
だってそうだ、皆死ぬのは怖い。
当然だ。
だから『逃げようかな』と思ってしまうのは当然で。
だけどもそんな僕の内ポケットから勢いよく飛び出す一つの影は、元気に腕を振り上げて叫んだ。
「そんなの決まってますよ! 美酒、ください! 龍神様に会いに行って血をぶんどってやりますよっ! ゴミムシさんを舐めないで頂きたいですねぇ!」
――あいぇぇぇぇええ!? どうしてどうして!?
いつのまにか復活していたミュウが空中をびゅんびゅん飛び回っていた。
ニィ、と笑みを浮かべ、さも『貴方の変わりに言ってやりましたよっ』的な目で見てくる。
止めて欲しい。ふざけんな。僕は逃げる方向で考えてたんだよっ!
「ほほう、これはめズらスィいものを見た。スィかスィ、スォうかスォうか。スォれならワスィはもう何も言わん。スォの心意気に免じて、金は取らんことにスィよう。選別だ、少スィ待ってな」
「え、いや、その」
「龍神様も惚れ惚れするような『最高級』を頼みますよ!」
だからちょっと待てって……。
「ゴミムシさん、なんだかワクワクしてきましたね! 私、龍神様見るの初めてなんですよ!」
僕もだよ……。
「あっ、ちなみに私は戦力に数えないでくださいね? ヤバイと思ったら即逃げるんで」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!
◆ ◆ ◆
そして、ドワーフの里を出て早一週間。ドワーフの里に滞在していた期間を含めると、もう城を飛び出してから一ヶ月が経過していた。
遠い昔の出来事のようだ。時をさかのぼる魔術は存在しないのか。あれば、即座に使ってあの時の、まだ師匠が逃げ出す前の自分に言ってやりたい。
全てをほっぽりだして、最果ての地で静かに生きろと。
僕は涙も枯れ果てた虚ろな眼で雲を突き破るような巨大な山を見上げた。
龍獄山。
龍神様が住まうその場所に、頼りにならないクソ悪魔と、実はドワーフの里最高責任者だった、あの話の通じない不潔髭達磨が最高傑作と太鼓判を押した酒を引っさげ、僕は足を踏み入れる。