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閑話:友人、魔王と勇者との日々を語る

 私の名前は片桐温子。

 私は、お婆ちゃんがつけたこの名前が嫌いだ。

 かわいくないし、あだ名は必ずと言っていいくらい『あっちゃん』になる。




 そんな私が、変わり者のお嬢様と出会ったのは小学生になった時。

 自己紹介で突然、机の上に立ち、

 「朱雀院玲奈だ、よろ「机の上に立つなあっっ!!」あだっ!?」

 隣の席にいた男の子にハリセンで叩かれた。どこから出したか知らないけど。

 そんな感じだったから、当然クラスのみんなに真っ先に覚えられた。


 ちなみに、ハリセンで叩いた男の子は橘恭司というらしい。

 玲奈ちゃんとは幼稚園の時からの習い事で一緒だったそうだ。

 「腐れ縁だ」とは本人談。




 まあとにかく、そんな変わり者は実はお金持ちのお嬢様ということが後から判明し、最初のうちはいじめっ子たちに目を付けられて絡まれた。

 だが、そこから私達の彼女に対する評価は変わることになる。

 拳を振り上げてきた男子に対して、

 「基本がなっていない。それと、暴力を振るうならやり返される覚悟はしておけ」

 そう言いながら、逆にその男子を床に押さえつけてしまったのだ。

 危機感を覚えたのか、それとも押さえてる今がチャンスと思ったのか飛び掛ろうとした取り巻き男子も、「行動は悪くないが、実際に起こすには未熟だな」と足払いでいなしてしまう。

 後で聞いたけど、誘拐対策に護身術を習っているらしい。強いわけだ。


 靴を隠す、なんて嫌がらせもされていた。

 でもそれがきっかけで、うちの小学校に防犯カメラが仕掛けられていたことが彼女の口から明かされ、しかもうちがテストケースだったため「いじめ防止に効果あり、ということで報告されるだろうから今後は他の学校にも広がるだろうな」なんて笑ってた。ああ、こういうのをしたり顔っていうんだろうな。

 恭司君が「あの親バカ……」とかつぶやいてたから、今思えば彼女のお父さんが手を回していたのだろう。朱雀院財閥は、あちこちに伝手があるらしいから。


 だけど、玲奈ちゃんのすごいところはちゃんと周りのことも考えていることだった。

 二人組みで余った子を自分の組に加えたり、具合の悪い子にいち早く気づいたり。そんなフォロー上手だから、いつしか彼女は「変なお嬢様」から「変わり者だけどクラスの頼れるリーダー」へと変わっていった。

 たまに「喜ぶがいいぞ愚民どもー」とか言ったり、私たちの予想を超えた行動をしたりするのは変わらないけど、悪気がないのは分かってたし、こっちも慣れてきたので誰も何も言わなくなった。

 「玲奈ちゃんのすることだから仕方ない」というノリだ。


 ただ一人の例外が、橘恭司君だった。

 玲奈ちゃんが何かおかしな行動を取る度にハリセンで叩く。なので、彼のあだ名は「ハリセン君」「ツッコミ王子」である。

 玲奈ちゃんが受け入れられていった背景には彼の存在もあるのかもしれない。偉そうな口調も変な行動も、ハリセンではたかれることで一気に笑える空気になる。


 しかし、そのうちある法則に気づいた。

 玲奈ちゃんがおかしな行動を取るのは、恭司君の前だけなのだ。彼がいないと、ちょっと口調が変わってる以外は普通の女の子に見える。テレビのアニメや特撮に出てくる悪役みたいなことも口に出さない。

 というか、恭司君の前で愚かなナントカよー、とか言ってる玲奈ちゃんは何故か楽しそうに見える。はたかれた直後は恭司君に文句は言うけれど、彼がそっぽを向いた瞬間に穏やかな笑顔を浮かべているのを何度か見かけた。

 疑問には思ったもののわざわざ聞きにいくこともできず、クラスが分かれたりまた一緒になったりして時は過ぎていった。






 その答えが判明したのは、小6の修学旅行のとき。

 同じ班になったことで話す機会も増え、宿での話はちょうど色気づいてきた時期もあって恋話コイバナになる。誰々君どう思うとか、誰々ちゃんは誰が好きなのとか。


 話の流れで玲奈ちゃんが問いかけられると、

 「私か? 恭司が好きだぞ、昔から」

 あっさりと告げられた。

 もしかしてと思わなくもなかったが、ここまで正直に言われるとは。

 他のみんなもそう思ったのか、ぽかんとしていた。


 「でも玲奈ちゃん、恭司君の前でだけ威張ったりするよね。何で?」

 「ああ、恭司は『勇者』だからな」

 ……意味が分からない。勇者って、お兄ちゃんがよくやってるゲームに出てくる人のことだろうか。

 「私が何か企んでて、いつかそれを実行するって思っている。だから、私は『悪い魔王』を演じてやるんだ。そうすれば必ず止めに来るからな」


 ああ、なるほど。

 つまりは、玲奈ちゃんなりに恭司君の気を引こうとしてるんだ。

 でも恭司君、付き合い私達より長いのに玲奈ちゃんが悪いことしそうに見えるんだ……ちょっとひどいな。玲奈ちゃんは変わってるけどいい子なのに。


 「それに、私には野望があるからな」

 野望。これまた怖そうな響きだけど、

 「いい女に成長して恭司を惚れさせる! そして恭司の口から『好きだ』と言わせる、これが私の目標だ!!」

 やっぱりそんなにたいしたことでもなかった。

 恭司君の態度からして、難しそうな気もするけど。っていうか、演技でも『悪い魔王』を好きになる人ってあんまりいないんじゃないのかな?


 「だから、もし恭司を好きだと言うなら正々堂々と勝負だ。卑怯な手で勝つようでは『いい女』にはなれんからな」

 そして玲奈ちゃんが口にしたのは、『魔王』には程遠い言葉だった。

 ああ、やっぱりいい子だよ。

 誰よりもまっすぐで、強い。








 その後、私は公立の中学校に進学したが、玲奈ちゃんは私立の学校に合格してそっちに行ってしまった。

 頭いいし、お嬢様なんだから当然か。と思う一方で、やっぱり寂しかった。

 自分が思っていた以上に、あの破天荒お嬢様との日々を楽しんでいたということだろう。


 そう、「普通の中学校生活」は面白くなかった。

 学校生活ってこんなだった? いじめがあったり、話し合いが進まなかったり、みんなやる気がなかったり。

 玲奈ちゃんがここにいたらどうするだろう。少なくとも、今の学校よりはきっと楽しい。


 そんな不満を抱えながら日々を過ごしていたある日。

 「何ガンたれてんだ、あぁ?」

 不良っぽい人に捕まった。

 まあ、不機嫌顔でチラ見しちゃったのは事実だけど。

 それよりどうしよう。「見てたのはあなたじゃありません」とか言って納得してくれるかどうか。

 それでも一応、口を開こうとした時。


 「おい、なにやってんだおまえ」

 「なんだてめ……って、恭司さん!?」

 突然出てきた名前に、視線を動かす。

 「普通の人に絡むなって注意されてただろ」

 「は、はいっ! すんませんでした!!」

 不良っぽい人に何故か敬礼されてる人は、随分と背が伸びていたけど、確かに小学校で一緒だった恭司君だった。

 「ん? あれ、もしかして片桐?」

 私は呆然としたままうなずいた。


 まさか、こんな少女マンガみたいな再会をするとは思わなかった。






 「そっか、玲奈ちゃんは相変わらずか」

 近くのファーストフードに場所を移動しての近況話。

 恭司君は玲奈ちゃんと同じ学校に合格して進学し(渋々だと言ってたけど)、相変わらず玲奈ちゃんに振り回されているらしい。

 その玲奈ちゃんはといえば、向こうでも新たな伝説を作っているようだった。不良グループを壊滅させたとか、全国中学生料理コンテストで一位を取ったとか……うん、玲奈ちゃんならできそうと思えるから怖いわ。

 どっちにせよ、変わりなさそうで安心した。


 「なんなら、あいつと話する場作るか?」

 「え?」

 「お前が会いたがってるって言えば、あいつも喜んで時間作るだろうし」

 玲奈ちゃんに……また会える?

 脳みそにいろんな感情が一気に詰め掛け、すぐに喜びが大勝利した。

 「う、うん! できるなら会いたい!!」

 「わかった。今だったらメールの方がいいかな……」

 そう言って、恭司君がスマホを操作することしばし。

 「送信……っと」


 玲奈ちゃん、どんな風になってるんだろう?

 やっぱり美人さんになってるよね。

 玲奈ちゃんの予想図を脳内に描いていると、ちゃらららーと恭司君のスマホが鳴った。

 「うわ、もう来たのかよ早いな……つかカテキョはどうした」

 カテキョって、家庭教師だよね? もしかして、家で勉強してた?

 いいのかな、勉強中にメールして……

 「いいってさ。都合いい日いつだ? それとも、あいつに連絡先送るか?」

 その辺は気にしないことにしたらしく、恭司君が聞いてくる。

 ちょっとでも話をしてみたいから、私は連絡先を教える方を選んだ。






 それから、玲奈ちゃんとのメールやおしゃべりは私の楽しみになった。

 学校で何があったか。クラスメイトの話。恭司君の友達に恭司君を独占されて拗ねた話、等々。

 玲奈ちゃんから語られる学校は、世間の「名門進学校」というイメージと違って楽しそうだった。


 「私も、玲奈ちゃん達と同じ学校行きたかったな……」

 なんて、ある日の電話でつぶやくと。

 『なら、温子も行けばいい』

 「え?」

 『うちを受験して、高校から通えばいい。外部生の受け入れはあったはずだ』

 まあ、確かに受験自体はできるだろうけど。

 でも、玲奈ちゃん達の学校って有名な進学校で、当然偏差値も高かったはずだ。

 「無理無理。私なんて成績平均だし、トップレベルの名門校なんて……」

 『諦めるのはまだ早い。時間はまだある、私も協力する』

 「協力って、一体何を……」

 『受験勉強するのだ! 教師ならこちらで用意できる。そうだ、折角だから一緒に勉強しよう!』






 「話は分かった」

 恭司君は、こめかみの辺りをぴくぴくさせながら言った。

 まあ、それも仕方ないと思う。だって、

 「けどな、何で場所が俺んちなんだよ!?」

 「ん? おばさんに話したら『ここでやればいいわ、ついでに恭司のお勉強も見てやって』って言われたからだが?」

 「母さん……ってか、俺はお前に勉強見てもらうほどひどくねえからな?」

 「そういう台詞は、私に数学で一度でも勝ってから言え」

 「くっ……魔王め……」


 玲奈ちゃんと恭司君は、小学生の時もよくテストの点数や短距離走のタイムとかで勝負していた。

 テストはどっちもいい点数を取っていたのだけれど、何故か算数だけは玲奈ちゃんが毎回勝っていた。だから算数のテストの度に恭司君が悔しがるのもいつもの光景だった。

 相変わらずなんだなあ、と恭司君の家なのにほのぼのとしてしまう。


 「とりあえず、片桐の受験勉強手伝ってやれよ。そっちがメインだろ?」

 「おお、そうだったな。そういう訳だ、よろしく頼むぞ先生」

 「はい、お嬢様。片桐さんもよろしくね」

 そしてもう一人、玲奈ちゃんが連れてきた家庭教師。

 元大手塾の先生だったらしく、教え方は勿論、試験問題の傾向と対策もばっちりだった。


 至れり尽くせりすぎて申し訳ないので何度か授業料を払おうとしたけど、すでにお嬢様からいただいていると断られてしまった。なので、たまに玲奈ちゃんへのお礼も兼ねてケーキやお菓子を持っていった。

 勉強に行ってるんだけど、楽しい。玲奈ちゃんと恭司君のやり取りも、先生の授業も。

 ただひとつ困ったことはといえば、「で、恭司とはどんな関係?」と恭司君のおばさんによく聞かれること。いや、関係も何も小学校時代のクラスメイトですってば。








 そんなこんなで受験の日を迎え、試験を受け、結果は……

 「あった! 受かってるぞ、温子!」

 一緒に来てくれた玲奈ちゃんが、掲示板の数字を指差す。

 「え!? ……ホントだ……うそ……」

 難関な上、定員若干名という高ハードルを乗り越えた。

 正直、夢を見ててそのうち目が覚めてしまうんじゃって何度も疑った。


 「高校では一緒の学校だな、よろしく頼むぞ温子!」

 「う、うん! こっちこそよろしく!!」

 すごく嬉しい。

 玲奈ちゃんや恭司君の助けがなかったら、こんな名門校になんて受からなかった。








 そんなわけで、私は三咲学園の校内に今立っている。

 入学式前に玲奈ちゃんと待ち合わせしていると、玲奈ちゃんは恭司君の他にも何人か連れてきていた。中学からの友達らしい。


 「小学校で一緒だった温子だ。仲良くしてやってくれ」

 「あ、えと……片桐温子、です」

 「あつこ……じゃあ、あっちゃんだね!」

 名前も知らない女の子が言った。

 うん、予想はしてた。

 たいてい、私のあだ名はこれになる。


 すると、玲奈ちゃんは不思議そうな表情で、

 「温子……あっちゃん……」

 そうつぶやく。

 どうしたのかなと見ていると、

 「あっちゃん!」

 妙に嬉しそうに、大声で呼んだ。


 「な、何? どうしたの?」

 「うむ、考えてみたら友達をあだ名呼びしたことはなかったなと。いいものだな、あだ名は」

 そういえば、玲奈ちゃんは基本名前呼び捨てだ。

 たまに苗字呼びもいるけど、年上以外だと「部下か嫌いな奴だ」とか言ってた記憶がある。


 そういえば。

 「玲奈ちゃんはあだ名あるの?」

 小学校時代は男子がふざけてつけたやつしかなかったけど、今はどうなんだろう?

 「あだ名、ねえ……」

 何人かが苦笑いし、恭司君も肩をすくめた。


 「酷いのならあるけどな。『魔王様(笑)』とか、『厨二女王』とか、『口を開けば残念姫』とか」

 「そんなかわいくないのは嫌だ。というか、恭司こそ『ハリセン勇者』だの『ツッコミ王子』だの言われているではないか」

 「元凶が言うなバカ魔王!!」

 恭司君は玲奈ちゃんをハリセンで叩いた。小学生の時よりキレがよくなってるな……しかも、あだ名はやっぱりそういう方向なんだね。


 けど、玲奈ちゃんのかわいいあだ名か。

 とりあえず考えてみる。れーちゃん、れなちゃん、れなぴー……うーん、なんか似合わない。

 でも、さすがに厨二女王や残念姫はかわいそうだよな……魔王なんてもっと酷いし。

 ん? 魔王……まおう……まおー……


 「あ! じゃあ、まおーちゃんってどう?」

 「いや、それはちょっと……」

 恭司君が反対意見を言う……と思いきや、

 「かわいいな! 私はいいと思うぞ!」

 玲奈ちゃんが大喜びした。まさかの本人大絶賛。

 「まあ、残念姫よりマシだし」

 「本人が喜んでるならいいんじゃない?」

 他の子もまあいいか、という風な反応。

 恭司君だけが何か言いたげにしていたけど、結局そのまま「まおーちゃん」が採用されてしまった。


 「よろしく頼むぞ、あっちゃん!」

 「こちらこそ、まおーちゃん」

 お互い呼び合って、にかっと笑う。

 ちょっとだけ、あっちゃんと呼ばれるのも悪くないなと思ったのは秘密だ。








 こうして、私の高校生活は幕を開けた。

 それから玲奈ちゃん、いやまおーちゃんを中心に様々な事件が起こるのだが、それはまた別の話。

忙しかったせいもあって難産でした……

来月も大きい仕事入るらしいんで更新遅くなるかも。


小・中学校は友人視点のダイジェストでお送りしました。

次回は勇者視点に戻ります。

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