1話 世界を救う旅の始まり
勇者と魔王の物語。その前日譚。
大陸中央に存在する大国エルドラド。その国を治める王は今、世界規模の脅威に頭を悩ませていた。
凡そ半月ほど前である、国教であるイデア教の聖女からある知らせを受けた。
――『魔王出現』を予知したという。
今から僅か一年足らずで海に沈んだとされる魔大陸が浮上、そこを収める『魔王』なる存在が世界を滅ぼすらしい。
デマカセだと笑い飛ばせればどんなに良いか。しかし確かに最近魔物が活性化しだしたりなどの前兆はあり、そしてイデア教の聖女がこれまで予知を外したことは一度たりとも無い。
さらに言えば確かに伝説には『魔王』は過去に二度存在している。
過去の文献によれば、二度とも聖女が警告を発しているにもかかわらず、当時の警告を受けた大国は聖女の命に従わず、結果として対処が遅れ数億人規模の被害を出している。
今回もまた被害を出すわけには行かない。だが一体どうすればいいのか?
王は頭を悩ませ、一つ大きな溜息を吐いた。
過去二度魔王は生まれ、そしてそれらを討ったのは勇者と呼ばれる存在。
何故聖女はエルドラドに警告を発したのか、それはエルドラドのみが勇者召喚の術式を持っているからだ。聖女の発した命とは、『魔王の脅威に備え今直ぐ勇者召喚の儀を執り行え』というもの。
『魔王』を討つ事が出来るのは『勇者』のみ。伝説ではそうあり、過去の王も最終手段として召喚を行い、見事魔王を討っている。結果がある、方法も分かっている。ならば何故悩む必要があるのか?
大きな理由が二つかある。
まず安易に魔王よりも力が強い可能性のある存在を呼び出していいものか?
もし魔王を討つ事が出来ても呼び出した存在が牙を向いたら? 過去そんな事例は見つかっていないとはいえ、今回もそうであるとは限らない。
かといって無理やり従わせるなど持っての他。既に奴隷制度など過去のものなのだ。それにそんな事をしても、無駄に恨みを買うだけだろう。
本当に協力してくれるのだろうか? その疑問が一つ。
そして二つ目、最大の理由である。
この召喚術式、召喚は出来ても送還はできない
つまり勇者召喚術式とは、別の世界から魔王に打ち勝つ力を持った存在を許可なく呼び寄せる、『超高性能誘拐術式』である。
これを知ったとき、王は唖然とした。いやいやそれはないだろう、と。召喚術式造れるなら送還術式ぐらい造っておけよ、と。
もし勇者が反旗を翻した場合の手段として考えていた送還術式がまさか存在しないとは。
勇者召喚術式は異なる世界へ接続し、特定の人物を呼び出す神の奇跡。現代の技術で造り出せる術式ではなく、当然送還術式は造れない。
自分勝手な理由で見ず知らずの地へ呼び出し、赤の他人を助ける為に命を懸けろと言い、挙句の果てにもう二度と故郷には帰れない。
これで怒らない人間が居るのだろうか? いや居ない、そう断言しかけたが、過去二人の勇者がそうらしい。ひょっとすると勇者とは聖人しか存在しない世界の住民なのかもしれない。
もしくは、『それ』も勇者の条件に含まれるのか。
王は肺一杯に空気を吸い、眉間に皺を寄せた。
過去の二人の王が最後まで勇者召喚術式を使わなかった理由がよく分かる。
これは一種のギャンブルだ。負けた時のことを考えると王は今直ぐにでも首を吊りたくなった。
賭けにでて勇者召喚術式を執り行うか、それとも過去の王がそうであったように各国に呼びかけ、軍の強化だけを行うか。
悩みに悩み、全てを捨てて逃げ出したくなった頃、ついに王は決断した。
呼び寄せたのは老人。もっとも古き友人であり、エルドラド最高の腕を持つ宮廷魔術師。
飄々とした雰囲気をまとい、笑みを浮かべる老人に、王は厳かに告げた。
「時が来た。勇者召喚の儀を執り行う、準備を致せ」
……その三日後、命を受けた宮廷魔術師は逃げ出した。
探さないでの置手紙を残して。
王は叫ぶ。
「弟子! 弟子がいたろうっ! そいつをさっさと私の前につれて来い! 五分以内にだ、遅れたら打ち首にしてくれるわッ!!」
王は一週間まともに寝ていなかった。
◆ ◆ ◆
師匠がいない。
王様に呼び出されたその日に、なにやら旅行の準備をしてたからなんだなんだと思っていたら。
じゃあの、の一言を残し、どこかへ行ってしまった。意味がわからない。
王様になにか命じられたのか、ともかく僕には関係ないことだろうけれど。
そんなことを考え状況把握を放棄していたら、突然理想郷に押し入ってくる輝く鎧に身を包む騎士連中。
あれよあれよと拘束され、現在、王の前に芋虫みたいに転がっています。
……どうしてこうなった?
うぇえええええ、訳が分からないぜぇ!? 僕何か悪いことしましたかぁ!?
ぐずぐずと鼻を鳴らしていると、げっそりとした王様が真っ赤な目で僕を見下ろしてきた。
そんなに見つめないで、怖いです。なんか骸骨染みてるし。なんで目がまっかっかに充血してるんですか。
「……マリンの弟子ギフトよ」
「はい。なんでしょう王様? その、出来れば打ち首は勘弁願いたいかなーなんて……」
「打ち首にはせん。……貴様はな」
ああ、僕以外の誰かさんはされるのですね。
お気の毒に、なーむー。
まあいっか。なんとなくだけど、僕がこうして芋虫と化してるのはその誰かさんのせいな気がするし。
王様は僕の邪なる心に気付かなかったのか、疲れたように玉座に身を沈め、盛大に堰をする。
ちょっ、止めて、唾が飛ぶ。
「さて、ギフトよ。これよりそなたに王命を授ける。心して聞け」
「はっ」
片膝ついて頭を垂れたい所だが、なにせ現在の僕は芋虫だ。動けない。
取りあえずどうか面倒ごとは勘弁してくださいと神に祈ってみる。
「『聖女』から伝達が入った。我が国を含む人間世界は近い未来、魔王の脅威に晒される。対抗策として、勇者召喚の儀を執り行えとのことだ。そなたは召喚術の準備を行ってもらう。猶予は半年、成功した暁には如何なる願いも、可能な限り聞き入れよう」
「し、失礼ながら、僕以外に適任者がいると思うのですが。師匠とか師匠とか師匠とかっ」
「……貴様の、師匠は。あンの愚か者は……っ! 逃げたッ!」
「ああ……」
そっかぁ、処刑される誰かさんって師匠だったのか……。
あのクソジジィ! 見事に面倒ごと押し付けやがったッ!
「いや、待ってください! 僕はまだまだ若輩者っ。ここはひとつ、他の宮廷魔術師の先輩方を推薦いたしますのですっ」
「駄目だ」
全力の講義を、一瞬で切り捨てる。
「駄目だ。他の者では駄目だ、そなたでなくては駄目なのだ。いずれ、分かる」
「そ、そんなぁ」
全然わかんないからね? 分かりたくもない。
僕じゃないと駄目な理由ってなにさっ、ちくしょう! 恨むぞ師匠ぅおぅ。
王様は酷く申し訳なさそうに「可能な限りの助力はする。頼むぞ」といって、僕の運命が決まった。
◆ ◆ ◆
自室であれでもないこれでもないとぶつぶつ唸る。僕は現在命の危機に陥っている。
だってしょうがないじゃん、行き成り勇者召還の準備をしてくれって言われても、僕は天才でもなんでもないただの平々凡々な魔術師なんだから。
でもそれゆえに王命に逆らうなんて出来るはずも無い。権力者に対して僕は無力だ。
仕方なく自室に戻り、勇者召喚の儀の情報を探していると、不意に窓から小鳥が驚くべき速度で僕の机に飛び乗った。
少しの汚れもない真っ白な小鳥。これは知ってる、『手紙鳥』だ。遠くの相手へ情報を伝えるのに用いられる魔術。小鳥はパタパタと羽ばたき、そして机の上で一枚の手紙へと姿を変えた。
慌てて手紙に飛びつく。手紙に付着した魔力の残滓、間違いなく師匠のものだ。
それによると。
『ギフトへ
春も終わりに近づき、暖かくなってきた今日この頃。
最近では窓辺でメロディーを奏でる小鳥の囀りの代わりに、昆虫のオーケストラを聴くことが多くなってきま――
中 略
――ps
王から勇者召還の命を授かったと思う。まあ頑張りなさい。知っての通りわし逃亡済み。
わし、めんどくさいこと、やなの。師匠の厄介事は弟子のもの。
ぶっちゃけ逃げて傍観してるほうが面白いし。
後のことはよろしく頼む我が愛弟子よ。勇者召喚の儀に関する資料はわしの書庫のF欄にあるぞい。
by偉大なる大魔術師マリン』
速攻で紙切れを破り捨てた。
ざっけんな! 死ね師匠の馬鹿ッ!
うがぁーと腹の底から全力で叫ぶ。だがこうしている今も時間は刻々と流れている。期間は半年、つまりは六ヶ月。とても短い、急いで行動しなければ。
あーめんどくさい。めんどくさいことはしない主義の僕がなんでこんなことを。
嫌々ベッドから起き上がり、師匠の書庫へと向かった。
え~と、確かF欄だったよな?
膨大な書物が綺麗に収められている書庫。わが国最大の大図書館に匹敵するほどの大きさ。
基本面倒ごとは僕に押し付けるスタンスの師匠だが、ここの整理だけは自分でやっていた。
世界を滅ぼす術式がのった書物があるとかなんとか。僕に触らせたくなかったらしい。僕をうっかり世界を滅ぼす術式を起動するような、ドジ野郎とでも思っていたのか。
F欄の奥、薄暗い通路を光の魔法で照らす。
浮かび上がった書物の背表紙に視線を滑らせれば、すぐに目当てのものは見つかった。
勇者召喚に関する書物は、以外にも少なかった。世界を救うための重要な書物、もっと数があると思ったが。
自室に戻る。
机の上に散らばったものを風を起こして全て地面に落とす。机の上にあろうが床の上にあろうが片付ける手間は同じようなものだし。
持ってきた書物を適当に机の上に置き、一冊ずつ引っつかんで片っ端から目を通していく。書物の数は少なかったが、中々の分厚さ。少し時間がかかりそうだ。
師匠のように一度見たものは決して忘れないなんて力を持っていないノーマルな僕は、メモ帳とペンとインクを取り出し、読み進めながら重要な部分をメモしていく。
全く持ってめんどくさい。僕はめんどくさいことは嫌いなんだけどな。
心の中で文句を垂れながらも着々と読み進めていくと、色々と分かってきた。だから全力で言わせて貰おう、これは非常にめんどくさいと。
どうやら勇者を召喚するには勇者召喚術式に魔力を流してハイ、召喚とは行かないようだ。いくつか供物を捧げる必要があるらしい。
供物は全部で三つ。
龍神の血、死霊之王の魂、精霊王の涙。
全て伝説級の代物だ。逃げたい。
龍神と言えば世界最強の一角と謳われる種族、龍の王様みたいなもの。現在は龍獄山の頂上を根城にしているとか。神の名を冠する唯一の生物だ。
そんな伝説の生物の血? 止めてもらえないだろうか。死んじゃいます。
次の死霊之王の魂はこれまためんどくさい。死霊之王が住まう場所はこの国から東にまっすぐ進んだところにある、絶海に浮かぶ孤島『鬼ヶ島』。
地底深くにある獄門の奥を進んだ先に、彷徨う魂たちの主が悠然と腰を下ろしている。
死後、あの世に行くこともできず現世を彷徨う哀れな魂たちをかくまう死者の王。死者に対しては深い慈愛の心を持つが、生者はそれこそ目の敵にしていて、自分から打って出ることは無いが獄門を超えた生者は誰一人として生還した記録は無い。
僕は死ぬのだろうか。
最後は精霊王の涙。これは他二つに比べ命の危険がない。ただし、精霊王様は隠れんぼが好きらしく……ここ数百年姿を確認したものは居ない。
期間は六ヶ月なんですけど。
全てを読破し理解した僕は一つ頷いた。
逃げよう。
無理に決まってる! 許す許さないは別として、師匠が逃げるのもよく分かる。
だが逃げれない。逃げたらこの大陸一の大国に一生追われ続けるのだ。それに時期に魔王の進行が始まる。そうなったら逃げ場なんて無い。
遠くない未来にある、死を回避するために今僕は動いているのだ。
ああ、宮廷魔術師なんてなるんじゃなかったぜ。
「あーん! もーどうすればいいのさっ」
髪を掴みヒステリックに叫んでみたが、助けは来ない。
……チッ。覚悟を決めよう。
と、その前に、確かめてみよう。この勇者召喚術式は古代文明が造りだした物、一万年以上前の代物だ。もっと簡略化できないかな? 技術は日々進化しているのだっ。
実際に勇者召喚術式を見れたらいいんだけど、残念ながら勇者召喚術式がある場所には魔術的な鍵が掛かっている。その鍵が開かれるのが半年後らしい。
一度見せてもらったが、あの鍵を強引に開錠するのは不可能だ。時が来るまで開かない、そういう魔術。
仕方がない、取りあえず書物にある見本を見ながら術式を造ってみますかね。
魔力を指先に集中させ、真っ白なメモ帳にスラスラと指を走らせていく。
キラキラと輝く線が描かれ、それは複雑な模様を持つ召喚術式へと瞬く間に姿を変えた。
勇者召喚術式と全く仕組みが同じ、ただその規模を小型にした召喚術式の完成なのでっす。
小型化により勇者も召喚できないし別の世界への接続も出来ないが、代わりに大層な供物も必要ない。
取りあえず僕の血、仮初の魂、僕の涙を捧げればこの世界に存在するなにかの生き物が召喚されるはず。
ちょっと怖いので保険として契約術式を組み込む。契約内容は僕に危害を加えない。これで取りあえず大丈夫、と思う。
では早速。
針で指をぷすりと刺し、血を一滴召喚術式に垂らす。痛い。
仮初の魂は『手紙鳥』を使う。『手紙鳥』を造り、召喚術式の上に乗っける。『手紙鳥』は僕の魔力で造った偽者だが魂を与えられている。これで二つ目クリア。
最後は涙。取りあえず今の現状を一から一〇まで見直してみる。悲惨だなぁ。涙出てきた、ぐすん。
最後に少しダメージを受けたが、取りあえず供物は捧げた。後は魔力を流すだけで何かしらの生物が召喚されるはずだ。
「いでよっ」
魔力をありったけ注ぎ込むと、召喚術式が眩いばかりの閃光を放ち、紅蓮に燃え上がる。術式を描いていたメモ帳は燃えてなくなり、術式は机に焼きついた。
うむ、少し過剰に魔力を注ぎすぎちゃったみたい。まあいっか。
光がだんだんと収まっていき、完全に消えた頃焼きついた術式の上に、小さな生物が寝転んでいた。
人をそのまま十五センチさいずに縮めたような姿、背中に生えている羽は鳥類よりも昆虫のそれに似ている。
透き通るような羽は僅かにピンクを帯びており、金色の髪とあいまって精巧な人形を思わせる美しい少女。
間違いない、妖精だ。『秘密の庭』を飛び回る希少種族。めったに人前に姿を表さない為、見たものには幸運が訪れるとか。
当然、こんな場所にいるはずも無い。
じわじわと喜びが湧き上る。成功だっ。
妖精が召喚されたのは予想外だが、後はこの術式を弄繰り回し、どうにか供物なしで勇者を召喚出来るようにすればいい。
僕の命が掛ってるんだ、頑張れ僕、負けるな僕。
腕まくりをして気合を入れた僕は、いざ術式改造に望むべく背筋を伸ばし、机に焼きついた術式に視線を落とした。
……目が、合った。
召喚した妖精さんと。
ヤヴァイ、この状況はすこぶる不味い。つまりなんだ、今僕は実験と称して勝手に妖精を浚ってしまったというわけか。
どうしよう。
たらたらと汗を流す僕をじっくり見て、妖精さんは大きく息を吸い込んで……て、ちょっと待てい!
「ストップ! ストォーップ、ごめんよ浚うつもりとか無かったんだ!」
「ぎゃーっ! 人間に触られたぁー! 汚された犯されるぅ! たぁーすぅーけぇーてぇー! 強姦魔、強姦魔が私の目の前に突如として出現したーっ!? どーなってんですかーっ!?」
◆ ◆ ◆
取りあえず事情を説明しました。
妖精さんは僕の話を聞いて取りあえず暴れるのを止めてくれたが、胡散臭そうな目でこちらを見ている。
「それ、本当ですかぁ? 実は小さい女の子が好きすぎてついに妖精に手を出そうと決意しちゃったお馬鹿な変態さんなんじゃあ?」
「違う、断じて違う! 僕の名誉とかその他諸々の為に言っとくけど、僕が好きなのはぼんきゅっぼんのお姉さんだい!」
「うわぁ、女の子の前で性癖暴露ですか……。そういうプレイをしたいんなら娼館へどうぞ、ドン引きしました」
ぐっはぁ。僕の精神に推定一〇〇のダメージ。
胸を押さえてしゃがみ込む僕を興味無さ気に一瞥し、妖精さんはキョロキョロとあたりを見渡し始めた。
どことなく興奮しているように見えるのは気のせいだろうか?
こう、『実は大はしゃぎしたいけどここは我慢っ』みたいな気配を感じる。
「ふ~む、しかし凄いですね。私が居た『庭』はここから随分と離れてますけど、ホントにあなたが造った召喚術式で私を召喚したんですか?」
「そ、そうだけど」
「ほっほう、人間にしては中々見事な魔術です。褒めてあげましょう」
「ありがとう……?」
何で僕は初めて会った妖精にこうまで上から目線で褒められてるんだろう?
まあそんなことはどうでもいいが。
しかし、この妖精は中々にフレンドリーだな。妖精と言えば排他的な種族という話だったが。今回が妖精コンタクト初なので、詳しくは知らない。
「ただこの召喚術式に組み込まれていた契約術式は随分とお粗末なものですね。不愉快なので壊してしまいましょう、えいっ」
「あ゛っ」
パリィン、と虚しい音が響き呆気なく僕が掛けていた契約術式が破壊される。しまった、もっとしっかり組み込むんだった。
消えていく光の粒を見ながらため息を吐く。妖精は人にどれだけ似ていようと、体の構造からすべてまったく違う存在だ。
人用に契約術式を組んでいた以上、妖精には合わず、不愉快だというのも分かるがこうも簡単に破壊されてしまうと悲しくなる。
仕方が無い。妖精一匹であるならば、僕でも軽く対処できるし、大丈夫だろう。
妖精は空中に腰掛けるように脚を組み、ニタニタと口元に笑みを浮かべて大げさに頷く。
「ふむふむ、あなたの目的は取りあえず信じて上げましょう。でも、言わせて貰えば無駄な努力ですよ」
「ええ!? なんでっ」
「勇者召喚術式は既に『完成』してるんです。それ以上改良は出来ません、絶対に」
「いやいや、そこをなんとか、こう」
「無理です。あきらめなさい。召喚には相応の供物を捧げる、これがこの世の『理』の一つ。『理』の裏をかこうものなら神々の怒りを買いますよ」
「じゃ、じゃあ供物のグレードを下げるとか」
「それも無理でしょう。勇者召喚に相応の供物はその三つ、それ以下では異世界への扉は開きませんよ」
ホントかなぁ?
てかなんでそんなに詳しいんだ。
僕の疑問に答えるように、妖精は胸をはり、
「ちなみにこれらは全てハイエルフたちに聞いたことです」
「なるほど、納得」
ハイエルフと言えばエルフたちの王族。人間よりも一世紀は先の魔術技術を持つといわれる。
彼らがいうのならば確かなことなのだろう。
まあ、それが本当ならば。
「信じてませんね?」
「当然」
「はあ、ならご勝手にどうぞ」
「そうさせて貰うよ。てかもう帰っていいんだよ?」
「勝手に召喚しといてそれですか」
「ご、ごめん」
「まあ、いいですが。私は暫くここに居てみようかと思うんです」
げぇ! 勘弁してくれっ。
「なんでさ」
「庭を出たのは初めてですし。良い機会なので。龍神や死霊之王、精霊王様にも会いたいのです」
こ、こいつ着いて来る気か!
まあいいさ。僕が供物なしの召喚術を完成させれば良いこと!
勝手な言い草だが、妖精を養う気なんかこれっぽちもない。いるだけ邪魔なので、さっさとお帰り願おう。
ふよふよと浮遊し、あっちこっち潜りだした妖精さんから目を逸らし、僕は召喚術式に向き直る。
絶対に! 成功させて見せる!!
◆ ◆ ◆
無理でした。
妖精さんの言ったとおり、三つの供物を捧げなければ勇者は召喚されない。これが神の定めた世界の『理』。
折角ルールを決めたのに、それを覆そうとしたら神様だって怒る。
神様がいるかどうかは知らないが、ともかくこの術式を改良することは不可能であるという確証は得た。得てしまった。
と、言うわけで。王命を授かり早一週間。
僕は地獄の旅に出ることを決意した。ああ、僕死ぬかも。
「さあさあ元気出して誘拐犯さんっ! 最期の思い出作りの旅なんですから」
満面の笑みで毒を吐く妖精を半目で見つめる。
結局こいつは旅についてくると言う。
この一週間ひたすら邪魔だった。強制送還しようとしたが、どこを探しても送還術式に関する記述が見つからないので出来なかった。
召喚する前に見つけるべきだったと思ったものだ。
「誘拐犯っていうのやめてよ。それに最期って、僕が死ぬこと確定事項?」
「まだ生きれるとか思ってんですかぁ? 脳内お花畑ですね犯罪者さん」
「辛辣っ。てか僕にはギフトって名前があるから名前で呼んでよ」
「あ、私はミュウって言いますよろしく。ちなみに私は一ヶ月で逝くに一万金貨賭けようと思いますけど、変態さんの掛け金はいかほど?」
「だからッ! 僕は死なないって言ってるだろ! それに僕の名前はギフトだッ、耳腐ってんじゃないの!?」
「はァ? 舐めた口聞くと顔面ぶち抜きますよゴミムシ野郎」
……えっ。
なんか何時も通りニコニコとした笑顔のまま、ものっそい暴言吐かれた気がする。
「勘違いですよ」
んなわけあるかっ。
そしてなんてナチュラルに他人の心を読むんだコイツは。
もしかしてコイツが悪魔という生物なのでは?
「ほらほら、そんな辛気臭い顔しないで。残りカスみたいな幸運もぶっ飛んじゃいますよ? 元気ハツラツに行きましょうよゴミムシさん」
「……そうだな、もうソレでいいよ。僕は構わないさ、ははっ」
なんだか出発前から多大なダメージを喰らった気がする。なんで旅を始める前にダメージを喰らうんだ僕は。馬鹿じゃないのか。そうだな、僕は馬鹿さ、ははは。
自殺志願者の旅(ミュウ命名)の第一目標は、龍獄山に住む龍神の血だ。出来れば比較的安全であろう精霊王様が最初がよかったのだが、そもそもどこに居るか分からない以上、龍神の血と死霊之王の魂を目指しながら精霊王様に会うことを祈るという感じだろうか。
例え龍神の血と死霊之王の魂を超幸運に恵まれ得たとしても、精霊王様に会えなければ全て水に帰すのだ。
これもう無理なんじゃないか。てかよく過去二度勇者召喚できたな。勇者召喚に必要な供物を揃えた者こそ真の勇者だと僕は思う。
……あれっ、マジでどうやったんだろう。死霊之王の魂とるには獄門を超えなくちゃ駄目で、でも獄門の生還者はゼロで……? 伝承に偽りアリ?
んー、考えても仕方が無いかな。師匠の書庫全て網羅したけど、死霊之王の魂を手に入れる方法は獄門を超える、一つのみ。
もしかしたら昔は獄門を越えなくても死霊之王に魂を譲ってもらえてたのかもしれない。昔の方が魔術レベル上みたいだしねっ。
ともかく、生還者ゼロ(?)の獄門に行くよりも、まだ比較的交流のあるらしい龍獄山に行くほうがいいだろう。
十パーセントぐらいはそっちの方が安全だ、きっと。
「それじゃぁ! ぶっ飛んでいきましょう! ……で、どうやって行くんです?」
「馬車」
「はァ? そんなんで間に合うと思ってんですかゴミムシさん。無駄な努力のせいでタイムロスしてるって言うのに、まだロスする気ですかー?」
「本音は?」
「そんなのつまんないですっ! もっとこう、どばーって皆が度肝を抜くようなオープニングをご所望なんですよ私は!」
どばーって度肝を抜くって言われても分かるかい。
説明に擬音を用いるな、分かるわけないだろう僕が。僕は平凡な魔術師なんだから。
しかしこいつは何故にここまで毒を吐くのか。
僕が何かした記憶は無いが。
「なにかアイデアが浮かびました?」
「欠片もないね」
「脳みそ腐ってますね、腐臭がします。あー臭い臭い」
「なんだ、毒舌キャラだったのか。勘違いしてしまったよ」
「行き成り見知らぬ場所に召喚した挙句その後一週間がん無視完全放置しやがったクソ失礼で初対面のゴミ人間に媚売るような安っぽい妖精じゃないんですよミュウちゃんは」
きっぱりと、一息に言い切った。
笑っている。笑っているが、口元は引き攣り目の奥には怒りの炎が。
この一週間ぶんぶん僕の周囲を飛び回り、なにやら言っていたのは知っていたが、交流を図ろうとしていたのか。
確かにただの一度も言葉を返すどころか、視線をやることも無かった気がする。
なるほど、『何かしたから』怒っていたのではなく、『何もしないから』怒ってたのね。……ごめんなさい。
しかしそれなら何故、こんな僕と一緒に旅についてくるなんて言ったのだろう? 嫌な名前だが『自殺志願者の旅』というのも強ち間違いじゃないし。
「まっ、所詮はゴミムシ。私は初めから何も期待していませんでしたけど。そこでこのパーフェクトフェアリーミュウちゃんが、アイデアを授けて上げましょうではありませんか」
「えっ、いいよ。いらない」
「ほらほらっ! そんなに遠慮しないで……ね?」
怖い。
パタパタと羽を動かし目の前で滞空しているミュウの顔は、全然笑ってなかった。
仕方が無い、ここまで無視してきたお詫びというやつだ。それにこれから着いてくるというなら、何時までもこのままギスギスしてるの嫌だし。
……ぶっちゃけると、この旅に同行者が出来るというなら歓迎したいのだ。一人で地獄巡りは完遂は辛い。
「はいはい、分かったよ。そのアイデアって?」
「ふっふーん、漸く素直になりましたか。ずばりですねー、龍獄山までひとっ飛び! この薄暗い部屋の天井を突き破り、流星の如く光り輝きながら龍神の元へ! 完璧ですっ、英雄伝の始まりはこうでないとっ」
「却下」
「えー、なんでですかー。つまーんなーい。あっ、もしかして出来ないとか? ぷくくく」
なんてしょうもないんだこの妖精。
翼無き人は空を飛べない、この世界の常識。
つまり空も飛べない僕を馬鹿にする為だけに、散々話を振ってきたのか。
『ほらー? どうです、私はこんなに飛べますよー?』とケラケラ笑いながらミュウが煽ってくる。
……叩き潰したい。
「冗談ですよ、ジョーダン。そいじゃ、馬車でもなんでもいいですからささっと龍獄山に行きましょう」
「いや、その前に行く所がある」
「えー? さっきも言いましたけど、無駄な寄り道はできないんじゃ?」
「無駄じゃないよ。そも、龍獄山に行ったってどうするのさ? 事情を説明して血を分けてもらう? 無理でしょ、龍神は災害に例えられてるぐらいなんだから、そこまで甘くは無いと思う」
そう、龍神が事情を説明しただけで血を分けてくれるのであれば、王様は僕、もとい師匠を態々使わないはずだ。
逃げ出したやっがたが、間違いなく師匠は最強の魔術師なのだから。
「あー、確かに。ならどうするんです?」
「龍ってさ、年に一度の龍宴祭のときに降りてくるじゃん……酒を求めて」
「あっ、なるほど。読めましたよゴミムシさんの考えが」
ポン、と手を打ちなるほどーと頷くミュウ。
そうだ、なにかを貰いたいならこちらもなにかを差し出せねばなるまい。等価交換ってね。
「龍獄山に行く前に、ドワーフの里へ行く。最高の酒職人である彼らに、最高の酒を作ってもらおう」