魔王、勇者へのアプローチで悩む
「……ふふ」
今朝、恭司にもらった漫画をめくる。
恭司はこれをどんな思いで選んだのだろうか。
何にせよ、自分のために贈ってくれた。その事実がたまらなく嬉しい。
たとえその漫画が、すでに持っているものだとしても。
……うん、これはあとで宝物庫に入れておこう。
「お茶をお持ちしました、お嬢様」
「ん? ああ、達哉か」
茶と茶菓子片手に部屋に入ってきたのは、従者の御影達哉だ。
恭司の『話』では主に振り回される情けない男らしいが、私はそんな者を身近に置く気はない。なので、私とお父様二人がかりできっちり教育し、今では立派な部下である。
「それで、『野良猫』の方はどうだ?」
「はい、調査結果はここに」
達哉が懐から出したUSBメモリを受け取る。
野良猫というのは、朱雀院財閥の諜報部の通称である。無論お父様の直属なのだが、私は「お父様に用途、調査結果を必ず口頭で報告する」という条件で使うことを認められている。このUSBメモリも同じ中身のものがお父様の所にいっているだろうが、私を試すか悪用防止のためにあえてこうしているのだろう。
私はパソコンを起動し、専用の解析ソフトを立ち上げてUSBメモリを刺した。こうしないと、データが消滅するようプログラムが仕込んである。
そうして出てきたものは。
「……経歴は特に突出したものはないな」
例の女、天宮ちとせに関する報告書である。
転校生が来ることは前々から掴んでいたし、その女が恭司の言う「ゲーム」を知っている可能性はある。
なので、多方面から調べさせていた。いつもは何をしているのか、妙な行動をすることはないか、等々。
一通り見た経歴データを閉じ、続いて動向のデータを開く。
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5月31日
朝、飛び起きると同時に奇声を上げる。
最初は「マジ、嘘!? ホントに!?」と繰り返していたが、5分ほど経った頃「……でも、三咲学園って名前だけじゃまだ分からないか……」と落ち着きを取り戻す。
夜、ノートになにやら呟きながら書き記している姿を確認。
6月1日
学園のパンフレットを見ながら、ノートに何かを追記。
「うーん、このアングルじゃ断定できないなぁ」と呟いたのを確認。
6月2日
ノートになにやら一心不乱に書き込む。しかも、いつになく長い。
その最中に呟いた人物名は以下6名。
・橘恭司
・高坂直人
・久慈原翔
・神代祐介
・御影達哉
・朱雀院玲奈
他にも「ルート」「フラグ」などという単語を数回口にしている。詳細は不明。
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その後の数日も、似た様な内容が記載されていた。
……これは……どう見るべきか。
恭司と同じ、『ゲームのプレイヤー』なのだろうか。少なくとも、私や恭司の存在は出会う前から知っていたことになる。
他の四人も知った名前だ。一人は今、後ろに控えているが。
そういえば、直人や祐介と初めて会った時、恭司が「しまった」と言いたげな表情をしていた。あれは『ゲーム』の登場人物だと知っていたからかもしれない。
天宮ちとせは、とりあえず要警戒レベルにまで引き上げていいだろう。どう考えてもうちのような諜報員や情報網を持てるような人間ではない。
さしあたっての問題は。
「さて、どうまとめるか……」
このどこをどう見ても謎でしかない人物調査を、どうお父様に報告し納得してもらうか、だった。
どうにか報告を終え、夕食をとり、自室で作戦タイム。
……はいいが。
「肝心の『ゲーム』の内容をよく知らない、というのは痛いな……」
天宮ちとせが『ゲームの内容を知る前世の記憶持ち』の可能性が高い以上、それに対応できる手は打っておきたいのだが。
以前、恭司に聞いた時は詳しくは教えてもらえなかった。下手に知るとややこしくなる、とか言って。
まだ信用がないのだろうか。……まあ、前世や今現在のことを考えると仕方ないのだけれども。
私とて、それなりに考えてはいる。
魔王らしい振る舞いも「恭司の気を引くための魔王ごっこ」ということにしておけば、特に迷惑をかけない限り法には触れない。それに恭司が止めようと来てくれるから、迷惑がかかっても最小限ですむし、ただの笑い話で終わる。まあ、恭司が止めに来てくれることが、私には一番重要であったりするがな。
だが、さすがにこのままではいけないだろう。私も年頃の女だ、恭司に異性として意識してもらう作戦にシフトしていかねば。
だが、ここで問題がひとつ。
「なあ、達哉」
「はい、お嬢様」
「男というものは、どうやったら女を意識するのだ?」
「……は?」
私が恋の駆け引きについては不勉強、ということだ。
……仕方ないだろう。前世では見てるだけだったし、現世では「まだ早い」とかでお父様達に止められていたんだから。恋愛物の漫画なども読んではいるが、その辺りのことは書かれていないのがほとんどで参考にならない。
「一応お聞きしますが、それは毎日のように顔を合わせている方ですか?」
「ああ」
誰のことだかわかっているだろうが、助言に必要なことなのだろうと判断して肯定しておく。
達哉は少し考えて、
「そうですね、ギャップを見せるというのはいかがですか」
「ギャップ?」
「はい。例えば強面で近寄りがたい不良が、実は小動物には優しいといった具合に『意外な一面』を見せるのです。普段の様子を知っている方なら効果てき面かと」
なるほど、普段とは違う一面。確かに有効かもしれんな。
「参考までに聞こう。主にどういうものが効果が高い?」
「女性の場合ですと、弱点……苦手な物もありですね。男というのは格好をつけたいものですから、自分だけに弱さを見せてくれる、守ってやりたいと思わせてくれる女性に弱いんですよ」
なるほど。やはり男の事は男だな。
それにしても、弱点か。
「一般的な女の苦手な物といえば、蛙、蛇、虫が多いな。その辺りを怖がればいいのか?」
「お言葉ですがお嬢様。その全てに話しかけるような人が今更怖がるのもどうかと思いますが」
……そういえばそうか。
前世が魔王だったせいか、爬虫類や虫は普通に話しかければたいてい言うことを聞いてくれる。そこをどけと言ったら蛇がどいてくれた時は、見ていたクラスメイトに「蛇使い」とか呼ばれた。
まあ、前世の部下にも蟲使いや蛙男がいたからな。長年見慣れてきたものを、今更怖いとは思えん。
そうなると、女の怖いもの定番その二である幽霊も却下だな。恭司は私の前世を知っているのだから、作り物の幽霊ごときに怖がる私など嘘くさく見えるだろう。
「では、一般的に怖いとされている生き物でも見てみるか。一つくらいは恐ろしいと思えるものがあるかも知れん」
そう考えて『野良猫』のUSBメモリーをパソコンから抜き、ネットで「怖い生物」を検索してみた。
……のだが。
「おお、こいつもかわいいな」
「お嬢様……何故弱点を探すはずが、怖い生物の画像を愛でているのですか」
どれを見ても、怖いと思えなかった。
おお、この目のでかいサメはサイクロプスみたいで愛嬌あるな。こっちのワラスボは前世のペットのヒドラに似てる。懐かしいな、まだ生きているだろうか。
しかし、この環境が惜しいな。魔族領だったら広々とした牧場を作って、最高の環境で飼えるのに。この国では土地が狭すぎて、ライオンすら飼えん。
「もう、弱点は諦めましょう……お嬢様の怖いものがわかりません」
達哉がげんなりと肩を落とした。何故、お前ががっかりするのだ?
まあ、弱点なんて勇者側も散々調べただろうからな。今知っても嬉しくないだろう。……そう思うことにした。
よく考えたら前世でも弱点らしいものなんてなかったなと思い出して絶望したわけではない。断じてない。
気を取り直して。
「では、弱点以外だと何がある?」
「要は意外性ですから、特技とかもいいですね。できれば見た目から想像できないようなもので」
おお、それならいくらでも思いつくぞ。
とりあえず全部書き出して、その中から意外性のあるものを探そう。
ええと、料理、洗濯、掃除、裁縫、ピアノ、琴、華道、茶道、書道、日舞、社交ダンス、ヒップホップ、空手、合気道、水泳、ロッククライミング、チェス、囲碁、将棋、カラオケ、あとそれから
「お嬢様、もう結構です」
「え? まだ書ききれていないぞ」
「充分すぎます。むしろ、お嬢様は何でもできすぎて最早嫌味でしかないです」
嫌味……? つまり、よくは思われないということか?
なんてことだ、まさか対ヒロイン特訓がこんな形で仇になるとは。
一点集中にしておけばよかったのか? いや、しかしヒロインがどんな女かわからなかったし。万一鍛えていなかった部分で負けるのも嫌だし。
「……仕方ない、ギャップ作戦は一旦置いておこう。他にいい手はないか?」
「そうですね……」
と、作戦を立てていたが結局名案が出ず、気づけばメイドが「いい加減お風呂に入ってください」と言いに来る様な時間になっていた。
「……おはよう」
「おす……っておい、どうした!? クマできてるぞお前!?」
「ちょっと寝不足でな」
床についた後も恭司を落とすのにいい手はないか考え続けて、そのうち夜が明けてしまったとは言えない。
まあ、自分でも鏡を見てすごい顔だと思ったからな。恭司が驚くのも無理はない。
「今日は無理せず早めに寝とけ。体調崩したら母さんが大騒ぎする」
「ああ、そのつもりだ」
「しかし珍しいな。悩みでもあるのか?」
「まあ、似たようなものだ」
恭司がいつになく優しい。
私ではなくおばさんの心配なのかも知れないが、それでも少し嬉しい。
「誰かに相談したらどうだ?」
「したが、答えが出なかった」
いくら弱点がないように振舞うのが魔王とはいえ、今生ではそれが邪魔をするばかりだ。どんな生物を見てもかわいいとしか思えず、何かをしようとすれば無意識に完璧であろうとする。勿論、だからこそ対ヒロイン特訓やいくつもの習い事も乗り越えられたのだが。
だが……それで悩む日が来るとは思いもしなかった。
やはり恭司も、隙のない女より守ってやりたくなるようなか弱い女が好みなのだろうか?
「まあ、前世の友人の言ってたことだけど、さ」
恭司がふと、空を見上げながら呟いた。
もう会えない友人のことを思い出しているからだろうか、その横顔は少々寂しげだ。
「悩みまくって答えが出ない時って、脳みそが限界状態なんだと。そういう時に考えても思いつかないなら、休むなり一旦そこから離れるなりした方がいいって言ってたな」
まあ一意見だけどな、と恭司が付け足す。
「何悩んでるか知らねえけど、今すぐ答え出さなきゃいけないってのじゃないなら焦ることないんじゃねえか?」
なんだかんだ言っても、恭司は優しい。
前世でも困っている人間は放っておけず、一人でも助けに行こうとするお人よし。蔑まれている奴隷や獣人にすら、態度を変えることもなかった。
まあ、そんな彼だから好きになったのだが。
……やはり、諦めたくないし、ヒロインに負けて奪われたくない。
「……お前に塩を送られるとは、私もまだまだだな。助言に免じて、今日のところはおとなしくしていてやろう。だが、明日からはそうもいかんぞ!!」
「はいはい」
恭司が肩をすくめた。
嫌がっている『魔王口調』なのに軽く流すのは、今日はおとなしくしていると宣言したからだろう。私も自分で口にした以上は違えるつもりはない。
その分、恭司へのアプローチに使えそうなヒントでも探してみるか。倒れない範囲で。
と、心ひそかに今日の方針を決めたところで。
「あ、まおーちゃん、恭司君!」
前方からあっちゃんが走ってきた。
「どうした、片桐?」
「あの、校門前に、あの人たちがいて、それで、通りがかった、天宮さんと言い争いを、始めちゃって」
息を切らせながら、あっちゃんが恭司の問いに答えた。
あの人たち……ああ、また来たのか、あの男ども。
そして、天宮ちとせとの間に何があったかはわからんが、口喧嘩が始まってしまった、と。
「あいつらか……しょうがねえ、行くか」
「ああ」
天宮ちとせはともかく、あの連中をどうにかできるのは私と恭司しかいない。
私は恭司と並んで走り出した。
玲奈は感性がおかしいとかではなく、魔物や魔獣が普通の動物と同列扱いなだけです。
まあ、魔王だし。
次回、攻略対象その1のターンです。