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魔王、勇者攻略と打倒ヒロインを決意する

 「ふうっ」

 家に帰った私は、自室のベッドに寝転んだ。

 今日は本当に、いろいろあった。


 勇者がこの世界に転生していた。

 それだけで、灰色に見えていた世界が美しく変わったのだから現金なものだ。

 それとも、これも恋のせいなのだろうか。


 それに、収穫も多かった。

 歌を歌う娯楽があるなど初めて知った。前世では、歌は一部の魔族が術として使ったり、私への娯楽として歌われるものが多かった。つまりはただの義務。

 現世でもそれは同じで、幼稚園でよくわからないままに覚えさせられ、意思とは関係なく歌わされるものでしかなかったのだ。


 勇者が……いや、今は恭司か。彼が教えてくれた「からおけ」はそんな今までの常識を壊した。初めて聞くやかましく聞こえるはずの歌は、不思議と彼を格好良く見せた。

 歌をほとんど知らなかった私は幼稚園で覚えさせられた讃美歌しかできなかったが、それでも楽しいと思った。恭司がいたことも大きかったのかもしれない。

 ……ああ、これがこの世界で言う「でーと」というものなのかもな。


 それだけではない。恭司の家へ行き、彼の両親とお近づきになれたのだ。

 恭司を手に入れた暁には、私の義父ちち義母ははになる人だ。親しくなっておいて損はないと思っていたら、なんと向こうから遊びに来てもいいとの申し出があった。二人ともいい人だな。


 私には、前世でも現世でも母親と呼べる存在はいない。現世では私を生んでしばらくして亡くなったらしいし(うっとおしいくらいお父様がその話をしてはかわいがろうとする)、前世では物心ついた時には既にいなかった。魔族だって生物なのだから、その辺から湧いてきたりするわけではないぞ、言っておくが。

 恭司の母親を思い出す。穏やかそうな外見とは裏腹に活発な人で、茶菓子を用意しながら私の話を楽しそうに聞いていた。実の母はどうだか知らないが、一般的な母親とはああいう人なのだろうか。

 ……私も、もし恭司と夫婦めおとになれたらあんな母親になれるのだろうか。


 だが、新たな問題もまた生じた。

 恭司の言っていた通り、この世界がゲームだか物語だかの中なのだとしたら、恭司と恋仲になるかもしれぬ女がいるということだ。

 どんな女かは分からない。恭司もはっきりした情報は知らないらしい。だが、私の恋路において強敵となるのは間違いないだろう。

 それに、私という前例があるのだ。他にも恭司に惚れる女が現れないとも限らない。


 どうするべきかとしばらく考えた。

 魔族だったら力さえあれば大概の者は従ったのに……とぼやいた時に天啓のごとく閃いた。

 そうか、敵わぬと思わせれば恋敵を減らしたり勢いを削いだりできるのではないか?

 そして恋における力、それは魅力だ!

 人間の男は何に魅力を感じるのかは、勇者や仲間の女たちを監視して確認している。ふふ、前世の記憶がこんな形で役に立つとはな。

 体型は今は仕方ないが、努力して身に付けられるものは今からやればいい。

 ヒロインとかいう馬の骨に、恭司を掻っ攫われてなるものか!!




 「お父様、習い事を増やしたいのですが」

 善は急げ。というわけで、早速お父様に会いに行った。

 「おや、何をやりたいんだ?」

 「まずは、家事と料理と護身術です」

 「………………………………………は?」


 家事、特に料理のできる女は強いらしい。

 美味い手料理を振舞われて喜ばない男はいない、とも。

 そうだな、まずは勇者の好物だったカレーやハンバーグを習得するのを目標にしてみよう。この世界には存在するみたいだからな。


 護身術は、無論身を守るためだ。

 強い者はやっかまれるのが世の常だ。魔族の中でも、足の引っ張り合いをしたり罠を仕掛けたりする者は珍しくなかった。上手いことはまれば、確かに厄介だからな。一応、精神攻撃や嫌がらせの対処法も時間をみて探しておくか。まだここの法とかはよく知らぬので、やりすぎて罰せられたら面倒だ。


 「玲奈? 別に家事や料理は使用人がするし、護衛だっているから……」

 「いいえ、これは必要なことなのです」

 勿論、すぐに認めてもらえるとは思っていない。

 だから、お父様には納得してもらえるよう説得せねば。


 「お父様。私は、どうしても欲しいものがあります」

 「え、それって……」

 「そのために、勝たなければいけない相手がいるのです」

 話せない部分はあるが、ある程度は真実を伝えねば説得力がない。

 それに、これは私自身の決意を固めるためでもある。


 「朱雀院の娘という立場に胡坐をかく気はありません。朱雀院玲奈個人として、その女に勝ちたいのです。そうでなければ意味がない」

 己が力で勝ち取ってこそ魔王。それが前世の私の信条だった。それを今更変える気はない。というか、長年そうしてきたので変えるのは無理だ(ちなみに、私の前世は享年365歳だ。魔族は500歳越えれば長寿だと言われる)。

 それに、権力を振りかざす女など恭司は愛してはくれないだろう。そういうのが嫌いなのは監視で知っている。

 己の力で恭司を惚れさせる。これこそが、ヒロインとやらに対する最高の勝利条件ならば、なおさら手を抜くわけにいかん!


 「れ、玲奈ちゃん……立派になって……」

 気づけば、お父様は滝のような涙を流していた。今日は大人に泣かれる日だな。

 「分かった、護身術は先生を探してみるよ。家事はうちの使用人に頼もう。ただし、教わっている間は先生と生徒、使用人とお嬢様じゃない。それでもかまわないかい?」

 「望むところです」

 私は魔王だったが、師に対して敬意を払う気持ちはある。前世では良い師匠に恵まれたこともあるがな。

 それに体と違って、中身はすでに成人しているのだ。忍耐など造作もないこと。


 「もしかしたらもう少し増やすかもしれません。とりあえず、この三つは確定でお願いします」

 「まだ増やすの? ……まあ、無理しない範囲でならいいよ」

 お父様は苦笑いしつつも許可をくれた。

 恭司と同じ習い事にも行きたいが、一気に増やすのは流石に許してくれないだろう。

 だから、そちらは調査して少しずつ追加だ。幸い、恭司の母親は友好的だから聞きやすそうだしな。


 「では、よろしくお願いします」

 私は一礼して、お父様の部屋を出た。

 自室に戻る足取りはとても軽い。空も飛べそうだと錯覚するくらい。


 待っていろ、勇者……いや、恭司。

 必ずやお前の心は私が手に入れる。

 今生こそ、この恋を成就させてやる!


 再会の喜びとまだ見ぬ恋敵への闘志でテンションとやらが上がった私は、その後しばらく使用人たちに「いかがなさいました?」と聞かれまくる羽目になった。

 ……平常心の修行も追加するか。






 数日後、幼稚園から帰ってすぐにお父様に呼び出された。


 「いいよ、入っておいで」

 ノックして帰宅してきたことを告げると、お父様は通称「パパモード」で返事をした。本人曰く、私個人相手なら「パパモード」、使用人や部下相手には「社長モード」を使い分けているらしい。どうでもいいが。


 「まずは、護身術の先生が決まったよ。今度の土曜日に来てもらうね」

 おお、よかった。

 どんな猛者であろうか。今から楽しみだ。

 「ありがとうございます」


 「で、ここからが本題。……橘恭司君のことだけどね」

 思わずお父様を凝視する。

 お父様は笑顔はそのままに……どこか冷たい空気をまとっていた。


 そういえば、あの場には運転手の金子がいた。

 彼はこの屋敷に勤めている者たちの中ではかなりの古株だ。お父様に報告していてもおかしくはない。

 口止めを頼んでおけば……いや、無理か。金子は子供の私より、当主のお父様の意思を優先するだろう。


 お父様が机の引き出しから紙束を取り出す。

 その上にクリップで付けられているのは、恭司と彼の両親が写っている写真。

 「悪いと思ったんだけどね。調べさせてもらったんだ」

 口調こそ穏やかだが、その表情は前世の部下を連想させた。

 戦闘に秀でているわけではないが、知略にかけては魔王軍一で、敵とみなした相手には容赦なく罠や心理戦を仕掛ける。そいつが敵相手に向ける顔が、ちょうど今のお父様に良く似ていた。

 現世の父を、初めて恐ろしい男だと思った。私に甘いだけで、やはり当主を名乗るだけはあるということなのだろう。


 「ごく普通の一般家庭、平凡な一般市民。……でも、恭司君はちょっと普通じゃないみたいだね」

 ぺらりと紙束をめくりながらお父様が言う。

 それはそうだろう。勇者がいつ記憶を取り戻したか知らないが、中身が成人男子ではどう誤魔化そうが不自然さが残る。かくいう私も、人間の子供の振る舞いなど知らぬから演技ができずに変に思われたな。まあ、結局熱のせいだということになっていたが。


 「玲奈ちゃんは知っていると思うけど、朱雀院は大きな家だ。恩恵を受けている人たちも多いが、同時に敵も多い。もし仮に恭司君やご両親に悪意がなくても、よからぬ輩に利用される可能性もある。玲奈ちゃんと仲がいい、というだけの理由でね」

 それは……わかる。前世では当たり前のように起こっていた。

 実力主義とかいっても、やはり上に立ちたい姑息な奴は存在する。だから、味方同士の足の引っ張り合いは珍しくなかった。


 「色々なところに理由をつけて玲奈ちゃんを連れて行ったのは、そういう危険の少ないお友達を作って欲しかったんだよ。でも玲奈ちゃんは誰にも興味を示さなかった。そして、たまたま出会った恭司君を気に入ってしまった」

 仕方なかろう、あいつらは嫌いだったんだから。

 幼いせいもあって、親の自慢を当然のようにする奴。おどおどと、こちらと目を合わせないようにしている奴。どこに仲良くできる要素がある?


 「この間言っていた欲しいものって、その恭司君に関係するんだろう? いつか、朱雀院という家が恭司君を遠ざけるかもしれない。それでも玲奈ちゃんは恭司君と仲良くしたいかい?」

 「当然です」

 私は迷うことなく即答した。

 家が遠ざける? そんなもの、勇者と魔王という相容れない関係に比べたらなんだ。家ごときのために、折角再会した勇者を諦めてたまるか!!

 たとえ『物語の運命』だとしても、そんなものは叩き潰してくれる!!


 しばらく私を黙って見つめた後、お父様は苦笑いを浮かべてため息をついた。

 「……なるほど、決意は固いようだね」

 「ええ、その程度ならとっくに諦めています。朱雀院の家ごときで諦める気はありません」

 「ははっ……天下の朱雀院家を『ごとき』なんて言うのは玲奈ちゃんくらいだよ……」


 お父様はなにやら考えるように目を閉じ、そして。

 「……恭司君の行っている習い事、3つまでなら行ってもいいよ。護衛を付けた上でね」

 「ありがとうございます!」

 現世のお父様は私に甘いが、よき父だと思う。

 さっきの言葉も、苦言という形で忠告してくれたのだろう。

 だが、私とて恭司や彼の両親を家の厄介事に巻き込むつもりはない。今は幼いので家の力に頼る部分が大きいだろうが、いつか強くなってそんなことにならないようにする。

 一番守りたかったものを守れなかった。そんな思いをするのは、前世でたくさんだ。

 だから、とにかく力をつけよう。この世界で、恭司や大切なものを守れる力を。


 「これからもよろしくお願いします、お父様」

 「何言ってるんだい玲奈ちゃん。私は君の父親だ、いつだって頼ってくれていいんだよ」

 この人は、私がどんな思いで感謝の言葉を告げたか分かっていないだろう。

 が、この人にはずっと私の父でいてほしい。だから、「第14代魔王」のことなんて知らなくていい。

 父として、そして人生の師として私は彼を尊敬し、父は娘の私を導く。

 そんな関係が、今とても心地がいいのだ。








 「……やれやれ」

 娘が出て行くのを見届けると、彼――朱雀院孝之(たかゆき)は再び手元の資料をめくった。

 そこに記されているのは娘がご執心らしい、件の子供の調査結果。

 曰く、歳の割に落ち着いている。子供とは思えぬ発言をすることがある。一般的な同年齢の幼児と比べて、物事の習得が早い。等々。

 間違いなく、娘と『同類』であろう。

 だからこそ、出会ってすぐに懐いた。


 「玲奈ちゃんは、自分と対等になれる相手が欲しかったのかも知れないな……」

 ならば、このまま逃すのはあまりにも惜しい。娘の為にも、将来的な意味でも。

 上手くいけば、将来玲奈の伴侶兼右腕として朱雀院を支える人材になってくれる可能性もありえる。

 父親としては、真に複雑ではあるが。


 「とりあえず、橘さんとこにはうちの警備会社を回そう。娘の安全を守るため、ってことで連絡しておいてくれるか? 費用はこちらで出すことも」

 かしこまりました、と執事が一礼して出て行く。


 「橘恭司君か……君は本当の『天才』かな、それとも凡人に成り果てるかな?」

 もっとも、娘の友人となった以上後者では困る。

 なので、陰ながら導かせてもらおう。


 「さあ、これから忙しくなるな……どうやって、気づかせずに鍛えてやろうかな」

 娘に内緒ー、本人にも内緒ーと適当な歌を歌いながら彼はノートを一冊取り出す。

 そして表紙にでかでかと『玲奈ちゃんの幸せ計画~恭司君改造編』と書いた。




 かくして、少女の決意とその父の思惑は動き出した。

 渦中の少年が知ることもなく。

孝之さんの思考=娘のため5:娘を取られた怒りをどう恭司にぶつけてやろうか3:面白そう1:優秀な人材欲しい1。


2016/9/20 誤字修正

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