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勇者、ゲームスタートに立ち会う

 「ついに、この日が来てしまったか……」

 俺、17歳、三咲学園高等部2年。6月7日。

 セカ花のオープニング……ヒロイン転入の日だ。


 ここまで来るのに、いろいろあった。

 うん、本当にいろいろあった……玲奈バカがいろいろやらかしたり、それを抑えまくってたらいつしか周りに玲奈専属ツッコミのポジションと認識されてたり。

 そりゃ、毎回ハリセンで叩いてたさ。現代日本設定の世界で下手な得物持てないから、平和的に叩けるものがそれだけだったし。

 てか、あれ? そういやこのハリセンどこで手に入れたんだっけ……?

 確か、あれは……




 『ただいまー恭司、日帰りツアー楽しかったわよー。はい、これお土産♪』




 ……思い出すんじゃなかった。

 何考えて息子への土産にハリセン買ってくるんだよ母さん……そしてどこで買ってきた。

 まあ、それを使いまくって、もはや「聖剣2号」と化している俺も俺だが。

 万一前世の関係者に見られたら、色々嘆かれそうだ。




 ……話を戻そう。

 俺や玲奈は元からゲームと性格違ってたし、攻略対象も面識ある……ので影響は出てる。

 ここまで来ると、気になるのはヒロインの中身だ。

 普通にいい子だったり、俺や攻略対象に関わる気がないなら問題はない。

 だが、セカ花やってた前世の記憶持ちで、かつ性格が悪かったり逆ハーレム目論んでたりする場合は厄介だ。絶対に玲奈と衝突する。

 玲奈だけでも頭が痛いのに、更に増えるのは遠慮したい。


 というわけで、俺は『転校初日に迷子になって、親切な人に遭遇』イベントにあえてのっかることにした。

 いわゆるオープニングの出会いイベントで、学校への道が分からず迷っているところに通りがかるのが橘恭司、というわけだ。

 ヒロインの人となりを見るにはちょうどいい。


 周りに注意しながら、通学路を歩くこと10分弱。

 ショートボブの少女が、地図を片手にうろうろしているのが見えてきた。

 ショートボブ……ヒロインと同じ髪型だ。

 確認の意味でも、まずは声がけだな。


 「どうしたの?」

 声をかけられ振り向く少女。うん、やっぱりこの顔はヒロインだな。

 「あの、三咲学園の方ですか? 私、今日から通うんですけど道が分からなくて」

 そうそう、確かこんな感じのセリフだった。

 「それじゃ、俺が――」


 「ついにまみえたな、愚かなヒロインよ!!」

 案内するよ、と言いかけた俺を遮って飛んでくる上から目線の口調。

 こんな台詞をほざくのは、あいつしかいない。

 視線を向ければ、案の定そこにはストレートロングでつり目気味の美少女が仁王立ちしていた。

 よりにもよって、なぜこのタイミングで来るか。お前の出番はまだ先だろ。


 「私のものを誑かそうとしてもそうはいかん! 地獄のどん底にまで突き落とし、生まれてきたことを後悔「あほかぁっ!!」ふぐっ!?」


 別の意味で黒いオーラを放ちかけたそいつを、愛用のハリセン『聖剣2号』ではっ倒し、ひるんだ隙に襟首をつかんだ。

 「あー、悪いなこのバカが。ここからだったら3つ目の角を左だから」

 唖然としている推定ヒロインに謝罪と簡単な道案内を済ませてから、俺は奴を引きずって移動した。

 こいつをこれ以上、彼女の目の前に晒しておくわけにもいかない。主に俺の精神のために。


 ある程度距離を置いたことを確認して、俺は適当な物陰に身を潜めた。

 無論、このバカとの会話を聞かれないためだ。


 「何をする勇者」

 「それはこっちの台詞だ! 魔王口調はやめろと何度も言ってるだろ!!」

 「しかし、ここでの私は悪役なのだろう? 悪はこういう話し方をすると、前世の教育係が言っていたぞ」

 「今すぐ捨てろその教育!!」


 ……そう、これがセカ花で我侭悪役令嬢になる『はずだった』朱雀院玲奈、現在の姿である。

 前世引きずって魔王っぽい言動をことあるごとに起こすが、この世界の一般人からしてみればただの中二病にしか見えず。

 ついたあだ名は「厨二女王」「口を開けば残念姫」。

 なまじ顔が美少女なだけに、男子連中からは惜しまれている。


 「あの子はごく普通の女の子だぞ、お前の前世に巻き込むな!!」

 「しかし、私はあの女の敵だろう?」

 「敵でも魔王口調は使うな!! いや、誰相手でも使うな!!」

 なんであの子がヒロインと分かったんだ、とは聞かない。

 こいつのことだから、密偵かなんかにでも頼んで調べさせたのだろう。それくらいは普通にできるのが朱雀院財閥だ。

 ……育ち方によっては、魔王になる素質あったのかもしれないな……「ゲームの」朱雀院玲奈も。


 「とにかく、だ」

 落ち着こう、俺。

 カバンから用意していた包みを出して、玲奈に手渡す。

 「なんだこれは?」

 「少女マンガだよ。まずは一般的な恋愛模様から学べ」

 少しでも、こいつの常識を修正できるなら悪い手ではなかろう。絵も台詞もあるからな。

 「ああ、じっくり読ませてもらう」

 妙に嬉しそうに、玲奈は包みを受け取った。

 ちゃんと活用してくれよ。ブックオブで立ち読みして中身確かめまでしたんだからな。うう、思い出したら恥ずかしくなってきた。








 「天宮あまみやちとせです、よろしくお願いします」

 そして、ゲーム通りにうちのクラスに転入してきたヒロイン。ああ、確定だ。天宮ちとせがヒロインのデフォルトネームだったのだから。

 あ、こっちをちらちら見てる。とりあえず会釈しとこう。


 「席は……ああ、橘の隣が空いているな」

 都合よく空席になっている俺の隣。ゲーム補正って恐ろしい。

 席に着いた天宮は、俺を見てにぱっと笑った。

 「さっきはありがとう」

 「いや、俺はたいしたことはしてないよ」

 実際、バカを張り倒して口頭で道を教えただけだし。


 「俺は橘恭司。よろしく」

 「うん、よろしくね」

 名乗ったら、ふと視線を感じた。

 軽く見回すと、玲奈が(そう、こいつも同じクラスだ)すごい形相でこっちを見ていた。

 どうしたんだ、あいつ?








 授業は何事もなく終わり、昼休み。

 「恭司! 今日の弁当は自信作だぞ!!」

 玲奈がでかい弁当箱を持ってやって来る。


 ちなみにこれはいつもの光景だ。元々玲奈は料理に興味があったみたいだが、中学になってから「弁当を作ってみたんだが、感想を聞きたい」と、明らかに女一人が食うには多すぎる弁当箱を持ってくるようになった。

 そして、悔しいことに美味かった。

 母さんもそれを知ると、「あら、玲奈ちゃんの愛妻弁当があるなら野暮よね」と弁当を作らなくなってしまい、俺の昼飯は玲奈の手作り弁当一択になった。

 一応購買や学食はあるが、前世貧乏大学生の金銭感覚が邪魔して使えない。その上母さん情報か、俺の好みをふんだんに取り入れてある。拒否なんてできなかった。

 ……いや、俺は魔王に屈したんじゃないぞ。美味い弁当に屈したんだ。


 「うわ、すごい……」

 覗きこんだ天宮が思わず、というようにつぶやく。

 「まおーちゃん、また今日は気合入ってるねー」

 これは玲奈の友人である片桐だ。なんだかんだで小学校の時からの付き合いである。


 二人の言うことも分からなくはない。

 ミルフィーユカツや酢豚といった、いかにも手間のかかりそうなおかずがてんこ盛りなのだ。しかも今日は小さめとはいえ、重箱である。

 どこの運動会だよ、と言いたくなるような代物だ。でも完食できちまうんだよな……美味いから。


 「すごいね、えーと……」

 なんて名前? と言いたげな視線と口調に、

 「朱雀院玲奈だ」

 「中二病だ」

 玲奈と俺の声がかぶった。


 玲奈がむっとして俺の方を向く。

 「だから、私は中二病とやらではないと言っているだろう。健康体だ」

 「俺が言ってるのは精神なかみだバカ!」

 「心外な。私は中身もまともだぞ?」

 「まともな奴は『愚かな人間よ』とか言わん! 魔王く……ごっこも大概にしろ!!」

 おっといかん、興奮して思わず魔王口調と言うところだった。

 折角中二病ってことにしたままの方が誤魔化す必要少なくていいかと思って、人前じゃ『魔王ごっこ』扱いしてるのに。


 「あー、この二人これがコミュニケーションみたいなもんだから気にしないでね。この子も変わってるけど悪い子じゃないから」

 「そ、そうなんだ……」

 おい片桐、その説明はなんだ。そして納得するな天宮。

 そりゃ、美人なのに中二病じゃ戸惑うだろうけど。

 なんて俺の思考は、次の瞬間ばっさり断ち切られた。


 「朱雀院玲奈が中二病……? ゲームにそんな設定なかったのに……」

 そう、天宮が小声でつぶやいたのが聞こえてしまったからだ。


 はっきりしてしまった。天宮は前世の記憶持ちだ。しかもセカ花のプレイ経験がある。

 この先の動向を確認しなくてはいけなくなった。誰かのエンディングを狙っているのか、それ以外を目指しているのか。

 それによっては、玲奈をできるだけ関わらせないようにしないと。被害が倍になる。……主に俺の。






 ひしひしと、俺の平穏が壊されるフラグが立ち始めてる気がする。

 ……誰か助けてください。

2016/9/20 誤字修正

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