勇者、弟弟子に付き合う
校門前に、そいつらの姿はあった。
転校生にしてセカ花のヒロイン天宮、そして彼女を囲む数人の男。
全員知った顔だが、予想外だったのは男連中が私服姿だったことだ。平日だぞ、学校はどうしたんだあいつら。
とりあえず声をかけようと近づくと、向こうもこっちに気づいたらしい。男共はあっさり口論を中断し、俺達に向かって歩いてきた。
そして予想通り、
「おはようございます、玲奈様、恭司さん!!」
何故か敬礼までして、示し合わせたかのようにぴったり揃った挨拶が連中の口から出てきた。
さっきまでこいつらと何か言い争っていたらしい天宮は、ぽかんと口を開けて固まっている。まあ、無理もないか。
「で、朝っぱらから何やってんだ直人。学校はどうした」
代表して一人に話しかけると、そいつは満面の笑みで答えた。
「ガッコは創立記念日で休みっス!! なので、午前中はパトロールして、ちょうど近くを通りがかったんで玲奈様に放課後特訓に付き合ってもらおうと思って待ってました!!」
……ちなみにこいつ、実はセカ花の攻略対象の一人高坂直人である。
ゲームでは誰ともつるみたがらない不良の他校生……なのだが、今は自他共に認める玲奈信者となっている。
事の起こりは中学一年のある日、カツアゲにたかられていた同級生を玲奈が助けた。
だが問題だったのは、カツアゲの実行犯がでかい不良グループに属していたこと。面子がどうとかで、玲奈は喧嘩を売られまくった……といってもそこはいつも玲奈についている凄腕護衛と、その護衛並みの護身術を身につけている玲奈お嬢様。我流の不良が勝てる訳がなかった。
それからしばらくして、人質か何かに使うつもりだったのか俺まで連中に襲われた。どうにか無事だったのは、俺も玲奈の親父さんの勧めで小学生から護身術を習っていたからだ。
……それに感謝はするけどやっぱり腹立つよな、『万一玲奈ちゃんが狙われたら君まで危ないかもね、その時はどうするんだい、玲奈ちゃんに守ってもらうの? ぷぷっ、かっこ悪っ』なんて挑発しやがって……乗っちまった俺も俺だけど。って、そうじゃなくて。
それで何度も相手しているうちに、向こうの感情が妙な方向に変化したらしい。次第に連中の中から『弟子にしてくれ』『むしろ俺達の新しいヘッドになってくれ』と言い出す奴が現れた。それが気に入らない奴はとうとうまとまって物量作戦を実行に移し、玲奈とその護衛たち+俺に完膚なきまでに叩きのめされた。
それが決定打となって、この町の不良グループは朱雀院玲奈ファンクラブ『玲奈様の護衛になり隊』へと変貌を遂げた。現在は全員玲奈の下僕状態である。
そして俺は知らないうちに、ファンクラブの名誉隊長にされていた。解せん。まあ、それのおかげかやけにファンクラブ連中からは尊敬され、割と素直に言う事を聞いてもらえるのだが。
お察しの通り、その挑んできた不良たちの中に直人もいた。いつ、何が琴線に触れたのかは知らないが、「俺も玲奈様や恭司さんみたいになりたいっス!」と言い続け現在に至る。
まあ、根は悪い奴じゃないんだ。多分。
「つーわけで玲奈様、放課後特訓に付き合ってください! 確か今日は習い事なしの日でしたよね!?」
ついにスケジュールまで把握できるレベルになったかファンクラブ。
って、ちょっと待て。特訓?
「おい玲奈、今日は無理せずおとなしくするって約束だっただろ?」
「あ……そうか、そうだな」
残念そうに玲奈が言う。
こいつ、ナチュラルに引き受けるつもりだったな……ファンクラブ連中の向上心とかを買ってるのは知ってたが、体調悪い時まで面倒見ようとするのはまずいぞ。
俺は直人たちに向き直り、
「わざわざ来たとこ悪いが、今日は勘弁してやってくれ。最近忙しかったから今日の放課後くらいはゆっくりさせてやってくれって、玲奈の親父さんに頼まれてるんだよ」
体調が悪いとか言うとこいつらが大騒ぎするのは目に見えているので、とっさに玲奈の親父さんを口実に使うことにした。直人は面識あるしな。玲奈の親父さんには、後で達哉さん経由で伝えておこう。
「あー、あの人が……じゃあしょうがないっス」
あっさり直人は引き下がってくれた。と思いきや、
「なら、恭司さんでもいいっス。特訓お願いします!!」
こっちに矛先変えた!! つか、俺でもいいってなんだ!
「他のやつらじゃ相手にならないんですよ、どうか協力してください!!」
「恭司さんなら玲奈様並に強ええですし!!」
玲奈並……『以上』じゃないのか。ここでも俺は魔王に勝てないのかよ。
いや、そこにへこんでる場合でもなくて。
「けどなぁ……」
「恭司、聞いてやってくれ。このままでは梃子でも動きそうにないぞ?」
……だよな。
こいつらはよく言えば一所懸命、悪く言えば狭い視野で暴走しがちだ。
こうと決めたら俺や玲奈が口出ししても簡単には意見を変えてくれない。そんな所がある。
「わかったよ。場所ないからお前のとこのジム貸せよ」
「ああ、それくらいならする。だから頼む」
「へいへい」
まあ、結局俺もこいつらを放ってはおけないのだろう。面倒を見てやる程度には。
「嘘よ……なんで、この三人が仲良くなってるの……バグなの……?」
あ、そういえば天宮の事忘れてた。
ちなみにゲームでは、朱雀院玲奈は直人の事を見下している。「野蛮で粗暴な庶民男」という認識だからだ。そして橘恭司も、優等生だから直人のようなタイプは嫌っている。直人の方は言わずもがな、である。仲良くする要素はどこにもないからな。
……うん、完全に俺達のせいだな。この状況は。
で、放課後。
「おらっ、脇が甘ぇぞそこ! お前は腕の振り方が違う、こうだ!」
「はいっ、師匠!!」
俺は直人たちの戦いぶりを、スポーツドリンクを飲みながら見ていた。
現在あいつらの相手になっているのは、玲奈の護衛の一人である吉田さんだ。トレーニングがてら、付き合ってもらっている。
さすが本職、教えながらも隙がない。おっ、全員倒された。
「すいません吉田さん、あいつらに付き合わせちゃって」
汗を拭きながらこっちに来た吉田さんに、俺は頭を下げた。
「いや、別にいいぞ。筋がいいから、練習相手にちょうどよくなってきたし。それに、人事に思えないんだよな、あいつら見てると」
なんでも、吉田さんにも昔やんちゃをしていた時代があったらしい。暴れまわり、番長と呼ばれ、気づけばヤクザ屋さんにスカウトされていた。
だが、よその組と揉めて壊滅状態になり、吉田さん本人も重傷を負いながら逃げ回る羽目になった。その時に当時の朱雀院財閥総帥(=玲奈の爺ちゃん)に救われ、その縁で護衛をやることになったそうだ。
「大事な人を守るために強くなりたい。俺もそう思ったよ。だからあの方のため、嫌いだった勉強もやったし訓練にも耐えた。もう、居場所を壊されるのも仲間を失うのも嫌だったしな」
……ああ、前世の俺もそうだった。
聖剣に認められるため剣術を覚えたのも、聖剣の力を制御できるよう特訓したのも、一度親しくなった人たちを魔族との戦いで失ったのが心にずっと突き刺さっていたからだ。
病気の妹を救えると信じて一人で頑張っていた村娘。父親の敵を討ちたくて、街の兵士として戦っていた剣士。俺たちと共に魔王軍と戦ってくれた軍の人たち。俺がもっと強かったら死ななくてすんだんじゃないか、と当時は何度も悩んだ。
冷静になって考えれば、勇者だって神ではないのだから何でもかんでもは救えない。だが、戦争というものに無縁だったのに、突然戦いの中心に放り込まれ拒否権もなかった俺には余裕なんてなかった。
相談はもっとできなかった。仲間は頼りになるが、何もかも割り切ってしまっている彼女たちに俺の価値観など理解できない。実際、そう思い知らされてしまった。彼女たちにとって俺の思いなど甘ちゃんの戯言でしかなかった。だから口にしなくなった。
力をつけていくにつれ周りは褒めてくれるようになったが、その頃にはもう何の慰めにもならなかった。今思えば、自分で思っている以上に擦り切れていたのだろう。
「また考え込んでるな、恭司君」
吉田さんがぬっとこっちを覗き込んできたので、俺は我に返った。
いかんな、また前世を思い出してしまった。あの世界にはあまりいい思い出がない。
「君も危ういところがあるからな。言いたくないなら仕方ないが、悩んでいるならいつでも相談に乗るからな」
本当にいい人だ。もし、勇者パーティに吉田さんみたいな人がいたら、少しは何かが違ったのだろうか。
……いや、もうそんなこと考えても仕方がない。あの世界のことはもう終わったことだ。
今は橘恭司として、守りたいものを守れるようになろうと決めた。
だから、
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
俺は、今を生きて、強くなる。
「恭司さん、次俺たちとお願いします!」
「おう、悪いが今は暴れたい気分だぞ?」
「望むところっス!!」
俺は向かってくる直人たちを見据えながら、拳を構えた。
願わくば、こいつらが前世の俺や吉田さんみたいな道を進まないように。
ああ、やっぱりこいつらを放っておくのは俺にはできなさそうだ。
勇者さんの前世もいろいろあったようです。
ちなみに玲奈パパは、似たようなやり方で恭司にいろいろやらせています。
そして、恭司はまんまと乗せられています。